三浦一族に関する人物紹介

掲載日:2018年3月17日

三浦一族とは

平安末期、武士の台頭により、東国に多くの氏族が誕生します。その一つ、源家累代の家人となる『三浦一族』の始まりは、前九年の合戦で源頼義に従い、その恩賞として1063年三浦の地を与えられ衣笠城を築いたとされる三浦為通(みうらためみち)です。為通の孫義継(よしつぐ)以降は、源義家の「義」の通字を貰い、義明、義澄、義村と「義」をつけ源氏との絆を深めていきます。
※前九年の合戦(1051~1062年)陸奥安倍氏の乱。源頼義(みなもとのよりよし)が坂東の兵を率いて合戦におよんだものです。

三浦大介義明みうら おおすけ よしあき (1092~1180)

 為通から数えて第4代当主。
 鎌倉幕府創設期の三浦一族の棟梁。自らの生命と引き替えに、一族の隆盛の礎となった人物です。満昌寺にほぼ等身大の木造があり、老将の風格が伝わります。

【関連項目】 
エピソード:〔衣笠城合戦
ゆかりの場所:〔満昌寺

佐原義連さわら よしつら (生没年不詳)

義明の末子。一族の中でも、三浦宗家(本家)に次ぐ地位にあったといわれます。その城は横須賀市佐原にあり、碑が残っています。
義連は、源頼朝が三浦を訪れた際に馬上で会釈した上総介広常(ひろつね)を諌めたり、三浦義明の弟岡崎義実(おかざきよしざね)が頼朝から水干(当時の衣類)を賜った際、その美服は自分が拝領すべきと口論に及んだ広常を諌めました。しきたり等に詳しかったことから、八幡宮で静御前(しずかごぜん)が舞う舞台を即興で設えたりなど、多彩な才能を披露し、頼朝の信任を得た人物でした。

【関連項目】
エピソード:〔一谷合戦と鵯越えの逆落とし
ゆかりの地:〔満願寺

三浦義澄みうら よしずみ (1127~1200)

義明の次男。兄杉本義宗の死により、家督を継ぎます。
衣笠城合戦の後、頼朝と合流して、やがて鎌倉に入ります。頼朝が、後白河院から上洛を促され福原の平清盛を攻めようとした際に、まず東国固めが肝要と献言、頼朝は鎌倉に留まり、西国へは弟の義経や範頼を派遣しました。1190年の頼朝の上洛には武家の筆頭格として供奉しています。

【関連項目】 
エピソード:〔三浦義澄の名誉

三浦義村みうら よしむら (?~1239)

三浦一族全盛期の当主。執権家や公卿の姻戚となり、特に中納言二条俊親を都とのパイプ役に使うなど、三浦氏を北条氏と並ぶ家格に押し上げました。また、承久の乱後は、戦後処理のため都に留まったことを見ても、政治的能力が備わっていた人物と思われます。一方、とかく謀略の者と評されることもあります。三浦義村の墓は、三浦海岸の金田湾近くの丘の上の南向院跡に五輪塔が残っています。

和田義盛わだ よしもり (1147~1213)

三浦大介義明の長子杉本太郎義宗の子。義宗が早くに没し、三浦宗家を継ぐことにはなりませんでしたが、関東御家人を統率する初代の侍別当(さむらいべっとう)(後の侍所別当(さむらいどころべっとう))となりました。
都では、和田義盛が三浦一族の長とみられてました。奥州征伐にも加わっており、浄楽寺の仏像は、その成功を祈願したものとも、北条氏に対抗したものともいわれています。
なお、孫の朝盛は、和歌を通じて第三代将軍実朝(さねとも)に近く侍った学問所番(がくもんしょばん)でした。

【関連項目】 
エピソード:〔和田合戦
ゆかりの場所:〔浄楽寺〕、〔満昌寺

フラワーセンター樹木版

【実朝関連情報】

神奈川県立フラワーセンター大船植物園には、源実朝の「金槐和歌集」に詠まれた樹木が多くあり、ゆかりの和歌とともに紹介されています。

三浦泰村みうら やすむら (1184~1247)

義明の曾孫にあたる。父義村から相模・河内・土佐の守護を継承し、さらに讃岐守護、若狭守を歴任し、幕府の重大案件を都に伝える東使役を勤めました。また、筑前宗像大社領を預かり、宋との貿易権を獲得し大きな力を持ちます。 
陰りが見え始めたのは父義村が急死し、北条氏から娶った2人の妻と、烏帽子親で執権の泰時が相次いで没した頃です。さらに最大の理解者・前将軍頼経が帰洛させられました。

【関連項目】 
エピソード:〔宝治合戦
ゆかりの場所:〔清雲寺

矢部禅尼やべのぜんに (1187~1256)

三浦氏全盛時代に、義村の娘、泰村の姉として生まれ、北条泰時の妻となります。北条時氏を生み、執権の嫡母となる三浦一族トップの女性です。
のちに、三浦氏庶流の佐原盛連に再嫁し、光盛・盛時・時連を生みます。宝治合戦では、北条氏との旧交を重んじ、子らを幕府に付かせて生き残り、やがて、その子盛時が「三浦介」を継いでいくことになります。
夫盛連の遺領安堵状を届けに三浦郡矢部郷に居住し矢部禅尼と号した彼女を訪ねてきた執権北条時頼は、孫にあたります。
彼女は横須賀市の名前のもととなった横須賀氏、美作(みまさか)の高田城主、会津の守護葦名氏、秋田角館城主などに三浦の血統を伝えていきます。

三浦一族関連ページの紹介

本文ここまで
県の重点施策
  • 未病の改善
  • ヘルスケア・ニューフロンティア
  • さがみロボット産業特区
  • 県西地域活性化プロジェクト
  • かながわスマートエネルギー計画
  • 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会
  • ラグビーワールドカップ2019
  • 神奈川県発、アート・カルチャーメディア「マグカル」
  • ともに生きる社会かながわ憲章
  • SDGs未来都市 神奈川県 SDGs FutureCity Kanagawa