第2回 AIが変える労働市場と、いまミドル・シニアが必要となる理由
前回は、2026年が就職氷河期世代支援の新たなステージを迎えたとお伝えしました。今回は、その背景にある大きな変化、AIの広がりと、それが労働市場にもたらす影響について一緒に考えてみたいと思います。AIが仕事を奪うという言葉を、最近よく耳にされるのではないでしょうか。けれども私は、AIの時代だからこそミドルやシニアの世代の経験がいっそう効いてくると考えています。
AIの普及による雇用変化の萌芽
まず、いま起きている変化を確かめておきましょう。生成AIと呼ばれる技術が急速に広まり、文章の作成や要約、データの整理、定型的な事務作業など、これまで人が時間をかけてきた仕事の一部をAIが肩代わりできるようになりました。誤字脱字のチェックや表記の統一、図解の作成といった作業は本コラム執筆でも役立てています。AIの発達は急速で、画像作成一つとってもたった1年前はビジネスの場面ではほとんど使い物になりませんでした。今ではプレゼンテーション資料や動画の作成にとどまらず、AIが自律的に動いてリサーチや資料作成、スケジュール調整までやってくれるようになっています。この潮流はもう止まらないはずで、これからもAIの発展を前提に、働き方は変わり続けていくと考えられます。
人手不足が続くなかでも、こうした省人化の動きは着実に進んでいます。実際、直近令和8年5月の全国の有効求人倍率は1.17倍(一人の求職者に対して1.17件の求人)という、いわゆる買い手市場が続いています。ちなみに神奈川県に限ると、同月有効求人倍率は0.83で買い手市場と言って良いでしょう。私の身近にある企業では、本年に入ってから経理や営業資料の作成サポートを行うバックオフィス部門の人員を三分の一に減らし、他部署への転換を図りました。今後も事務職を中心に仕事が人間からAIに置き換わっていくのではないかとも考えられています。
図1 有効求人倍率にみる労働市場の変化(全国・神奈川県)
果たして人の出番はなくなってしまうのでしょうか。私はそうは思いません。AIが得意としているのは、手順がはっきりした比較的定型的な仕事です。一方で、相手の表情や場の空気を読み取りながら話を進める対人調整、正解が一つではない状況での文脈判断、想定外のできごとにとっさに対応する現場の機転といった型にはまらない仕事は、いまも、そしてこれから当面は人が担当する仕事領域に残されています。厚生労働省の労働経済白書でも、かねてよりこうした非定型の業務の重要性が高まると指摘されてきました。その流れが、AIの普及によっていよいよ現実のものになりつつあるのです。最終的に判断を下し、責任を引き受け、相手と信頼関係を築くこと。これらはどれほどAIが進歩しても人に託される役割であり続けるでしょう。
図2 AIが得意な「定型」の仕事と、人が担い続ける「非定型」の仕事
ネイティブAIの時代に、経験が効いてくる
AIが当たり前となった時代、いわばネイティブAIの時代において、型にはまらない仕事でこそ、多様な経験を積んできた世代が力を発揮します。たとえば、ある食品メーカーでは、さまざまな職場を経てきた40代の社員が、新たに立ち上げたインターネット販売の担当を任されました。商品の魅力を伝える言葉選びや、お客さまからの問い合わせへの細やかな対応に持ち味が生き、売上を着実に伸ばしたといいます。ITの専門家として採用されたわけではありません。これまでの仕事で培った人の気持ちを汲む力が、新しい現場で花開いたのです。AIで収集できる情報はAIを使える力があれば誰でもできますし、専門的なスキルは後からでも学べますが、長年かけて培われた人柄や対応力は一朝一夕には身につきません。
この見方は、私だけのものではありません。先日の神奈川県内の企業向けセミナーのアンケートでも、この世代の魅力として最も多く挙がったのは、「経験が豊富で即戦力になる」という声でした。社会人経験に裏打ちされたコミュニケーション能力、仕事への真面目さや忍耐力、社内外の人脈、マネジメントへの期待。採用の最前線に立つ企業自身が、経験の価値を肌で感じているのです。
回り道に見えるキャリアほど、引き出しが多いものです。AIは過去の膨大なデータから答えを導きますが、一人の人間が現場で積み重ねてきた固有の経験までは持ち合わせていません。だからこそ、多様な経験はAIには代えがたい価値を持ちます。そしてその経験は、年齢を重ねるほどに厚みを増していきます。AIを使うのは人間です。人間側に多様な経験があると、AIが持つ情報の引き出しを多く開けられるのではないかと考えます。
もう一つ、見落とせない視点があります。これからの日本は、働き手そのものが少なくなっていく労働供給制約の時代に入ると言われています。AIは頼もしい助け手ですが、対人サービスや現場の仕事まで、そのすべてを担えるわけではありません。経験を重ねた人材に活躍してもらうことは、人手不足を乗り越えるうえでますます大切になっていきます。AIと人は競い合う関係ではなく、補い合う関係なのです。単純な作業から人が解放されるからこそ、人にしかできない仕事に、より多くの時間と力を注げるようになります。
図3 「生産年齢人口及び就業者数の推移と将来予測」(厚生労働省『令和7年版 労働経済の分析』)
AIの普及と就職氷河期世代
さらにこの世代は、職場の世代間をつなぐ架け橋にもなります。デジタルに親しんだ若手と、長年の勘どころを持つ先輩世代。その間に立ち、両者の良さを引き出せるのは、双方の感覚を理解できるこの世代ならではです。新しい道具であるAIを現場でどう賢く使うか、その橋渡し役としても頼りになる存在です。
地域を支える中小企業にとって、これは心強い話ではないでしょうか。最新のAIに多額の投資をしても良いですが、経験豊かな人材の判断力と人間力こそ自社の強みになります。大切なのは、AIに負けない人材を探すことではなく、AIと共に働ける職場をつくることです。その中心に、経験豊かなこの世代を据えてみてはいかがでしょうか。職場は人と人との共創によって動いています。その人と人を繋ぐのも人のはずです。
次回は、その多様な経験を、職場でどう存分に発揮してもらうか。年齢や経歴にとらわれない、多様な経験を活かせる職場のつくり方についてお話しします。
藤井 哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX代表取締役。1978年生まれ。大学卒業後、規制緩和により市場が急拡大していた人材派遣会社に就職。問題意識を覚えて2年間で辞め、2003年に当時の若年者(現在の就職氷河期世代に相当)の就労支援会社を設立。国・自治体の事業の受託のほか、求人サイト運営、人材紹介、職業訓練校の運営、人事組織コンサルティングなどに従事。2019年度の1年間は、東京永田町で就職氷河期世代支援プランの企画立案に関わる。2020年から現職。しがジョブパーク就職氷河期世代支援担当も兼ねる。日本労務学会所属。