知事議会提案説明(所信表明 平成23年第2回定例会)

掲載日:2011年5月20日

知事所信表明 【平成23年 第2回定例会】

 県議会議員の皆様並びに県民の皆様。

 私が、多くの県民の皆様からご信任をいただき、神奈川県知事の重責を担うことになりましてから、3週間余りが過ぎました。今改めて、神奈川は日本の縮図だと実感しています。横浜や川崎のような大都市もあれば、田園地帯もあり、世界有数の温泉地や観光地もあります。そして丹沢・箱根の山並みもあれば、湘南の美しい海岸線もあります。さらに自衛隊や米軍の基地までもあります。

 神奈川が元気になれば、日本は元気になる。私はそう確信しています。それだけやりがいがあると感じると同時に、責任の重さを痛感し、身の引き締まる思いです。

 本日、第2回県議会定例会の開会に際しまして、県政に臨む私の基本的な考えを申し述べ、皆様のご理解とご協力をいただきたいと考える次第であります。

 さて、この国を揺るがし、多くの人々のいのちを奪った東日本大震災から2か月余りが過ぎました。

 被災された皆様、そして未だに避難所において不自由な生活をされている皆様に対しまして、改めて心からお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方々やご家族の皆様に、衷心より哀悼の意を捧げたいと思います。また、被災地で様々な支援活動に携わり、被災者を支えてくださっている皆様にも心から敬意を表したいと思います。

 私も、本定例会を前に、岩手県と宮城県の被災地を訪ね、被災された住民の皆さんのお話を伺うとともに、県や市町村から派遣されている職員やボランティアの皆さんを激励してまいりました。そして、現地の状況をつぶさにこの目に焼き付けてきました。海沿いの地域の街がそのまま消えてしまった現実を目の当たりにして、私は言葉を失いました。

 私はこれまでも平成5年の北海道南西沖地震、平成7年の阪神淡路大震災、平成11年の台湾大地震など大災害のたびに、ジャーナリストとして現場に足を運び、取材してきました。

 今回の被災地の状況はこれまでとは全く質の違うものでした。阪神淡路大震災の時のように、地震そのもので建物がなぎ倒されるような状況はあまり目にすることはありませんでした。被害のほとんどは大津波によるものでした。

 波に洗われた地域は文字通り壊滅していました。ある地区では街のすべてが押し流され、瓦礫の山と化していました。しかし、すぐその傍の地区では大地震があったことさえ感じさせない普通の街の佇まいのままでした。大津波がいかに恐ろしいものか、改めて実感させられました。

 あのような巨大津波が神奈川に押し寄せる危険性はないのか。それは想像するだけで恐ろしいことではありますが、もはや想定外として私たちは目をつむるわけにはまいりません。先般、「津波浸水想定検討部会」を立ち上げましたが、大津波対策を含む防災体制の抜本的見直しを早急に進めていきたいと思います。

 この日本は、今まさに国難といえる危機的な状況にあります。危機に当たってのリーダーとはいかにあるべきか。それは私がジャーナリストとして多くの内外のトップリーダーに向き合いながら、考え続けてきたテーマです。

 危機におけるリーダーにとって最も大事なことは、進むべき方向性の旗を明確に示すことだと私は思います。要するに我々はこうやって、今の危機を乗り越え、こんな社会を目指すという明確なビジョンとメッセージを明らかにし、人々に夢と希望を与えることです。

 この旗の向こうには必ず、明るい未来が待っている。自分を信じて、ついてきてくれ。微動だにしない強い信念と固い決意を持って、進むべき道を指し示し、実行していくことが、何より求められていると思います。

 これまで日本人は、様々な危機にあっても、たゆまぬ努力と向上心で新しい時代を切り拓いてきました。戦後の廃墟の中から奇跡というべき復興を成し遂げたのは、他でもない我々日本人であったことを忘れてはなりません。

 最近の日本人は元気を失っていました。失われた10年、いや、失われた20年と言われ、国として目指す方向性も見失い、世界の中で勃興する新興国に押され、自信喪失に陥っていました。

 そんな我々を襲った東日本大震災。私は見渡すかぎりの瓦礫の山の中に身を置いて、胸の中に込み上げてくる感情を抑えることができませんでした。我々はあの奇跡を起こした日本人だ。かつて起こした奇跡を今再び起こせないわけがないではないか。

 再び、世界があっと驚くような奇跡の復活を果たしたい!そのための日本復活のモデルを私は神奈川で示したい!

 それこそが私の知事としてのミッション、つまり使命だと強く感じた次第です。

 私が掲げる旗は「いのち輝くマグネット神奈川」です。その言葉に託した私の思いは後ほどお話しいたしますが、今、いのち輝くために、喫緊に求められている最も大事なことは何でしょうか。それは福島第一原子力発電所の事故で失われた電力供給を早急に補うこと、そして原子力発電に過度に依存し過ぎないエネルギーの体系を早急に作ることではないでしょうか。

 これまで日本の原子力発電は絶対に安全で安心と言われ続けてきました。しかし、私たちは完全に裏切られました。大津波によって炉心溶融にまで至る大事故が発生し、私たちの原子力発電に対する思いは根本的に変わりました。大自然を前に絶対の安全などはあり得なかったのです。

 私は明確に宣言します。

 「脱原発」

 反原発ではありません。「脱原発」です。

 いきなり原子力発電所をすべて廃止しろというのは非現実的な政策です。我々がいきなり 100年以上も前の生活を甘んじて受け入れられるならまだしも、今の便利で快適な生活を基本的には続けたいと思う限り、反原発というわけにはまいりません。

 しかし、福島第一原子力発電所のあの惨状を見るにつけ、あの施設が今後も使用できないのは明らかです。代わりの原子力発電所がすぐにできるはずもありません。ということは電力不足の問題は延々と続かざるを得ないということです。県民や事業者の皆様のご協力の下、節電を徹底的に進めていくことにしていますが、それだけで足りるわけもありません。

 私たちが今、注目すべきは太陽です。太陽のエネルギーを電気に変える太陽光発電を圧倒的な勢いで普及させることにより、電力不足を補っていきたいと考えています。

 先般、私を本部長とするソーラープロジェクト推進本部を庁内で部局横断的に設置いたしました。さらに、学識経験者やNGOなどの参加を得て、「かながわソーラープロジェクト研究会」を立ち上げました。とにかくスピードが大事との認識から、1か月という短い期間で、6月中旬には第1次報告を取りまとめることにしています。

 ソーラープロジェクトは、県内の一戸建て、店舗、集合住宅、公共施設といったあらゆる建築物に、可能な限り太陽光発電装置、ソーラーパネルを設置し、そこで発電した電力を電力会社に買い上げてもらうことで、電力の供給能力を高めようとするものです。

 また、県内の遊休地などを活用して 1,000キロワット以上の発電能力を持つ太陽光発電所、いわゆるメガソーラーの設置や、他の自然エネルギーの活用も構想してまいります。

 そして、設置者の負担がなくてもソーラーパネルの設置ができれば猛烈な勢いで普及するはずとの思いから「かながわソーラーバンク」の設立に向け、一丸となって取り組んでいるところであります。

 このプロジェクトは、単にエネルギー政策と環境政策を組み合わせただけではなく、雇用・産業政策としても効果の見込める取組みであり、「神奈川モデル」の新たな成長戦略ともなるものです。

 なお、当面の夏の冷房需要に間に合わせる取組みについては、圧倒的なスピード感が必要ですので、こうした検討とは別に合意形成を図ってまいります。既存の制度を活用してソーラーパネルの設置を促進することはもとより、県の施設などでソーラーパネルが設置可能なものについて、可能な限り早期に設置できるよう、議会の皆様にもご相談しながら進めてまいりたいと考えております。

 4年間で 200万戸分のソーラーパネルをつけたい、夏の冷房需要に間に合わせるために5万から15万戸分をつけたい、私は選挙戦を通じてそう訴えてきました。数値は示さない方が得策だと忠告してくれた人もいました。しかし、たとえ無謀に見える目標であったとしても、私は目指します。高い峰を目指してこそ、時代は変わる。私はそう確信しています。

 脱原発で太陽光の時代へ!神奈川からエネルギー革命を起こすのです。目指すは「太陽の神奈川」です。「太陽の神奈川」を県民総力戦で実現していこうではありませんか。

 私の考える神奈川の将来像は、平仮名で書いた「いのち」、「いのち輝くマグネット神奈川」であり、それがリーダーとして私が掲げる旗です。短い言葉ではありますが、ここには、私がこだわってきたそのすべてが凝縮されています。

 私は、これまで、ジャーナリストとして救急救命士誕生につながった救急医療のキャンペーンに取り組むなど、一貫して「いのち」にこだわってまいりました。

 「いのち輝く」とはどういうことでしょうか。たとえば最先端の医療が普及すればいのちは輝くでしょうか。最新式の医療機器が揃った中で、スーパードクターが腕をふるえば、いのちは輝くでしょうか。

 私はそうは思いません。かつて私の父は末期の肝臓がんに侵され、余命2か月を宣告されました。最先端の医療を受けているのに、治療すればするほど、父は弱っていきました。その流れを変えたのは漢方・東洋医学との出会いでした。がん細胞を徹底的に攻撃しようとする西洋医学に対して、漢方は身体全体の免疫力を高めることに重点を置きます。そのために重要な要素は、薬よりもむしろ食でした。

 医食同源の言葉どおり、食には薬と同様の効能がありました。医師の指導の下、食の力と西洋医学的治療を組み合わせることにより、父は奇跡的にがんを完治させることに成功しました。そして、2年半もの貴重な時間をいただくことができました。その2年半、父のいのちは確かに輝いていました。

 今や3人に1人ががんで亡くなるという時代です。患者さんの中には最期の最期まで西洋医学の治療を受け、副作用に苦しみながら亡くなっていく方も多くいます。がんがあっても、美味しいものを食べながら元気な時間をできるだけ長くしよう。それがいのちに向き合う漢方的発想であり、そのカギを握るのは食です。そういう哲学をうまく取り入れることにより、いのち輝く医療が実現できると私は考えています。

 食のあり方で、病気にならない高齢者を増やす、それが超高齢社会を支えるために最も大事なことではないでしょうか。そのために食育や医食同源の実践などを積極的に進めていきたいと考えています。

 もちろん医療体制についても、他県がうらやむような救急医療体制、出産をするなら神奈川と言われるような周産期医療体制を実現するために、グランドデザインを描き直して大胆な改革を進めていきたいと思います。そのために公立病院と民間病院の在り方を根本的に見直し、医療専門職の自律性を高め、人材不足を補うための政策を総動員し、連携・協働・自律の医療を目指します。

 特に、羽田空港の向かい側の神奈川口を核とした国際戦略総合特区構想は強力に推し進めていきたいと思います。外国人の患者を受け入れるだけでなく外国人の医師や看護師にも門戸を開き、未承認の薬や医療機器などの使用も認める「開かれた医療」、そして地域の独自性を重んじた「地域主権の医療」などを実現させ、日本の医療を変える起爆剤にしたいと考えております。

 私がこだわるもう一つの言葉、それは「マグネット」です。マグネットとは磁石です。

 もともと「マグネット病院」という言葉がありました。90年代初め、看護師不足が社会問題になった時代にあっても、優秀な看護師が自ら志望してどんどん集まってくる病院、それを「マグネット病院」と呼びました。看護師が働きたくなる魅力、引き付ける力があったのです。

 ですから「マグネット神奈川」というのは、行ってみたい、住んでみたいと思わせる、まさに人を引き付ける魅力にあふれた憧れの神奈川という意味です。神奈川全体だけでなく、それぞれの地域がマグネット力を持つことが、地域を活性化させるために最も大事なことだと私は思います。

 地域がマグネット力を持つこと、すなわち、地域が人を引き付ける力を持つこと。そのためには地域に秘められた本当の魅力、「地域らしさ」を探し出し、歴史や伝統、文化、芸術などソフト面でも差別化することで、他の地域との違いを際立たせていくことが必要になるのではないでしょうか。マグネット力を持った地域は、グローバル化が進展する中にあっても、世界に伍して闘うことができ、そして勝ち残っていくことでしょう。

 マグネットという発想法は他にもいろいろ応用できます。

 神奈川のマグネット力を高めるためには、人を引き付ける力を持った「マグネット人間」が必要です。子供たちを「マグネット人間」に育てることを教育目標に掲げるのも一つのアイデアです。

 また、学校も「マグネット学校」を目指すべきです。他にはない学校、個性あふれる魅力的な学校です。

 シャッター通りの商店街も「マグネット商店街」を目指すことで復活するに違いありません。わざわざ行きたくなる、その土地ならではの魅力いっぱいの商店街です。

 財政的に厳しい状況の中で、様々な事業提案の中から選別しなければならない時、「マグネット」というのは判断基準になりうると私は思っています。

 現在、部局横断的に「いのち」と「マグネット」についてのプロジェクトを立ち上げるため、新たなアイデアを求めているところです。政策課題を縦割りで捉える発想ではなく「いのち」と「マグネット」の二つの言葉に徹底的にこだわり、自由に発想し、提案してもらおうと思っています。

 私は、「いのち輝くマグネット神奈川」を目指すことで、神奈川の活力を呼び起こし、常に前向きのプラス思考で物事を考え、「こういうことをやればいいんだ」という「神奈川モデル」を創造し、全国にその存在感を示していきたいと考えています。

 この将来像を実現するために、私は次の三つの基本姿勢で臨んでまいります。

 まず、第一に、「神奈川県民総力戦」で取り組んでまいります。この国難にあって、既得権益からの抵抗などと闘いながら、日本を再生する新たなモデルを創りあげていくためには、県民が一丸となることが不可欠であります。

 総力戦とは、議論をせずトップの決定に黙って従うことではありません。危機を乗り越えるためにどうしたらいいのか、みんなで知恵を絞り、徹底的に議論することです。やるべきことを最初に私が決めるのではなく、一つの旗を示した中で、県民全体が参加して決め、県民全体で実行するのです。

 このため、県議会、県内市町村の皆様と意見交換を行うことはもちろん、学識経験者や企業経営者からなる「知恵袋会議」、県民の皆さんとの「対話の広場」なども設けながら、衆知を集め、様々な提案をいただきながら、県民の目線に立った政策を実行してまいります。

 第二に、政策の実行に当たっては、国と敢然と闘う覚悟を持ってまいります。

 これまでのように、国が全国一律の規制を定め、箸の上げ下げまで関与することが続くのであれば、社会を変えることなどできません。「国がやらないなら神奈川でやってみる」ことが「神奈川モデル」であります。このため、今後具体的な制度設計がなされる総合特区制度なども活用しながら、国を動かす輪を広げ、国の一方的な対応に対しては、声を上げながら徹底的に闘っていきたいと考えています。政策の実現に必要な権限については、積極的に国に移譲を求め、「神奈川モデル」の構築に力を尽くしてまいります。

 第三は、前例のないことにも厭うことなくスピード感を持って取り組んでまいります。

 前例がないからといって、実行をためらうことがあってはなりません。前例や規制を前提にできないと考えるのではなく、実行するために何ができるか考えていきます。

 また、課題を早期に解決するためには、いたずらに検討に時間をかけることなく速やかに実行に移していくことが重要です。大きな一つの目標に向かっていくため、県議会の皆様とともに新たな前例を作ってまいりたいと考えておりますので、ご理解、ご協力をお願いいたします。

 以上、私の今後の県政運営における政策の方向性について、その考え方を述べさせていただきました。

 今、国政は混迷を極めています。国民の政治不信は高まる一方です。その最大の問題はメッセージ力の欠如とスピード感のなさです。要するに、この国をどうしようとしているのかがさっぱり伝わってこないことへの苛立ちです。

 私は神奈川県政を預かるに当たって、最も意識しているのはメッセージ力です。要するに私が神奈川をどういう県にしようとしているのか。それが県内外のみなさんに明確に伝わっているかどうかです。

 私は任期4年をかけて自ら掲げたメッセージ「いのち輝くマグネット神奈川」の実現に向けて全力を尽くしていこうと思っています。  

 まずは神奈川から太陽経済の時代を始めます。脱原発で太陽光発電の時代へ突入します。そしてエネルギー革命を神奈川から起こします。要するに、神奈川を「太陽の神奈川」にしようとしているというメッセージを、強烈に発信していきます。

 通常では絶対にありえない圧倒的なスピード感を持って、実際のカタチとして見せていきたいのです。後世、「神奈川の奇跡」と呼ばれるような成果を上げるべく、県民の皆様、県議会の皆様とともに「神奈川県民総力戦」で力を合わせてまいりたいと思いますので、今後ともよろしくご指導、ご協力のほどお願いいたします。

 

 


※ 平成23年5月19日(木曜)に本会議場で配布した資料をそのまま掲載しています。

神奈川県

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