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初期公開日:2024年3月7日更新日:2024年3月7日

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令和5年度政策研究フォーラム「メタバース:行政課題への新たなアプローチ -地方自治体の取組事例とこれからの社会-」

令和5年度政策研究フォーラムの結果概要は次のとおりです。

令和5年度政策研究フォーラム「メタバース:行政課題への新たなアプローチ -地方自治体の取組事例とこれからの社会-」結果概要

フォーラムのねらい

近年、メタバースを活用した多くの取組が行われています。メタバースは、エンターテインメント分野で多く利用されていますが、新たな社会参加のツール・居場所・つながりの場としても活用され始めています。

神奈川県政策研究センターでは、行政課題の解決にメタバースを使うことができるのではないかと考え、調査を行いました。

本フォーラムでは、自治体の事例紹介及び学識者による講演を通じて、メタバースの利活用により、どのように行政課題を解決するか、また、どのような社会を描いていくべきなのかについて考える機会としました。

令和5年度神奈川県政策研究フォーラムのチラシ

写真をクリックすると別ページでチラシが表示されます。

令和5年度政策研究フォーラムチラシ表面令和5年度政策研究フォーラムチラシ裏面

開催概要

日時 令和6年1月24日(水曜日)14時から16時

開催方法 オンライン会議システム(Zoom)を使用したオンライン形式

定員 90名(定員を超えた場合は、抽選)

参加費 無料

プログラム

※ 各プログラムをクリックすると、そのプログラムの結果概要までページが遷移します。

(題目)「メタバース/VRが何を解決できるのか」

(講師)東京大学情報基盤センター教授、バーチャルリアリティ教育研究センター教授(兼務)雨宮 智浩 氏

 ※報告資料は当日限り

フォーラムの結果概要

1 調査報告「メタバースの可能性:現実世界の制約を超えて」

報告者:神奈川県政策研究センター 澤 紫臣 特任研究員

(1)メタバースとは
  • メタバースとは、仮想世界を指す。超越を意味するメタ(meta)と、世界を意味するユニバース(universe)とを組み合わせた造語である。
  • 仮想世界で自分の分身であるアバターを操作し、コミュニケーションをするサービスは、まだインターネットが一般化する前の1980年代に、すでに誕生していた。それから30年以上が経ち、映像やCG、VR技術、スマホ、パソコンといった各分野での技術発展に伴い、現在では、多くの人が様々な機器からメタバースへとアクセスし、体験することが可能となっている。
(2)メタバースの基本概念
  • メタバースはプラットフォーム企業がそれぞれ企画開発しており、用途によって見た目(現在主流の3次元CGを用いたもの、2次元グラフィックのもの、デジタルツイン)は様々である。
  • アバターとはメタバース内で活動するための姿のこと。多様性や個性、「メタバース内での私らしさ」を担保することにつながっており、メタバース内でのアイデンティティと言える。また、アバターを使うことで、現実の性別や肩書に囚われることなく活動できる。
  • コミュニケーションは主に音声や文字で行う。トラッカーやセンサーなどの機器を利用することで、現実と同様に全身を反映したコミュニケーションが可能となっている。
  • メタバース内外で様々な形態のコミュニティが形成されている。
(3)メタバースの活用可能性
  • 仮想空間・コンテンツとしてのメタバース
    メタバースは空間が無限であるだけでなく、距離や場所といった地理的な制限や、建築資材等の物質的な制限がない。例えば、歴史的建造物のアーカイブ、オンライン会議の場としての活用が考えられる。
  • 社会参加のツールとしてのメタバース
    メタバースはどこにいても、気軽にアクセスすることが出来る。様々な環境に置かれたユーザーがメタバースを通じて社会参加することができ、自治体の視点では、広範囲からアクセスできる支援の場の提供が可能となりうる。
  • アバターの匿名性又は仮想人格活用の場としてのメタバース
    アバターの特長として、ユーザー本人の顔や名前を出さずに済み、アバターならではの人格を表現できることが挙げられる。現実であれば肩書や立場の差によって意見の発信がしづらいことでも、フラットに発言し、議論することが出来る。
  • 「居場所」としてのメタバース
    メタバースには多くのユーザーが存在していることから、「そこに行けば何かある、何かが起こる、誰かがいる」という環境、すなわち「居場所」を作ることで、ユーザーの孤独感が和らぐ可能性がある。
  • デジタルツインとしてのメタバース
    3次元で再現された地域にハザードマップを重ね合わせ、人流データをシミュレーションする等で、防災に活用することが可能である。安全安心な都市の実現につなげることが期待される。
  • 「スペース」「コンテンツ」「プレイス」
    自治体がメタバース内に行政窓口を設置しただけでは、単なる「スペース(空間)」すなわち空白地帯となって、地域住民の利用動機が発生しない。メタバースへアクセスする動機付けとしての「コンテンツ」を用意したり、コミュニケーションを喚起させる仕掛けを用意して「プレイス(居場所・活躍の場)」として機能させることで、メタバース上にその「場」を設置した意義が生まれる。また、バーチャルなものであっても、現実と同様「作ったはよいがその後の活用に至らない」という事態に陥ってはならない。
(4)メタバースの課題と留意点
  • メタバースそのものの課題としては、ルールの整備や技術革新、ユーザーにとって使いやすいメタバースの整備、ユーザーの利用のハードルを下げるための支援が重要である。
  • 自治体でメタバースを活用するに当たっては、職員のリテラシーの向上や情報共有、試行錯誤できる環境づくり、事業目的を成し遂げるためにメタバースを活用する設計が重要である。
(5)メタバースの進化と地方自治体の展望
  • 究極的には物理的な役所が不要となり、「仮想の自治体」が実現可能と考えられる。しかし、現実の自治体には、都市と自然からなる地域があり、地域と関わりながら住民が生活している。これらはリアルで不可分なものである。
  • 自治体がメタバースを活用する上で重要なことは、社会経済活動の置き換えや単なるデジタル化ではなく、人と人との共生、人と地域との共生により、将来の自治体像を描く。

2 事例報告 障がい者福祉分野「ともいきメタバース推進事業」

報告者:神奈川県共生推進本部室共生企画グループ 松本 勇哉 グループリーダー

(1)ともいきメタバース事業
  • 共生推進本部室では共生社会の実現に向けた取組を行っている。今回、新たなテクノロジーであるメタバースを活用したつながりの創出によって、共生社会の実現を図ることを目的として本事業を実施した。
  • 事業の実施に当たっては、活用方法の検討(ともいきメタバース研究会)、活躍の場の創出(ともいきメタバース講習会)、発表の場の創出(かながわ"ともいきアート"ワールド)の3つのフェーズに分けて行った。
(2)ともいきメタバース研究会
  • 障がい当事者、学識者、弁護士、行政などの委員が、メタバースの活用方法について検討を行った。
(3)ともいきメタバース講習会
  • 障がい当事者の方々は、社会との接点や活躍の場が少なく、また、メタバースやデジタルに触れる機会も少ない。今回、新たな自己表現手段や新たな就労機会、仲間づくり、コミュニケーションの場の創出を目的として、リアルで講習会を開催し、障がい当事者の方々がメタバースに触れる機会を設けた。
  • 受講者は公募し、「アバター制作」「アバターでのバーチャル世界旅行」「アバターを使った4コマまんが制作」を体験した。
(4)かながわ"ともいきアート"ワールド
  • 障がい当事者は、自身のアート作品を発表できる場が少ない。今回、障がい当事者が制作した「ともいきアート」の新規ファンの創出や、来場者に当事者の思いを知ってもらうことを目的として、メタバース上に発表の場を設けた。
  • また、「かながわ"ともいきアート"ワールド」の内容・魅力を分かりやすく伝え、ファンを増やすことを目的として、配信イベントを開催した。参加者からのチャットコメントも盛り上がり、より多くの方に、「ともいきアート」を知ってもらうことができた。
(5)まとめ
  • メタバースの活用だけでは、現実世界の生きづらさを直接的に改善することは難しい面もある。
  • しかし、メタバースを活用することで、障がい当事者へのDXの意欲喚起や、チャレンジすることの楽しさや安心できる環境でのコミュニケーションの創出などに効果が見られた。

3 事例報告 ひきこもり支援分野「『ひきこもり×メタバース』社会参加支援事業」

報告者:神奈川県青少年課企画グループ 水本 貴子 グループリーダー

(1)事業開始の経緯
  • 神奈川県では、これまでもひきこもり地域支援センターにおける相談支援やインターネット上の掲示板サイト「ひきスタ」の運営などの支援を行ってきた。
  • これまでの取組から、相談の体制については整ってきたものの、社会との接点を持つための1歩を踏み出す居場所づくりが課題であった。当事者の中には、対面での交流が苦手な方や、そもそも外出すること自体のハードルが高い方もいる。
  • そこで、今年度は、外出せずに気軽に他者と交流できるメタバースがひきこもり支援に有効なツールであるか検証する実証段階と位置づけ、本事業を実施した。
(2)令和5年度事業の内容
  • 既存の相談支援につながっていないひきこもりの潜在層を社会参加につなげるため、広く一般の青少年が楽しむことができるイベントを中心に企画した。
  • 公募型プロポーザル方式によって事業者から提案を募り、スマートフォンやWebブラウザからアクセス可能なメタバースとした。
  • ワールドの名称は、ひきこもりに限定した表現を避け、「神奈川『つながり発見』パーク」とし、「メタバースで見つける自分に向いている趣味と仕事のスキルの発見」をコンセプトとしたイベントを開催した。
  • 仕事や趣味につながるコンテンツとして、映像や漫画などを常設で設置するほか、イベントの初日には、VTuberによるリアルタイムイベントを実施した。さらに、ひきこもり相談の情報を発信した。
(3)令和5年度の事業実績
  • 令和5年度は、9月9日から9月11日までと、11月11日から12月11日までの計2回イベントを開催した。
  • 初回は総アクセス数675名のうち、ひきこもり当事者の参加は9名であり、2回目は総アクセス数1,038名のうち、ひきこもり当事者の参加は15名であった。ひきこもり当事者の参加者のうち、初回は7名、2回目は14名が、イベントを通じて前向きになったと回答した。
(4)課題と対応の方向
  • ひきこもり当事者の社会との接点は依然として不足している状況である。メタバースが、継続的な居場所となるように、開催期間の拡大やコンテンツの充実が課題である。
  • 今年度イベントを開催したことで、参加者同士の自然な交流はなかなか発生しないということが分かった。交流し合える環境づくりや仕掛けの準備が重要である。
  • ひきこもり当事者へ効果的に周知を行うためのデータが不足している状況である。アンケートの回収率を上げることが課題である。

4 事例報告 観光分野「メタバースヨコスカ」

報告者:横須賀市文化スポーツ観光部観光課 小山田 絵里子 氏

(1)VR基本ワード及び動向
  • ワールドとは、ユーザーが集まってみんなで遊ぶといった活動が行われる場所で、メタバースプラットフォーム上にいくつも存在している。
  • アバターとは、ユーザーがワールド内で活動するための姿。日本人は人型のアバターを使用することが多い。
  • ワールドごとにアバターに着せる服のアイテムを替えるなど、多くのユーザーが着せ替えて楽しんでいる。最近は、ファッション業界も進出しており、自社のデザインのアバターやアイテムなどを販売する事例もある。
  • VRユーザー数は世界中で1億7,100万人いると推定されており、市場規模は2025年までに約12億5,000万ドルに達すると予想されている。VR分野は未知であると思われがちであるが、これから伸びてくると予想されることから、横須賀市では早い段階で取り組むこととし、都市魅力の発信や観光PRを目的として、メタバースヨコスカを立ち上げた。
(2)「メタバースヨコスカ」の全体像と発展普及イメージ
  • 「ドブ板」「三笠公園」「猿島」の3つのワールドを展開しており、ユーザーがワールドの作成やアバターでの活動を楽しめるスポットを用意している。
  • 広報・PR・来訪につなげるリアルでの施策としては、パンフレットや鉄道広告による周知活動のほか、アバターの着せ替えやアイテム作成に使用するUnityというソフトウェアの講習会を市民に無償で提供したり、地元美術館とコラボした取組を実施している。その他、3Dライブラリを用意して、アバターやアイテムの配布を行っている。
  • ユーザーに対してメタバースを提供しただけでは楽しむことは難しいため、継続的にイベントを開催し続けなければならないという課題があった。そのため、横須賀市では、1つの場所に集客するのではなく、ユーザーが身に着けるもので横須賀市をPRするために、アバターに着せるためのスカジャンを配布することとした。
  • 「ドブ板」ワールドは、オープン後4日間で2万PV(2月中旬には3万3,741PVを達成)、「猿島」ワールドは、2月中旬時点で1万4,145PV、スカジャンは4日間で1万ダウンロード(2月中旬には4万2,000ダウンロード)を達成した。
(3)「Dobuita&MikasaWorld」
  • ワールドは、現実をそのまま再現するのではなく、少し未来の横須賀をイメージして作成した。パソコンに接続することなく、VRゴーグル単体でアクセス可能。
  • ユーザーの多くが、ワールドを楽しんだ後に、写真を撮影してSNSに載せることから、フォトスポットを多く作ることを意識した。
(4)無償配布アイテム・対応アバター・メタバースヨコスカの反響
  • 無償配布したスカジャンのアイテムは、地元のスカジャン絵師の方にデザインしていただき、人気3Dクリエイターに発注した。また、対応アバターを20体用意し、それぞれにフィットしたスカジャンを配布することで、ユーザーがなるべく手間なくアバターに着せることが出来るよう工夫した。
  • この取組を始めたところ、地元企業を含め、多くの企業から声をかけていただいている。どのような企画にできるか検討中であるが、地元企業に波及していくのは嬉しい動きだと考えている。
(5)「猿島ワールド」「横須賀美術館コラボ」
  • 「猿島ワールド」は、メタバースならではの空間を意識し、地上1,500mに浮いている猿島を舞台としたゲームワールドとなっている。
  • また、2024年2月9日に「猿島ワールド」のアップデートを予定している。市にゆかりのあるメカニックデザイナー宮武一貴氏に、横須賀に現存している記念艦「三笠」を変形させたロボを制作いただき、「猿島ワールド」にロボを出現させる予定である。併せて、横須賀美術館では、デザインラフ画の原画を展示する予定である。
(6)企画の理想的な流れ
  • 企画の理想的な流れは、行政が旗振り役となり何かイベントを実施するより、行政はあくまで手法を地元に提示するにとどめて、それを地元が継続・発展させていくということだと考える。ファンがその波及につながるようなコミュニティを形成し、地元企業の力によってコンテンツの精緻化を図っていきたい。
  • 色々なところで講演をさせていただく中で、コンテンツコラボは一過性に過ぎないのではないかとご指摘を頂くことが多い。しかし、この13年間取り組んできた実感としては、横須賀市であればフットワークが軽いので、何か一緒にやりませんかと企業の方々からお声がけいただくことも多いことから、そうした取組を続けてきたことが今につながっていると感じる。
  • 行政の企画の優先度として、公平性や視認性に重きを置かれることが多いが、「メタバースヨコスカ」は、ファンとの親和性や世界観に重きをおいて、中で遊んでいる人が最も楽しめるような企画にしていきたいと考えている。

5 講演「メタバース/VRが何を解決できるのか」

講師:東京大学情報基盤センター教授、バーチャルリアリティ教育研究センター教授(兼務)雨宮 智浩 氏

(1)メタバース/VRが何を解決できるのか
  • メタバース/VRは次の3つを解決できると考える。
    1. 孤立の解決(メタバースというサードプレイス)
    2. 相互理解不足の解決(アバターという分身)
    3. 経験不足の解決(VRという疑似体験ツール)
(2)VRとメタバース、VRとAR/MRなど、VRゴーグルの普及と進化
  • VR(VirtualReality)とは、現実ではないが本質的に現実と同等の環境を作る情報技術である。本来、五感や前庭感覚、内臓感覚などを総動員して現実と同等の環境の実現を図るものであり、必ずしもVR=ゴーグルではない。
  • メタバースは、一般的にオンラインで社会的活動が可能な3Dバーチャル空間と定義されるが、その定義は非常に曖昧で、3Dでないものもメタバースと称される場合もある。
  • VRの得意な分野(疑似体験やつながり、匿名性等)を中心に日常生活にもっと普及する可能性はあるが、現状まだ参入の障壁が高い。
  • VRとは「人工現実感」であり、バーチャルリアリティやVRと表現するのが良い。AR(AugmentedReality)とは「拡張現実感」、MR(MixedReality)とは「複合現実感」であり、現実世界の中に、デジタルオブジェクトを表示して、色々な体験を生むものである。最近は、両者を区別せず使う場合もある。XR(ExtendedReality,CrossReality)は、VR・AR・MRを包括する概念として扱われることが多いが、学術的には定義を含め発展途上にある。
  • 最近は、高校の情報の授業において、VR等が扱われることがあるが、その定義が間違っていることもある。また、民間企業が新しい機器を開発すると、既存の技術との差別化を図るために、新たな定義を生み出すこともある。この領域は変化が激しい領域なので、定義が多く存在しうる点に注意すべきである。
  • VRゴーグルは価格が安価になり、非常に普及したと考える。2016年は、現在使われているVRゴーグルのプロトタイプが多く発売されたことから、「VR元年」「VR普及元年」と言われることがある(ただし、VR元年は複数ある)。
  • 2023年、2024年には大手企業から新たなデバイスが発売されつつあるなど、VR領域は非常に盛り上がりを見せている。
(3)RB2(RealityBuiltforTwo)、スマホとVRデバイス、VR体験の種類
  • 1989年のVRデバイスの例として、RB2がある。RB2は電話であり、データグローブという手袋とゴーグルを装着して話すと、画面上に移るアバターを介して会話ができるという製品である。この製品を売り出す宣伝文句として、「バーチャルリアリティ」という言葉が初めて生まれ、以降学術領域でも採用されるに至った。RB2発明以前にも、VR技術は、宇宙業界ではシミュレータとして使われていた。
  • RB2と現在普及しているVRデバイスの構成を比較すると、かなり似ていることが分かる。ただし、スマホでも使われている高性能で安価な技術群(モーションセンサーやGPS、加速度センサー、高解像度ディスプレイ、小型バッテリー等)が使われていることがVRデバイスの機能向上に大きく寄与している。
  • デバイスが安価になったことで、VR体験が多様化した。高性能なデバイスを用いて高い没入感を感じられる体験もあれば、スマホなどのモニターでVRを閲覧する体験もあり、一口にVR体験と言えど、人によってまったく異なる体験をしている可能性がある。つまりユーザ間で体験の非対称性が生じうるということを理解する必要がある。
(4)メタバースはゲーム?(だけじゃない)、メタバースプラットフォーム各種、メタバースの源流
  • 小学生が遊ぶゲームにも、メタバースと呼べる要素(様々なキャラクターや独自のワールド、アイテムの売買要素等)が多く含まれている。メタバースとゲームの垣根がなくなりつつあることから、実は小学生の中にはすでにメタバースネイティブと呼べる子どもが生まれつつあるとも言える。
  • メタバースを標榜するプラットフォームは数多く、1,000以上のプラットフォームがすでに存在している。これらは、今後淘汰されていくというより、ユーザーが居心地や自由さを求めて複数のメタバースを渡り歩く視点(インターバース)が大事である。
  • 様々なメタバースが存在する理由の一つとして、メタバースの源流が複数あることが挙げられる。その源流をたどることで、現在メタバースで課題とされていることが、実は源流の分野の議論の中ですでに整理されており、適用可能な場合がある。例えば、デジタルツインの源流は、災害シミュレーションなどにあるが、そうした源流の領域においては、すでに建物の意匠権に関連する議論がなされている。
  • メタバースを活用する際には、活用しようとしているメタバースの源流がどこにあるのかを細かく見てみると、よりよい使い道が見つかる場合もある。
(5)バーチャル東大、メタバース工学部、メタバースをつくろう1での作品の例
  • 取組事例として、まず初めに「バーチャル東大」を紹介する。これは、メタバースプラットフォーム「cluster」上に東大のキャンパスのランドマークを再現して、オープンキャンパスを実施した事例である。東大の学生3名が構築した。図面を使わずに写真だけで作ったことで、セキュリティ面は特に問題が生じなかった。
  • 通常の対面型のオープンキャンパスよりも参加者が多かった。特に地方からオープンキャンパスに参加する学生の場合、時間やコストの制約に縛られず、気軽に参加できるイベントとして機能したと考えている。
  • 次に、「メタバース工学部」を紹介する。これは、東大工学部がオンライン授業を発信する際の名称を、「メタバース工学部」とし、メタバースプラットフォーム「cluster」上で開校式を実施した事例である。
  • 最後に、「メタバースをつくろう1」という事業を紹介する。これは、メタバースプラットフォーム「MozillaHubs」上に自由に自分の好きなワールドを作成して発表会を行うという事業である。小中学校単位で申し込みがあり、これまで1,500名以上の参加者がいる。
  • 参加者は、自分の好きなゲームや迷路など、様々なワールドを作成した。メタバースを作れる人を作るという事業目的を果たすことが出来たと考えている。
(6)メタバース教育、VR空間での授業って嬉しいの?、VR/メタバースでしかできないこと
  • メタバースで授業をする場合、リアルタイムの授業をメタバースで行うことが考えられるが、アバターという身体の分身を通じて体験できるという強みを生かして演習や実習を実施することが有用と考える。

  • 具体的には、英会話の練習をAIのノンプレイヤーキャラクター相手にメタバースで行う、又は目の前にある建物で火事が起きるといった状況をメタバースで体験するなど、研修の本気度を上げる、といったVRの使い道があると考える。

  • 実用化されている事例の一つに、「おうちで体験!かはくVR」がある。これは、国立科学博物館の建物をデジタルアーカイブ化して、その中にある作品や収蔵されているもの、普段見られないようなものを見学できる体験をメタバース上で提供している事例である。

  • 次に、「角川ドワンゴ学園N/S高等学校」の取組を紹介する。この学校は、コロナ禍以前からVR入学式を実施していた。また、通信制高校の弱みである学生間の一体感を解決するために、実際に授業をオンラインで受講する際に、アバターを画面に登場させて、授業を受講している際の動き(うなずきやリアクション等)を再現することで、一体感を創出している点が特徴的である。

  • 最後に、学術交流に活用された事例を紹介する。リアルで学会を開催する場合、会場の手配や費用など様々な課題があったものが、メタバースであれば非常にやりやすくなった。

  • 一方で、最近は、メタバースを使う意義が問われるフェーズに入ったと考えている。メタバースで授業やイベントを開催すると、文字が小さくてスライドが読めないというコメントを必ず受ける。

  • メタバースを利用する意義は、「リアルではできないこと」「リアルを超える効果があるもの」にある。

  • 「リアルではできないこと」としては、例えば物理法則を自由に設計した演出の活用が考えられる。一方で、あまりにリアルから離れた設定とするとシミュレーションの性能が落ちるなど、正しい情報が得られなくなる点は注意する必要がある。

  • 「リアルを超える効果があるもの」としては、まず、「効率的な学習・訓練が可能」な点である。例えば、避難訓練にメタバースを用いることで、参加者の本気度を上げることが出来る。また、「社会的規範からの脱却」という使い方も考えられる。例えば、アバターが持つ匿名性を生かしてコミュニケーションを図ることで、上司と部下の関係や高齢者と若者の分断を改善する手段としてメタバースを活用できる可能性がある。

(7)ディープフェイク遠隔授業、バーチャルオムニバス授業
  • 授業での実験の例として、まず「ディープフェイク遠隔授業」を紹介する。ディープフェイクとは、一枚の人物写真さえあれば、その写真の人物があたかも話しているかのような動画を作ることのできる技術である。
  • 実験では、怖そうな顔の先生の顔で授業した場合と優しそうな顔の先生の顔で授業した場合で、授業中の生徒からの質問の数や発言の数に違いが生じるか検証した。結果、優しそうな顔の先生の授業の方が、質問や発言が多い傾向が見られた。この実験から、発言する際の心理的な障壁を、顔を操作することで軽減できる可能性がある。
  • 次に、「バーチャルオムニバス授業」について紹介する。これは、オンラインでのオムニバス形式の授業において毎回異なる容貌のアバターを用いて講義をした場合と、同じ容貌のアバターを用いて講義をした場合で、生徒が授業の内容を覚えている度合を比較した実験である。結果、講義ごとにアバターを切り替えた授業の方が、生徒はより内容を覚えていた。アバターが物事を記憶する際のきっかけ(環境的文脈効果)につながっていると考えられ、メタバースには学習効率を上げる効果も期待できる。
(8)アバター=化身、Cartoon-likeanimatedavatars、アバターの心理学・プロテウス効果、多元的自己・分人
  • アバターの姿は多様である。フォトリアルなものやアニメチックなもの、動物、無機物などもある。オンライン会議サービスでもアバターの姿を選択できるものがある。
  • アバターを通じて様々な姿になれる利点を調べた研究を紹介する。まず、太鼓を叩く時に、ミュージシャン風の容貌のアバターを使う場合とサラリーマン風の容貌のアバターを使用する場合で、叩き方に違いがあるか比較した実験がある。この実験では、ミュージシャン風の容貌のアバターを使用した場合の方が、よりダイナミックに演奏する傾向が見られた。つまり、この実験からは、周りから自分がどのように期待されているかによって、自身のふるまいが変わる可能性を示唆している。
  • 次に、見た目の良いアバターを使用した場合とそうでないアバターを使用した場合で、使用後のふるまいの違いを比較した実験を紹介する。この実験では、見た目のよいアバターを使用したユーザーでは、現実世界でもより対人距離を詰めて自己開示を行う傾向が見られたと報告されている。つまり、この実験からは、アバターでの体験を現実世界に持ち帰ることが出来る可能性を示唆している。
  • 最後に、アインシュタインのアバターを使用して認知テストを実施した実験を紹介する。この実験では、ユーザーの自尊心が低い場合、アインシュタインのアバターを使用した方が、成績が良くなったと報告している。
  • このように、自分を何者として捉えるかによってふるまいが変わる(プロテウス効果)ことに関わる実験が多く行われている。
  • 個人(individual)という単語は、in(否定)+dividual(分けられる)からなり、これ以上分けることが出来ないものとされているが、職場の自分と家庭の自分のように、実はコミュニティごとに使い分けされている。そのため、アバターを使うことで、自己を拡張できると捉えることが出来る。
(9)シミュレータによる教育訓練、一人称視点によるVR疑似体験
  • VRの主要な活用方法として、シミュレーターとしての活用がある。特に、飛行機の操縦訓練、手術訓練等リアルで実習する場合にコストが大きい分野での活用は平成元年頃から行われている。
  • 例えば、飛行機の操縦訓練の場合、フライトシミュレーターで操縦した時間をライセンス更新時の算定に利用できる。つまり、現実の体験でなくとも、現状とほぼ同等であるとお墨付きを得ている事例が既に生まれている。
  • 最近は、VRゴーグルが安くなったことで、リアルで実施する場合のコストがそこまで高くない分野(認知症体験やLGBT体験、VR漫才体験、VR国会議員体験等)でも活用されつつある。
(10)一人称視点の切り替えによる小動物の手術教材、LowVisionシミュレータ、どこを見てるか:アイトラッキング
  • よりインタラクティブなVRの活用例として、農学部獣医学専攻の先生との取組を紹介する。これは、執刀する様子を、手術室内の色々な場所に設置したカメラで撮影して、執刀後、自身が執刀する様子を見たい角度のカメラに視点を切り替えて振り返ることで、より効率的に学習できるか検証する取組である。
  • 見え方に特徴がある方の症例を疑似体験する用途も生まれている。例えば、視界の真ん中が欠損している症状を、VRゴーグルを通じて再現することで、患者の家族や医師が、患者の視界を体験することが出来る。すでにLowVision体験眼鏡は存在しているが、視界の欠損部分が自身の眼球の動きに連動しないため、本当の意味での体験は難しい。しかし、VRゴーグルの場合、視線を検出することが出来るため、より実際の症状に近い形で体験できる。
(11)感情やメンタルを考慮したVR訓練、ノンスタ井上さんになるVR
  • 接客訓練をメタバースで行う事例もある。この事例では、接客時のクレーム対応をAIのアバター相手に訓練するものであり、訓練中、ユーザーの心拍や呼気のCO2を計測して、ストレス状態を推定し、AIアバターの怒り方を自動で調整できる。
  • その他、漫才のVRシステムを作るための共同研究を現在実施している。これは、漫才を通じてコミュニケーション能力の向上を図れるか、VRコンテンツの可能性を検証する取組である。
(12)広島平和記念公園でのVRガイドツアー、VRとリアルの融合/FusionofVirtualandReal
  • 続いて、実際現場に行って体験することに意味があるコンテンツでのメタバースの活用事例を紹介する。具体的には、原爆ドームのある広島平和記念公園でのVRツアーでは、参加者に特定の場所でVRゴーグルをかけてもらい、1945年の広島の情景を体験してもらう、ある種のタイムマシンのようなコンテンツを提供している。
  • 最後に、VRとリアルの融合が図られている事例を紹介する。例えば、現実世界のキーボードとVR空間上のキーボードをつなげて、VRに現実の触感を再現する技術がある。
(13)まとめ
  • VRを突き詰めると、「リアルとは何か?」という問いになる。つまり、人間がどのように世界を見ていて、そこからどのようにリアルを感じていて、それがどのように現実世界で有効活用できるかという問いである。そうしたリアリティをVRとメタバースでどのようにアップデートできるか考えることが重要である。
  • VRはあくまでツールであるため、手段の目的化は避ける必要がある。
  • 近年、対話型AIに代表されるように、別世界のエージェントに対して質問を投げることで、回答が得られるといったAIに注目が集まっているが、AIには、人間の能力を拡張するようなIA(IntelligenceAmplification)としての側面もある。VRとメタバースには、AI的な側面とIA的な側面があり、今後ますます注目されると考える。

6 質疑応答

Q:メタバース空間をどのように作りこんでいったのか。メタバースでの対応とリアルでの対応をどのように使い分けているのか。
(回答者)神奈川県共生推進本部室共生企画グループ 松本 勇哉 グループリーダー
  • メタバース空間は、障がい者を含めて様々な方の利用を想定しているため、あえてシンプルな作りとしている。
  • リアルでの対応との使い分けとしては、障がい者向けのメタバース講習会をリアルで実施し、そこで制作した作品をメタバースに展示した。
(回答者)神奈川県青少年課企画グループ 水本 貴子 グループリーダー
  • メタバース空間は、プラットフォームを熟知している事業者と密に連携して作りこんだ。
  • リアルでの対応との使い分けとしては、今年度はメタバース内に相談窓口を設置していないが、来年度以降はメタバース内に相談窓口を設置して、リアルにつなげていくといった取組も行いたいと考えている。
(回答者)横須賀市文化スポーツ観光部観光課 小山田 絵里子 氏
  • メタバース空間は、市が生成AIを用いてある程度イメージを作成し、そのイメージを基にクリエイターに具体的なワールドの作成を依頼した。
  • リアルでの対応との使い分けとしては、記者会見をリアルで実施した後、メタバースにVR関係のメディアを集めて再度実施した。
Q:メタバースの普及促進に当たり、デジタルデバイド(高速通信、HDM/VRゴーグル、高機能GPU等がある方が快適)解消に関する考え方が何かあるか。
(回答者)東京大学情報基盤センター教授、バーチャルリアリティ教育研究センター教授(兼務)雨宮 智浩 氏
  • メタバース体験のためには、高機能なものが要求されることは仕方がないと思う。一方で、それが障壁となって導入が進まないという声も多く耳にしている。
  • 今回紹介したVRゴーグルは、ローカルレンダリングといって、VRゴーグルの中で様々な処理を行うものが多いが、例えば、通信環境が非常に強くなれば、リモートでレンダリングして映像だけをゴーグルに送るといったことも可能となる。その場合、手元のゴーグルは必ずしも高機能である必要はなくなるので、通信環境の改善もセットで考えていくべきだと考える。
  • 例えば、小中学校ではGIGAスクール構想によって様々な端末が配布されているが、メタバースを利用するために十分な性能ではない。現状、用意できる設備で授業をデザインすることも一つの手だと考える。
Q:メタバースを利用した居場所づくりに伴い起こりえる、メタバースへの「依存」についてどう考えるか。
(回答者)東京大学情報基盤センター教授、バーチャルリアリティ教育研究センター教授(兼務)雨宮 智浩 氏
  • 依存とは、メタバースを日常的に使うようになることと表裏一体であると考えている。依存は、メタバース固有の問題ではなく、これまでもあったゲーム中毒やSNS中毒の議論と関係している。

  • 問題の一つとして、依存しているメタバースが急遽サービスを停止してしまうと、ユーザーに喪失感や失望が生まれる可能性が考えられる。例えば、「Vカツ」というサービスが事業終了した際、そこでユーザーが作ったコンテンツやアバターが一切使えなくなった事例がある。つまり、自身の分身が持っていたものが、ある日突然使えなくなるといった状況が起こりえるということである。

  • どこまでプラットフォーマーに頼り、どこまで自分で管理するのかというバランスに注意する視点は、ユーザー側とプラットフォーマー側の両方で必要だと考える。

Q:メタバースで多様な主体が、遠隔で地域コミュニティの再構築を支えられると考えるがいかがか。
(回答者)神奈川県政策研究センター 澤 紫臣 特任研究員
  • メタバースを用いて、地域コミュニティを遠隔で構築する場合、様々なスタイル(オンライン交流や学習、地域からの情報発信、社会参加促進、行政サービスの提供等)が考えられる。
  • 関係人口創出という視点で言えば、遠隔地にいる方でも、その地域に興味がある方は、地理的制約を感じることなく、コミュニティに参加することが出来る点がメタバースの良い点だと考える。
  • 一方で、プライバシーや個人情報の保護、本人性の確認の在り方、虚偽情報流布の防止など検討すべき課題も多い。適切な運用に向けて十分に検討してから活用することで、メタバースがより地域コミュニティへの遠隔参加に役立つのではと考える。
Q:作りこむキャラクターを社交的な設定にする等により、例えば対人不安のある方の行動変容につながるという効果は考えられるか。
(回答者)東京大学情報基盤センター教授、バーチャルリアリティ教育研究センター教授(兼務)雨宮 智浩 氏
  • こうした実験結果自体はないが、社交的なアバターを用いることで、より積極的な行動は見込めるのではないかと考える。今回ご紹介したプロテウス効果は、人間のステレオタイプを刺激しているため、そうしたキャラクターを活用することで効果が見込める可能性はある。
  • 例えば、目線を合わせたくない、笑顔が引きつってしまうといった対人不安のある方の場合、アバター側の目線を補正したり笑顔を作ったりすることで、相手に対してプレッシャーを感じなくなるといったことも考えられる。

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