ウエルシュ菌(Clostridium perfringens)は、ヒトや動物の腸管内、土壌中等自然界に広く分布しており、食中毒やガス壊疽、化膿性感染症、敗血症等の感染症を引き起こします1- 3)。今回は、ウエルシュ菌の特徴や、食中毒の発生状況等、食中毒を中心に紹介します。
性状・生態
ウエルシュ菌は、グラム染色*により、グラム陽性大桿菌(図1)として観察され、「空気(酸素)を嫌う菌」で、酸素がない状態で発育する嫌気性菌です。また、ウエルシュ菌は芽胞と呼ばれる熱に強い耐久細胞により、自らを守ることができる芽胞形成菌です。図2のように発育に適した環境下では栄養型のウエルシュ菌となりますが、発育に適さない環境になると、芽胞を形成し、芽胞のみの休眠状態となり、自らを守ります。生存に適した条件になると、発芽し(芽胞から菌が出る)、菌が増殖し始めます。ウエルシュ菌(栄養型)は加熱により死滅します(易熱性)が、芽胞形成されている状態は熱に強く(耐熱性)、100℃で1~6時間加熱しても死滅しません。ウエルシュ菌(栄養型)の発育至適温度は他の細菌よりも高く、43~45℃となっています1, 2)。
*グラム染色:細菌を色素によって染め分ける方法の一つで、細菌の持つ細胞壁の構造の違いによってグラム陽性(紫色)とグラム陰性(赤色)に大別できます3)。
食中毒の発生状況
日本の2010~2022年における病因物質別の食中毒事件数の年次推移を図3に示しています4)。ウエルシュ菌による食中毒件数は、サルモネラ属菌や黄色ブドウ球菌及び病原大腸菌(腸管出血性大腸菌を含む)と同程度で推移していますが、1事例当たりの患者数が多いという特徴があります。 |
図3 2010~2022年における病因物質別の食中毒事件数の年次推移 |
食中毒の感染経路
原因食品としては、弁当・仕出し、パーティ・旅館等での複合調理品が挙げられます。食肉や魚介類はウエルシュ菌汚染率が高いため、食肉、魚介類を使用した大量調理食品で多く見られます2)。食中毒の例としてしばしばカレーが取り上げられます。ウエルシュ菌に汚染された食材でカレーを作った場合、ウエルシュ菌(栄養型)は加熱で死滅しますが、熱に強い芽胞は死滅せず、生存してしまいます。カレーを鍋のまま放置し、空気が少ない温かい条件(約50℃)になると芽胞が発芽し、その後、カレーの中でウエルシュ菌(栄養型)が増殖します。このカレーを加熱不十分のまま喫食すると、腸管内まで到達したウエルシュ菌(栄養型)が増殖し、芽胞形成時に毒素を産生します。この毒素により腹痛や下痢が引き起こされます(図2)。
毒素はA~E型の5型に分類されますが、食中毒等のヒトの病気由来のウエルシュ菌の多くがA型となっています。A型では、健康なヒト・動物・環境由来菌では約2~6%の毒素産生となっているのに対し、食中毒由来菌では約80~90%が毒素を産生するとされています2)。
症状・予防対策
食中毒の潜伏期間は6~18時間(平均10時間)で、多くは12時間以内に発症します。症状は腹痛と下痢で、嘔吐や発熱は少ないとされています。特別な治療法はなく、比較的軽症で、1~2日で回復します1, 2)。
ウエルシュ菌の食中毒予防対策としては、とにかくウエルシュ菌に芽胞を形成させる機会を与えないことが重要なポイントになります。食品中のウエルシュ菌を増殖させないために、調理後は速やかに喫食します。加熱調理品を保存する場合は、温かい環境を作らせないように、小分けにして速やかに冷却し、10℃以下で保存します2)。
ウエルシュ菌の検査~神奈川県衛生研究所の取り組み~
当所の地域調査部では、食中毒の拡大防止や原因究明のための検査を行っています。微生物部では必要に応じて、地域調査部が分離した食中毒原因菌の分子生物学的解析を行っています。ウエルシュ菌の検査の中で見えてくるこの菌の特徴的な性状を紹介します。
① 便からのウエルシュ菌の分離・同定 |
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② 分子疫学的調査 |
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おわりに
当所では、ウエルシュ菌の検査と疫学情報を積み重ね、食中毒の予防や拡大防止に努めていきます。
<参考文献>
1) | ウエルシュ菌感染症とは (門間千枝, 柳川義勢, 感染症発生動向調査週報 (IDWR), 第33号, 2006年) |
2) | 食中毒予防必携第2版 (社団法人日本食品衛生協会, p.105-112, 2007年) |
3) | 臨床検査学講座 微生物学/臨床微生物学第3版(医歯薬出版株式会社, p.22-38, p.219-230, p.249-253, 2012年) |
4) | 食中毒統計資料(厚生労働省) (アクセス日:2023年5月31日) |
5) | 腸管出血性大腸菌O157集団発生事例の分子疫学調査(石原ともえ, 神奈川県衛生研究所衛研ニュースNo.117,2006年12月) |
(微生物部 鈴木 美雪)
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