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神奈川県衛生研究所

衛研ニュース
No.217

酸素が嫌い!ウエルシュ菌について

2023年7月発行

ウエルシュ菌(Clostridium perfringens)は、ヒトや動物の腸管内、土壌中等自然界に広く分布しており、食中毒やガス壊疽、化膿性感染症、敗血症等の感染症を引き起こします1- 3)。今回は、ウエルシュ菌の特徴や、食中毒の発生状況等、食中毒を中心に紹介します。

性状・生態

ウエルシュ菌は、グラム染色により、グラム陽性大桿菌(図1)として観察され、「空気(酸素)を嫌う菌」で、酸素がない状態で発育する嫌気性菌です。また、ウエルシュ菌は芽胞と呼ばれる熱に強い耐久細胞により、自らを守ることができる芽胞形成菌です。図2のように発育に適した環境下では栄養型のウエルシュ菌となりますが、発育に適さない環境になると、芽胞を形成し、芽胞のみの休眠状態となり、自らを守ります。生存に適した条件になると、発芽し(芽胞から菌が出る)、菌が増殖し始めます。ウエルシュ菌(栄養型)は加熱により死滅します(易熱性)が、芽胞形成されている状態は熱に強く(耐熱性)、100℃で1~6時間加熱しても死滅しません。ウエルシュ菌(栄養型)の発育至適温度は他の細菌よりも高く、43~45℃となっています1, 2)

*グラム染色:細菌を色素によって染め分ける方法の一つで、細菌の持つ細胞壁の構造の違いによってグラム陽性(紫色)とグラム陰性(赤色)に大別できます3)

食中毒の発生状況

日本の2010~2022年における病因物質別の食中毒事件数の年次推移を図3に示しています4)。ウエルシュ菌による食中毒件数は、サルモネラ属菌や黄色ブドウ球菌及び病原大腸菌(腸管出血性大腸菌を含む)と同程度で推移していますが、1事例当たりの患者数が多いという特徴があります。

図3 2010~2022年における病因物質別の食中毒事件数の年次推移

食中毒の感染経路

原因食品としては、弁当・仕出し、パーティ・旅館等での複合調理品が挙げられます。食肉や魚介類はウエルシュ菌汚染率が高いため、食肉、魚介類を使用した大量調理食品で多く見られます2)。食中毒の例としてしばしばカレーが取り上げられます。ウエルシュ菌に汚染された食材でカレーを作った場合、ウエルシュ菌(栄養型)は加熱で死滅しますが、熱に強い芽胞は死滅せず、生存してしまいます。カレーを鍋のまま放置し、空気が少ない温かい条件(約50℃)になると芽胞が発芽し、その後、カレーの中でウエルシュ菌(栄養型)が増殖します。このカレーを加熱不十分のまま喫食すると、腸管内まで到達したウエルシュ菌(栄養型)が増殖し、芽胞形成時に毒素を産生します。この毒素により腹痛や下痢が引き起こされます(図2)。
毒素はA~E型の5型に分類されますが、食中毒等のヒトの病気由来のウエルシュ菌の多くがA型となっています。A型では、健康なヒト・動物・環境由来菌では約2~6%の毒素産生となっているのに対し、食中毒由来菌では約80~90%が毒素を産生するとされています2)

症状・予防対策

食中毒の潜伏期間は6~18時間(平均10時間)で、多くは12時間以内に発症します。症状は腹痛と下痢で、嘔吐や発熱は少ないとされています。特別な治療法はなく、比較的軽症で、1~2日で回復します1, 2)
ウエルシュ菌の食中毒予防対策としては、とにかくウエルシュ菌に芽胞を形成させる機会を与えないことが重要なポイントになります。食品中のウエルシュ菌を増殖させないために、調理後は速やかに喫食します。加熱調理品を保存する場合は、温かい環境を作らせないように、小分けにして速やかに冷却し、10℃以下で保存します2)

ウエルシュ菌の検査~神奈川県衛生研究所の取り組み~

当所の地域調査部では、食中毒の拡大防止や原因究明のための検査を行っています。微生物部では必要に応じて、地域調査部が分離した食中毒原因菌の分子生物学的解析を行っています。ウエルシュ菌の検査の中で見えてくるこの菌の特徴的な性状を紹介します。

① 便からのウエルシュ菌の分離・同定

-チオグリコレート(TGC)培地中の発育-
チオグリコレート(TGC)培地という液体培地に便を接種し、培養すると、ウエルシュ菌が存在する場合は、培地の空気に触れない下部に菌が発育し(酸素を嫌うためです)、培地表面に気泡を発生します(図4)。

-カナマイシン加卵黄CW寒天培地上での集落(コロニー)-
TGC培養液または便を、ウエルシュ菌を選択的に分離するための寒天培地(カナマイシン加卵黄CW(Clostridium welchii Agar)寒天培地)に塗抹し、嫌気的に一晩培養します。ウエルシュ菌が存在する場合は、黄色味を帯びた白色環を有する黄白色集落(コロニー)が観察されます(図5)。これは、卵黄中のレシチンの分解によるもので、卵黄反応(レシチナーゼ反応)と呼ばれます。
この他に、グラム染色(図1)や遺伝子検査による毒素遺伝子の検出、便を用いた毒素産生試験等を行います。

② 分子疫学的調査

-血清学的試験-
同一のウエルシュ菌による感染かどうかを調査する手段として、Hobbsの血清型別があります。A型ウエルシュ菌の血清型が1~17型まで報告されており、市販試薬を用いて試験を行います。各々の型の試薬とウエルシュ菌を混和させたとき、該当する型で菌の凝集が生じます(図6)。

-パルスフィールド・ゲル電気泳動(Pulse-Field Gel Electrophoresis:PFGE)法-
血清学的試験の他にも、同一感染源の推定を目的とした細菌の遺伝子解析法の一つとしてPFGE法があります。この方法は、細菌のゲノムDNAの塩基配列が菌株により異なることを利用して、特殊な酵素(制限酵素)で特定の塩基配列を示す部位を切断し、その切断パターンを比較することにより、同じ起源の菌かどうかを推定する方法です(詳細は2006年12月発行の衛研ニュースNo.1175)をご参照ください)。図7はPFGEの泳動像で、切断されたDNAがバンド(白い線)として観察されます。レーン1と2の各ウエルシュ菌はバンドの位置が同じであり、同じ感染源由来であることが推定されます。

おわりに

当所では、ウエルシュ菌の検査と疫学情報を積み重ね、食中毒の予防や拡大防止に努めていきます。

<参考文献>

1) ウエルシュ菌感染症とは (門間千枝, 柳川義勢, 感染症発生動向調査週報 (IDWR), 第33号, 2006年)
2) 食中毒予防必携第2版 (社団法人日本食品衛生協会, p.105-112, 2007年)
3) 臨床検査学講座 微生物学/臨床微生物学第3版(医歯薬出版株式会社, p.22-38, p.219-230, p.249-253, 2012年)
4) 食中毒統計資料(厚生労働省)外部サイトを別ウィンドウで開きます (アクセス日:2023年5月31日)
5) 腸管出血性大腸菌O157集団発生事例の分子疫学調査(石原ともえ, 神奈川県衛生研究所衛研ニュースNo.117,2006年12月)

(微生物部 鈴木 美雪)

   
衛研ニュース No.217 令和5年7月発行
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