1.コロナウイルスの基礎知識
コロナウイルスはゲノムに一本鎖(+)側RNAを持つRNAウイルスです。ウイルス粒子(ビリオン)は直径100nmの球形で、ウイルスとしては平均的な大きさです。エンベロープ型ウイルスで、宿主細胞由来の脂質二重膜(lipid
bilayer envelope)をビリオン最外層にまとい、その膜にウイルス由来の外被糖タンパクであるSタンパクがびっしり刺さっています(図-A)。電子顕微鏡でビリオンを見るとSタンパクが球を冠状に取り巻いていて、太陽のコロナに見えるためコロナウイルスと命名されています(図-B)1,2)。
図 コロナウイルスの粒子構造
A:Fields Virology, 6th Edition、Fig.28.2Bより引用 |
B:国立感染症研究所ホームページより引用 |
2.新型コロナウイルスについて
2019年11月頃に中国の湖北省武漢市で発生した原因不明の肺炎は瞬く間に全世界に流行を広げ、2009年の新型インフルエンザ以来のパンデミックとなりました。この病原体が7番目のヒト由来コロナウイルスであり、SARSウイルスと近縁で病状も同様のためSARS-CoV-2と命名されました。このウイルスによる感染症全般はCOVID-19と命名されています。COVID-19の致死率はおよそ3%で、飛沫・接触を主とした感染伝播能も相当に高く、世界的な脅威となっています。11月上旬までの1年弱で全世界の感染者は5000万人、死者は120万人を超えています。SARS-CoV-2は上気道や下気道、血管内皮や消化管など広範な細胞に感染し、せき・肺炎や血栓症・下痢など多様な症状を引き起こします。また、ウイルス感染により、過剰な免疫反応が惹起されることでサイトカインストームと呼ばれる抗炎症因子の大量分泌が起きて血栓症などの原因になっているとも考えられています。
3.新型コロナウイルス検査について
現在実施されている新型コロナウイルス検査には大きく分けて3種類の検査法があります。それぞれの検査法の概要を解説します。いずれも被検者から採取した鼻咽頭拭い液・唾液・血液等をサンプルとして検査を行いますが、これらを「検体」と呼びます。
1)核酸増幅法(NAT)
ウイルスの持つ核酸ゲノムの一部を鋳型として、プライマー(合成DNA断片)と酵素を用いて増幅し、増幅領域をいろいろな手法で可視化して検体内のウイルス核酸の有無を判別する手法です。NATで最も普及しているリアルタイムRT-PCR法3, 4)を例に挙げますと、新型コロナウイルスはRNAウイルスなので、まずRNAを鋳型に逆転写を行いDNAを生成したのち他の試薬を混合し、素早い温度変化を40-45回繰り返します。これにより増幅領域は理論上数十億倍に増幅されます。あらかじめ増幅領域に特異的に反応するプローブ(蛍光標識されたDNA断片)を反応溶液中に混ぜておき、増幅に従って変化する蛍光量により結果を判定します。他に標的領域の周辺に結合する6種類程度のプライマーを使ってDNAを等温増幅するLAMP法、SmartAmp法や、DNAを鋳型にRNAを増幅させるTRC法、TMA法などがあります。
2)抗原検査
抗原とは生物に免疫反応を起こさせる物質の総称ですが、この場合は新型コロナウイルス粒子を構成するタンパク質のことです。検体内にウイルス抗原が存在するかを知るための抗原検査試薬には、抗原に対する抗体があらかじめ人為的に大量生産・精製されて入っています。液化した検体をこの抗体と接触させて、検体内の抗原の有無を確認します。濾紙を使ったイムノクロマト法が簡易検査として普及していますが、大型自動化機器を用いた化学発光による検出法もあります。
3)抗体検査
病原体感染に対する生体反応の目印として、体内の抗体の有無を調べる検査です。抗体は一般に感染後およそ10日前後経ないと出現しませんので、検査時にウイルスの有無を調べることには向いておらず、個人の検査としての意味合いは薄いです。一般には集団の感染歴を調べる疫学調査に使われるべき検査と言えます。
4.神奈川県衛生研究所の役割
当研究所では県内の新型コロナウイルス感染症流行に関して以下のような対応を行い、県民の皆さんの健康や安全な生活の維持に貢献するべく活動しております。
○核酸増幅法によるウイルス検査
新型コロナウイルスの国内流行に先立ち、1月から国立感染症研究所(感染研)のマニュアルに従い検査法の習得と習熟に努めました。2月に入り横浜港にクルーズ船が入港し、検疫所による大規模検査が実施されると処理能力の限界から当所にも分担の依頼があり、結果的には200件近くの検査を実施し、多数の陽性検体を扱いました。その後技術進化により操作は簡便になりましたが、一般検査件数は3・4月には月間1000件を超えるなど膨れ上がりました。その後、流行が落ち着いたこと、民間検査が多く導入されたことで件数は一時減少しましたが、8月には再び月間1000件を超えるなど増加しており、予断を許しません(表)。9月までに当所では総検査件数6000件以上、陽性例500件以上の実績となっており、大型連休中にも検査日を設定して緊急案件に対応しています。
表 神奈川県衛生研究所の新型コロナウイルス検査2020年実績
○県内検査機関・検査員を対象とした指導や研修
県臨床検査技師会と県との協働で「アドバンスドリアルタイムPCR研修」を開催しております。これは実際に検査に携わる臨床検査技師等を対象とした実技研修です。1日かけて新型コロナウイルスのリアルタイムPCRに関する講義と実習を行い、検査の原理から手技までを体得することを目的とした実用性の高いもので好評を得ています。参加人数の増加に対応する目的で、県内自治体の衛生研究所にも研修のノウハウを提供しています。
○県内の感染症発生動向調査や啓蒙活動などの情報発信
神奈川県域のみならず、県内自治体の衛生研究所等からの検査情報を集計・解析して、県全体の感染症発生動向調査を「新型コロナウイルス感染症情報」という形で、広く県民に公表しています。こうしたレポートでは東京都などの周辺情報との比較や移動平均といった独自集計を行い、理解がしやすく現状把握にも役立つよう工夫を凝らしています。
あとがき
冬に入るとインフルエンザの流行が懸念され、コロナウイルスとの同時流行という悪夢のシナリオも取り上げられています。しかし既に冬期を経験している南半球のレポートがいくつか出されており、それによればインフルエンザの流行はかつて無いほどに低かったとのことです5)。これについてはコロナが流行ったからインフルが抑えられたという言説もありますが、それよりはコロナ流行によってマスク着用・手洗い励行・ソーシャルディスタンシングといった衛生意識・行動の高まりが人々の間で起こったことが功を奏したものと考えられます。しかし冬期は気温が低く乾燥しており、呼吸器病原体には極めて居心地の良い季節になります。必要充分な感染対策の理解が深まってきた昨今、用心しすぎないが軽視しない対策を各自心がけて、この災厄に立ち向かっていきましょう。
(参考資料および参考リンク)
- Taguchi, F.: [SARS coronavirus]. Uirusu 53, 201-209, doi:10.2222/jsv.53.201
(2003).
- Masters, P. S. & Perlman, S.: Coronaviridae. in Fields Virology (eds
D. M. Knipe & P. Howley) (Wolters Kluwer, 2013).
- Saiki, R. K., et al.: Science 230, 1350-1354, doi:10.1126/science.2999980
(1985).
- PCRって何?(神奈川県衛生研究所)
- AUSTRALIAN INFLUENZA SURVEILLANCE REPORT. Report No. 10, (The Department of Health, Australian Goverment, 2020).
(微生物部 櫻木淳一)
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発行所
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神奈川県衛生研究所(企画情報部) |
〒253-0087 茅ヶ崎市下町屋1-3-1 |
電話(0467)83-4400 FAX(0467)83-4457 |
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