かながわなでしこファーマーズ

先進的な卵のブランド化と直売所の取り組みを推進しながら女性グループのリーダーとしても活躍

先進的な卵のブランド化と直売所の取り組みを推進しながら女性グループのリーダーとしても活躍

取材対象
横須賀市長坂在住
安田養鶏場・安田和子さん

いち早くブランド化に取り組んだ鶏卵「アトムくん」や、女性農業者同士のネットワークを築いた功績から横須賀市にある安田養鶏場の安田和子さんは昨年、「神奈川県女性農業者活躍表彰女性地域参画部門(個人)」を受賞しました。「家族や多くの人に支えられての受賞です。私は私ができることをしてきただけです」と謙虚に語る安田和子さんに、受賞の喜びとこれまでの歩み、そして今後の目標を伺いました。

「私ができることをしてきただけ」

衣笠駅から車で20分ほど走らせるとひっそりと居を構える安田養鶏場。ここで55年にわたって鶏卵と露地野菜の生産に取り組んでいるのが、安田和子さんです。安田さんは、農業振興について特に功績のあった女性農業者を表彰する「令和4年度神奈川県女性農業者活躍表彰」で、女性地域参画部門(個人)を横須賀市で初めて受賞しました。現在は、約7000羽の鶏と、210aの露地野菜を栽培しています。
受賞の感想は、「役をひとつ引き受けると、また次の仕事やご縁がありました。家族や多くの人に支えられながら、私ができることをしてきただけです」とぽつり。謙虚さと実直さが入り混じる、芯のある言葉が特徴的です。

授賞式の写真

養鶏を始めた夫と結婚

安田さんは、横須賀市太田和に生まれました。潜水艦乗りだったという父が終戦後、開拓農民として始めたのが養鶏でした。養鶏を手掛ける父とそれを支える母の姿を見て育った安田さんは昭和43年、創業3年目の安田養鶏場を営む夫と結婚し、泥だらけになりながら仕事に没頭しました。

農作業と家事に追われる生活。さらに当時は携帯電話やパソコンがない時代。嫁ぎ先の農家で子育てなどに悩む女性同士で連携しようと、同じ悩みを抱える女性8人で、安田さんは『長坂若妻会』を立ち上げました(後に『のぎく会』に改称)。規格外のキュウリを活用した「しあわせ漬け」の開発や、ベトナム戦争後の食糧難に苦しむ国民に向けて支援米の寄付を募るなど、活動の幅を広げていきました。

「こうした集まりは当時、地区内にたくさんありました。農作業は大変でしたが、集まって世間話や悩みを共有すれば学びや知識を共有することができて、この集まりが、その後の私の仲間づくりの原点となっています」

話している様子の安田さん

まだブランド化の名もない時代に

養鶏に加え、鶏糞を再利用した堆肥で育てた露地野菜の栽培にも手を広げて順調に生産規模を拡大してきた安田養鶏場でしたが、昭和の終わり、「物価の優等生」と言われた鶏卵価格の暴落という危機に瀕します。

「なんとかしてこの危機を脱しようとした時、県の農業改良普及員の方が、特殊卵について教えてくれました。私たちの卵と他の卵を差別化した、今でいう、ブランド卵です」
さっそく開発に乗り出した安田養鶏場は、飼料の改良や、鶏の新たな品種を導入し試行錯誤を重ねます。そうして生まれたのが、ペプチド鉄の栄養を豊富に含んだ「アトムくん」と、薄青色をした「幸せの青い卵 タフラン」でした。今でもこの2商品は直売所に陳列され、親戚がデザインしたパッケージも使用されています。

「このブランド卵のおかげで、『アトムくんといえば安田養鶏場』というイメージを皆さんに知っていただくことができました。まだブランド化という名前がない時代に取り組むことができたのも、多くの人のおかげなんです」

たまごの写真

休みは1年で1日だけ 大人気の直売所

安田養鶏場は、生産物のほとんどを自社の直売所で販売しています。長く愛されてきたのがわかる味わい深い直売所では、採れたての鶏卵や新鮮な野菜だけでなく、ズッキーニやアーティチョーク、バターピーナッツといった珍しい野菜も並びます。国道134号にも近く、鎌倉や逗子、葉山から新鮮な野菜を求めて訪れる人も多いのだとか。

この直売所という売り方も、卸売市場に出荷するのが一般的な流通スタイルだった当時では珍しい販売方法でした。「『こんなところで卵や野菜を売って、本当に人が来るのか』と言われたこともありました。でも、あそこにはおいしい野菜や卵がある、とクチコミで広がって、今でもひいきにしてくれます」と白い歯をのぞかせます。

毎日卵が生まれる養鶏は、年間を通して休みがありません。これに合わせて直売所も365日のうち、休みは元日の1日だけ。それでも和子さんは、「お客さんとも段々顔見知りになって、私が店番でいない時には、『きょうは和子さんはいないのかい、じゃあまた来るね』と言ってくれる人がいます。こういう関係が直売所の魅力ですね」と、苦労をおくびにも出さず、店に立ち続けています。

直売所に並ぶ野菜や鶏卵

「家族みんなが健康でさえいてくれれば、それでいい」

のぎく会からはじまり、その後全国組織「畜産に携わる女性ネットワーク」(後に全国畜産縦断いきいきネットワークに改称)の初代会計監事や、県組織「かながわの畜産に携わる女性ネットワーク」の初代会長など、農業での女性の地位向上に貢献してきた安田さん。輝かしい経歴に偉ぶることもなく、今後の目標は、あくまで謙虚そのものです。

「4人の子どもに恵まれ、そのうち3人は就農し、残る一人も水道工事を請け負う企業で働きながらうちを手伝ってくれています。なにか大きな目標や、こうしてやろうという気持ちはあまりありません。任せられた仕事をしっかりこなしていく、そして家族みんなが、健康でさえいてくれれば、それでいいんです」

直売所でお客さんと話している様子