更新日:2018年7月24日

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「治療と仕事の両立」の取組みの必要性と現況

「治療と仕事の両立」が注目される背景

 2017年3月に働き方改革実現会議にて決定された「働き方改革実行計画」には喫緊の検討課題として「治療と仕事の両立」があげられているのはご存じでしょうか。
 病気は、前触れなく突然訪れ、たとえ自分なりに健康に注意を払っていても罹患してしまうことがあります。自分でコントロールできないことの1つといえます。こうした病気罹患について、これまでは病気の罹患=退職と考えられることが少なくありませんでした。なかでも「がん」は、これまで「不治の病」と認識されてきたうえに、その治療過程で体力的問題も生じるとして、雇用主、雇用者ともに退職を勧奨・選択する傾向がありました。
 治療と仕事の両立が雇用上の重要課題と位置付けられてきた背景には医療技術の進歩により、これまで治癒が難しいとされた疾病でも継続就業が可能になってきたことがあります。たとえば、がんの5年相対生存率は、1990年代は5割強でしたが、近年は6割を超え年々伸びてきています[i]。また治療法も入院は短期化し、通院が主流となっています[ii]。まさに継続就業しながら治療をするのが一般的となりつつあるといえます。
 その一方で治療を中断したり、病気の罹患の判明と同時に依願退職や解雇されるケースも散見されています。たとえば、糖尿病患者の8%が「仕事のため忙しいから」を理由に通院を中断し[iii]、がん罹患者についてもがんの診断後、勤務者の34%が依願退職または解雇されています[iv]。
 育児や介護の両立において、継続就業が難しい理由に職場の多忙性があげられていましたが、本テーマにおいても同様の理由があるといえ、ゆえに「働き方改革」の1つとして治療と仕事の両立が取り上げられたといえます。

 

育児・介護の両立と治療と仕事の両立の相違点

 こうした動向を踏まえ、厚生労働省は2016年2月に『事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン』(以下、ガイドラインとします)を公表しました。本ガイドラインには病気罹患者の継続就業に係る留意事項や具体策が示されています。対応策は(1)疾病の重症化防止策、(2)疾病による休職者の早期職場復帰策、(3)復職後通院を要する者の支援策の3つに分けられ、これらを円滑に遂行するには、(A)事業者による方針明示と労働者への周知、(B)従業員の意識啓発、(C)制度・体制の整備、(D)相談窓口等の明確化があげられています。これらを見る限り、育児や介護の両立支援の方向性と大きな違いはないといえます。
 では、育児・介護と治療では両立支援において何が異なるのでしょうか?その違いを1つあげるとすると、それは「対象者の業務遂行能力」だといえます。
 育児や介護の両立支援は対象者の業務遂行能力に支障が生じるわけではありません。もちろん、出産は一時的に本人の業務遂行力が低下しますが、その回復期は予測可能だといえます。一方、治療については、病気の種類、投与されている治療薬の副作用で個人差が大きいだけでなく、発症した病気によっては罹患前と同じ業務遂行能力を発揮できない可能性もあります。また、治療中も体調により日々状況が変わることもあり、職場マネジメントには留意が必要です。それゆえに、育児や介護の両立以上に対象者は多忙な職場を慮り、支援制度はあっても利用せず退職をする、退職勧奨が行われやすいといえます。
 こうした課題の解決策として、やはり恒常的な長時間労働の是正が効果的であり、同取組みは両立支援策の基盤だといえます。これに加え、治療と仕事の両立には先進的取組みが展開されています。広島県では「治療と仕事の両立」に向けた研究会が立ち上げられ、筆者も同研究会の委員として参加しています。同研究会では「治療と仕事の両立」の実現には、病気罹患時の対応だけでなく、事前の予防も重要であること、病気罹患を予見することは難しいうえに発覚後の対応が急務であるがゆえに、治療と仕事の両立に係る情報提供の徹底と事業主・人事部門・管理職、さらには従業員の果たすべき役割を棚卸し可視化することを取り組んでいます。
 病気の罹患は誰にでも生じうる問題であり、いつ発生するか予見が難しいものです。それゆえに、従業員が病気に罹患しても継続就業できるよう早期の検討を開始しておくことが重要だといえます。


[i]国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター「5年相対生存率(1993年から2008年診断例)」
[ii]平成26年厚生労働省「患者調査」
[iii]平成25年厚生労働科学研究「患者データベースに基づく糖尿病の新規合併マーカーの探索と均てん化に関する研究ー合併症予防と受診中断の抑止の視点から」
[iv]厚生労働科学研究費補助金、厚生労働省がん研究助成金「がんの社会学」に関する合同研究班(主任研究者山口健)(平成16年)

(執筆:PwCコンサルティング主任研究員兼学習院大学経済経営研究所客員所員 松原 光代氏)

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