更新日:2025年12月10日
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第31回黒岩知事と県民との“対話の広場”Live神奈川(横浜会場)
「箱根駅伝から学ぶ!成長するための秘訣」
148名
(1)参加した感想
大変良かった…109名(88.6%)・良かった…14名(11.4%)・あまり良くなかった…0名(0.0%)・良くなかった…0名(0.0%)
(2)特に印象に残ったもの ※複数選択可
知事とゲストの対談…93名(56.7%)・意見交換…57名(34.8%)・知事挨拶…14名(8.5%)
(3)今後取り上げてほしいテーマ
教育、スポーツ、AI、2027年国際園芸博覧会 など
(4)主な自由記述
司会
皆さまこんばんは。
ただ今から「令和7年度黒岩知事と県民との対話の広場Live神奈川横浜会場」を開催いたします。
改めまして、私は司会を務めます吉野と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
それでは、本日のプログラムをご説明いたします。最初に黒岩知事からご挨拶がございます。
次に、黒岩知事と本日のゲストの青山学院大学陸上競技部原晋監督お二人で、本日のテーマ「箱根駅伝から学ぶ!成長するための秘訣」について、対談をしていただきます。
その後、会場の皆さまと意見交換を行っていただきます。
本日は会場の様子をライブ中継するとともに、Twitter改めXで皆さまからご意見をいただきます。
意見交換の中でご紹介させていただくこともございますのでご了承ください。
インターネット中継をご覧の皆様にご案内申し上げます。
この中継をご覧いただきながら、Twitter改めXでご意見を投稿できますので、是非お寄せください。
それではお待たせいたしました。黒岩知事からご挨拶を申し上げます。知事お願いいたします。
知事
はい。こんばんは。神奈川県知事の黒岩祐治です。県民との対話の広場、ようこそお越しいただきました。
この対話の広場というのは、私が知事になって14年半になるんですけれども、最初からずっと続けてきています。
そして、その都度その都度テーマを決めてですね、皆さんとこうトークしていくんですけれども、私にとって、とってもなんていうか楽しい場でありまして、直接皆さんの声を聞いて、それ面白いね、すぐやろうって言って、すぐやったこともあります。
ですから、こんなこと県にやってほしいなと思うことがあったら、どんどん言ってください。
それをすぐに実現するのが、この一つの魅力でもあります。
それと共に今日見てください。高校生たちたくさん来てくれていますけれども、もうちょっと年配の方も来ていらっしゃいますよね。
こういう世代を超えて同じテーマで議論するって、やっぱり普通ないですよね。
これがね、この対話の広場の魅力であります。
そしてずっとやってきて、今日はなんと記念すべき100回目です。
だから、スペシャル企画。だから、原晋監督をお呼びしたわけでありましてね。
とってもなんか私もウキウキしてるんですよ。あ、テレビで見るのと同じ顔だと思ってるでしょう。
もうテレビでも大変なもうスターでありますからね、来てくださって本当に嬉しいなと思っています。
いつもなら、二人のゲストがいてですね、自分はこんなことやってるんだってプレゼンテーションしてもらって、それから皆さんと議論しましょうっていうかたちで始めるんですけれども、今日はスペシャルですから、原監督といろいろお話ししながら、もう途中でどんどん皆さんに振っていきますからね。
原監督にこれ聞いてみたいなと思ったらどんどん言ってください。
この、対話の広場の一つのルールっていうのはですね、私が司会進行を行います。
私、元々テレビのキャスターですから、この対話の広場において、私は司会者と知事の二刀流で参りますので、どうぞよろしくお願いしたいと思います。
それでは原監督とね、ちょっとお話をしてみたいと思いますけれども、今日本当にありがとうございます。来ていただいてね。
もうなんか皆さん羨望の目で見てますよね。羨望の目。
原監督
いやいやいやいや。
知事
ランニングとかマラソンとかやってる人いますか?いる?いる?いるね。
そういう人は特になんか聞いてみたいなと思っているでしょう。
どうしたらあんな強くなるのかなみたいなね。ていうこともあるだろうけれども。
さあ、そもそもやっぱり箱根駅伝、我々にとって箱根駅伝ですけれども、箱根駅伝。
でも、駅伝っていっぱいありますよね。箱根駅伝っていうのは監督にとって何が違いますかね?
原監督
当然、物的なね、区間とか距離とかそういったものもありますけれども、私自身の人生をですね、大きく変えてくれた駅伝ですね。
知事
人生を変えた。
原監督
えぇ、それだけですね、社会的影響力の非常に高い、今やもう国民的行事になってるのが、これ箱根駅伝。
それをですね、東京から芦ノ湖まで、またその9割以上がですね、この神奈川県下で行われてるというところ。素晴らしくないですか、皆さん。
そこの県民の皆さんですよ。すごいことが起こっているんですよね。
知事
そうですよね。ほとんど神奈川県ですからね。ずっとね。で、あそこで神奈川県の映像がずっと映るから、神奈川にとってこんなありがたい話はないですね。
原監督
ありがたいですね。六郷橋を越えたところから、皆さんもうお気づきだと思いますけれども、白バイ隊が変わるのご存じですか?これ何で変わるか分かりますか?
警視庁と神奈川県警の変わるポジション、要は県境なんですね。
だから、六郷橋のところざっくり18キロ、残り3キロですから、18キロポイントですから、全長片道106キロの約18キロ、何分の一になりますか?が東京都で、あとみんな神奈川県ですからね。
知事
そう。だから神奈川県のね、あの白バイ隊の人、ね、あれテレビ映るじゃないですか。
あれがやりたくて神奈川県警に入ったっていう人、たくさんいるんですよ。
原監督
そうですね。是非皆さんも白バイ隊乗りたくないですか?どうですか?
白バイ隊、神奈川県警、すごいいいところだと思いますよ。
知事
でもね、聞いたの。あれね、みんなかどうか知らないけれど、紙おむつしてるんだって。
原監督
そうですね。
知事
知ってました?
原監督
いや、これはですね、県警の皆さんだけではなくて、テレビ局の1号車のアナウンサーさんとか、第2中継の白バイの中継とか、サブの方とか、皆さんそういう風に。
で、原監督、じゃあ、運営管理車に乗っているけれど、おむつしてるのか?してませんよ、皆さん。してませんよ。すみません。意外ともつんですよね。意外ともつ。
知事
白バイ隊でおむつしてるってびっくりしましたけどね。本当聞いたの。だって途中で、ちょっとトイレ行きますって行けないじゃないですか。映ってるし。
それぐらいなかたちで、みんな支えてるということがあってね。
やっぱり、お正月の2日目3日目のね、もう恒例だし、テレビでいっても視聴率も高いわけですよね。
私元々フジテレビにいましたからね。日テレですよ、あれはね。悔しくてしょうがなかった。絶対勝てないんだもん。あれね。
原監督
そうです。出雲駅伝っていうのが10月の体育の日、スポーツの日にあるわけなんです。
こちらはフジテレビなんですね。ざっくり視聴率が8パーセントぐらい。
で、先日行われた全日本大学駅伝。名古屋の熱田神宮から伊勢神宮内宮まで行くのが、ざっくり106キロの駅伝。
これがテレビ朝日。テレビ朝日がやってるんですが、これ、ざっくり視聴率が10パーセントぐらいなんですけれども、箱根駅伝、皆さんどれくらいかご存じですか?
どれぐらいだと思いますか?
会場
90(パーセント)
知事
90パーセントなんて視聴率ありえないんだよね。びっくり。気持ちは嬉しいけどね。
原監督
ちょっとテレビ局について学びましょう。ちょっとね、はい。実は、30パーセントぐらいなんですよ。30パーセント。
知事
おぉ、このどよめきすごいね。やっぱりなんていうの。
原監督
知事はもうテレビマンですからね、30パーセントってすごい。
知事
いやぁ、もう今ないですよ、今。今、全然ないですよね。あの、いつもなんかドラマが起きますよね。
原監督
起きますね。起きてほしくないんですけどね。もうフラフラになると大変ですよね。
知事
あれだけドラマがあって、本当なんかこう見ていて涙するっていうようなね、そんな感動がいつもある。
あんなこうなんていうか、駅伝。他の駅伝でもそういうの本当あるんですかね。あまりテレビ中継されていない。
見ていないからわからないけれど、あんなにドラマいつもあるんですかね?箱根駅伝みたいな。
原監督
やっぱり出雲駅伝とかはもう本当に一区間が10キロ未満なんでそんなトラブルないんですよね。
全日本大学駅伝も、まあそんなに途中でフラフラになることはないんですけれども、やはり箱根駅伝の特徴として、全ての区間が20キロ以上なんですよね。
で、1番ドラマが起こるのが、アクシデントが起こるのが、あの山上りですよね。
もう低体温症なったりするとですね、もう本当にフラフラになるんですよね。
だからそこでもう、それでも歯を食い縛って、もうゴール、往路のゴールに駆け抜けると、やっぱりそこにね、やっぱり、うん。絆と言いますかね。人と人とのこの若者たちの仲間意識と言いますかね。
それがやっぱり多くの国民の皆さんが涙する、感動するんじゃないですかね。
知事
よくあの箱根の山をあの勢いで走っていけるなって思いますよね。すごいですね、あれ。
原監督
いや、だから神ってつくんでしょうね。もうね。
知事
あの、坂上っている人たちは特別な練習してるんですか?
原監督
あの、これはですね、上り坂のトレーニングをいくらしても、私は指導者として思うのは、適性ですね。
やはり骨盤、骨盤がこう傾斜してる。前へ前傾している。走りもこう前へ前傾している子は比較的スムーズに登るし、また、上へ飛び跳ねてスピード豊かな子は、平地では勢いが出ますけれども、やっぱり、ああいうところは少し苦手。
ですから、長身ランナーは意外といないですね。長身で飛び跳ねて走るような子は山にはいない。
どちらかというと、少し足が、少し短い系の身長も170前後で、前傾で走っていく子。
そういった子の方がどちらかというと向いてるかなっていうふうに思います。
知事
それはもう監督がその体型とかその走り方のあれを見て、君は山上りに行けっていうふうに指名されるんですか?
原監督
そうですね。山上りはですね、夏合宿あたりでもですね、菅平高原とか、妙高とかそういったところで合宿をするわけなんですけれども、こう自然豊かなこうアップダウンのところで走るんですね。
そういったところで走りを見て、あ、この子、上りに適性あるな。いや、下りでもいいぞ。
そういったところを見てですね、選定していくという作業をいたしましたね。
知事
あの下りもまたすごい勢い出ましたよね。
原監督
実はですね、皆さん、下りと上り、どっちがダメージがあるかと思います?
会場
下り。
原監督
ピンポン。下りなんですね。
もうね、100メートルどれぐらいだろうな。もう12、3秒くらいかな。12秒って言ったら大げさだな。13、4秒ぐらいかな。1番傾斜のあるところは本当に12、3秒でガーっと下っていきますから。
相当です。だから、適性のない子はもう足の裏、皮がずる剥けになりますし、箱駅駅伝で下ってから、1週間ぐらいは和式トイレに行かれない。
それだけ太ももがですね、あるいは腰回りがパンパンに張ってしゃがむこともできないぐらい張りが出るんです。適性がない子です。
でも昨年、私どもの野村がですね、区間新記録で下りましたけどれも、彼は適性がある子だったので、多少の足に豆はできましたけれども、もうすぐに回復してジョギングができるようになるというような、要は適性、上りも下りも適性区間ですね。
知事
なるほどね。それでね、僕いつも不思議に思うんだけれど、あの、山上りとか、その山をガーっと下っていくっていう、ものすごい大変じゃないですか。
ああいう人っていうのは、きっとマラソンとかやったらすごいんじゃないかなって思う割には、そういう人出てこないですよね。
日本代表とかって、あんなすごい人がなんで出てこないのかなって。
原監督
やっぱりこれはもう本当に適性区間なので、じゃあ、あのフラットなトラック競技とかロードレースの平地なところで、スピード豊かで仮に日本記録持ってる子が、じゃあ山上り山下りにチャレンジしたら、日本一になれるかと言ったらそうでもないんですね。
だから逆に、知事がおっしゃるように、あそこで活躍した人がマラソンで大成しないじゃないか。
もうこれはまさに適性区間なんでですね。そこの適性にある、能力にあった選手を上り下りを走らせるというようなことなので、必ずしも平地で能力の高い子が上り下りができるかって言ったら、これまた違ってくると、そういうものだと思います。
知事
これね、我々見ていて、原監督っていうのは、結果を出し続けてこられたじゃないですか。
これ何なのかなっていうか、今日のね、大きなテーマはリーダー、リーダー論っていうのをしたいと思うんだけれど、原監督というリーダーが、要するにそのリーダーとしてどんな思いでみんなをリードをまさにしているのかって、その辺り聞かせていただきたいんですけれどね。
原監督
はい。結果を出すっていうことは本当に重要なことなんですね。
例えば、高校生、今日たくさんいますけれども、自分が希望している高校受験や大学受験、やはり結果求めますよね。
やっぱり希望する第一志望に受かりたいと。受からなかったとき、まあまあ、どんまいどんまい。じゃあ、これやっぱだめですよ。
じゃあ、結果を出すためには、何をしなければいけないか?やっぱり努力しないといけないんですよ。
じゃあ、努力をするために何をまずしなきゃいけないかといえば、事実をきちっと掴むことなんです。
言葉の定義をします。事実と真実。これ違うんですね。事実とは答えは一つなんです。
例えば原は原晋です。原辰徳じゃないわけですよ。黒岩知事は知事なんです。副知事じゃないんです。これ事実なんですね。
で、真実という言葉があるんですけれども、これは今日参加の皆さん、100人いらっしゃったら、100通りの原に対する思い、知事に対する思い、100通りあります。
でも、それは嘘でも何でもない。その人が持っていることなんですね。でも事実とは異なることが多々あるわけなんです。
原監督も色んな誹謗中傷も受けることも当然あります。嘘のことを言われることもあります。事実と反することもあります。
でもその人が思ってること、その人は本当のことを言っているんでしょう。でも事実とは異なる。その事実をきちっとまずは掴むことから。
君たちが受験をするのにあたって、青山学院に入りたいという夢物語を語ります。でも事実として、ABC、D判定だったらそれは受かりませんよ。
じゃあ、何が足りないのか、何が長所があるのか、何が短所なのかをちゃんと事実を掴んで、そこから半歩先の目標設定をして、成功体験を繰り返し掴んでいくというその繰り返しだと僕は思っています。
知事
その、あなたの事実はこれだって自分でこう自覚させるということから始まるんですか?
原監督
そうですね。まずは自分自身でその事実を掴むとともに、その事実がほわんとしているのであったら、未成年者の君たちは高校の先生に相談したり、ご両親に相談したり、あるいは友達同士で相談し合ったりすることによって、事実というものをより明確化させること。
まあまあ、どんまいどんまいっていうのは、それはね、茶番劇に過ぎないと。
そして真の友達を得たいんだったら、君たちのいいところも悪いところもきちっと言い合える、そんな友を是非探してほしいなというふうに僕は思いますね。
知事
そういう環境を作っていくために、この監督としてどういうふうに皆に接せられるんですか?
原監督
はい。これはですね、分かりやすく言えば、私どもは部員50名、寮生活をしております。
そこでごまかしたり嘘をついたり、いんちきなことをするというようなことをしない。
その大前提にあるのは、昨今ビジネス用語、今日はサラリーマンの方もたくさんいらっしゃいますけれども、心理的安全性の確保ということなんですね。
Aという意見を言ったり、Bという意見を言ったり、Cという意見を言ったり、それが仮に自分の考え方と違ったとしても、その人を批判しない。
それはそれ。これはこれ。きちっと言い合える仲間作り。
自分の意見と違ったことを言ったときに、お前何言ってんだよ。変わってるやつだな。わがままなやつだなというふうに、けなさないというかね。
それぞれの個性をやっぱり認め合うと。共生社会の実現。
それが私は共生社会の実現だと思ってるので、やっぱりそれぞれの個性を大切にする。いろんなことを言い合える。
また、とんちんかんなことを言っても、ちゃんと認められる。話を聞いてもらえる。そういう空気感を組織に作ることが僕は大切だというふうに思っています。
知事
なるほどね。これやっぱり一人ひとり走ってるんだけれど、やっぱりチームを作ってくる。
でも、チーム作ってきたってあれですよね。実際に走れる人はね、10人しかいないですよね。
10人しかいないけれども、それをやっぱチームとしての、いいチームと悪いチームでやっぱり違いますか?
原監督
やはり、それは先ほど言いましたように、事実を確認して、そこをそれぞれの立場の頑張りをしっかりと評価してあげる。だから、部員が50人いたら、1番から50番まで順番つくんです。
じゃあ、1番になった正選手になった者がすごい立派でいいやつで、50番のやつはだめなやつか。そうじゃないんです。
50番には50番の役割がある。1番には1番の役割がある。また、身体能力も50人いればそれぞれ違います。
でも、その事実をきちっと掴んであげて、そこからどう努力をしているかというところを見てあげる。
その結果、全員一緒になりません。そんなに世の中甘くありません。差がつきます。
でも、事実から頑張ってる姿を皆が褒め称えてあげること、それが僕は大切かなというふうに思います。
知事
これ、監督自らの事実もこうちょっとお伺いしたいと思うんですけれどね。
監督としてのキャリア、最初に監督になられた原さんと、今とはどう変わってきていますか?
原監督
最初はですね、私自身も素人感覚だったと。特に1期生の学生には。今振り返ってみると反省するところ多々あります。
でも、一生懸命やりました。また自身嘘偽りなく、青山学院大学をまずは箱根駅伝出場に導こうという思いでやりました。
理念を作りました。行動指針を作りました。そして原の思いを作りました。それを学生と真剣にぶつかってきました。
でも学生は最初はまだまだ私の思いに答えてくれませんし、理解もしてくれなかった。それは説明が悪かったのかも分かりません。
ですから、そういう段階においてはですね、やはり拒否権の発動が早かったですね。
これをやれ、これをやれ、あれをやれ、これをやっちゃだめだっていうようなかたちで、監督の思い、そういったものを、まずは、ある意味ですよ、抑えつけるようなかたちで進めていきました。
それがチームの理念とか行動指針とか、監督の思いがチームに浸透していく流れの中で、ここ最近、ここそうですね、10年ぐらい前からでしょうかね。
やっぱり学生たちもやっぱりやるようになる。自分の思いでやるようになる。
やるようになったらですね、逆に僕が根掘り葉掘り言うことは必要なくなるわけです。
そうすると拒否権の発動が少しと言いますかね、大きくなるというか、あえてもうこれはやっちゃいけない、これはやっちゃいけないいうことは言わない。
そうか、じゃあ頑張ってみろよと。じゃあ、こういう方向で頑張ったらいいんじゃないか。
学生からアドバイスをと言われたら、そうだな、まずはやってみようじゃないかっていうようなかたちに変わってきたかなという風に思いますね。
知事
監督自らがこう成長されてきたって感じなんでしょうかね。
原監督
そうですね。私自身も成長させてもらったと思います。
知事
その理念とか行動指針とか今おっしゃいましたけれど、それはどういうことですか?
原監督
はい。企業には企業の理念、行動指針、県庁には県庁の、学校には学校の教育理念というのが多分あると思うんです。
それぞれの立場であると思うんだけれども、私は理念共有なくして組織はまとまらないというふうに思っているんです。
じゃあ、本学の陸上部の理念何なの?憲法で例えるならば、1番重要な根の考え方なんですけれども、本学では箱根駅伝、勝った負けた、泣き笑い、だけではなくて、箱根駅伝を通じて社会に役立つ人材を育成しよう。これがチーム理念、1番重要な最大の項目なんです。
アスリートですから、勝った負けた、泣き笑い、当然必要なんですよ。
でも課外活動、クラブ活動というのは、教育活動の一つだというのを指導者の私が忘れちゃだめなんです。
勉強せずして走っとけばいい。勉強は欠席していい。合宿行くぞ。それじゃダメなんですよ。
そして、ただ原監督の言いなりで動く組織じゃなくて、運営を通して、まあ分かりやすいキーワードで言えば、コミュニケーション能力とか計画力とか分析力とか突破する力とか、そういったものを部の運営を通して学ばせる。
それが私の仕事だというふうに思ってますので、それをまずは理念として組織に浸透させていったということですかね。
知事
それはすごいですね。
その社会に役立つ人間になれっていう話が強いチームを作っていくことになるっていう。
なんか、お前らもっとしっかり走って練習して、もっと真剣に練習しなきゃだめじゃないかって言って、もっと強くなれと言って、理念っていうのは、とにかく1番になろうぜって言っているのかと思ったらそうじゃない。
原監督
そうじゃないですね。
知事
それ驚きですね。
原監督
やっぱり社会が求めているものをスポーツを通してやれば、自ずと、子ども、学生たちの心構えが間違いなく変わってくるんですよね。
で、その理念の元に、我がチーム、チームスピリット、3か条、行動指針というものがあるわけなんですけれども、一つ言うとですね、感動を人からもらうのではなく、感動を与えることのできる人間になろうという項目が一つあるんですけれども、そんな適当な練習、そんな適当な寮生活をしていて、当然結果も出ないよね、結果出なかったら、多くの皆さんに感動ってお届けすることできるかいっていうような持っていき方をしているんですよね。
だから、全ては根の部分の考え方をしっかり持たせることによって、結果として、やらなければいけないねっていうような空気感が組織にできてくるんだと僕はそう思ってるんですけれどね。
知事
なるほどね。それはすごい話だなと思いますね。そうやってやっぱりこう結果的にはみんながなんか強くなってくるという結果が出てくる。確かにさっきも言ったけれども、感動しますよね。
やっぱり感動するような走り方をしろって言っていることから始まっていて、感動してるっていうことは結果につながってるということですね。
原監督
で、1番なってですよ。あ、それともう一つはですね、そういうことをやり続けると、1番なるのはそれはなかなか難しいですよ。
ずっと勝ち続けるのは。でも、上位にいることは僕は間違いないんだと思うんですよね。
で、仮に1番にならなくても、その学生たちの走りから、やっぱり感動って届けることできると思うんです。
1番だけ、1番のチームだけが感動を届けるんじゃなくて、やっぱり2番、3番、あるいはシード権争いでも、頑張ってる姿を見るとですね、
その一生懸命やっている姿に、僕は感動をお届けすることができると思うので、
だから日頃の振る舞いが、結果として、そうしたものにつながってくるというふうに僕は思いますね。
知事
このリーダーが理念とか行動指針とか必要なんだ、駅伝の監督がっていうのは、監督自らが考え出されたんですか?それか誰かから学んだんですか?
原監督
はい。実はですね、スポーツの現場からですね、あんまりそういったことを学んだことは私はなくて、先ほど知事おっしゃられたように、何が何でも勝つぞ、やるんだっていう、昭和の根性論が長く、私も59歳になりますけれども、そういう指導を受けてきました。
しかし、私、陸上界から実は10年間離れた時期があったんです。
広島の中国電力の1期生として、陸上部として活動してたんですけれども、5年で引退をしなければいけなくなったと。そして、10年間普通のサラリーマンをしたんです。
そして、最後の3年間はベンチャー企業の立ち上げにも参画したんです。5人で会社作ったんです。
その会社、今日100人以上の会社になっているんですけれども、そこの直属の社長、上司、社長ですね、が同じようにまず最初に理念を共有しようということで、5人がいっつもその理念をね、共有しました。行動指針というものもありました。そして売上高を何年でどうする?そういったビジョンを作りました。理念、行動指針、ビジョン。この3点を徹底的に叩き込まれました。
それをスポーツの現場に転用していると。まぁ、ちょっと異色な監督だなというふうに僕は思います。自分で言うのも何ですけれど、そう思ってます。
知事
それはすごくなんかよく分かる感じがしますね。スポーツ界になかった、ある種、一種独特な世界観っていうか、今昭和のね、スポーツの話出ましたけれど、我々なんか、原監督より私の方がもっと年上ですけれどね。
我々よく覚えているのは、昔の東京オリンピックのときにね、バレーボール、女子バレーボールが金メダル取ったんですよね。
その時の大松監督っていう人がね、今は、原監督時代ですけれど、当時大松監督って人がですね、もう日本中の注目を集めたんですね。
その時にしごきですね。とにかく徹底的に強い玉をボンボンボンボンボンバンバンバンバンバンこうやって、それでもう根性だというか、根性だとかって、泣きながらでも何してでもとにかく手を緩めない。
そういう根性だっていうので、世界一になったんだっていうので、これが当時のやっぱりなんていうか強くなる秘訣だったんですよね。今おっしゃってること、全然違いますよね。
もし、今の大松監督風だったら、もうぐちゃぐちゃ言わずにもっと走ってこいってね、もう1回、何周でも走ってこいとか言って、走り回らせるって言うんだけれど、
そうじゃなくて、この理念を理解しろとか行動指針を理解して実践しろとかってこのギャップがすごい。でも、それが結果につながっているんですね。
原監督
高校生の皆さんね、昔ね、僕ら世代はね、知事おっしゃったようなスポ根ドラマ、たくさんあったんですよ。ラグビーとかバレーとかね。
歯を食いしばれ、パーン。歯を食いしばれ、パーン。ありがとうございましたって地上波でやってたんですよ。今じゃ考えられないでしょ。でもそれはね、時代の背景なんですね。
まだ日本がこんなに豊かな社会じゃなかったんですよ。まだ戦争終わったばっかりだったんですね。
だから、その東南アジアでね、戦争に出かけていって、出かけてっていう表現もあれなんですけれども、森林の中でね、戦わなきゃいけないですよ。水飲んだら、そこの水がやっぱり汚染されているかも分からない。だったら水を飲まずして息絶える。それを昭和の先人たちはやってきた。
その意気込みをスポーツに置き換えていた時代が現実的にあったということなんですが、それはでも否定はしちゃいけないんです。そういう時代背景があるわけです。
で、CMなんかもそうなんですよ。私どもの世代は猛烈社員ね、働いて働いて働いてっていう社会。
知事
最近なんか新しい総理大臣がそう言ってましたね。働いて働いて働いてとか言ってましたけどね。
原監督
まぁ、時代背景の流れもあるので、一概にね、過去を全否定はいたしませんけれども、社会の流れは今、大きく変わっているもんだと思っています。
知事
その考え方がね、まさに結果につながっているということを、まさに今の時代の風を感じて、1番掴んでいらっしゃるからだというふうには思いますね。
原監督
そうですね。やっぱり空気感、社会の流れ、今社会が何を求めているのか、スポーツが独立したものではないんだとよく私学生によく言うんです。
社会の大きな構成員の中にスポーツがあるんだと。スポーツがあって社会があるわけじゃないんですよ。そこを忘れてね、そのスポーツ村の中だけでね、感じ取るというのはこれおかしな話。
一方で逆にスポーツは、社会に大きく影響を与えることができるスーパーコンテンツでもあるということは、自信を持ってやっていくべきではないかなとそんなふうに思いますね。
このページの所管所属は政策局 政策部情報公開広聴課です。