かながわなでしこファーマーズ

未来の女性農業者、神奈川の土に夢をまく

未来の女性農業者、神奈川の土に夢をまく

澄み渡る秋空のもと、2025年9月18日、かながわ農業アカデミー(海老名市)で「令和7年度新規就農者育成研修(女性農業体験コース)」の最終日が行われました。神奈川県での就農を目指す9名の女性たちが集い、農業のリアルな魅力と厳しさに触れた3日間。最終日は、未来へつながる種まきと、農家の基本となる道具の手入れ、そして先輩女性農業者の講演が行われました。農業という新たな扉を開こうとする彼女たちの、真剣な眼差しを追います。

未来の収穫を左右する、種まきの奥深さ

午前中の研修は、ダイコンやホウレンソウなどの播種(はしゅ)実習からスタートしました。播種とは種まきのこと。小さな種を手にする講師の「一つの穴に2〜3粒まき、発芽後に元気なものだけを残す『間引き』を行うことで、質の良い野菜が育ちます」という説明に参加者たちは熱心に耳を傾けます。効率だけではないおいしい野菜を育てるための農家の知恵とこだわりに触れる最初の時間となりました。

「かながわホームファーマー事業」とは

土に触れ、丁寧な手仕事がおいしさを育む

いよいよ実践です。マルチシートに開けられた穴に、一つ一つ丁寧に種をまいていきます。「マルチシートを使用する現役の農家も、こうして手作業で植えているんですよ」という講師の言葉に、参加者たちは驚きながらも、一粒一粒に想いを込めて作業を進めます。早ければ30日で収穫できるホウレンソウ、冬に収穫期を迎えるダイコン。未来の食卓を想像しながら土に触れる、充実した時間となりました。

小さな苗に映る、それぞれの1ヶ月

「切れる道具」は仕事の相棒 鎌研ぎに無心で向き合う

続いては、農家の基本ともいえる道具の手入れ体験。草刈り鎌を自分の手で研いでいきます。最初は戸惑っていた参加者たちも、講師から角度や力加減のコツを教わると、次第に無心になって刃と向き合い始めます。道具を大切に扱うことが、安全で効率的な作業の第一歩であることを学びました。

この1ヶ月の試行錯誤を報告

身体で覚える草刈りのコツと道具の可能性

手入れした鎌の切れ味を試すべく、草刈りへ。「先生の鎌とは切れ味が全然違う!」と、自身が磨いた鎌と、講師の鎌との差に驚きの声も上がりましたが、2日目に学んだ機械式草刈り機にはない手鎌の「小回りの良さ」という利点にも気づきます。道具の特性を理解し、適材適所で使い分ける農業の奥深さを体感しました。

大地の恵みをその手で、汗を忘れる収穫の歓声

先輩の原点「食べること、生きること」が農業につながった

午後は、先輩女性農業者・笹尾美香氏による講演会です。笹尾氏は、平塚で農園「Farm330(ファームササオ)」を営む女性農業者です。「どんな農業を目指すか」という問いかけから始まった講演。笹尾氏が農業を志した原点は、大病を患い「本当に安全でおいしいものを食べたい」と痛感した経験と、東日本大震災で「家族のそばで働きたい」と強く願ったことでした。「生きること」そのものと向き合った経験が、農業への道を拓いたのです。

未来へつなぐ農作業、猛暑と向き合う知恵

逆境をバネに掴んだ、新規就農のリアルな道のり

かながわ農業アカデミーでの学びを経て就農した笹尾氏を待っていたのは、「どうせ補助金がもらえる5年で辞めるんでしょ」という厳しい言葉でした。しかし、その悔しさをバネに努力を重ね、栽培面積を1年目の20アールから4倍の80アールにまで拡大。農福連携や食育にも活動の幅を広げてきた力強い歩みに、参加者たちは深く引き込まれていきました。

笹尾氏は、女性ならではの強みとして、消費者目線を活かしたマーケティング能力や作業の繊細さを挙げました。一方で、体力差や周囲からの偏見、業者との交渉の難しさといった、女性が直面しがちな課題についても包み隠さず語ります。夢だけではない現実的な話に、参加者たちの表情も一層真剣になりました。

さらに厳しい暑さといった気候の変化に対応

研修で得た確かな手応えと新たな目標

「就農は、就職ではなく起業です。生業としての農業は、全てが自己責任となるので、覚悟をもつことが大切です。しかし、やりたいと思ったことができるのは楽しいし、近所の農家やコミュニティに属することができれば、みんなで頑張っていこうというモチベーション維持にもつながります」という笹尾氏の言葉で締めくくられた講演。研修を終えた参加者からは「研修を受けて、不安や迷いが吹き飛んだ」「理想と現実のギャップを埋めるのに、とてもためになった」といった声が聞かれました。3日間の濃密な体験が、彼女たちの背中を力強く押したことが伝わってきました。

土に触れ、道具を学び、先輩の声に耳を傾けた3日間。この研修でまかれた一粒の種は、参加者一人一人の中で、これからそれぞれの形で芽吹いていくことでしょう。神奈川の農業の未来を担う女性たちの挑戦は、今、ここから始まります。

「同じ志の人と話せるのが楽しい」農が育む新たな絆