東日本大震災の教訓

掲載日:2018年8月17日

揺れを感じたら

東日本大震災では、地震発生の3分後に津波警報が発表されましたが、停電によりテレビが使用できなかったこともあり、被災地で津波警報(大津波)を見聞きした人は4割程度となっています。また、警報の発表を知るまでに平均すると16分程度(注意)かかっており、早いところでは、既に津波の第1波が押し寄せ、警報を知ってからでは、避難が間に合わなかった可能性があります。

国は、8月に南海トラフの地震による被害想定結果を公表しました。これによると神奈川県の津波の死者は最大で約2,900人と想定されていますが、迅速、適切な避難により、死者はゼロにできるものとされています。

避難は徒歩で

東日本大震災では、自動車による避難者が約半数を占めました。自動車での避難の理由は、「間に合わないと思った」と「家族で避難しようと思った」が多いものの、被災地では、「信号機の滅灯」「路面損壊」「がれき等の散乱」等の障害も多発し、「渋滞して車が動けない状態だった」との話も多く、車内で発見された遺体も相当数に及んでいます。

神奈川県の沿岸部は都市化が進み、人口、車両台数、交差点が非常に多く、東日本大震災の被災地に比べ自動車での避難は危険です。また、比較的高層の建物や狭い路地も多いので、速やかな避難のため、徒歩による移動を徹底しましょう。

率先して避難しましょう

東日本大震災後の調査では、避難のきっかけは「大きな揺れから津波が来ると思った」が最も多いものの、家族・知人等の率先避難や避難の呼びかけを合わせると半数以上となっています。また、震災後「釜石の奇跡」と言われ有名となった小中学生の避難行動は、これを見た周囲の人たちを巻き込んだ避難につながりました。

津波の被災地における地震直後の行動は、「日常と変わりなく行動」「何もしなかった」「とりあえず待機した」が全体の三分の一を占めており、まず、あなたが率先して行動し、周囲の少しでも多くの人に避難を促すことが大切です。

想定を過信しない

岩手県宮古市の田老地区には、高さ7.7メートル、延長約2.4キロメートルの「万里の長城」と呼ばれる防潮堤があり、1960年のチリ地震の津波を防ぎ住民の「いのち」を守りました。しかし、東日本大震災では、防潮堤が破壊され、防潮堤を信頼して逃げ遅れた人の多くが犠牲となりました。

一方、「釜石の奇跡」の立役者、群馬大学の片田敏孝教授は、釜石市の小中学生に「想定に囚われることなく、自らの判断で身を守ることの大切さ」を教え続け、釜石市全体で1,000人を越す犠牲者を出す中、ほぼ100%の小中学生の「いのち」を守りました。

 

注意:東日本大震災の状況は、「中央防災会議 防災対策推進検討会議 津波避難対策検討ワーキンググループ報告」を基に記載しましたが、一部、(株)ウェザーニューズが行った「東日本大震災 調査結果」を参考にしています。