現在、日本国内において、劇症型溶血性レンサ球菌感染症(Streptococcal toxic shock syndrome:STSS)の患者数が急激に増加しています。STSSは発症すると劇的なほど急激に病状が進行することより、わが国では「劇症型」と命名された、致死率の高い重篤な感染症です。なぜ増えてきたのでしょうか?
STSSの歴史や発生状況、原因となる細菌やその研究、予防対策など、STSSに関連する情報をお伝えします。 歴史と発生状況1980年後半、米国ではA群溶血性レンサ球菌(Group A Streptococcus:GAS)を原因とするリウマチ熱が流行する一方で、これとは異なる病態のGASによる感染症が、1987年に初めて発生しました。この病態は、軟部組織炎を伴う敗血症ショック症状を呈し、Streptococcal toxic shock syndrome(レンサ球菌性毒素性ショック症候群:STSS)と呼ばれ、新たな感染症として注目されました。STSSは、時に手足の壊死を引き起こすことから、1994年に英国の新聞が「ヒト食いバクテリア」としてセンセーショナルに扱い、現在でもSTSSを引き起こす原因菌は「ヒト食いバクテリア」として報道されています。 |
図1 溶血性レンサ球菌(写真) |
図2 国内の劇症型溶血性レンサ球菌感染症患者報告数の推移
(国立感染症研究所による感染症発生動向調査の報告を基に作成)
STSS患者の年齢層は、従来、特に高齢者(65歳以上)に多いとされていましたが、わが国では2023年以降、50歳未満の成人が増加傾向にあります。また、2022年12月には、WHOが欧州地域の5つの加盟国において侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症例の増加と、一部地域での猩紅熱の発生、患者は10歳未満の小児が最も多いとの報告を公表しました。これは世界的に侵襲性のGAS感染症が増加傾向にあることを示唆しています。
臨床症状
STSSの特徴は、発症から短時間で症状が急激かつ劇的に進行することです。通常は日常生活から24時間以内に多臓器不全状態になるほどの進行を示しますが、症状の進行が若干緩やかな場合もあります。初発症状は、発熱と悪寒、四肢の疼痛、腫脹、筋肉痛、吐き気と嘔吐などで、他の感染症と同様な症状を示しますが、その後低血圧となり、低血圧後、急速に症状が深刻化します。短期間にショック症状のほか、軟部組織壊死、急性腎不全、急性呼吸窮迫症候群、播種性血管内凝固症候群、多臓器不全といった重篤な症状を引き起こします。
感染者側の危険因子として、高齢者や2歳未満、糖尿病、慢性腎疾患、慢性肝疾患、悪性腫瘍、熱傷、水痘、外傷、出産、また、副腎皮質ステロイド剤、免疫抑制剤、消炎鎮痛剤使用者や過労、大量飲酒・喫煙などによる免疫低下により、感染のリスクが上がるとされています。
「ヒト食いバクテリア」の研究
STSSの原因菌は、血液寒天培地でβ溶血を起こす性質を持ったレンサ球菌のうち、Lancefield分類でA群(Group A Streptococcus:GAS)、B群、C群、G群などが報告されています。そのうち、最も報告が多いのはA群ですが、近年、G群の報告も増えています。これらの菌は、健康な人の喉や皮膚などにも存在します。
GASは他の細菌と比べて多彩な病原因子を保有し、様々な病態を引き起こすことから、古くから研究されてきました。菌の侵襲性と関連したM蛋白を作る遺伝子(emm)のうち、M1型など特定のタイプや、発赤毒素遺伝子(spe)を保有する毒素産生菌の重症化リスクが高いとされます。
これまでの研究により、STSSを起こす菌は、遺伝子の突然変異により遺伝子発現パターンが大きく変化し、侵襲性や毒素産生性が高くなることが明らかになっています。また、これらの菌が感染者の生体防御を回避する機構についても明らかにされてきましたが、患者側のSTSS発症機構は解明されておらず、今後の研究に期待がかかります。
A群溶血性レンサ球菌咽頭炎とSTSSの関連
A群溶血性レンサ球菌咽頭炎は、STSSの原因菌として最も報告が多いGAS を原因とする咽頭炎です。2023年夏以降、小児を中心にA群溶血性レンサ球菌咽頭炎の患者も増加傾向にあります。この咽頭炎からSTSSを発症する可能性は、明らかにされていませんが、現在流行しているA群溶血性レンサ球菌咽頭炎患者から検出されるGASのemm型は、STSS患者同様に、M1型が多く報告されています。さらに、M1型のうち、遺伝子変異により毒素産生量が多く、感染性が強いと報告されているM1UK株が、2019年に関東圏近郊のSTSS患者から検出されました。
このM1UK株は、2010年代に英国で流行した後、ヨーロッパのほか北米やオーストラリアでも流行しています。M1UK株の出現とこれらの疾患の関連性は現在不明ですが、わが国においても、M1UK株がA群溶血性レンサ球菌感染症増加の1つの要因かもしれません。
予防対策
STSSの予防は、GASなどの溶血性レンサ球菌を体内に侵入させないことです。感染者からの飛沫感染や、接触感染を防ぐために、手洗い、うがいなど、一般的な感染対策が有効です。また、皮膚を清潔に保ち、傷ができたら保護することも重要です。さらに、感染しても発症しないよう食事や睡眠に気を配るなど、日頃から免疫力を高めておくことも大切です。感染の初期症状を感じたら、すぐに、躊躇せず医療機関に掛かりましょう。
基本的にGASはペニシリンやセフェム系の薬剤に感受性です。これらの抗菌薬による初期の治療が、重症化を防ぐために有効です。
衛生研究所の取り組み
当所では、感染症発生動向調査により医療機関から送付された検体からGASの分離、発生届が出されたSTSS患者からの菌株の収集に加え、これら菌株の解析を行っています。また、国立感染症研究所と地方衛生研究所で形成される衛生微生物技術協議会を核とした、溶血性レンサ球菌レファレンスセンターとして活動を行っております。今後も、これらの業務を通じて、溶血性レンサ球菌感染症の流行状況の把握と感染拡大防止に努めていきます。
(参考リンク、文献)
注:リンクは掲載当時のものです。リンクが切れた場合はリンク名のみ記載しています。
- ヒト喰いバクテリア 劇症型A群レンサ球菌感染症 大国寿士 J Nippon Med Sch 2000;67(5)
- IASR A群溶血性レンサ球菌による劇症型溶血性レンサ球菌感染症の50歳未満を中心とした報告数の増加について(2023年12月17日現在)
- WHO Disease Outbreak News Increased incidence of scarlet fever and invasive Group A Streptococcus infection - multi-country
- CDC Group A Strep Infection
- 劇症型溶血性レンサ球菌感染症の分子メカニズム 阿戸学ら 日本臨床微生物学会雑誌 Vol.23 No2 2013
- 溶血性レンサ球菌レファレンスセンター IASR Vol. 33 p. 211-212: 2012年8月
(微生物部 伊達 佳美)
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