ゲノム編集技術応用食品(ゲノム編集食品)は、『ゲノム編集』という、生物の特定の遺伝子を変化させる技術により品種改良された食品であり、遺伝子操作を行った食品という点では遺伝子組換え技術応用食品(遺伝子組換え食品)と類似しています。しかし、ゲノム編集食品は、もとの生物の遺伝子とは異なる外来遺伝子が残らないことが原則であり、外来遺伝子を組込み残す遺伝子組換え食品とは異なります。ゲノム編集食品は、2019年10月から日本では届出制度により流通が可能となり、2023年8月現在で5品目が届出され3品目が市場に出されています。ゲノム編集食品では表示義務はなく、この点も遺伝子組換え食品とは異なります。
国内外でのゲノム編集食品の取り扱いも含めて、最新情報を解説します。
『ゲノム』からタンパク質(形質)へ
ゲノムとは、「デオキシリボ核酸(DNA)というA(アデニン), T(チミン), C(シトシン), G(グアニン)の4種類の核酸が連なった2本鎖の遺伝情報すべて」のことです。ゲノムDNAのうちタンパク質を作るための鋳型は、情報伝達役(メッセンジャー)RNAという遺伝子としてタンパク質の工場であるリボソームに伝えられます。リボソームでは、メッセンジャーRNAの伝達配列を翻訳しながら、運び役(トランスファー)RNAが運んできたアミノ酸をつなげてタンパク質が合成されます。このように、ゲノムのDNA配列の一部から遺伝情報としてタンパク質が合成されて、酵素や細胞、組織などの生物の形質がつくられます。
『ゲノム編集技術』とは?
ゲノム編集技術とは、ゲノム中の形質に係わる遺伝情報の特定のDNA配列を変化させる技術です。 |
図1 ゲノム編集技術 |
『ゲノム編集食品』とは?
ゲノム編集技術を使って品種改良を行う場合、対象が動物か植物かで方法や過程が異なります。魚類や哺乳類などの動物の場合は、はさみ酵素であるヌクレアーゼを作るメッセンジャーRNAを受精卵に注入して、受精卵の中でメッセンジャーRNAからはさみ酵素を作らせます。そして、はさみ酵素はDNAを切断しますが、最初に注入されたはさみ酵素のメッセンジャーRNAは後に分解され次世代には受け継がれません。
一方、植物の場合は、植物の細胞に細胞壁があることから、動物の受精卵のようにメッセンジャーRNAを直接注入できません。そこで、遺伝子組換えの技術を使って、はさみ酵素を作るメッセンジャーRNAの鋳型遺伝子であるDNAを組込みます。そのため、はさみ酵素を作った後も組込まれたDNAは分解されず、次世代にも受け継がれます。そこで最終的には、はさみ酵素のDNAを含まない品種にするために、ゲノム編集する前の元の品種と交配し、外来遺伝子であるはさみ酵素のDNAが受け継がれていない品種を選抜します。ゲノム編集技術で懸念されていることは、オフターゲットという、はさみ酵素が目的以外のDNA配列を切ってしまうことです。そのためゲノム編集で切断するDNA配列は、切断する標的部位のみに含まれている特異的なDNA配列を選択し、標的以外の部位でDNAを切断してしまうことを防ぐ対策が行われています。更にゲノム編集後には、できた個体について標的のDNA配列に似た配列を調べ、オフターゲット変異が起きていない個体を選び出します。
図2 品種改良
『ゲノム編集食品』と『遺伝子組換え食品』の違い
遺伝子組換え技術は、もとの生物には無かった外来の遺伝子を組込みます。したがって、最終的に組込んだ外来遺伝子は新品種に残り、自然界で行われる交配では発生しない現象です。安全性審査や表示が義務付けられ、組換えDNAの検査法が厚生労働省や消費者庁から公定法として通知されています。
一方、ゲノム編集技術は、もとの生物の遺伝子を切断し、切断された遺伝子が修復される際に起こる変異、すなわち自然界でも起こりうる突然変異を意図的に起こさせる技術です。安全性審査や表示の義務はなく、最終的に外来遺伝子は新品種に残らないため、ゲノム編集跡を検出できる検査法は確立されていません。
表1 ゲノム編集食品と遺伝子組換え食品の違い
『ゲノム編集食品』に対する国内外での対応
ゲノム編集食品は、2019年10月から厚生労働省で届出制度が開始されました。届け出の対象となるゲノム編集食品は、DNA切断による修復過程でDNAが欠けて機能を停止させたもの、もしくはDNA切断による修復過程でDNAが入れ替わって機能を変更させたものです。届出内容は厚生労働省のホームページで公表されます(表2)。ゲノム編集食品による環境影響への対策は、2019年に環境省から出された、生物多様性への影響面でのゲノム編集食品の取り扱いにおいても、最終的に外来遺伝子が残っていなければ遺伝子組換え生物等に該当せず、「カルタヘナ法」上の規制対象にはなっていません。
表2は2023年8月現在で厚生労働省に届出されたゲノム編集食品は5品目であり、そのうち3品目は市場に出ています。そのほか国内での開発状況は、有毒成分のソラニン、チャコニンが減少したジャガイモ、無花粉スギ、攻撃性低減のサバなど多くの品種が開発されています(農林水産省HP、農林水産会議より)。
表2 届け出されたゲノム編集食品
・ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領に基づき届出された食品及び添加物一覧(厚生労働省)
海外でのゲノム編集食品に対する取り扱いは、国により様々です。ニュージーランドは、ゲノム編集食品も新たな遺伝子改変技術を用いた遺伝子組換え食品と同じとしています。EUではニュージーランドと同様でしたが、2021年4月には、規制の見直しをすべきと発表しました。イギリスは、2023年3月に商用生産を認める法律を成立させました。カナダは、ゲノム編集食品が新しいリスクを提起するものであれば規制対象となります。アルゼンチン、ブラジル、チリ、イスラエル、ナイジェリア、ケニア、フィリピン、オーストラリア、日本では、外来遺伝子がないことが確認されれば規制対象外です。アメリカでは、基本的に植物病害性・雑草性を示さなければ規制されません。その他、東南アジア各国では取扱いを検討中であり、中国では2022年1月からゲノム編集植物の安全評価指針が試行されています。
以上のように、ゲノム編集食品に対して各国での対応が分かれていることからも、解釈や対応に国際的なコンセンサスが未だ見出されていません。しかしながら、ゲノム編集食品の開発は国内外で進められており、市場にも出ています。どのような状況にあっても、わが国において、消費者が容易に食品の情報を知り得ること、そして食品を選択できる権利を確保することは重要であり、必須であると考えます。神奈川県衛生研究所は、これからも食品に係る最新情報の発信に努めてまいります。
(理化学部 大森 清美)
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