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神奈川県衛生研究所

衛研ニュース
No.214

室内空気中の有害成分
~フタル酸エステル類について~

2023年1月発行

皆さんは、自身が一日にどのくらい空気を吸い込んでいるかご存じでしょうか?我々は1回の呼吸で0.5L、一日に換算すると14,400Lもの空気を吸っており、重さに換算すれば18.7kgに上ります(1L=1.3gで計算)。この量を水で考えますと、平均的な成人の一日の摂取量は2L程度であることから、空気の摂取量がいかに膨大なものであるか、お分かりいただけると思います。我々が普段の生活で無意識に吸っている空気にも、有害な化学物質は極微量に存在しているのです。現在、コロナ禍で室内に留まる機会が多いこともあり、室内空気の安全性を確保することは極めて重要です。そこで本稿では、空気中に含まれる代表的な有害成分であるフタル酸エステル類を紹介し、最近報告された室内空気における存在実態を報告します。

フタル酸エステル類とは?

フタル酸エステル類は樹脂の可塑剤(かそざい)として用いられており、接着剤、化粧品原料、食品用の器具、容器、包装や、洗剤、医療用品、家庭用品など我々の生活環境に広く存在しています。このフタル酸エステル類の人体への影響は、糖尿病や生殖障害など多岐に渡ることが知られており、子供や妊婦を中心に健康影響が報告されています1), 2), 3)。このことから、欧米や日本でも一部の化合物は規制の対象となっています。
図1に代表的なフタル酸エステル類の構造を示しました。フタル酸ジエチル(DEP)、フタル酸ジ-n-ブチル(DnBP)、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)などは、我が国で出荷された可塑剤の8割近くを占めています。室内環境において、これらの化合物は床や壁など室内の表面や、ほこりに吸着した形で存在するとされており、そこから徐々に揮発することで室内空気を汚染すると考えられています4)。これらの化合物は、身近なプラスチック製品を中心に含まれています。したがって、我々が普段生活している環境下で、無意識に曝露されている可能性が高いのです。
※ある材料に柔軟性を与えるために添加されるもの。プラスチックやゴムといった材料に使用される。



図1 代表的なフタル酸エステル類の構造

日本における室内空気中の指針値濃度

室内空気汚染の対策として、厚生労働省は1997年から2002年までに、計13化合物について室内濃度指針値を設定しました5)。この内、フタル酸エステル類はDnBPとDEHPの2化合物が含まれており、ラットの生殖毒性に関するデータから指針値が算出されています(表1)。

しかし、この指針値には課題もあります。例えば、フタル酸エステル類には、図1に示すような類縁体が数多くあり、各化合物によって物性や毒性が異なります。それにもかかわらず、指針値が設定されているフタル酸エステル類はわずか2化合物だけという現状があります。また、室内空気については指針値がありますが、フタル酸エステル類の発生源に明確な指針値は存在していません。日本では、玩具と食品の容器、包装などについて、一部のフタル酸エステル類に規制が設けられています。しかし、室内に持ち込まれる様々な家電や家庭用品、住宅の建材などに規制はありません。したがって、室内環境からフタル酸エステル類を排除することは困難であり、継続したフタル酸エステル類の詳細な調査が必要なのです。

室内空気におけるフタル酸エステル類の実態

それでは、実際に日本の室内空気において、フタル酸エステル類は、どの程度、どのように存在しているのでしょうか?武内らは、全国19都道府県において、50軒の住宅の室内空気を実態調査しました6)。この報告によれば、フタル酸エステル類はDnBP(0.65 µg/m3)、DEHP(0.60 µg/m3)であり、指針値濃度をいずれも下回っています(いずれも中央値)。

注目すべき点として、この論文では、室内空気中のフタル酸エステル類は気体として存在するものと、粒子状の形態の2種類があることを実証しています。先に紹介したDnBPやDEHPは、ほとんどが目に見えないような粒子として空気中を浮遊していますが、フタル酸ジエチル(DEP)というフタル酸エステルは、一部気体として存在しているのです6)。すなわち、室内空気中のフタル酸エステル類は単純に気化した分子だけでなく、室内のホコリなどの粒子の影響も考慮しなければならないと考えられます。当所でもフタル酸エステル類を含めた準揮発性物質(揮発性物質より化合物の沸点が高い傾向にあり、やや揮発する物質)の分析を試みており、気体状分子と粒子をそれぞれ捕獲する条件の開発を行っています。これにより、室内空気におけるフタル酸エステル類の正確な把握が可能になると考えています。

室内空気の安全性を確保するために・・・

室内空気におけるフタル酸エステル類を減らすためには、気体状分子と粒子を同時に排除することが重要です。したがって、1)換気を定期的に行う、2)掃除をこまめに行うことなどが具体的な対策と思われます。もちろん、室内空気中に存在する化学物質はフタル酸エステル類だけではありませんが、基本的にはこの2つの対策を行うことで、他の化学物質についても室内環境の改善が見込めると考えられます。

我々の日常生活は様々な化学物質と共にあります。例えば、日々使用するスマートフォン、洗濯に使用する洗剤など、その多くは化学物質から成り立っており、今やその恩恵を排除することは不可能です。しかし、その一方で、化学物質に由来する環境汚染、地球温暖化など多くの問題が取沙汰されています。あまり大きな注目を集めませんが、人体への化学物質の曝露問題は、これらと同等レベルの課題と思われます。幸い、今回ご紹介した室内空気のフタル酸エステル類は指針値を下回っており、直ちに問題にはならないと思われますが、使用する化学物質は時代と共に変化し、新たな物質が次々と出現します。そのため、今後も継続した分析条件の開発を行い、室内環境の安全性を確保することが我々の使命です。

(参考資料)

1) Ruiz D et al., Disparities in Environmental Exposures to Endocrine-Disrupting Chemicals and Diabetes Risk in Vulnerable Populations. Diabetes Care 2018, 41(1), 193-205.
2) Li N et al., The mechanism underlying dibutyl phthalate induced shortened anogenital distance and hypospadias in rats. J. Pediatr. Surg., 2015, 50(12), 2078-2083.
3) Ferguson KK et al., Environmental phthalate exposure and preterm birth. JAMA Pediatrics 2014, 168(1), 61-67.
4) Kondo K et al., Study on the mechanism of SVOC adsorption onto airborne particles in indoor air. Jpn. Archit. Rev., 2018, 1(4), 528-537.
5) 室内空気中化学物質の室内濃度指針値について(薬生発0117第1号 平成31年1月17日付 厚生労働省医薬・生活衛生局長通知)
6) Takeuchi S et al., Distribution of 58 Semi-Volatile Organic Chemicals in the Gas Phase and Three Particle Sizes in Indoor Air and House Dust in Residential Buildings During the Hot Season in Japan. BPB reports 2019, 2(6), 91-98.

(理化学部 吉冨 太一)

   
衛研ニュース No.214 令和5年1月発行
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