神奈川県衛生研究所 |
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神奈川県発の発がん性予測試験法が
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2018年9月発行 |
神奈川県重点基礎研究事業で開発した化学物質の発がん性予測試験法「
化学物質の発がん性はどのように評価しているのでしょうか?
化学物質の発がん性(がん原性)は、最終的には実験動物(げっ歯類)を用いた評価により判定します。この発がん性試験では、雌雄数百匹の動物に2年半から3年半の間、毎日被験物質を投与する必要があります。動物実験削減の観点、また、化学製品の開発コストの削減の点からも、発がん性試験の前に動物を使わない簡易な試験法で発がん性を予測(スクリーニング)し、発がん性試験に供する対象を絞り込む必要があります。
細胞のがん化とは?
図1 がん化の過程
まず、がん化していない細胞では、細胞が増えていく際に、隣り合った細胞同士が接触する状態まで細胞密度が上がると、それ以上は増えなくなるブレーキ(細胞の接触阻害作用)が働きます。しかし、様々な要因で細胞の遺伝子が傷つけられ(発がんイニシエーション)、がん化の方向へ進むと、このブレーキが壊れ、細胞増殖が暴走状態になります(発がんプロモーション)。さらに細胞同士は無秩序に重なり合い、垂直方向にも増えるため、細胞は塊の状態、すなわち腫瘍となります。この腫瘍が、転移等の悪質な性質を獲得することで、悪性腫瘍である「がん」になります(図1)。
細胞をがん化の方向へ進ませる要因はいくつか知られており、そのひとつは遺伝子に損傷をあたえる遺伝毒性物質(発がんイニシエーター)です。また、遺伝子に損傷を受けた細胞に、無秩序な増殖を起こし腫瘍を形成させる物質は発がんプロモーターといいます。発がん物質のほとんどは遺伝毒性をもつと考えられてきたことから、遺伝毒性試験は発がん性の予測試験法として数多く開発されてきました。
発がん性を予測するための試験法と問題点
遺伝子を傷つける毒性の強さを評価する遺伝毒性試験は、OECDでは17種類の試験法がテストガイドライン*2として認定されています。しかしながら、近年、それらの遺伝毒性試験では検出できない発がん物質、すなわち「非遺伝毒性発がん物質」が少なからず存在することが国際的にも問題となってきました。そして、非遺伝毒性発がん物質の多くは、細胞の無秩序な増殖を引き起こす発がんプロモーターであろうと考えられています。そこで、非遺伝毒性発がん物質を検出するための発がんプロモーション試験法の開発と国際標準化が切望されてきました。
神奈川県衛生研究所での発がんプロモーション試験法の開発
神奈川県衛生研究所では、25年ほど前から横浜市立大学や食品薬品安全センターとの共同研究により、非遺伝毒性発がん物質を検出するための発がんプロモーション試験法の開発を行ってきました。その結果、2000年の神奈川県政策局の事業(重点基礎研究事業)で、Bhas42細胞を用いた発がんプロモーション試験法(Bhas42細胞形質転換試験法)を開発することができました1)。
この試験法は、動物を使用せず、低コストであり、かつ高感度に非遺伝毒性発がん性を予測することが可能です。また、特殊な技術や施設を必要としないことから国際標準試験としての資質を備えた試験法として期待がもたれました。そこで、Bhas42細胞形質転換試験法がOECDのテストガイドラインとして認定されることを目的として、14機関の参加により、研究室間再現性(異なる研究機関でも同一の判定結果が得られることの再現性)の評価を行い良好な結果が得られました。この評価研究では、Bhas42細胞での形質転換活性に影響を与える因子を見出し、より頑健性の高い実験手順書(プロトコール)を作成することができました2)。
図2 Bhas42細胞形質転換試験法
神奈川から世界へ OECDでの国際認定へ
Bhas42細胞形質転換試験法は、細胞の密度などの条件を変えることで、発がんプロモーション活性(非遺伝毒性発がん性)と発がんイニシエーション活性(遺伝毒性発がん性)3)の両方を区別して検出できるため、経済産業省とJaCVAM(日本動物実験代替法評価センター)から、発がん性予測のためのテストガイドライン候補としてOECDに申請されました
2013年にはECVAM(欧州動物実験代替法バリデーションセンター)から評価(推薦)文書が公表され4)、2016年1月にBhas42細胞形質転換試験法は、OECDのガイダンスドキュメントに認定されました5)。これにより、Bhas42細胞形質転換試験法は、非遺伝毒性発がん物質を特異的に予測できる非動物試験法として、世界初の国際認定試験法になりました。
試験法の活用と神奈川県の取り組み
Bhas42細胞形質転換試験法は、医薬品、食品、その他の化学製品の原料や、カビ毒、加熱生成物などの食品汚染物質、大気浮遊粉じん、水汚染物質など、生活に関わる多種の化学物質の発がん性を予測することが可能です。厚生労働省の労働安全衛生法では化学物質の非遺伝毒性発がん物質の検出法として採用されています。
神奈川県衛生研究所では、Bhas42細胞形質転換試験法のOECDのテストガイドライン化に再度挑戦するため、ヘルスケア・ニューフロンティア推進本部室事業として、Bhas42細胞形質転換試験法のメカニズム解析の研究を行っています。その一環として、京浜臨海部の理化学研究所および横浜市立大学・先端医科学研究センターなどとの共同研究で、遺伝子およびタンパク質の網羅的解析を行っています。
また、OECDの最近の取組みとして、毒性発現のメカニズムに基づいた試験法の組み合わせが検討されています。Bhas42細胞形質転換試験法は、特異的に非遺伝毒性発がん物質を検出できるOECD唯一の試験法として、OECDの取組みに貢献し、テストガイドライン化の推進力となるよう研究を進めています。
*1 OECDガイダンスドキュメント:国際的に試験法の有効性が認められ、利用が推奨されているもの
*2 OECDテストガイドライン:国際的な標準試験法として認められたもの
(参考文献)
1) | Ohmori et al. , An assay method for the prediction of tumor promoting potential of chemicals by the use of Bhas 42 cells, Mutation Research, 557, 191-202(2004) |
2) | Ohmori et al. , An inter-laboratory collaborative study by the non-genotoxic carcinogen study group in Japan, on a cell transformation assay for tumour promoters using Bhas 42 cells, Alternatives to Laboratory Animals, 33,619 (2005) |
3) | Asada et al., Detection of initiating as well as promoting activity of chemicals by a novel cell transformation assay using v-Ha-ras-transfected BALB/c 3T3 cells (Bhas 42 cells), Mutation Research, 588, 7-21 (2005) |
4) | EURL ECVAM RECOMMENDATION on the Cell Transformation Assay based on the Bhas 42 cell line, November (2013) |
5) | GUIDANCE DOCUMENT ON THE IN VITRO BHAS 42 CELL TRANSFORMATION ASSAY, Series on Testing & Assessment No. 231 (2016) |
(理化学部 大森 清美)
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