そして1922年(大正11年)、東京市淀橋浄水場と横浜市野毛山浄水場で塩素の注入が行われ、その後各地の浄水場で塩素消毒が行われるようになりました。ただ、この頃は塩素を注入するのは感染症の流行時やその恐れがある時に限られていました。 1945年(昭和20年)、終戦をむかえると、水道の水質管理は駐留軍の監視下で行われるようになり、浄水場において消毒用の塩素を常時注入することが指示されました。その後、政府は「水道管の末端においても0.1ppmの塩素が残留していること」を定め、これは水道法に引き継がれて今日に至っています。
図1を見ると、水道の普及、特に戦後の塩素消毒された水道の普及に伴って水系感染症の患者数が激減していることがわかります。このように、水道水の塩素消毒は私たちが健康で安全な生活を送る上で必要不可欠なものになっています。 |
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水系感染症を防止するためには非常に有効な塩素消毒ですが、場合によっては加えた塩素によって、新たな物質が生成してしまうことがあります。
水道水のにおいを嗅ぐと、よく「塩素くさい」「カルキくさい」という感想が聞かれます。これは、水道原水に含まれていた有機物やアンモニアが、消毒用の塩素と反応して生成するクロラミンという物質によるにおいです。有機物やアンモニアの含有量が少ないきれいな水を原水とする水道水ではクロラミンの生成量も少なく、カルキ臭はほとんどしません。
塩素消毒によって生成する物質を「消毒副生成物」と呼んでいます。消毒副生成物で一番有名なのはトリハロメタンではないでしょうか。今からおよそ40年前に「浄水場において使用される塩素と水中の有機物が反応して、発ガン性のあるトリハロメタンが生じる」という報告がアメリカで出され、大きな注目を浴びました。 |
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トリハロメタンはメタン(CH4)の4つの水素のうち3つが塩素や臭素等に置き換わった化合物の総称です。水道法ではこのような4種類のトリハロメタン類(図2)及びそれらの総量などについて、人の健康に悪影響を生じさせないよう安全性を十分に考慮した水道水質基準1)が設定されています。浄水場では適切な浄水処理を実施し、定期的に水質検査を行って供給する水道水が水質基準に適合していることを確認しています。
最近になって注目を集めた消毒副生成物がホルムアルデヒド2)です。平成24年5月15日、利根川水系の河川水を原水とする浄水場で実施した定期水質検査において、浄水3)から水道水質基準(0.08mg/L)に近い濃度のホルムアルデヒドが検出されるということがありました。監視体制を強化したところ、その後も濃度が上昇、水道水質基準値を超過する恐れが生じたことから利根川からの取水を制限あるいは停止、5月19日に大規模な断水(千葉県内の5市で36万世帯、87万人)が発生しました。国による調査で、この水質事故の原因物質はヘキサメチレンテトラミン4)という物質であることが判明しました。ヘキサメチレンテトラミンを含んだ水が浄水場で塩素処理を受けることにより、ホルムアルデヒドが生成しました(図3)。トリハロメタン同様、ホルムアルデヒドについても浄水場では適切な浄水処理を実施し、定期的に水質検査を行って供給する水道水が水質基準に適合していることを確認しています。 |
1)水道水質基準:人の健康の保護の観点から設定された項目と、生活利用上障害が生ずるおそれの有無の観点から設定された50項目からなります。厚生労働省
2)ホルムアルデヒド:樹脂の原料等として広く使われています。発ガン性を有し、シックハウス症候群の主な原因物質でもあります。
3)浄水:浄水場で浄水処理した水です。
4)ヘキサメチレンテトラミン:樹脂、農薬、医薬品、火薬等の原材料として使用されています。 |
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当所では、トリハロメタンやホルムアルデヒドをはじめとする各種の消毒副生成物やそれらの原因物質(ヘキサメチレンテトラミン等)について測定手法を整備し、水道水や原水中の濃度をモニタリングしています。また、分析手法が確立されていない各種汚染物質については、水道水や原水中の分析法の開発を行うとともに、それら汚染物質の水道水や水源河川水中における存在実態の監視、浄水処理方法に関しての研究を関係機関と連携して行っており、安全な水の確保に努めています。
これからは水の利用が多くなる季節です。安心・安全な水を飲むために塩素消毒に関して次の点に注意しましょう。 |
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一人一人ができること |
水道原水が汚れていると、浄水場で水道水を作るために塩素を多く使用しなければならなくなります。これに伴い、消毒副生成物も多く生成してしまいます。私たち一人一人が水源を汚さないように気をつけることが良質な水道水を得るために必要です。 |
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(理化学部 上村 仁) |
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発行所
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神奈川県衛生研究所(企画情報部) |
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