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神奈川県衛生研究所

衛研ニュース
No.149

生食用食肉の新しい基準ができました

2012年3月発行

   平成23年4月に焼肉チェーン店を原因施設とする大規模な食中毒事件が発生しました。発生地域は4県におよび、180人以上が発症し、子供を含む5人が亡くなりました。調査の結果、生のまま食べる「ユッケ」に使用した肉が腸管出血性大腸菌に汚染されていたことがわかりました。
   この事件をきっかけに、牛肉の生食に関する新たな基準が定められ、平成23年10月に施行されました。
 
牛タタキやユッケは美味しいけれど
   細菌やウイルス、寄生虫などの多くは、加熱調理をすることで感染を予防することができます。それに対して、牛のタタキやユッケなどのように生のまま食べるということは、食品が病原性微生物に汚染されていた場合には、全く無防備にそれらをのみ込んでしまうということになります。

   特に腸管出血性大腸菌は、僅かな菌量でも感染し、増殖した菌が産生するベロ毒素により、激しい腹痛、下痢、血便などの症状が現れ、溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症などの合併症を発症することもあります。HUSは腎機能障害や神経学的障害などの後遺症を残す可能性のある重篤な疾患で、死に至ることもあります。この腸管出血性大腸菌による食中毒事件は毎年後を絶たちません(図1)。

 
図1 腸管出血性大腸菌による食中毒の発生状況
(厚生労働省 食中毒統計資料より)
 
新しい基準はどんなもの?
  新しく施行された「生食用食肉の規格基準」は、その適用範囲を生食用の牛の肉(内臓を除く)だけに限定しています。具体的には、いわゆるユッケ、タルタルステーキ、牛刺し、牛タタキが含まれます(表1)。

  細菌の基準は「生食用食肉は腸内細菌科菌群が陰性でなければならない。」とされています(表1)。不思議に思われるかも知れませんが、腸管出血性大腸菌による食中毒をきっかけに作られた基準なのに、検査の対象は「腸内細菌科菌群」なのです。
 
表1 規格基準の対象と成分規格
○ 規格基準の対象となる食品
生食用食肉として販売される牛の食肉(内臓を除く)
  例:ユッケ、タルタルステーキ、牛刺し、牛タタキなど
○ 生食用食肉の成分規格
(1)生食用食肉は、腸内細菌科菌群が陰性でなければならない。
(2)(1)に係る記録は、1年間保存しなければならない。
   生食用食肉の規格基準 (厚生労働省告示第321号 平成23年10月1日施行)
 
腸内細菌科菌群は指標菌?

  検査対象を腸内細菌科菌群とした理由の1つは、実際に腸管出血性大腸菌に汚染されている肉は非常に少ないと考えられるからです。そこで、この基準では、衛生管理が適切に行われているかどうかに着目して、その評価の指標となる菌、すなわち指標菌を腸内細菌科菌群としました。末尾が「群」となっていることでわかるように、特定の菌ではなくグループを指しています。この中には、腸管出血性大腸菌やサルモネラ属菌等の病原性のある菌だけではなく、腸内細菌科に分類される多くの菌が含まれます。指標菌は、適切な衛生管理が出来ていれば検出されることはないはずなので、腸内細菌科菌群が「陽性」になれば、適切な管理がなされていないと考えられ、肉やその取り扱い過程のどこかで、腸管出血性大腸菌に汚染される可能性があると考え、危険を回避する対策をとることができます。

 腸内細菌科菌群としたもうひとつの理由は、この試験方法が国際的に認められている方法であることです。従来から食品や環境の細菌汚染を評価する指標菌として、「大腸菌群」や「糞便系大腸菌群」などが広く用いられていますが、今回は、現在の国際標準となっている検査法を取り入れることで、より広範囲の菌を捕らえることになります(図2)。

 

生食用食肉の検査方法
  具体的な検査方法をご紹介いたします。図3に検査の流れを示しました。まず、肉を量り緩衝ペプトン水を加えて培養します。この培養液をEEブイヨンに加えて更に培養し(写真1)、その培養液をVRBG寒天平板培地で培養します。培地上に発育した細菌の独立したコロニー(集落)(写真2)を選別して、オキシダーゼ試験およびブドウ糖発酵性試験(写真3)の確認検査を実施し、判定します。
 
お店で提供するには?

  飲食店等で牛肉を生食用として提供できるのは、どのように処理された肉でしょうか。
  ブロック肉の場合、汚染の可能性が高いのは表面と表面から深さ1cm程度の部分までであることが検証されています。したがって、汚染の可能性のある部分を取り除き、内側の肉だけを取り出せば良いのですが、そのまま刃物を使うとかえって表面の汚染を内側に広げてしまいます。そこで、樹脂製のパックなどに密封して温湯に入れて、深さ1cm以上まで十分に加熱殺菌してから外側部分を切り取ります。
  この際の、温度や時間は利用する設備や肉の状態で違ってくるので、検証が必要です。また、全ての作業を十分に注意して行わなければなりません。
  なお、厚生労働省では、この規格基準は100%の安全を保障するものではなく、生食を推奨するものではないと説明しています。さらに、高齢者や子供、免疫力が低下している人は食べるべきではないとも説明しています。また、今回の基準の対象とされていない牛レバーや内臓、豚肉や鶏肉などの生食も安全とはいえないのです。

 
食の安全のために
  衛生研究所では、食の安全を確保するために、毎年およそ3,000検体の国内流通食品や輸入食品等について、規格や基準に基づく各種の検査を実施しております。また、今回ご紹介した生食用食肉の細菌検査にも対応できるよう準備を進めております。
  近年は食品の流通の拡大や形態の変化、食の多様化などにより、求められる検査技術は、より複雑かつ高度で専門的になっています。今後も、このような状況の変化に遅れることなく、食品検査を継続して実施し、食の安全に貢献できるよう努めてまいります。
 
(関連リンク)
腸管出血性大腸菌食中毒の予防について(厚生労働省)
 
(地域調査部 永井 裕)
   
衛研ニュース No.149 平成24年3月発行
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