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衛研ニュース     No.146      
麻疹の排除に向けて
−2012年へ向けての取り組み−

2011年9月発行
神奈川県衛生研究所
   麻疹は、一般的には「はしか」とも呼ばれ、麻疹ウイルス(Paramyxovirus科 Morbillivirus属)による感染症です。38℃前後の高熱に続き、咳や鼻水(カタル症状)、口腔内に出現するコプリック斑(写真1)、耳後部、頚部、前額部から全身に出現する特有な発疹(写真2)が特徴です。感染経路は空気感染、飛沫感染、接触感染など様々ですが感染力は非常に強く、麻疹の免疫がない集団に一人の発症者がいると12〜14人感染するとされています。

   WHOによる世界の麻疹による死亡者数は、2000年の75万人から2007年の19.7万人となり、患者報告数も3分の1に減少したことから、WHO西太平洋地域事務局は、日本を含む西太平洋地域では2012年までの麻疹排除を目標に掲げ、様々な取り組みがされています。我が国でも厚生労働省が2007年12月に「麻疹に関する特定感染症予防指針」をとりまとめ、2012年までに麻疹排除を達成することを正式に国の目標としました。
写真1.コプリック斑
写真2. 顔面の発疹
国立感染症研究所感染症情報センターより

なぜ、麻疹は排除するべき感染症なのでしょうか

   麻疹は、感染すると有効な治療法がない病気です。麻疹はインフルエンザの6〜8倍ほど感染力が強いといわれ、免疫を持たない場合はほぼ100%発症します。合併症には肺炎、中耳炎等がありますが、希に重篤な合併症として脳炎、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)*等を引き起こします。脳炎の発症率は1/1,000人、また死亡率はインフルエンザの100倍の1/1,000人で、世界中の誰もが罹患する感染症の中では最も死亡率が高い疾患です。

   麻疹ワクチンの効果はすでに実証されており、ワクチン接種によりアメリカ地域などの先進諸国では既に国内では封じ込められた病気です。しかし、日本を含む一部の先進諸国では、ワクチン接種率の低下が原因と思われる流行がみられています。我が国でも2007年に関東地方の10代〜20代の若い世代を中心に麻疹の大流行があり、「麻疹輸出国」と言われるようになりました。しかし、2008年の麻疹報告数は11,015例で、2009年は739例、2010年は457例と麻疹患者数は大幅に減少し、「麻疹輸出国」と言われた不名誉な状況から脱却しつつあります(図1)。

   麻疹を排除することは、国民を麻疹の脅威から守るという目的と、日本が麻疹輸出国として、既に排除を達成した他の国を脅威にさらさないという目的があります。
*亜急性硬化性全脳炎(SSPE):変異麻疹ウイルスによる中枢神経への遅発性ウイルス感染で、ウイルスに罹患後数年の長い潜伏期をもって発症し、特定の臓器に限定し、亜急性の進行性の経過をとる特異な感染症である。
 

麻疹の排除に向けた取り組み@ 〜ワクチン接種スケジュールの変更〜

   十分な免疫を獲得することが麻疹の最も有効な予防法であることから、2006年にワクチン接種スケジュールが変更されました。従来のスケジュールは、生後12ヶ月から90ヶ月の間に麻疹ワクチンの1回接種でしたが、麻疹・風疹混合ワクチンの2回接種となり、第1期を1歳児、第2期を小学校就学前1年間に接種することになりました。

   ワクチンを2回接種することで免疫の獲得は100%に近づき、長期にわたり免疫が持続することが期待できます。2006年以前にワクチンを1回接種している場合にも、十分な免疫獲得が必要であるため、2008年から2012年までの5年間に限り、中学1年生(第3期)および高校3年生相当年齢の者(第4期)に2回目のワクチン接種が受けられるように追加変更されました。
国立感染症研究所感染症情報センターより

麻疹の排除に向けた取り組みA 〜麻疹届出の変更と「検査診断」の実施〜

   1999年に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」における麻疹患者報告は、定点医療機関からの報告(定点把握疾患)でした。しかし、麻疹排除には真の麻疹患者数を把握する必要があるため、2008年1月より患者を麻疹として診断した場合には、全ての医療機関が7日以内に報告を行う「全数把握疾患」に変更されました。麻疹の届出には、発熱、発疹、カタル症状などの臨床症状のみで診断を行う「臨床診断」によるものと、臨床症状に加えて検査を実施して診断する「検査診断」によるものがあります。麻疹の「検査診断」では、麻疹の急性期の感染を推定する麻疹IgM抗体検査が多く行われていますが、より正確に診断するために、遺伝子検査(PCR)やウイルス分離検査による、「検査診断」を実施し、麻疹ウイルスの直接検出を積極的に実施することになりました。

   なぜならば、臨床的に麻疹が疑われたり、麻疹の感染を推定するIgM抗体が陽性であっても、麻疹ではない場合があるからです。麻疹IgM抗体価を測定したときは、伝染性紅斑や突発性発疹の急性期にも麻疹IgM抗体が弱陽性を示す場合(紛れ込み症例)があります。

   また、1回のワクチン接種者などで麻疹に対する免疫が不十分な場合、感染しても典型的な症状を示さないことがあり(修飾麻疹)、風疹など他の発疹性疾患と区別できない場合があります。これらの紛れ込み症例をなくし真の麻疹を診断するためには、麻疹ウイルスを直接検出するPCRあるいはウイルス分離検査による「検査診断」が必要です。

  衛生研究所では、「麻疹に関する特定感染症予防指針」に基づき、県域の各保健福祉事務所に届けられた麻疹患者から採取された検体についてPCRあるいはウイルス分離検査による「検査診断」を実施しています。実際には、医療機関から「麻疹発生届」が保健所に提出されると、保健所から急性期の検体(咽頭ぬぐい液・血液・尿)の提出をお願いしています。保健所は病院から提出された検体を衛生研究所に搬送し、衛生研究所では速やかにPCRおよびウイルス分離検査を実施し結果の報告を行っています。

現状と問題点@ 〜ワクチン接種率〜

  WHOが掲げる麻疹排除の条件のひとつに、2回のワクチン接種率が95%以上を達成することとその維持があります。2009年度の麻疹ワクチンの全国接種率は第1期96.7%〜87.2%(平均93.6%)、第2期97.1%〜87.8%(平均92.3%)、第3期97.0%〜76.0%(平均85.9%)、第4期91.7%〜58.6%(平均77.0%)で、2008年度とほぼ同じでしたが、麻疹排除の指標には至っていません。都道府県別にみると第1期から第4期の全てにおいて90%以上であったのは山形、岩手、福井の3県で、接種率の低い第3期および第4期の中で、最も接種率が低いのは神奈川県でした。麻疹の接種率は、年齢が高くなるほど低下し、大都市圏において特に接種率が低く、接種率の高い都道府県と低い都道府県が固定化されつつあります。麻疹排除のためには、第1期と第2期に確実に全ての都道府県で95%以上の接種率を確保していく必要があります。
 

現状と問題点A 〜検査診断の現状と衛生研究所の取り組み〜

 衛生研究所では2011年1月〜8月の間に、県域各保健福祉事務所等から麻疹と臨床診断された症例44例の検査依頼を受け、PCRおよびウイルス分離検査を実施しました。その結果、PCRおよびウイルス分離ともに陽性だったのは4月の1例のみで、他の43例は両検査ともに陰性でした。検出された麻疹ウイルスについて塩基配列により遺伝子型を決定したところ、ヨーロッパで流行した遺伝子型D4でしたが、患者には海外渡航歴はありませんでした。さらに、麻疹ウイルス陰性であった43例について、紛れ込み症例を明らかにするために風疹ウイルスのPCRを実施したところ、43例中11例が風疹ウイルス陽性でした。臨床診断や麻疹IgM抗体陽性の検査診断による麻疹発生届出の中には、風疹の紛れ込み症例があることが明らかになりました。

  麻疹のPCRあるいはウイルス分離検査による「検査診断」が積極的に実施されるようになり、麻疹の診断はより確実なものになりました。また、ウイルスの遺伝子型を決定することで、流行状況や疫学解析が可能になりました。これらは、感染拡大の防止にも繋がり健康危機管理上とても重要です。衛生研究所では今後も各保健福祉事務所と連携し、PCRあるいはウイルス分離検査による麻疹ウイルスの「検査診断」を実施することで麻疹の発生状況の把握を行い、我が国の麻疹排除に向けて取り組んでいきます。

参考文献
病原微生物検出情報 Vol.32 2 ( 372 )

(微生物部 鈴木理恵子)
   挿絵
衛研ニュース No.146 2011年9月発行
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