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衛研ニュース     No.143      
マイコプラズマ肺炎と病原体の検出
2011年3月発行
神奈川県衛生研究所
    細菌よりも小さく、ウイルスよりも大きい病原体"肺炎マイコプラズマ"が引き起こす肺炎が、最近増加しています。患者は小児に多いのですが、成人、高齢者も注意が必要です。過去には患者から原因病原体を検出することが困難でしたが、検出方法を改善したことで、原因病原体の検出が容易となり、医療に活かせる診断の確定や薬剤耐性菌の検出などができるようになりました。

マイコプラズマ肺炎

  マイコプラズマ肺炎は肺炎マイコプラズマ(学名;Mycoplasma pneumoniae マイコプラズマ・ニューモニエー)という病原体(図1参照)に感染することで起こる肺炎です。肺炎マイコプラズマは、患者の咳やくしゃみで飛び散る飛沫を吸い込むとで感染します。感染しても、肺炎にまで進行するヒトはその内の3~5%と言われています。肺炎になると、症状が長引き、頑固な咳が続くのが特徴です。患者は小児に多く、通常は比較的軽い症状に止まることが多いのですが、呼吸不全などを呈する重症、劇症型に発展することもあります。また、最近では、肺炎マイコプラズマの慢性的感染が、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)*の憎悪に関連するのではないかとも考えられており、注目を浴びているところです。

 
図1 肺炎マイコプラズマのコロニー
* COPD;気管支、細気管支、肺胞の広い範囲に治りにくい慢性の炎症が起こり、空気の出し入れが障害され(気流障害)、肺胞が壊れ、酸素の取り入れ、二酸化炭素の排出(ガス交換)が障害される病気。喫煙が主な原因とされ、2009年の我が国の死亡者数は15,359人で、死亡順位では10位(厚生労働省)となっている。
 

マイコプラズマ肺炎の流行は・・・

   日本では、マイコプラズマ肺炎が1990年頃までほぼ4年周期で流行が繰り返されていたことから、オリンピック肺炎とか五輪病などと呼称されてきました。その後、患者が減少していきましたが、図2の過去10年間の国内におけるマイコプラズマ肺炎の患者発生状況をみると、2003年から増加する傾向がみられ、特に、2010年は患者数が過去10年間では最多となっています。また、2011年に入ると、再び例年より患者数が多い状況が続いています。
 咳が2週間以上も続く場合は、医療機関で適切な治療を受けるようにして下さい。また、外出から帰ったら、うがいと手洗いを励行することが効果的で、これは、インフルエンザ等の他の感染症の予防にもつながります。

肺炎マイコプラズマの検出法

 当研究所では、1976年から、培養検査で患者から肺炎マイコプラズマを検出する方法でこの肺炎の調査を実施してきました。培養検査は原因病原体を確実に証明できるので、正確な診断結果が得られるのです。しかし、当時は、国内で培養検査を実施している機関が殆どなく、参考文献も少なかったため検査法の検討も試行錯誤の連続でした。
培養検査は、確実な検査法ではあるのですが、図3に示すように結果判明まで1~2週間以上を要するのが欠点でした。そこで、当研究所では、国立予防衛生研究所(現在の国立感染症研究所)と共同で、数時間で検査結果が判明し、迅速性においても極めて優れた方法である遺伝子増幅法(PCR)による検出法を検討した結果、このPCR法の検出陽性率は培養法とほとんど一致しましたので、マイコプラズマ肺炎の検査や調査にも、このPCR法を導入できるようにしました。
しかし、PCR法では、肺炎マイコプラズマを生きたまま確保して保存(菌株の確保)できないのが欠点で、この菌株がないと、薬剤耐性や病原性などの詳しい細菌学的な性状を調べることはできません。そこで、当研究所では、培養検査とPCR法を併用して、マイコプラズマ肺炎の検査と調査に、現在も積極的に取り組んでいます。

肺炎マイコプラズマの経年的および年齢別検出状況

  本県における肺炎マイコプラズマ検出状況を図4、図5に示します。これは、現感染症発生動向調査事業や研究調査において、培養検査やPCR法で肺炎マイコプラズマを検出した成績で、主に小児を対象としたものです。図4に示すように1980年代までの4年周期の流行、それ以降の周期性が見られなくなった様子が伺えます。その後、大きな流行も起こらなくなりましたが、これは全国的な傾向でもあり、理由は明らかではありませんが、マイコプラズマ肺炎に良く効く抗生物質が汎用されたことが背景にあるとも言われています。
  しかし、最近、また、培養検査による肺炎マイコプラズマの検出陽性率が上昇傾向を辿っており、マイコプラズマ肺炎が増えてきている状況を示しています。これは図2で示す患者発生動向を裏付けているものであり、病原体を確実に証明できる培養検査の重要性がわかります。今後とも、本疾患の調査を続け、動向を注意深く監視する必要があります。
  図5は年齢別に見た肺炎マイコプラズマ検出成績です。検出陽性率に注目してみると、12歳ぐらいまでは年齢と共に増加し、成人になると免疫ができ、減少すると言われていましたが、それを裏付ける結果が得られました。
 

薬剤耐性肺炎マイコプラズマの出現と耐性化への解明にむけて

  細菌感染症の治療には、抗生物質が良く使用され、大きな効果を上げています。一方で、近年、抗生物質の効かない細菌が増えてきており、大きな問題となっていることも事実です。肺炎マイコプラズマにおいても表1に示すとおり、2000年以降に、マクロライド系抗生物質(エリスロマイシン、ジョサマイシンなど)に対する耐性菌が検出されています。なぜ、2000年以降、急に耐性菌が現れはじめたのか、その理由は明らかではありませんが、マイコプラズマ肺炎に対する抗生物質の使用との関係があるかもしれません。
  肺炎マイコプラズマは、薬剤耐性になりにくい細菌と言われ続けてきましたが、当研究所で、1995年頃から国立感染症研究所と共同で、肺炎マイコプラズマの薬剤耐性化について実験的に検討したところ、患者の治療に良く使用されるマクロライド系抗生物質の存在する環境で培養すると、耐性化することが分りました。耐性となった肺炎マイコプラズマの遺伝子を解析すると、蛋白合成に関与する遺伝子塩基配列の一箇所が変化していること(点変異)が判明しました。そこで、当研究所では、薬剤耐性菌が検出される以前の20年間に当研究所で患者から検出した肺炎マイコプラズマ505株について、マクロライド系(エリスロマイシン、ジョサマイシン)及びテトラサイクリン系抗生物質(テトラサイクリン、ミノサイクリン)に対する耐性を調べてみましたが、これらの薬剤に対する耐性菌は見つかりませんでした。しかし、2000年に、札幌市内の病院から当所に送付された肺炎マイコプラズマの中に耐性菌が見つかり、この菌はマクロライド系抗生物質に高度の耐性を示し、遺伝子変異も見つかりました。これは実験的結果と一致しておりました。
 

肺炎マイコプラズマ遺伝子の型別と流行の関わりは・・・?

  当研究所は国立感染症研究所との共同研究により、肺炎マイコプラズマの病原因子であるP1蛋白を作るための遺伝子を二つ(Ⅰ型とⅡ型)に型別する遺伝子解析法を開発し、患者から検出した肺炎マイコプラズマの遺伝子型別を実施したところ、図6のように8~10年の間隔で比較的明瞭にⅠ型とⅡ型が入れ替わっていることが分かりました。これらが、肺炎マイコプラズマ感染症の流行とどのような関わりを持っているのかは解明できませんでしたが、現在も国立感染症研究所とともに解明に向けて研究に取り組んでおります。
  神奈川県衛生研究所では、県民の健康の確保のため、感染症に対する医療への反映や流行の予測などに向けて、調査研究を推進していく役割を担っております。今後も、様々な研究機関や病院などと連携しながら、研究や情報交換を積極的に進め、薬剤耐性の究明、遺伝子型別と流行との関わり、他疾患への関連の究明など、マイコプラズマ肺炎の調査に引き続き精力的に取り組んでまいります。

(企画情報部 岡崎則男)
   
衛研ニュース No.143 平成23年3月発行
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