エイズは1983年にヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus:以下HIVと言う)によって起こる疾患であることが報告されて以来、HIV感染者は世界中で増加し続け、国連エイズ合同計画(UNAIDS)によると2008年末での感染者数は3,340万人と推定されています。このうち3分の2はサハラ以南のアフリカでの流行ですが、アジア地域でも470万人と推定されています。それでは日本の状況はどうでしょうか。 |
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日本は低流行国に分類されていますが、HIV感染者やエイズ発症者は年々増加の一途をたどり、エイズ発生動向委員会によると1984年から2005年末までの累積感染者・患者数は1万人を超え、2009年末には18,342人、2010年末には2万人に到達する勢いで、予断を許さない状況にあります(図1)。日本での流行は1992年頃には大半が外国人感染者でしたが、その後日本人男性が急増し、2009年には日本人男性が90%を占め、日本人女性が4%、外国人は6%にすぎません。これらのほとんどは国内感染であり、特に男性同性間性行為での増加が顕著です。 |
また、日本以外の先進国では、複数の薬を併用して行う多剤併用療法(HAART)の発展により1990年代半ばからエイズ患者が激減していますが、日本ではこうした療法を利用できるのにもかかわらず、エイズ患者報告数は依然微増傾向にあります。
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早期に感染を知り、適切な治療を受ければ、自分の健康も維持でき、結果として感染拡大の防御に繋げることができるのに、たいへん残念なことです。 |
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感染拡大の防御対策として、HIV検査体制の更なる整備が必要です! |
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厚生労働省では、より効果的なHIV検査体制を整備するため、2000年からHIV検査体制研究班を立ち上げました。当衛生研究所では研究班と協力し、これまで行われていた保健所等の無料匿名検査に、受検者のニーズの高い即日検査、土日検査や夜間受け付けを導入して対応の強化を図りました。また、民間クリニックとも協力して検査を行うことで、検査数、陽性数ともに3倍以上増加し、一定の成果を上げてきました。しかし、2008年まで順調に増加していた検査数は2009年には新型インフルエンザ大流行の影響で、HIV検査数は前年に比べ約10%減少し、その後新型インフルエンザの流行が終息したにもかかわらず検査数はさらに減少し、回復の兆しが見られません。原因の解析と対策が急務となっています。
一方、献血においてもHIV検査が行われていますが、これはあくまでも輸血血液の安全性という観点から行われており、検査目的の献血は避けられるべきです。しかし、保健所等での検査体制の整備にもかかわらず、献血でのHIV陽性率は毎年増加し続け、1999年には10万人対あたり1であったのが、2006年には2を超え、その後も横ばい状況にあります。日本は国民推定HIV感染率が低いにもかかわらず、献血でのHIV陽性率は、主要先進国の中では飛びぬけて高い状況となっています。
こうした献血での一貫した陽性率の増加は、HIV感染者数の増加が単なる検査数の増加ではなく、国内の実際の流行の拡大であることを示唆しており、感染防御対策として検査体制の整備がますます重要となっています。 |
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流行HIVの特徴を調べることは、ウイルスの起源、伝播経路の推定に役立つとともに、流行メカニズムの解明にも寄与します。日本ではどんなHIVが流行しているのでしょうか。
HIVは、HIV-1とHIV-2の2種類に分類されます。HIV-1は日本を含め世界中で大流行しており、これらは、グループM、N、O、Pの4群に分類されます。世界各地で大流行しているのはグループMで、これらは遺伝子配列の違いにより、さらにサブタイプA、B、C、D、F、G、H、J、K、CRF01_AEに分類されます。
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衛生研究所では、1990年から2009年に国内で確認されたHIV-1感染者778例についてサブタイプを調べました(表1)。その結果、男性同性間性行為感染※1のほとんどが欧米由来のサブタイプB(欧米型)でした。また、異性間性行為※2による感染では、サブタイプBとCRF01_AE(タイを中心に東南アジアで流行している)が、日本人男女でサブタイプBが76、CRF01_AEが87とほぼ半数ずつ検出され、その他少数ですが、アフリカで流行しているサブタイプA、C、D等も検出されました。 |
異性間性行為による男性感染者でも2003年以降、サブタイプBが流行 |
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異性間性行為による日本人感染者のサブタイプとHIV陽性判明年との関連について興味あることが分かりました(図2)。男女ともに1994年以降、東南アジア由来のCRF01_AEが増加し、2002年までは感染者の半数以上がCRF01_AEとなっていました。このことは、1991~1993年に東南アジア出身の女性感染者の報告数が急増した事実と一致しています(図1)。
しかし、2003年以降になると、男性感染者でサブタイプB(欧米型)が再び増加し、2003~2009年にはサブタイプBが3分の2を占めるようになりました。一方、女性ではサブタイプBの増加は認められず、サブタイプAやC等のアフリカで流行しているサブタイプの割合が増加していることが明らかになりました。 |
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2004年から2006年に検出されたサブタイプB 89株について、系統樹解析(ウイルスの変異の解析)を行いました。このうち、男性同性間性行為で流行しているサブタイプB
54株の中で、18株(33%)は遺伝子が近い関係にあることが分かりました。また、これらの株は異性間性行為感染でも2株認められたことから、今後、異性間での流行拡大も懸念されます。このほか、2種類のサブタイプBに感染している症例やサブタイプBとCRF01_AEの組換え型ウイルスの感染例も確認され、流行の拡大とともにHIV-1は多様性を獲得していることが明らかになりました。
また最近では、病態の進行を早めるように変異したHIVの流行が報告されました。流行ウイルスの遺伝子の特徴を調べることは、適切な治療を行うためにも重要となっています。衛生研究所では、今後も継続したウイルス遺伝子の解析を行い、エイズ感染予防対策やエイズ治療に貢献してまいります。 |
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