2004年7月末、アメリカから帰国した人が頭痛・発熱などの症状を示し、ウエストナイル熱患者ではないかと疑われました。検査の結果、ウエストナイルウイルス(WNV)感染は無かったと判定され、関係者一同ほっとしたところです。しかしアメリカでは2004年もWNVが流行し、ウエストナイル熱患者が多数発生しています。このためWNVに感染している蚊が日本にも侵入し、WNVが流行するのではないかと心配されていますが、幸いなことに現在まで日本での患者発生はみられていません。しかし交通機関の発達で、アメリカから短時間で移動できることを考えると、日本でいつWNVが流行してもおかしくない状況です。そこで神奈川県でもWNVの流行予測のために、死亡カラスや蚊の調査を行っています。ここではWNVやこのウイルスが起こすウエストナイル熱という病気、アメリカでの患者発生の状況や県での取り組みについて説明します。
【WNVとはどんなウイルス】
WNVは1937年アフリカのウガンダのウエストナイル地方の発熱患者から最初に分離されました。このウイルスはフラビウイルス科のフラビウイルス属に分類されており、日本脳炎ウイルスと近縁であります。
【WNVが起こす病気】
WNVに感染している蚊に刺されることによって起こる病気ですが、人から人へ直接感染することはありません。また感染した人のうち、ほとんど(約80%)の人は何の症状も示しません。約20%の人がウエストナイル熱になると言われています。蚊に刺されて2~14日たつと発熱(39℃以上)、頭痛、筋肉痛、時には発疹、リンパ節の腫れが見られます。また感染した人の約1%の人が重症化して、ウエストナイル脳炎になります。ウエストナイル脳炎になると、ウエストナイル熱の症状に加えて筋力低下、意識障害、けいれん等の症状があらわれます。脳炎になるのは、高齢者に多いと言われています。
【アメリカでの発生状況】
ウエストナイル熱患者はこれまでアフリカ、ヨーロッパ、西アジアで発生し、アメリカでの発生はありませんでした。ところが1999年にアメリカのニューヨークで患者が発生した後、3年間でアメリカ全土やカナダの一部に広がり、2003年にはアメリカでの感染者は9862名(うち死亡264名)、カナダでの感染者は1315名(うち死亡10名)が報告されています。2004年では11月8日現在、アメリカでの感染者は2282名(うち死亡77名)、カナダでの感染者は29名(うち死亡0名)が報告されています。
【自然界でのWNVの動き「伝播様式」】
WNV は自然界では鳥と蚊のあいだで感染の環が作られています。WNVに感染している蚊の吸血によりウイルスが鳥に伝搬されます。鳥では感染後1~4日の間に体内でWNVが大量に増え、たくさんのウイルスが血液中に存在します。その鳥を吸血した蚊がウイルスに感染することにより感染の環が維持されます。
人や馬はWNVに感染した蚊に刺されて、感染しますが、鳥と比べて人や馬の体の中ではウイルスはおよそ10,000~100,000分の1程度しか増えることができません。そのため感染した人や馬を吸血した蚊がウイルスに感染することはなく、人や馬を介してWNVが広まっていくことはほとんどありません。
アメリカでWNVが検出された蚊の種類は40種以上あり、地域によって異なりますが、重要な媒介蚊はイエカ属のトビイロイエカやヤブカ属のキンイロヤブカ等であります。日本にも近縁な蚊(アカイエカ、ヒトスジシマカ等)が分布していますので、WNVが日本国内に入ってきた時にはこれらの蚊がWNVを広めてしまう可能性があります。
【予防方法】
WNV感染を予防するためのワクチンはまだありません。症状を軽減する治療が中心です。そこで、最も有効な感染予防法は蚊に刺されないことです。そのためには蚊が多いところは避けるか、外出の際には長袖のシャツや長ズボン等を着用し、肌の露出を少なくするか、露出している皮膚には忌避剤、虫よけを塗布して、蚊に刺されないようにすることが重要です。また網戸などを使用し、室内への蚊の侵入を防ぐことも大切です。
WNVを媒介する蚊を標的とした有効な対策としては蚊を駆除すること、蚊の幼虫の発生場所をなくすことです。身近でできることは、古タイヤの裏の水たまりや雨水のたまりやすいところから水を抜くというようなことを心がけ、浄化槽や排水溝等の水が抜けない場所には殺虫剤を散布することも有効です。
ウエストナイル熱が流行している地域へ渡航する場合は、蚊に刺されないようにすることが大切ですが、蚊に刺されたのち、2週間以内に39℃以上の発熱、頭痛、筋肉痛などの症状が現れた場合には、最寄りの医療機関を受診し、ウエストナイル熱流行地に行ったことを医師に伝えることが大切です。
【県の取り組み】
県ではWNV流行予測のため死亡カラスの調査、蚊の調査を行っています。
アメリカではウエストナイル熱流行の前にカラスの死亡数の増加が報告されており、カラスの死亡情報がウエストナイル熱の侵入監視と流行予測に有効とされています。そこで7カ所の県立公園でカラスの死亡数の調査を行っています。死亡カラス数が通常以上に増えた場合はWNV検査を実施する体制を整えています。
現在までに、実施された県内の死亡カラスの検査ではWNVは検出されていません。
またWNVの侵入監視、流行予測のために媒介蚊の調査を行っています。今年は7月から10月まで、月2回県内2カ所に捕虫器(ライトトラップ)を設置し蚊を捕獲し、WNV検査を行っています。捕獲された蚊はヒトスジシマカ、アカイエカ、オオクロヤブカ等で、現在のところ蚊からもWNVは検出されていません。
今のところ日本でのウエストナイル熱やウエストナイル脳炎患者の発生はありません。また死亡カラスや蚊からもWNVは検出されていません。日本国内にはまだWNVは侵入していないと考えられますが、いつウイルスの侵入があるかもしれません。今後も死亡カラスの調査、蚊の調査を続け、WNVの流行予測監視を行い、情報の提供をしていきたいと思っています。
(微生物部)
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