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衛研ニュース

衛研ニュースNo.107

2004年9月発行

赤痢菌同定の問題点

           

鈴木理恵子


【細菌性赤痢と赤痢菌】
 細菌性赤痢(赤痢)は、昭和40年代頃までは国内集団発生例も多くみられ、その当時には法定伝染病として知られていました。法定伝染病には、厳しい強制措置入院、隔離治療などの規定があり、一般生活や仕事の継続に支障をきたし職場などを含めた生活場所の消毒、あるいは接触者の健康診断などにより社会的な制約を受けることがありました。本疾患は、平成11年4月に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、感染症法)において、直ちに届出が義務付けられている二類感染症になりました。本疾患は赤痢菌(Shigella dysenteriae S.flexneri S.boydii S.sonnei )によって引き起こされる疾患です。入院措置等においては患者の権利が守られるように変更になっていますが、隔離入院や必要に応じての消毒など法定伝染病のときと同様に対応されます。近年では、本菌を原因とする患者報告例は減少しており、現在では海外渡航歴のある患者での発生報告が大部分を占めています。このような患者の減少に伴い、本菌に対する医師の診断経験の不足もさることながら、菌の同定を行う技術者の経験不足も問題となってきています。赤痢菌類似の菌を誤って赤痢菌であると判定することは、患者および保菌者に対し二類感染症として対応措置が取られるため、社会的および人権上の責任は大きいものとなります。

【赤痢菌検査の問題点】
 平成15年7月に行われた国立感染症研究所および地方衛生研究所(以下、地研)における衛生微生物技術協議会(福岡県)において、シンポジウム「輸入感染症:赤痢菌の検査法について」が行われました。その際、赤痢菌の誤同定事例が最近目立つようになってきたこと、誤同定事例が新聞報道されたことなどについて報告されました。誤同定はどのようにして発生するかの詳しい実例は、病原微生物検出情報 vol.24 № 9 (2003年9月号)に掲載(感染症情報センターホームページの”ミニ特集”部分に詳しく掲載)されていますが、海外渡航歴のない患者からの稀な血清型の赤痢菌分離報告が多いようです。病院検査室や民間検査所で特に、簡易同定キットや自動同定機器を用いて赤痢菌と判定した場合に、誤同定が多く発生する傾向にありました。ある検査機関では、菌の選択分離を行った平板上から直接、簡易キットや自動同定機器に菌接種をして同定を行っていました。この場合、純粋分離培養が行われていないために的確な成績が得られないことや、菌量が少ないために説明書にあるような十分な菌量が接種されておらず、キットの判定を誤るという誤同定の理由が考えられました。また、キットの判定結果のみを優先し、運動性やガスの産生性など赤痢菌の基本的な性状の確認を行わない事例や、性状等の確認検査をしていても技術者の経験不足のため結果の見誤り事例、キット等で指示された追加試験を実施しない事例、血清型別試験を誤った事例等、類似の細菌との鑑別をする基本的な事柄を見落としている事例が多く認められました。実際に分離された菌を地研等で再検査を行うと、その多くは生化学性状等が赤痢菌に類似している大腸菌やモルガネラでした。赤痢菌と大腸菌は、分類学的に非常に近縁であり両者の中間的性状を示す菌も認められます。またO抗原も共通抗原を保有する場合があることから、同定の際には生化学性状検査、遺伝子保有検査等を組み合わせる等、その鑑別には十分な注意が必要です。

【緊急アンケートより】
 誤同定の全国的な現状を把握するために、国立感染症研究所感染症情報センターが中心となり平成15年10月、地研を対象に「赤痢菌の同定検査の問題点についての緊急アンケート」調査を行い、その結果報告が平成16年7月の衛生微生物技術協議会(埼玉県)において報告されました。その調査報告は、感染症検査情報オンラインシステムにより、細菌検出情報を報告している全国の71地研について行い、全施設からの回答を集計したものです。調査前1年間に33地研で164件の再検査が実施され、そのうち30件が赤痢菌と誤同定されていました。地研に搬入されない菌株が誤同定される可能性も同じ割合であると推察されます。赤痢患者由来菌株を「必ず入手している」が27地研、「事例によって届く」が38地研、「届かない」が5地研、「無回答」が1地研でした。菌株が届けられる事例としては、行政部署からの依頼の場合や、感染症法の中の保健医療局長通知(「感染症発生動向調査実施要領」様式2の欄外に記載されている「二類、三類感染症については医療機関(民間検査所を含む)で病原体を分離した場合は可能な範囲で地方衛生研究所へ分離株の送付をお願いします」という一文)が適用される場合、集団発生・食中毒が疑われる場合、海外渡航歴がない場合などが認められました。多くの地研でも菌株収集に当たっては局長通知に強制力がないことが予算・人員等の上での大きな問題となっています。「法令」または「通知」により行政・検査機関・保健所・地研の役割を明確にすることがアンケートの結果として得られています。赤痢菌等の誤同定はあってはならないことで、地研で検査に携わる私たちの、社会的および人権上の責任であると思われます。

【まとめ】
 医療機関および民間検査所で行われる検査の問題点として、
①簡易同定キット・全自動同定機器は、使用法を誤ると各種の性状試験結果が変わること、また分類学的に近縁の赤痢菌と大腸菌の鑑別は困難であること、
②赤痢菌の分離同定を経験する機会および機関が少ないこと、
③遺伝子診断が導入されていないこと
が挙げられます。しかし、技術的、経済的にも医療機関等ですべてを実施することは困難であると思われます。そこで対策として、赤痢菌と同定した場合はすべての事例(菌株)について、地研に送付し確認するのが望ましいと思われます。菌株送付については、現在では通知が一番の根拠でありますが、行政・検査機関・保健所・地研の役割を明らかにした新しい通知等の整備が待たれます。その際、地研における人員・予算等の地研側の問題、インフォームドコンセントを含めた医療機関等の負担の増加、民間検査センターの遠隔化(県外で検査が行われている場合)による菌株の搬送問題等も考慮する必要があると思われます。これらを踏まえた感染症対策について国全体のシステム構築が望まれています。
(微生物部)



食品添加物の最近の状況

           

岸 弘子


食の安全は消費者の大きな関心事になっています。平成15年7月には、国民の健康の保護を最優先とする食品安全行政の確立をめざした食品安全基本法が施行されました。これに伴い、食品による健康への影響について、科学的な目で公正中立に評価(リスク評価)する機関として、内閣府に食品安全委員会が設置されました。
 食品安全委員会が、平成15年9月に食品安全モニターを対象に実施した「食の安全性に関する意識調査」の結果では、食品の安全性に係る危害要因18項目の中で不安を感じている人の割合が高いものは、「農薬」67.7%、「輸入食品」66.4%、「添加物」64.4%、「汚染物質」60.7%でした。また、輸入食品の食品添加物に対する不安の理由では、日本と海外の使用基準の違いが挙げられていました。この調査からも、消費者が食品添加物に高い関心を持っていることがうかがえます。
 一方、輸入食品の違反事例の内容を見てみると、安全性とは必ずしも関係なく、輸出入国の規制の違いによるものがかなり含まれています。各国の食品衛生に関する規制の違いが、貿易障壁として問題になり、ハーモナイゼーション(国内基準を国際基準に合わせる)の動きが日本でも急速に進んできました。こうした変わりつつある食品添加物の最近の状況を、輸入食品の問題を中心に紹介致します。

【食品添加物の規制】
 日本では食品衛生法により、厚生労働大臣が添加物として指定した物(指定添加物)のみが食品に使用でき、使用基準も定められています。国によって食習慣等の状況が異なるため、規制の内容は各国で異なります。諸外国で使用が認められていても、日本で未指定の添加物は使用できません。

【輸入食品の流れ】
 食品を輸入する場合は、食品衛生法に基づき検疫所に届出を行い、食品衛生監視員による審査を受け(食品衛生法に規定される製造基準に適合しているか。添加物の使用基準は適切であるか。有毒有害物質が含まれていないか。過去に衛生上の問題があった製造者であるか。等)、検査による確認が必要と認められた場合(過去食品衛生法不適格が多い食品等)には検査を実施し、食品衛生法に適合していることを確認します。平成14年には全国で1,618,880件が輸入届出され、このうち136,087件(8.4%)について検査が実施されています。合格した食品は通関手続き後、国内流通します。不合格の食品は廃棄または積み戻し等の措置がとられます。通関前に行われる検査は輸入件数の一部分に限られるため、国内流通品は各自治体により監視・検査が独自に行われます。違反が判明した場合には、厚生労働省、検疫所、関係自治体が連携を図り、食品の回収、違反の恐れがある関連食品の検査等の必要な措置がとられます。

【衛生研究所の対応】
 神奈川県では、毎年、輸入食品中の指定及び未指定の添加物を検査しています。
 未指定の添加物が検出された最近の事例を示しますと、平成11年度に中国産の穀物加工食品から甘味料のサイクラミン酸が検出されました。サイクラミン酸は日本では昭和44年に使用が禁止されましたが、中国、EU等多くの国で使用が許可されています。平成13年度にはタイ産のカレーから、平成14年度には韓国産のコチュジャン(唐辛子みそ)から乳化剤のポリソルベートが検出されました。
 平成14年には未指定の酸化防止剤であるTBHQ(t-ブチルヒドロキノン)入りの油を使用した多数の食品からTBHQが検出されたとの報道がありました。当所でも、中華まんじゅう等の検査を行いましたが、検出された食品はありませんでした。
 また、食品添加物として指定されているものでも、使用が許されている食品以外に使用すれば違反となります。今年の事例を示しますと、過酸化ベンゾイルは、日本では小麦粉処理剤(漂白等)として小麦粉にのみ使用が許可されていますが、中国産はるさめに使用されていることが5月に報道されました。小麦粉が原料に含まれない食品から検出されると、食品添加物の対象外使用にあたります。厚生労働省が、5月から6月に検疫所で検査を実施したところ、10件の違反が発見されました。神奈川県でも、県内に流通しているはるさめ、ビーフン等計20検体を7月に検査しましたが、過酸化ベンゾイルは検出されませんでした。違反はるさめの販売店からの回収が迅速に行われたことがうかがえました。
 このような輸入食品の添加物に関する違反は、各国の規制が異なる状況で、国内向けの製品を誤って日本に輸出したり国内製品と同一製造ラインで製造して混入した等が多くの原因となっています。

【ハーモナイゼーションの動き】
 平成14年6月に中国から輸入された食塩に、日本では未指定の添加物であるフェロシアン化物が使用されていることが判明しました。フェロシアン化物は国際的に安全性が確認され、諸外国で食塩に固結防止の目的で使用されています。フェロシアン化物含有の食塩が非常に多くの加工食品に使用されているために、製品の回収等で市場の混乱を招くことが予測され、厚生労働省で食品衛生法上の対応が検討されました。添加物の規制に関して国際的な整合性を図る方向で見直しが行われ、国際的に安全性が確認され、かつ汎用されている添加物については、今後、指定の方向で検討するとの方針が厚生労働省の薬事・食品衛生審議会食品分科会において平成14年7月に了承されました。フェロシアン化物は薬事・食品衛生審議会での審議を経て、平成14年8月に食品添加物に指定されました。食品安全基本法の施行後は、厚生労働省の役割はリスク管理となりましたが、この時は食品安全委員会の設置前で、厚生労働省がリスク評価も行いました。
 厚生労働省は、その後、46品目を対象に指定に向けた検討作業を行っています。これら対象品目のうち、ポリソルベート20,60,65,80(乳化剤)、ナイシン(保存料)、ナタマイシン(防かび剤)、亜酸化窒素(噴出剤、気体充填剤)、ヒドロキシプロピルセルロース(錠剤用結合剤、乳化剤、増粘剤、フィルム形成剤)について審議が開始され、今後、食品安全委員会の食品健康影響評価を受けた後に、薬事・食品衛生審議会において指定の可否及び成分規格の設定が検討される予定です。

【まとめ】
 日本ではエネルギー換算で約6割の食品が輸入されています。厚生労働省では食品衛生に関する規制を国際基準に合わせる方向を示しました。しかし、基本的に添加物の使用は極力制限していくという考え方は変わりません。各食品毎の使用基準は、我が国における各食品毎の摂取量をもとに安全性評価を行って定められます。
 食品流通の国際化が進み、様々な問題が新しく起きていますが、衛生研究所では、これらにいつでも対応できるよう研究を進めています。
(理化学部)

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