Work
特集 Work vol.4
傷んだ硬式球を修繕
利用者と地域を結ぶ赤い糸
認定NPO法人きづき
傷んだ硬式球を修繕
利用者と地域を結ぶ赤い糸
県の独自大会が開催された今夏の高校野球。大会は変わっても、白球を追う高校球児の白熱したプレーは変わらず、今年も数々のドラマが生まれました。高校野球には硬式球が欠かせませんが、練習で使い続けると糸がほつれたり、革が破れて使えなくなるなど、ボロボロになってしまいます。こうしたボールの修繕をNPO法人等が担い、障がい者の就労に生かす取組「エコボール」事業が今、全国で広がっています。県内では座間市内で就労継続支援を行う認定NPO法人「きづき」(岩田文子代表)がいち早く始めました。事業所を見学すると、傷んだボールをカゴから取り出し、器用に針を動かしたり、金づちでトントンと叩き形を整えていく利用者の姿が見られます。現在、きづきでは、月100球程度、年間で1,500球ほどを修繕しています。利用者からは「靴の紐を通すみたいに、穴に糸を通して縫っていくのが楽しい」「1時間に1個くらいのペースで完成させています」といった声が聞かれました。
元プロ野球選手が考案 京都府のNPO法人を視察
エコボール事業は、プロ野球・横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)の元投手である大門和彦さんの考案です。野球部員たちがボロボロになったボールを簡単に捨ててしまう現状を嘆き、「物を大切にする心を伝えたい」と、京都府のNPO法人に相談し、2008年に始まりました。2012年にこの活動を知ったきづきの岩田さんは、「素晴らしい取組」だと直感し、すぐに京都府のNPO法人を視察します。現地では傷んだボールの修繕に取り組む障がい者を目にし、「仕事を与えるだけではなく、役目を終えたと思われていたものを再生させることに魅力を感じました」と振り返ります。そして大門さんの「もったいない」という思いにも共感しました。視察後、近隣高校との交渉を始めます。しかし、岩田さんもスタッフも、野球に詳しいわけではありません。視察先で修繕の流れの説明は受けましたが、利用者にしっかりと教えられるか不安もありました。そこで顔見知りだった地元スポーツ用品店の店主に頼み込み、利用者と一緒に一からボール修繕のノウハウを教わりました。「地域の絆に助けて頂いた」と岩田さんは目を細めます。
野球部員に伝わる「道具を大切にする心」
学校側にとっても、エコボール事業に協力するメリットは多くありました。壊れたボールをテープで巻いて簡易に補修するだけでは、ティーバッティングに使えるくらいです。かと言って新たにボールを購入すれば1球500円以上かかります。試合球になればさらに高額。きづきでは現在1球100円で修繕しており、野球部の財源節約になっています。
また、それ以上に大門さんが願った「物を大切にする心を伝えたい」という思いに共感する監督が多かったといいます。きづきの管理者でエコボール事業を担当する大﨑忍さんは、取引先の監督から「部員がこれまで以上に道具を大切にするようになった」という声をよく受けます。利用者と納品に行くと、野球部員が一列に整列し、「ありがとうございます」と大きな声で迎え入れてくれたり、「この人たちがボールを直してくれたんだ。大切に使うように」と監督が部員に呼びかける姿を目の当たりにしました。
地域との繋がり
利用者の自信に
岩田さんは「こうした経験は、利用者が自信を持つうえで大変重要」と強調します。「私どもの就労支援を受ける方は、自分に自信の無い方が多くいらっしゃいます。エコボール事業を通して、自身の仕事が社会に役立っていることを感じていただくことで、『私もできる』という自信になります」と説明します。仕事のやりがいを感じてもらおうと、普段取引している野球部の試合に利用者を連れて観戦したこともありました。岩田さんはエコボール事業について、利用者と地域や学校を結ぶ赤い糸だと称します。事業を通して自信を持ち、前向きになった利用者の変化に驚くこともありました。「就労継続支援所は利用者にとって通過点」と岩田さん。「これからも利用者が達成感や自信も持てる活動に力を入れたい」と前を見つめました。
- ■主な取引先
- 神奈川県立 座間総合高等学校 野球部
- 神奈川県立 座間高等学校 野球部
- 神奈川県立 大和高等学校 野球部
- 大谷学園 横浜隼人高等学校 硬式野球部
- 向上学園 向上高等学校 硬式野球部
- 国際学園 星槎学園高等部 硬式野球部
- 座間ボーイズ
- 学校法人平和学園 アレセイア湘南高等学校 野球部
- 学校法人森村学園高等部 野球部
- 取材先:認定NPO法人きづき
- 平成22年に設立。座間市内で利用者が主体となった活動場所を提供。平成23年には自立支援法の就労継続支援B型事業「Caféきづき」の運営を開始。弁当の製造・販売も行うカフェ部門のほかに、本特集で取り上げたエコボール部門、POPや名刺、データ作成などを行うPC部門を組織し、障がい者の活躍の場を広げている。