初期公開日:2024年9月12日更新日:2024年9月12日
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子ども支援WEB講座
講師 |
神田 奈保子氏 株式会社アトマスジャパン Mindcafe心理研究所 研究員 |
2017年に神奈川県が子どもの支援者・相談者を対象に実施した子どもの貧困に関する意識調査(以下、「意識調査」という。)の結果から見えてくる子どもの現在の困難さは、「心身の発達に必要な生活習慣や食事の提供がされていないこと」、「学習についていけないこと」、「自己肯定感・自尊感情が低いこと」が上位3つでした。心身の発達に必要な生活習慣や食事の提供がされていないことは、生きていくための環境が整えにくいことであり、これは子どもの人権の問題で、生活の質の低さに繋がります。学習についていけないことは、長い目で見ると将来の選択肢が狭くなると言えます。自己肯定感や自尊心が低いことは体の健康や思考の歪みにも繋がり、自己理解や自我の形成に問題を与える可能性が非常に高く、子どもに長期的な影響を与えます。これらの困難さは、人生をとおした生きにくさにも繋がっています。
意識調査の結果より、子どもの過去の経験については、「学校の授業についていけない」、「ひきこもりや不登校など学校になじめない」、「非行、家庭内暴力など、問題行動がある」が上位3つでした。これらの経験から、貧困の状況にある子どもは、成功体験より失敗体験の方が多い可能性があり、居場所がなく、愛情を感じる体験、人の温かさを感じる機会が少なく、自己肯定感・自尊心の形成が難しいことが考えられます。また、子どもにとって学校は居場所になりやすいところですが、学校に馴染めない、行けない状態は、居場所が少ないと言うことができます。つまり、貧困の状況にある子どもは居場所がない可能性が高いということです。そのため、子ども食堂などに来る子どもたちの中に、学校に行っていない子がいた場合、その子にとって子ども食堂はとても重要な居場所になります。
貧困家庭では、物理的・質的に子どもとのかかわりが少ない環境になる可能性が高いため、子どもの貧困と虐待の関係は非常に密接であると言えます。大人と子どもの状況は関連しており、大人は働いて稼ぐ必要があることから余裕がなく、子どもとゆっくり関われない状況になり、愛情表現が子どもに伝わりづらくなります。その一方で子どもは、大人の状況をよく見ており、我慢や顔色を見ることが多くなり、大人の愛情を感じにくい状況になります。このようなことが積み重なることで、親子の愛情の掛け違いが起き、大人は子どもの理解が難しくなり、子どもは親との関係が歪み、自分の相談ができない状況になります。そのため、子どもの貧困家庭は、子どもの権利が守られにくい環境になってしまうことが多いのです。
県内、国内の児童虐待の傾向に大きな差はなく、心理的虐待が一番多く、その次に身体的虐待またはネグレクトが多い状況です。ネグレクトは決して少ないわけではなく、「マルトリートメント(不適切な養育)」に当たる子どももいます。マルトリートメントは放置すると虐待に繋がる可能性が高いです。マルトリートメントの状態でも脳の変形や脳の発達に非常に影響を与えますが、親が気づいていないことも多いため、支援者は虐待に繋がりそうな子どもを意識していくことが重要となってきます。
子どもを支援する現場で見られる虐待が疑われるサインは、言語面よりも「生活習慣、目線、態度」など、日常生活の中で出すことが多くあります。サインの多い順に行動・情緒面の変化、不潔、食べ方、発達のアンバランス感、言語面の低さ、自己判断の低さ、大人との距離感の難しさ等があります。
また、虐待傾向にある保護者には色々なタイプがあります。「虐待と気づいていない」「自分も虐待の中で育った」「子育てを自分の評価と思ってしまう」「わかっていても止められない」「子育ての余裕がない」などです。保護者自身が追い込まれている可能性も視野に入れた対応が重要ですが、虐待は犯罪であり、保護者にどんな理由があったとしても子どもの権利を害することは認められません。
児童虐待の防止に関する法律第5条第1項の中で、子どもの現場など「組織(団体)」についても早期発見の義務が明記されており、第6条では通告の義務が明記されています。そのため、支援する側が「気づいた時には声を上げる」ことが重要です。早期発見するためには、日頃からのスタッフとの連携や知識を持つこと、保護者とコミュニケーションをとり信頼関係を構築することなどが重要になってきます。
神奈川県では、地域の子どもの居場所が増えてきています。これからは、居場所に来る子どもの心や状況を理解するなど、子どもの声や地域の声に目を向け、質を整えていく段階ではないかと思います。
内閣府の「平成30年度子供の貧困に関する支援活動を行う団体に関する調査報告書」によると、団体関係者が感じている子どもの変化では、笑顔が増えた、他者とのコミュニケーション力が向上した、親以外に頼れる大人を増やせた、自尊心・自信が醸成された等がありました。どの内容も、子どもが育つ中で未来に繋がる力です。また、子どもの居場所は「居場所になる」「安心基地になる」「自尊心が向上する」「自己肯定感が向上する」「頼れる人が確保できる」「成功体験ができる」「生活の質が向上する」などの効果が期待できます。関わる大人がこのような効果を意識しながら行動や発言を行っていけると、子どもの居場所の質の向上にも繋がります。
愛されて育った人には安全基地があります。基地があると、失敗しても大丈夫、戻ってこられる場所があることを知っているため、メンタルが安定しています。
愛には色々な形があり、他者から受け取る愛情は、その子どもによって満たされるために必要な愛情の量が違うため、その子一人ひとりに合わせて与える愛情の量を考えることも重要です。また、「褒めることと叱ること」や「与えることと減らすこと(子どもがいらないと言える)」、「関わることと見守ること」のバランスも重要です。その居場所が子どもの安全基地になるためには、居場所のルールや、支援者が子どもたちに向かう姿勢などが変わらないことも大切になります。
「自分を愛する」ことは、ありのままの自分を認めることです。今はできない子どもが多くなっています。その中でも、虐待環境で育ってきた子どもは、ありのままの自分を認めることはできず、認識が歪んでいる方が多いです。重要なことは、何ができる、これが得意等、スキルや存在意義を探したり、答えを見つけたりするのではなくて、その子が「そこにいること」です。「あなたが生きていることに価値がある」という当たり前のことを伝えられていないため、支援者が子どもたちに出会った時に、「あなたがここに来ることにすごく意味がある」「あなたが生きていることはすごく大切」ということを伝えてほしいです。その子の努力、心、考え、行動などについて、何を褒めているのか具体的に伝えることがとても重要です。大人が伝えることが、子どもが自分を好きになれるきっかけを作ることにつながります。
すべての虐待で子どものサインが出ているわけではありません。気づかない虐待を抱え、消化しないまま大人になっている方が多くいます。子どもの頃に傷つけられた経験や記憶は人生に大きな影響を与えます。なぜかというと、子どもの頃に多くの価値観が身につくため、傷つけられる環境で育つと、その価値観を引きずって生きていかなければなりません。子どもの頃に心の傷を受けるということは、子ども時代から生きにくさがスタートするということです。
子どもの頃の心の傷を抱えて成長した方々がなりやすいのがアダルトチルドレンです。アダルトチルドレンは、「子ども時代に親や養育者との関係の中で負ったトラウマにより成長してもなお生きづらさを抱えている状態」のことを言います。「人の顔色ばかり見てしまう」「依存的」「無理しがち」「仕事のミスが多い」「自信が持てず、自分を責める傾向が多い」「愛情と承認に飢えている」など、生活上で様々な難しさを感じています。アダルトチルドレンになりそうな子どもたちが、居場所に来ている可能性があるため、支援者の愛情でたくさん包んであげてください。愛着の問題について居場所でできることは、来た子どもたちが愛情を感じられる環境を作ることです。愛着の問題は生まれたあとに起こる問題ですが、発達障害の子と似た行動が見られます。現場でできることは、「一対一で関わる機会を持つ」「チームで共通理解を持つ」「他機関との連携」の3つです。
何気ない子どもへの接し方や発言も、受け取る子どもにとっては、傷つけられた経験や、アダルトチルドレンに繋がる可能性があります。例えば、「人に迷惑を掛けない」と刷り込まれると人を頼ることができなくなります。「親の言うことを聞きなさい」だけではなく、子どもの声も聞いてあげるバランスが必要です。「我慢しなさい」と言われすぎるとサインが出せなくなります。泣く、暴れる、かみつく、それらはその子にとっての感情表現です。対応の仕方が1つ間違うと、トラウマ体験になってしまいます。子どもに関わる以上、自分たちが影響を与えていることを頭の隅に入れながら、どんな言葉をかけたらいいのかを一人ひとりがもう一度考え、関わっていくことがとても重要になります。
貧困家庭の子どもには、心といのちの両方を守る支援が非常に重要になってきます。そして、子どもの心を守る支援は地域の居場所で行うことができます。子どもが精神的に安定して過ごすためには「心と体の安全基地」があることが重要です。支援者の方々は、「心と体の安全基地」を1つでも増やすお手伝いをしているつもりで、愛情をもって子どもたちに接していただきたいです。
このページの所管所属は福祉子どもみらい局 子どもみらい部次世代育成課です。