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更新日:2021年3月31日
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神奈川県に生息するニホンジカの生態等について解説しています。
神奈川県に生息しているシカは「ニホンジカ」という種類です。学名は「CervusNippon」といい、分類は(脊椎動物門、ほ乳類、偶蹄目、シカ科、シカ属、ニホンジカ)です。以下「シカ」と書きます。
オスの方が体が大きく、オスだけ毎年生え変わる角を持ちます。全身は茶色で尻の毛は白く縁が黒くなっています。夏には、胴体に白い斑点が出現し、冬になるとほぼなくなります。
写真1 夏のシカ、冬のシカ
秋ごろが繁殖期で、この頃、縄張りを持つオスはしばしばラッティングコールと呼ばれる鳴き声を上げ、メスを求めて縄張りをアピールします。
メスは早ければ1歳から、3歳以上でほぼ全ての個体が繁殖できるようになり、春から夏にかけて1頭を出産します。繁殖力が強いため、まったく捕獲をしないと4年で2倍に増えると言われています。
大食漢であり、1日に5kgの生草を食べます。好き嫌いはありますが、数少ない毒草を除いてほとんどの植物を食べることができます。
この繁殖力と食性が、丹沢における自然植生の衰退問題につながっていきます。
寿命は一般的にオスは10~12年、メスは15~20年と言われています。
北は北海道、南は九州まで生息しています。学名にNipponとついていますが、日本固有種ではなく、ベトナムから東アジアにかけて広く分布しています。
現在の神奈川県では相模川より西側に生息しており、丹沢山地を中心として山裾の森林域から山地の高標高域に分布していると思われてきましたが、近年、箱根山地や大磯丘陵、道志川以北の小仏山地でも目撃情報が増えています。(図1)
図1 シカの分布(相模川より西側)
シカは餌場となる草地と身を隠すための森林が入り混じったような環境を好みます。(写真2、3)
写真2、3 シカが好む環境 |
積雪は苦手で、エサが埋まったり自由に歩けなくなったりします。(写真4)
写真4 雪の中を歩くシカ
かつて、シカは丹沢だけではなく、むしろ平野部に生息していました。(図2)
図2の赤丸は、江戸時代に害獣駆除のために役所に鉄砲を借り受けるための古文書の中に、記録として残っている場所です。
江戸時代には、今の横浜市の横浜駅周辺や三浦半島、湘南海岸にもシカが生息していたことがわかります。
図2 神奈川県のニホンジカの分布の変遷
近代になるにつれ、この身近に生息するシカが社会的なシカ問題となり、次の(1)(2)(3)の3つの変遷に整理されています。また新たに(4)の問題も出てきました。
第1のシカ問題は、開発による生息地の減少と乱獲による絶滅の危機です。
江戸時代までシカの主要な生息地であった平野部では、江戸時代後期から明治期にかけて、農地増や人口増により大規模な開発が行われ、シカの生息地は丹沢の奥山に追いやられました。さらに、戦後も密猟や乱獲により絶滅寸前となってしまったことが、シカの生息地を狭めていきました。(1960年代:図2のオレンジの部分)
そのため、1955年から1970年までは県内全域でシカの禁猟措置などがとられました。
第2のシカ問題は、シカによる林業被害です。
戦後、拡大造林政策(注1)等により、広葉樹林やカヤト(注2)が、スギ・ヒノキの造林地に転換され、シカにとって好適な餌場である草地が山中に多く出現しました。(図3)
また、鳥獣保護対策がとられたこともあり、シカは丹沢全域に分布を拡大していったと考えられます。1960年代半ば以降には、スギ・ヒノキの苗木を植えた造林地で、林業被害が発生するようになりました。(写真5)
図3 新規造林地の分布
写真5 造林地に出てきたシカ(シカは造林地のような環境も好む)
1962年頃に蛭ヶ岳から丹沢山を中心とする主稜線部まで後退していたと言われるシカの分布域が、1970年頃には唐沢から大山の山腹に至る範囲まで回復したと言われています。
林業被害に対して、神奈川県は1970年に丹沢の低~中標高域の4か所に猟区を設定してシカの捕獲を解禁するとともに、県の公費負担で造林地の周囲に防鹿柵を設置するようにしました。
これにより、シカの林業被害は表面上なくなりました。
(注1)拡大造林とは、おもに広葉樹からなる天然林を伐採した跡地や原野などが、針葉樹中心の人工林に置き換えられた育成林。
(注2)カヤトとは、山の中にあるススキやカヤなどのイネ科植物からなる原っぱのこと。
第3のシカ問題は、自然植生の衰退です。
人工林が広がる低~中標高域でシカの被害対策が進んだため、シカはより標高の高い自然林の広がる地域を中心に生息するようになったと考えられています。かつて、高標高域は冬の積雪により、シカにとって住みにくい環境でしたが、近年の暖冬により、冬でも生息しやすい場所になったと考えられます。
その結果、1980年代後半以降、高標高域のブナなどの自然林でニホンジカが高密度化し(注1)植生の衰退(写真6)が顕在化しました。
なかでも、スズタケの退行(写真7)、樹木稚樹の減少に代表される林床植生の衰退は大きな問題です。
林床植生が衰退すると、降雨や風・霜などによる土壌の流出が起きやすくなり、森林機能の低下を招きます。さらにエサとなる植物が減少することによって食物不足に陥ったシカの栄養状態の悪化(注2)につながります。
こうした状況をそのまま放置することは自然植生の衰退を進行させるだけでなく、シカやその他の生き物へも影響が出る可能性が考えられています。
写真6 林床植生の衰退(消失)
写真7 ササ(スズタケ)の退行
(注1)シカは本来は平野部に生息する生き物ですが、人間活動の拡大により、山地に追いやられて生息することになりました。一方で、山地の植生はシカの食害に対して脆弱なため、シカが高密度化するにつれて、多くの問題が生じてきてしまいました。
(注2)個体の矮小化(わいしょうか;体格が小さくなる)、餓死、伝染病等に対する抵抗力の低下やが懸念されています。
近年は、丹沢山地以外の大磯丘陵や箱根山地など、これまであまりシカの分布が確認されていなかった地域でも、森林へのシカの影響が見られるようになりました。
これまで長くシカの定着が確認されていなかった地域では、シカ対策の知見や体制が十分でないなどの理由から、被害が顕在化するまでシカの影響に気づきにくく、気づいた時にはシカによる被害が広がっているということもあります。
さらに、近年はシカなどの大型動物が市街地に出没する問題も発生するようになりました。市街地では銃やわなの使用は制限されており、出没時の対策を事前に検討する必要があります。
これからは、山間部だけでなく、都市部も含めたシカとの付き合い方について考える必要があるかもしれません。
ニホンジカのこと、もっと知ってください(PDF:3,047KB) 神奈川県 2019
第4次神奈川県ニホンジカ管理計画 神奈川県 2022
丹沢の自然再生 木平勇吉ほか編 2012
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