棟朝銀河(オリンピック・トランポリン) 4年間が「20秒」で決まる 石井雅史(パラリンピック・自転車) いかに「気持ち」で走らせるか 有吉利枝(パラリンピック・ボート) 「息」を合わせることが大事 ■オリンピックが1ヵ月後、パラリンピックがおよそ2ヶ月後ということで、今の率直な心境をお聞きかせください。 (棟朝)不安感がないと言えば嘘になるんですけど、ワクワク感も出てきています。「やってやろう」という気持ちがどんどん強くなっています。 去年の世界選手権は4人代表がいたんですけど、4人のうち僕が22歳、もう一人のオリンピックに出る人が28歳、あとの2人は30歳代で、ずっと年齢が上の人が代表を独占していました。今回、やっと若い世代の僕が代表権を勝ち取れたんです。 ずっとベテランが代表を独占していたことで、若い選手が「オレたち、ダメなのかな」という空気が若干出つつあったので、そういう雰囲気を僕が変えられたらなと思います。 (石井)トランポリンはベテラン選手から若手へアドバイスなどの交流はあるんですか。 (棟朝)仲はすごく良いです。アドバイスもすごくあります。 みんな良い人ばかりなので、練習中にお互い「こうした方がいいんじゃないか」というのがあれば日々アドバイスをしあっています。 ただ、なかなか上の人たちを超えられないんです。 ■ベテラン選手からそういった叱咤激励はありますか? (棟朝)ロンドン大会の代表だった上山容弘選手も、「早く俺たちのことを抜かしてくれないか」と言っていました(笑) (石井)上は上で、それは絶対思っていることだから、上から「そろそろ変わろうか」と言われるのではなく、下から「引きずりおろしてやる」というつもりで、引導を渡す方がいい。 (棟朝)やっと引導を渡せたかなと(笑) ■棟朝選手のような若手選手とベテランの選手の切磋琢磨が競技全体に刺激を与えているということでしょうか? (棟朝)そうなればいいなと思います。 (石井)自転車界でも同じようなことを言っていて、私も「下が出てくるまでは」と思っており、リオ大会の出場枠をとり、若手に譲ろうと思っていましたが、若手がなかなかそこまで育ってきていない。 リオ大会では、3人でなんとかメダルを複数個持って帰ってこれるようにしたいなと思ってやっているところです。 ■「自分が、自分が」というのではなくて、競技全体を見て、枠を自分が取って、それを若手に譲るということもあるんですね。 (石井)メジャーな競技であれば、裾野が広いので、「自分が、自分が」で登りつめていくのはすごく大事だと思うんですよ。ただやっぱりマイナーな競技っていうのは、それ自体をまず広めていかないといけない。 東京に向けて自転車競技の練習場所の提供なども、今回の結果がよくないと、お願いできないと思うんですよ。やっぱり、マイナーな競技はチーム一丸となって、複数個メダルを持って帰ってきて、それから発言していけるという環境を作っていかないといけない。 トラック競技は、練習場所の提供とかも、平塚市の理解もあって、平塚競輪場を使わせてもらっています。一方、ロード競技は、ヨーロッパではすごくメジャーですが、日本では馴染みがなく、練習場所も少ないので、華やかに見えるトライアスロンの自転車などで、もっともっと広めていきたい。 そのためにも、今回のリオ大会は成績を残してこなければいけないかなと思っています。 ■有吉選手はリオ大会に向けての今の率直な心境はどうでしょうか? (有吉)今は合宿とか練習で精一杯で、そこまで考える余裕がないんです(笑) まだ実感はないですね。周りが盛り上がっているだけで。これから気持ちが高まっていくと思います。 ■良い結果を出すために、重要なことはなんでしょうか? (石井)自転車競技は、ほとんどがタイム競技なんで、自分が練習で出しているタイムを出せば、いい結果が出ます。周りに飲み込まれないで、自分の走りをしっかり出せる、精神面が重要です。周りをあんまり意識しないということもすごく大事なのかなという気もしますね。 大きい大会に行くのは怖いんですけど、チームとして行くんで、周りに飲み込まれないためにも、チーム内の雰囲気をよくして、いい意味で楽しんで、競技ができれば、成績がついてくると思います。 ■精神面が重要ということですが、何か心に残っている言葉はありますか? (石井)監督に言われた「我々は、選手を万全な体制でスタート台につけるまでが仕事だから、俺らに気を使うことはない。選手はスタート台から自分のベストの走りを出すことが仕事だからな。」という言葉は、すごく心に残っています。 チーム一丸となって、スタート台につける、自分はそこからが仕事なんだなと。だから控え室で体操とかしながら、あまり気を使わないようにできたということがよかったので、監督さんのあの一言っていうのは、私にとってはすごく大きかったですね。 2009年の世界選手権で怪我をするまでは、毎回世界大会に行くたびに、コンマいくつでも必ず記録を更新できていたので、やはり指導者を信じられるということが、一番成績につながるのかなと思いましたね。 トランポリンの練習時間は長いんですか? (棟朝)意外と練習時間自体は短いです。8mぐらい跳ぶんで、体にめちゃくちゃ負担がかかる競技なので。 ■トランポリン競技は、シビアな競技と聞いたのですが、どのようなところがシビアな競技なのでしょうか? (棟朝)トランポリン競技って、技を10個やるんですけど、体操とかって途中で落下しても、もう一回できるじゃないですか。トランポリンは、周りに触れただけで、演技が終わりになって、やり直しもできず、かなりシビアな競技です。ちなみにオリンピックの出場枠自体も世界で16枠しかありません(笑) (石井)逆にオリンピックに出れればチャンスはありますね! (棟朝)決勝に進めるのは8人で、メダルは3人なんで、16分の3でメダルを獲れる。大会に出るまでが大変なんで、そこの舞台までたどりつければ誰にでもチャンスはある。 (石井)会場の雰囲気に飲まれないように、余計な力を抜いて、いつもどおりの演技をすることが大事になりますね。 (棟朝)普段の大会と全然違うということですね。 2010年にシンガポールで、ユースオリンピックに出させてもらったんですけど、ユースのオリンピックでも普段の大会とは全然違う雰囲気だったので、あれ以上の規模っていうのを考えると、恐ろしい。 (石井)客の動員数が違いますからね。普段、人の目がいろいろ刺さってくる中で走ることがないので。よくカエルとかスズメに思えばいいんだよって言うんだけど、なかなかそうは思えないなと思って(笑) (棟朝)そんなでかいカエルいないですもんね(笑) (石井)ロンドン大会のときは、どこの国の人に対してもすごい応援がありましたね。私も10代のときから競技をやっているんですけど、走っている中を声援が後ろから追ってきたっていうのは、初めての経験でしたね。あれは本当にすごいなと思いましたね。 ヨーロッパでは、自転車競技には100年の歴史があるので、応援の仕方をみんなが知っているんですよね。イギリス選手団だけじゃなくて、全部の選手を応援してくれましたね。本当に走らせてもらって、ありがたかったですね。 ボートって言うのは、何人で出場するんですか? (有吉)私が出るのは、男女のミックスで二人です。 (石井)そうなると、息を合わせることが大事ですか。 (有吉)息を合わせることが大事です。距離は、1,000mですが、東京2020大会からは2,000mになるかもしれません (石井)1,000mのタイムはどのくらいなんですか? (有吉)聞かないでください(笑) (石井)自転車も1km走るんですけど、終わると体全身が動かなくなりますよね? (有吉)動かないです。 (棟朝)終わった後に、一気に疲れが来るんですか? (石井)自分の場合、750mくらいから、固まっちゃうような感じですね。そこをうまく動かしていく。終わるともう「止めてー」と言って、監督さんに止めてもらうんで(笑) (有吉)自分じゃ止まれないんですか? (石井)止まれないです。ブレーキがないんで。 ■1kmで全てを使い果たすという感じですね。 (石井)そうですね。スタートから一気に最高速度まで上げる時間を短くして、最高速度をいかに長く持続するかっていう種目です。ボートも同じですよね? (有吉)同じですね。 ■トランポリン競技の競技時間はどれくらいなんですか? (棟朝)トランポリン競技って、4年間が20秒で決まるんです。1演技が20秒なんです。予選・決勝の各20秒、それだけで終わりです。 (石井)最初の1歩って、大事ですよね。 (棟朝)1個目の技は大事ですね。採点競技なので、印象がすごい大事です。 (石井)跳んでる時間が長いじゃないですか。一回「あっ」と思うと、やり直しがきかないんですか? (棟朝)予備ジャンプはやり直しできるんですけど、技に入ってしまうとやり直しがきかないです。 踏み出す方向が決まったら、空中で移動できません。踏み出す瞬間の角度によっては「あ、終わった」って思います(笑)8mも跳ぶので、1歩目の角度が1度でも傾いたらかなり大きなミスです。 ■メンタルの使い方が違いますよね。自転車とボートは「出し切るメンタル」でトランポリンは「自分をコントロールするメンタル」みたいな感じですね。 (棟朝)全力でやればいいというわけでもない。気合が入りすぎて、踏み込みのタイミングとか力の入り方がちょっと変わると、一瞬で終わってしまう。 ■1歩目がうまくいくと、「いけるな」という感じはあるのですか? (棟朝)全然そういうわけではないですね。1個1個しっかり真っ直ぐに飛び出さないと。10個連続でいいリズムでいければいけるという感じです。 ■終わってみないと手応えはわからないんですね。 (棟朝)9種目まで完璧にできても、10種目でちょっと傾いて失敗してしまうと、点数も落ちてしまい、全く勝ち目がなくなってしまう。 (石井)見方がわかってきたので、今度、トランポリン競技を見るのが楽しみですね。今までどこで採点されるのか全然わからなかった。技に入ると一つのミスも許されないというのも初めて知ったので、楽しんで応援できるのかなっていう気がしますね。 (棟朝)自転車やボートは、出だし失敗したなってときも、巻き返せたりはできるんですか? (石井)スタート時は、5,4,3,2,1でブレーキが離れるんですけど、世界選手権のときに失敗して、結局、ベストから1秒遅かったですね。 1秒といっても、そこに何人も入ってきてしまうんで、すごく大きかったですね。その失敗が世界選手権だったからよかったけど、今度のリオ大会で失敗しないようにしたいです。スタートは大事ですよね。 (有吉)大事ですね。 (棟朝)どの競技も入りは大事ですね。 (石井)みなさん、練習をやってきて、フィジカル面は出来あがっていると思うので、あとはいかに気持ちで走らせるかということですね。こういう場を設けてくれるというのは、本当に選手にとってやる気になりますよね。 他の選手と話ができるというのは、選手団としてお互い引き締まって、リオ大会に向かっていけるかなって思いますね。 ■神奈川県民に向けてメッセージをお願いします。 (棟朝)ずっと東京で育ってきて、大学から神奈川にきたので、若干、神奈川県に対してアウェー感があり、今日も激励会に来るのに不安感があったんですが、玄関前ですごく迎えてくださって、神奈川県の皆さんがスポーツに興味をもってくださっていると同時に、多くの選手に対して応援しているというのが、すごく伝わってきたので、僕もそれにしっかりと応えられたらいいなと思います。 トランポリン競技はまだまだマイナーな競技なので、自分がメダルを持って帰ってきて、競技の普及・発展につながり、子どもたち中心に興味を持ってもらい、新しい選手が神奈川県からどんどん育ってきてくれればいいなと思います。 (石井)子どもたちにはやっぱり、神奈川県の施設とか、藤沢市の施設、その他財団なんかもいろいろなスポーツのイベントを開いているので、イベントに参加して、いろいろなスポーツを経験して、自己決定して、好きな種目を楽しんで突き詰めていってほしいなというのはありますね。 その上で、私も自分で自転車を選んで、やってきたんですけども、過去に大怪我をすることもたくさんありました。今でもいろんな怪我をしますけども、自分が決めた種目で、自分が自転車が好きだという気持ちがあるので、やめるということはしたくない。やっぱり自分で好きなものを見つけて、自分を信じて打ち込んでいってもらいたいということが、今の子どもたちに言えることかなと思いますね。 (有吉)とりあえず何でもいいので、スポーツはやってもらいたいですね。仲間を作って、楽しくワイワイやるのもいいし、私たちのように一つのものに絞って、それを究めて、オリンピック・パラリンピックに出る人が増えればいいなって思います。とりあえず、何か始めてください。 (石井)競技をやるときに、いろいろな方の助言などがあってこの場に立つことができたので、本当に人は人を動かす力があると思います。我々は周りからそういう力をもらって、こういう場に立たせてもらっているので、やっぱりその場をつくってくれたことに対して、今度は結果で恩返ししなければいけないかなと思います。 棟朝銀河(むねとも ぎんが) 1994年4月7日、東京都生まれ。小学時代は朝日生命で体操を習いながら、大泉スワロークラブのトランポリンコースに参加。10度跳躍する演技に高難度の技を盛り込み、2年前に演技全体の難度点で日本人初の18点台をマークした。昨年の世界選手権で予想を覆し五輪への切符をつかんだ。 石井雅史(いしい まさし) 1972年12月23日、神奈川県生まれ。 日本競輪選手会にてA級選手とし   て活躍。2001年事故により高次脳機能障害を負う。引退後はパラサイクリングに取り組み、2008年北京パラリンピックでは金・銀・銅すべての種類の   メダルを獲得し、藤沢市市民栄誉賞を受賞。2015年、2016年の世界選手権において安定した成績を残し、2016年リオ日本代表選手として選出される。 有吉利枝(ありよし りえ) 1979年8月14日、徳島県生まれ。26歳の時に交通事故により受傷、リハビリのために通っていたスポーツセンターでヨットに誘われたのがきっかけとなり、ボート競技を始める。