2 虐待の事実認定 (1) 虐待の事実認定の概要 ・市町村は、虐待の相談・通報に対し、事実確認のための調査等を実施し、虐待の事実 の有無及び緊急性、当面の対応方法を判断します。 ・虐待の事実認定が、以後の市町村の権限行使の根拠となります。そのため、市町村内 の組織としての判断が必要です。 ・ただし、虐待の認定がない高齢者であったとしても、必要な高齢者に対しては、支援 を検討する必要があります。 虐待の事実認定をするうえでのポイント ○虐待の事実の有無は、養護者及び高齢者の虐待に対する自覚の有無は問わない。 ○高齢者虐待防止法の条文、厚生労働省マニュアル、日本社会福祉士会手引き等に あてはまらない場合でも、高齢者の権利が侵害されている場合は虐待と幅広に 捉える場合がある。 ○虐待事実の有無は、市町村や関係者とともに、組織的に判断し、判断根拠を記録 として残す。 (2) コアメンバー会議 ・虐待の事実認定は、市町村が開催するコアメンバー会議で行います。 @コアメンバー会議の出席者 コアメンバー会議の出席者は、市町村の高齢者虐待担当部署の管理職・職員、地域 包括支援センターの職員です。 事例により、市町村の他部署(生活保護担当課、障害福祉担当課、介護保険担当課 等)の職員や、専門家(医師、弁護士、社会福祉士等)に助言を求めるため、出席を依 頼することもできます。しかし、虐待の事実認定は、責任をもって市町村が行います。 虐待の事実認定とともに、緊急性の判断を行い、それにともない、市町村の権限行 使のため、速やかに意思決定を行う必要がある場合もありますので、市町村の担当部署 の管理職の出席が必要です。 コアメンバー会議は、市町村としての意思決定を行う会議であり、公平性、中立性 を保つため、介護保険事業者や民生委員に会議の同席を依頼することは望ましいことと はいえません。なお、個別ケース会議では、高齢者の具体的な支援の内容や役割分担を 決定するため、関係者に出席を依頼し、情報提供や助言を求める場合があります。 ○コアメンバー会議の出席者 市町村の高齢者虐待担当部署の管理職・職員、 地域包括支援センター職員(社会福祉士、保健師、主任ケアマネジャー) ○事例により出席を依頼 市町村の他部署(生活保護担当課、障害福祉担当課、介護保険担当課等)の職員、 専門家(医師、弁護士、社会福祉士等) Aコアメンバー会議の開催時期 コアメンバー会議は、事実確認調査で得られた情報や相談・通報内容に基づき、緊急 性を判断し、緊急性が高いと判断される事例については、早急に開催します。 B協議内容 ○虐待の事実認定 情報の内容により虐待の事実の有無の判断を行います。 情報の内容 虐待の事実の有無の判断 高齢者の権利を侵害する事実の情報があった 虐待が疑われる事実の情報があった 虐待の事実を認定 一般的に考えられる事実調査を行ったが、 高齢者の権利を侵害する事実の情報はなかった 虐待が疑われる事実の情報はなかった 虐待の事実はなかったと判断 事実確認調査を行ったが、情報が十分でなく、通報内 容や権利を侵害する事実が確認できず、事実を判断す ることができない 事実確認調査等を継続し、後 日再度会議を開催する ○緊急性の判断 虐待の事実が認定された場合、高齢者の生命・身体の危険性と緊急性を判断しま す。 緊急性の判断は、分離保護の判断(18 ページ)を参考にして下さい。 ○当面の対応 緊急性を判断後、分離保護の必要性や他の支援の内容について検討します。 ○調査の継続(立入調査)の必要性、調査の内容 虐待の事実の有無を判断することができないとされるのであれば、判断に必要な 情報の内容を検討し、だれが、いつまで調査を実施するのかを明確にし、次回の会 議の日程を検討します。 なお、虐待の事実が判断できない場合でも、想定される危険性についても検討し、 緊急時の対応や連絡先などについて、検討しておく必要があります。 ○対応の役割分担 対応については、高齢者の支援と養護者の支援を誰がおこなうのか、また、より 具体的な支援を検討するための会議に、誰に協力を求めるかなどについて検討しま す。また、対応に際し、想定される危険性、その対応などについて検討します。 ※一般的と考えられる調査をきちんと行っていないにもかかわらず、事実がなかったと 判断し、後に他機関の調査・捜査により虐待があったとして、自治体が訴えられた際、 状況によっては国家賠償責任が認められる場合もあります。一般的な調査義務、注意 義務については、状況により変化があるため、範囲を設定することは難しいのですが、 市町村で調査の内容を日本社会福祉士会の手引きなどを参考に、あらかじめ決めてお くことが有効です。その内容に基づき調査を行い、記録として残すことにより、担当 者の不安を取り除くとともに、市町村が行った判断の根拠とすることができます。 ・緊急性の判断を行うための会議等の参加者、位置づけについて、要綱等で取り決めて おくことも有効です。川崎市では、高齢者虐待の緊急性の判断等について、要綱で次 のように定めています。 川崎市高齢者虐待防止事業実施要綱 (緊急性の判断) 第4条 前条第2項による通報・届出がなされたときに、区役所保健福祉センター所 長又は地区健康福祉ステーション所長は、以下に掲げる者のうち必要と認める者 に、第1号様式に基づいたリスクアセスメントを実施させ、「生命又は身体に重大 な危険が生じる恐れがある」状況かどうかを判断するものとする。 (1) 高齢・障害課長、健康福祉ステーション担当課長 (2) 高齢者支援係長、健康福祉ステーション担当係長 (3) 高齢者支援係職員、健康福祉ステーション担当職員 (4) 障害者支援係長又は障害者支援係職員 (5)生活保護、地域保健担当部署等の担当者 (6)その他 2 前項の緊急性の判断により、危険と判断した場合は、区役所保健福祉センター高 齢・障害課又は地区健康福祉ステーション高齢者支援担当は、必要に応じ、高齢者 虐待防止法第11条により、被虐待高齢者宅への立入調査を行うなど、状況の把握 をするものとする。 第3項、第4項略 (ネットワーク・ミーティングの開催) 第5条 前条により、早急に「生命又は身体に重大な危険が生じる恐れがある」ケー スとまではいえず、虐待が疑われるようなケースについては、必要に応じ、なるべ く早期に、区役所保健福祉センター高齢・障害課又は地区健康福祉ステーション高 齢者支援担当が事務局となり、次に掲げる者のうち、区役所保健福祉センター所長 又は地区健康福祉ステーション所長が必要と認める者により、「ネットワーク・ミ ーティング」の開催に努めるものとする。 (1) 区役所高齢・障害課、地区健康福祉ステーション高齢者支援担当 (2) 地域包括支援センター職員 (3) 介護支援専門員 (4) その他 2 前項に基づき、開催するネットワーク・ミーティングにおいては、情報の共有に 努め、処遇方針を検討するとともに、その役割分担を行うなど、今後の対応の円滑 な実施に向けた検討を行うものとする。 3 ネットワーク・ミーティングで決定された処遇方針、役割分担について、定期 的に、情報交換やモニタリングを実施し、必要に応じて、処遇方針について再検討を 行うものとする。 4 ネットワーク・ミーティングにおいては、生命・身体の保護に必要なケースで本 人の同意を得ることが困難であるかどうかを事務局で判断し、必要に応じて、個人 情報を会議資料として提供することとする。ただし、会議終了後、適宜、事務局で 回収することとし、会議において知り得た個人の情報については、他に漏らさない ものとする。 (3) 虐待の事実認定等を行うための情報 ・高齢者虐待の事実の有無を判断すると同時に、高齢者の生命・身体の危険性、緊急性 を判断する根拠となる情報となります。そのため、客観的で、正確な情報が必要です。 ・あらかじめ、虐待の事実を判断するために必要な情報を定めておき、調査票などで事 実確認調査等で収集する際に、漏れがないようにすることも有効です。 @高齢者虐待の内容に関する情報 高齢者虐待の判断根拠となる情報は、事実確認調査等により、高齢者虐待について 「いつ」、「だれが」、「誰から」「何を」、「どのような方法で」得られた情報かに ついて明確に記録し、「虐待が始まった時期」、「虐待の内容とその程度・頻度」、 「発生している時間帯」により判断します。 高齢者虐待防止法には、虐待の内容を明確に定義していませんが、高齢者が他者か らの不適切な扱いにより権利利益を侵害される状態や生命、健康、生活が損なわれるよ うな状態に置かれること」と捉えて内容について検討します。 なお、厚生労働省のマニュアルや日本社会福祉士会の「市町村・地域包括支援セン ター・都道府県のための養護者による高齢者虐待対応の手引き」などに、虐待の内容の 例が掲載されていますので、参考することもできます。 ただし、厳密にそれぞれの事例により、判断が必要となりますので、情報を総合的 に判断する必要があります。 A高齢者本人に関する情報 緊急性を判断するうえで、高齢者の健康状態・身体の安全等に関する最新の情報が 必要です。 また、対応方法を検討するために、高齢者の介護認定の有無、ADL、認知症状の 有無・程度等の情報も必要です。 B養護者に関する情報 養護者から高齢者に対する支援の状況、生活状況などを聴き取ります。 養護者は、支援を可能な範囲で行っていますが、虐待の事実の有無は、養護者の主 観よりも、客観的な状況により判断される必要があります。 ・早急に開催する場合、虐待の事実認定の根拠となる情報が収集できていない場合もあ ります。当面の対応方法、役割分担、緊急時の連絡体制等、複数の危険性を想定しな がら検討し、虐待の事実認定に収集が必要な情報について役割分担し、いつまでに収 集するかについて決定します。 虐待の事実認定に関するQ&A Q:認知症状による徘徊症状があり一人で出歩いてしまう高齢者について、同居家族が 日中に留守にしてしまうため、介護サービス事業所が自宅まで送迎したあと、本人が 家の外に出て徘徊してしまわないよう、家族からの依頼により事業者が外側から鍵を かけて出られないようにしている場合、身体拘束として判断する必要があるか。 A:外側から鍵をかけて出られないようにする行為は、外部との接触を意図的、継続的 に遮断する行為であり、養護者による身体的虐待に該当します。また、当該介護サー ビス事業者の行っている行為は、身体拘束であり、切迫性、非代替性、一時性の身体 拘束が例外的に許される条件を満たしているとは認められず、従事者による身体的虐 待に該当します。 Q:コアメンバー会議と個別ケース会議との違いはなにか。 A:コアメンバー会議は、緊急性の判断や、虐待の事実の有無を判断するなど、対応の 根本となる決定を行うための会議です。そのため、権限を持つ市町村の担当部署や地 域包括支援センターの職員が出席して行います。個別ケース会議は、コアメンバー会 議で対応の方針が決定した後、高齢者及び養護者の援助の方針を決定し、具体的な支 援の内容や役割分担を決定します。そのため、必要に応じて、介護保険事業者や介護 支援専門員に同席を求める場合があります。 Q:養護者が介護サービスの利用料を支払わない場合、経済的虐待として判断する必要 があるか。 A:厚生労働省マニュアル「高齢者虐待の例」では、経済的虐待は、「本人の合意なし に財産や金銭を使用し、本人の希望する金銭の使用を理由なく制限すること。」とあ り、具体的な例として挙げている中に、「入院や受診、介護保険サービスなどに必要 な費用を支払わない。」という記述があります。この記述から各事例について判断す る必要があります。認知症の高齢者は、本人の合意や本人の希望については、判断が 難しいと言えますが、このような状況では、成年後見制度や日常生活支援事業の利用 を早急に行う必要があります。 また、法律上の判断が難しい場合は、弁護士等へ相談することも考えられます。