42 第4 章 高齢者虐待や不適切なケアが 起こってしまった時は(事後対応) 1 対応の手順 (1)施設内の体制の確立 施設内で虐待が発生した場合は、迅速かつ適切に対応するため、あら かじめ組織として対応を決めておく必要があります。 多くの施設では、苦情受付や事故発生時の体制と同様になるものと考 えられますが、どのような体制であっても、実際に職員に周知されてい て、虐待が発生した場合、速やかに職員間の連携がとられることが必要 となります。 また、施設内で虐待が発生した場合、発見者は市町村への通報義務が 発生することも周知されていなければなりません。 (2)施設内での対応(施設内で虐待が発生した場合) @ 本人や家族、または施設職員からその相談を受けた職員は、まず は各部署の責任者へ報告し、その後速やかに施設長等に報告します。 A その後、施設長等を中心に、虐待を行っている(行った)職員や その他の職員への聞き取りを行い、虐待の事実を確認します。 B 虐待の事実が確認された場合は、再発防止策を検討し、施設内で 防止策が実行されることが必要となります。 このとき、虐待を行った職員の資質によるものと決めつけず、なぜ 起きてしまったのか、今後虐待が発生しないようにするにはどう施 設全体で取り組んでいくのか、検討することが重要となります。 虐待の事実が確認出来ない場合もあるかもしれません。しかし、虐 待の疑いがあることは事実です。今後、虐待を未然に防ぐためにも、 施設としての防止策を検討する必要があります。 C 市町村には、利用者・家族への事実確認や職員への聞き取り調査 の結果から「虐待の疑いがあると判断した段階で通報(又は報告) します。 施設内での解決が図られたとしても、市町村への連絡は必要です。 各市町村の対応窓口については参考資料の71ページを参照してく ださい。 なお、高齢者の居所と家族等の住所が異なる場合の通報は、施設が 所在する市町村に行うことになっています。 43 (3)行政の対応 @ 通報等を受けた場合、市町村は通報等の内容に基づいて、事実確 認や高齢者の安全確認を行わなければなりません。このため、当該 施設の調査を行います。この調査は、一義的には施設の任意の協力 のもと行われます。この調査の結果、虐待の事実が明らかになった 場合は、施設に対し、改善を図るように指導を行います。また、今 後の対策や改善策等を文書で報告を求めることもあります。 しかしながら、この指導に従わず改善が図られない場合は、老人 福祉法や介護保険法に基づき勧告や命令、指定取消し処分などの権 限を行使します。 各法律による権限規定は参考資料の72ページを参照してください。 A 養介護施設従事者等による高齢者虐待の状況は、公表しています。 ○公表の目的は、都道府県、市町村における高齢者虐待の防止に向 けた取組みに反映していくことを着実に進めることを目的として います。 ○高齢者虐待防止法においては、都道府県知事は、毎年度、養介護 従事者等による高齢者虐待の状況、養介護従事者等による高齢者 虐待があった場合にとった措置その他厚生労働省令で定める事項 を公表するものとすることとされています。(法第25 条) ○公表の対象となる、養介護施設(養介護事業所を含む)は市町村 又は都道府県が事実確認を行った結果、実際に高齢者虐待が行わ れていたと認めた事例です。 ○都道府県が公表する項目は以下のとおりです。 ア.高齢者虐待の状況 ・被虐待者の状況(性別、年齢階級、心身の状態 等) ・高齢者虐待の種類(身体的虐待、介護・世話の放棄・ 放任)、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待) イ.高齢者虐待に対して取った措置 ウ.その他の事項 ・施設・事業所の種別種類 ・虐待を行った養介護施設従事者等の職種 44 2 対応のフローチャート 45 3 施設職員・施設管理者としての責務 (1)施設職員としての責務 @ 高齢者虐待を発見しても、施設内においては職員同士がかばいあう ことが想定されますが、虐待と思われる行為や不適切なケアを受けて いる高齢者を発見した場合は、その場で職員間の注意喚起が必要です。 一人だけで悩んだり、見てみぬ振りをせず、直属の上司や管理者に相 談、報告する事が必要です。また、高齢者本人や家族から虐待の訴え を受けた場合も同様です。 A 職員本人が虐待と思われる行為や不適切なケアを行った場合も、高 齢者の権利擁護の観点から隠したりせず、早期に上司に報告すること が大切です。 B また、高齢者虐待の通報は施設職員全員の義務です。法律的な義務 として行うべきものです。 (2)施設管理者としての責務 高齢者への虐待やその疑いが生じた場合の対応には施設管理者の強 いリーダーシップが重要です。 @ 利用者への対応 まず、利用者の安全確保に努めるとともに、事実確認を行います。 身体的虐待にあっては、本人の安全確認や治療の必要性の有無につい て確認を行い、治療が必要な場合は、速やかに適切な治療が受けられ るよう手配します。体の傷など目で確認できるものは、本人等の同意 を得て写真を撮るなどして保存します。 心理的虐待にあっては、利用者の心が傷ついていることが予測され るため、管理者は本人の話をじっくり受け止め不安を取り除くことが 大切です。 A 家族への対応 事実確認後、速やかに虐待の経過についてご家族に連絡するととも に謝罪します。ご家族に早期に面接できない状況であれば、まず電話 で連絡をし、その後お会いするという方法が望まれます。 また、損害賠償が必要な場合は、誠実に対応することが重要です。 B 虐待者への対応 施設長等は、虐待が疑われる職員に事実確認をします。その際に は、虐待の実態や虐待と思われるケアが行われた背景、人員の配置 46 状況等を確認します。虐待者が、虐待と意識していない場合や介護 ストレスから精神的に追い込まれていることも考えられるので、初 めから虐待と決めるつけることなく、慎重に確認します。また、他 の職員にも並行して事実確認を行います。 C 他の職員への対応 虐待が発生した場合には、虐待を行った職員の資質によるものと 決め付けて、その職員を叱責したり、その職員だけを研修したりす るのではなく、職員全体・施設全体の問題として捉えて対応するこ とが望まれます。そのため、虐待の事実を職員間で共有することが 大切です。 さらに、関係者(虐待の当事者職員、上司及び施設長等)の処分 が必要な場合が生じたら、就業規則等に基づいて適正に行う必要が あります。 D 相談者の保護 高齢者虐待防止法では、高齢者虐待の通報等を行った従業者等は、 通報等をしたことを理由に、解雇その他不利益な取扱いを受けない こと(第21条第7項)と規定されています。 また、公益通報者保護法でも、労働者が、事業所内部で法令違反 行為が生じ、又は生じようとしている旨の通報を行おうとする場合 には、不正の目的で行われた通報でない、通報内容が真実であると 信じる相当の理由があることの2つの要件を満たして公益通報を行 った場合、通報者に対する保護が規定されています。 管理者は、職員に対して、このような通報等を理由とする不利益 な取扱いの禁止措置や保護規定の存在を周知することが必要です。 E 施設全体の取組み 虐待については、管理者レベルでのみで処理するのではなく、施 設一丸となった取組みが必要です。 具体的には、高齢者権利擁護委員会等の場を活用して、虐待事例 に対する発生原因の調査・分析を行い、再発防止に向けた職員会議、 職場内研修等を行います。なお、職員会議等に参加できなかった職 員に対するフォローを行い、全職員で虐待防止に対する取組みを共 有することが重要です。 F 行政への報告と協力 虐待は他者から見えないところで行われる傾向をもっており、管 理者が知らないところで起こり得ます。また、虐待をしている職員 に自覚がないまま行われていることがあるため、施設自らが事実確 認の調査を行うことは簡単ではありません。虐待が疑われた場合に は市町村に通報することが大切です。 (法第5条第2項) 47 市町村は養介護施設から通報、通告を受けた場合、事実確認を行い 高齢者虐待の防止と当該高齢者の保護を図るための権限を行使しま す。その際、養介護施設は行政からの調査に協力するよう努めなけれ ばなりません。 4 再発防止に向けた取組み 虐待の発生を、特異な事例とすることなく、それまでの施設運営におけ る反省点の確認と今後の改善への契機とすることが必要です。 そのためには情報を共有し、管理職レベルでのみ処理するのではなく施 設管理者と、施設職員(事業所)が一体となった取組みが必要です。 (1)虐待事例、発生原因の調査分析 平成19 年度に市町村から養介護施設従事者等による高齢者虐待例 として県へ報告のあったものは6件・17人でした。 サービス種別としては、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、グ ループホーム、訪問介護事業所で通報者は施設職員が殆どを占めていま した。 虐待を受けた高齢者の状況としては、80 歳代以降の女性が多くなっ ています。殆どの事例に認知症があり、介護度の高い方が多くなってい ます。 発生要因としては職員の人権意識の欠如、施設の管理不行き届き、職 員の認識不足、高齢者の言動や暴力、身体の状況等が挙げられていまし た。高齢者虐待防止に取り組むには、虐待の特徴や発生した要因、ある いはそれらの背景について分析し理解することが必要です。こうしたこ とを理解したうえで施設において具体的にどのような取組みができる か検討し、その対応を図っていくことが必要です。 (2)再発防止に向けた職場会議の活性化 再発防止に向けて職員、管理者が一体となって、積極的に高齢者虐待 防止について会議を開催したり、打ち合わせの場を定期的に持ち、事例 の分析、研修の企画、組織としての対応がマニュアルに沿って対応でき たか、又はマニュアルが現実的なものであったか等について意見を十分 交換し検討します。 (3)苦情受付、処理体制の見直しと組織としての体制の明確化 養介護施設では、苦情相談窓口を開設するなど、苦情処理のために必 要な措置を講ずべきことが運営基準等に規定されているとともに、高齢 48 者虐待防止法においては、養介護施設に対してサービスを利用している 高齢者やその家族からの苦情を処理する体制を整備することが規定さ れています。 苦情の受付やその処理体制については、組織の目的とその役割をはっ きりと認識し、機能しているかを点検し見直すとともに誰もがわかるよ うに明示することが大切です。 (4)個別ケア(不適切なケアの重視)の充実 対応が難しいケースや、不適切なケアを改善するためには、スタッフ が集まりアセスメントを行い、個別の状況に応じた具体的で実施しやす いケアプランを検討し、実施結果を評価していくことが重要です。また、 不適切なケアを防止するためのマニュアルを作成し、職員間で共有しま す。 (5)職場内研修の徹底 ケアの質を高めるためには、必要な知識や技術を学ぶ機会の提供が必 須です。施設理念や指針を示しスタッフ間で共有し、特に認知症介護に ついての研修会や研究会の開催を促します。 (6)働きやすい職場環境の実現 個々の職員の状況を把握し、勤務体制を見直します。また、職員が相 談しやすいよう管理者やリーダーは個々のスタッフに日常的に声かけ をします。 (7)開かれた施設づくり 一般的に言うと養介護施設は、外部からの目が届きにくく閉鎖的な空 間になりがちで、さらに地域などと交流がない場合、施設の独善的な対 応が不適切な対応になる危険があります。そこで介護相談員の受入れ、 オンブズマン制度、第三者評価、地域の住民やボランティアなど第三者 の目として多くの人を積極的に施設で受け入れることは開かれた施設づ くりも職員の意識高揚に重要と考えられます。 49 5 虐待事例 ケース1 【事例の概要】 認知症の利用者A さんの居室において、女性の介護職員B がA さんを叩いているところを、介護職員C が発見。職員C は主任に報 告を行い、事実確認を行った。 ・虐待を行った職員:入職して間もなく、夜勤は2回目であった。 ・虐待を受けた利用者:認知症があり、介護拒否の際に職員に手を 上げることがあったが、最近はADL の低下とともに、そのような 行為が起きなくなっていた。 【経過】 虐待が発生した日は、職員B と職員C が夜勤であった。朝、職員 B はA さんの更衣介助を行おうとしたが、拒否された。しかし、職 員B は更衣をさせようとしたため、A さんは職員B に手を上げた。 このため、職員B はA さんを抑えるために、叩いてしまった。 職員C はこの時、居室の前を通りかかり、職員B の行為を目撃し たため、出勤してきた主任に報告した。 【対応】 主任は施設長に報告し、施設長は当日中に職員B に聞き取り調査 を行った。職員B は事実を認め、「A さんを抑えるためにとっさに 叩いてしまった」とのことであった。 施設長は、職員B に対し、その場で厳重注意をするとともに、主 任に対し、職員B へのジョブトレーナーを命じ、職員B のスキルア ップを図るようにした。 また、A さんの介護拒否が最近起きておらず、新規職員に伝えき れていなかった状況もあり、利用者ひとりひとりのケアの情報を職 員が共有できるよう、情報共有の方法の見直しを行い、利用者の状 況変化がわかる記録を作成し、どの職員でも利用者の情報がすぐに 得られるようにした。 さらに、施設の全職員に対し、虐待が発生したことを伝え、虐待 防止のための研修を実施するとともに、認知症ケアの研修を継続的 に行っていくこととした。 A さんの家族に対しては、施設長より連絡を入れ、状況を説明し 謝罪を行った。 その後、職員B は主任の指導のもと、認知症ケアの理解を深め、 介助がうまくいかないときは、対応方法を変えるなどの工夫をして いる。行政には、虐待の事実を把握した時点で施設長が報告をし、 行政の調査への協力、報告書の提出を行っている。 50 ケース2 【事例の概要】 寝たきりで認知症のAさんの居室において、女性の介護職員BがAさ んを叩いたりつねったりした行為を同僚職員が目撃した。しかし、上司 へ報告することへの後ろめたさなどもあり黙っていた。ところが、頻回 に目撃するようになってきたことから、他の職員とも話題になりリーダ ーに相談し、リーダーから管理者に相談した。管理者は今後の対応につ いて市に相談に出向き、市が事実確認を行った。 ・虐待を行った職員:入職後数年が経っており、当該施設では中堅的立 場であった。 ・虐待を受けた利用者:寝たきりで認知症があり、食事は全介助であっ た。好き嫌いが多く、食べたくないものは全く食べない、飲み込みが悪 い、奇声を発する。また、職員への要求が絶えない人であった。 【経過】 “乱暴に扱うと本人がおとなしくなる”“「あなたが嫌い」と憎らしい 事を言う”などの理由から、A さんの居室において、おむつ交換の時に 大声を出すAさんに対して言うことを聞くよう怒鳴ったり、叩いている 音を別の職員が聞いていた。また食事介助の際、食べたくないものは全 く食べないAさんに対して鼻をつねっていたところを別の介護職員が目 撃していた。 しかし、虐待行為を見かけた職員は複数いたが、上司へ報告すること の後ろめたさや仕返しされるのが怖かったことから、管理者に報告でき なかった。 介護職員Bの対応を何とかしたいと思った同僚の介護職員Cがリーダ ーに相談したところ、リーダーは管理者に報告した方がよいと判断し、 管理者に相談した。管理者はこのような事態を、市に相談した。市職員 が事実確認をおこない、虐待と判断した。 【対応】 施設では改善計画をもとに、管理者が職員全員に対し虐待防止のリー フレットを配布しながら研修会を開催し、再発防止のために、入居者一 人ひとりの人権の尊重、尊厳の保持について話し合いを持った。また、 対応困難な利用者へのケアの方法について、勉強会を行い、ロールプレ イや実演等でスキルの獲得を図った。介護職員Bについては、管理者か ら厳重注意を行い、担当部署の配置換えを行った。A さんの家族に対し ては、施設長より連絡を入れ、状況を説明し謝罪を行った。