21 第3章 高齢者虐待や不適切なケアを防ぐため には(未然防止) 1 高齢者虐待や不適切なケアの防止策 高齢者虐待や不適切なケアの起きる要因は、第1章で述べたように5つの要 因に分けて考えることができます。ここでは、これらの5つの要因における問 題とその防止策について整理しました。 (1)施設理念の共有 @組織運営の健全化から考える ●理念とその共有の問題 ・介護理念や組織全体の方針が ない ・理念を共有するための具体策 がない ●防止するためには ・介護の理念や組織運営の方針を明 確にする ・理念や方針を職員間で共有する ・理念や方針を実現するための具体 的な指針を提示する ●組織体制の問題 ・責任や役割の不明確さ ・必要な組織がない ・職員教育のシステムがない ●防止するためには ・それぞれの職責・職種による責任 や役割を明確にする ・苦情処理体制をはじめとする必要 な組織を設置・運営する ・職員教育の体制を整える ●運営姿勢の問題 ・情報公開に消極的 ・効率優先 ・家族との連携不足 ●防止するためには ・第三者の目を入れ、開かれた組織 にする ・利用者・家族との情報共有に努め る ・業務の目的や構造、具体的な流れ を見直してみる 22 A 負担・ストレス、組織風土の改善から考える (2)リスクマネージメントにおける組織運営の健全化 @チームアプローチの充実から考える ●負担の多さの問題 ・人手不足 ・業務の多忙さ ・夜勤時の負担 ●防止するためには ・柔軟な人員配置を検討する ・効率優先や一斉介護・流れ作業 を見直し、個別ケアを推進する ・夜勤時については配慮を行う ●ストレスの問題 ・負担の多さからくるストレ ス ・職場内の人間関係 ●防止するためには ・柔軟な人員配置を検討する ・効率優先や一斉介護・流れ作業 を見直し、個別ケアを推進する ・夜勤時については配慮を行う ●組織風土の問題 ・見て見ぬふり ・安易なケアや身体拘束の容 認 ・連絡の不徹底 ●防止するためには ・組織運営の健全化、チームアプ ローチの充実、倫理観と法令遵 守を高める教育の実施に丁寧 に取り組んでいく ・取組みの過程を職員間で体験的 に共有する ・負担の多さやストレスへの対策 を十分に図る ●役割や仕事の範囲の問題 ・リーダーの役割が不明確 ・介護単位があいまい ・介護単位が広すぎる ●防止するためには ・関係する職員がどのような役割 を持つべきなのかを明確にす る ・リーダーの役割を明確にする ・チームとして動く範囲を確認す る 23 A 倫理観と法令遵守を高める教育の実施から考える ●職員間の連携の問題 ・情報共有の仕組がない ・意思決定の仕組がない ・異なる職種間の連携がない ・年齢や採用条件による壁が ある ・誰かがやってくれる ●防止するためには ・情報を共有するための仕組や手 順を明確に定める ・チームでの意思決定の仕組や手 順を明確に定める ・よりよいケアを提供するために は立場を超えて協力すること が必要不可欠であることを確 認する ●非利用者本位の問題 ・安易な身体拘束 ・一斉介護・流れ作業 ●防止するためには ・利用者本位という大原則をもう 一度確認する ・実際に提供しているケアの内容 や方法がそれに基づいたもの であるかをチェックする ●意識不足の問題 ・職業倫理の薄れ ・介護理念が共有されていな い ●防止するためには ・基本的な職業倫理・専門性に関 する学習を徹底する ・目指すべき介護の理念をつくり 共有する ●虐待・身体拘束に関する意 識・知識の問題 ・必要な法令を知らない ・拘束に替わるケアを知らな い、考えない ●防止するためには ・関連する法律や規定の内容を知 識として学ぶ ・拘束を行わないケアや虐待を未 然に防ぐ方法を具体的に学ぶ 24 B ケアの質の向上から考える ●認知症ケアの問題 ・中核症状への誤解 ・症状へのその場しのぎの対 応 ●防止するためには ・認知症について正確に理解する ・本人なりの理由があるという姿 勢で原因を探っていく ●アセスメントと個別ケア の問題 ・利用者の心身の状態を把握 していない ・プランと実際のケアの内容 が連動していない ●防止するためには ・心身の状態を丁寧にアセスメン トする ・アセスメントに基づいて個別の 状況に即したケアを検討する ●ケアの質を高める教育の 問題 ・学習する機会の不足 ・アセスメントとその活用方 法の知識不足 ●防止するためには ・認知症ケアに関する知識を共有 する ・アセスメントとその活用方法を 具体的に学ぶ ■ポイント■ ・要因における問題は、直接的に虐待や不適切なケアを生み出す わけではありません。 ・放置することでその温床となります。 ・いくつかが作用することで発生を助長させたりします。 ・これらは独立したものではなく、相互に強く関連しています。 ・部分的に取り上げて対策を行うものではありません。 ・多角的に捉える必要があります。 ・対策の基本は、それぞれの要因における問題を分析し、組織的 な取組みを行い、その中で職員個々が必要な役割を果たすこと にあります。 25 2 施設における未然防止の実践 (1)施設調査結果から 神奈川県では、県内の介護保険施設等の従事者1,000 人を対象に、自 施設における『虐待防止・対応策』の取組みについて、意識調査をおこな いました。 『虐待防止・対応策』の実施状況について、管理者・スタッフ共に「対 応している」と回答した割合が高かった項目は、次の3項目でした。 一方、「対応をしている」と回答した項目のうち、管理者とスタッフの 認識に乖離が見受けられる項目は、次の3項目でした(管理者80%台、 スタッフ60%台)。特に、スタッフの回答では「わからない」という回 答が多くなっており、施設の方針等が明確になっていないことが伺われま す。 高齢者虐待防止の取組みに関する調査 調査概要 調査時期 平成20(2008)年11 月 調査対象 養介護施設従事者 1,000 人 回収数 691 人(回収率 69.1%) (内訳)管理者 配布数 250 人 回収数 185 人(回収率 74.0%) スタッフ 配布数 750 人 回収数 506 人(回収率 67.5%) ○「介護の理念や組織全体の方針が明らかにしている(されている)」 ○「施設内外の研修に参加させている(することができる)」 ○「必要に応じたアセスメントやケアプランの見直しを行っている(が行わ れている)」 26 また、スタッフが「対応をしていない」と回答した項目のうち、他と比較 して割合が高かった項目は、次の2項目です。 この項目について、管理者の回答をみると「対応している」と回答して いる割合が高いことから、管理者は認識しているが、スタッフには自らの 施設での取組みが認識されていない状況が推測されます。 管理者が現場の状況を把握し、相談や対応が十分になされ、スタッフと の信頼関係が築かれている場合は、管理者とスタッフの認識の違いは少な く、信頼関係が薄い場合、認識の違いが大きくみられました。 ○「上司や先輩にあたる職員が積極的に声をかけ悩みを聞くような職場環 境を作っている(である)」 ○「効率優先や一斉介護・流れ作業を見直し個別ケアを推進している(さ れている)」 ○「介護の理念や方針が職員間で共有されている」 ○「施設のトップをはじめとして、それぞれの職責、職種による責任や役割 を明確にしている(されている)」 ○「不適切な行為などを職員が報告や通報しやすい体制になっている」 27 @ 施設理念や運営方針の周知徹底 施設における理念や方針は、その施設の運営の根底にあるものです。 職員は働く上でそのことを理解する必要があります。重要説明事項に記 載することや、施設内に掲示し、高齢者本人・家族、スタッフ等に明らか にしているというのではなく、その内容を管理者をはじめ関係者が理解し 支援することが求められます。 今回の調査で「理念や方針が職員間で共有されているか」との設問に、 管理者では83%が「共有している」と回答していますが、スタッフでは 34%が「共有していない」または「わからない」と回答しています。 このことから、管理者は雇用時のみならず、事あるごとに施設の理念及 び方針を徹底し、それぞれの職責や職種による責任や役割を明確にして、 高齢者虐待の防止やケアの向上に望むことが大切です。 【取り組んでいる施設の実践例】 ○ 理念や方針を新人研修や育成研修で伝え、毎年の事業計画提示の際、周 知するよう努めています。(有料老人ホーム) ○ 施設の法人が代わる際、施設の理念や方針を考える上で“施設に働く職 員の思いを大切にしたい”という施設長らの思いから、職員全員に対し、 「どのような施設にしたいのか、又、どのようなケアをしたいのか」と いうアンケートを取り、出された意見をもとに施設長、副施設長、各リ ーダーにより内容をKJ法でまとめ検討を重ね、施設のプランとしてま とめました。職員の意見を大切にするというプロセスを経たことで、全 ての職員が基本理念についてキーワードとして理解しています。毎年事 業報告書を作成し、単年及び5 年間の評価や課題の抽出をPDCAサイ クルで行っています。施設職員の入れ替わりはあるものの、新人が入職 する際には、施設の理念や方針はしっかり伝えていくことが大切である と考えています。 (特別養護老人ホーム) 28 A チェックリストやマニュアルの作成 管理者の82%、スタッフの78%が、施設で「チェックリストやマニ ュアルを作成している」と回答していますが、このうち虐待防止に関する マニュアルを作成していると回答があったのは、全体の0.6%でした。 (691名のうち、特別養護老人ホーム管理者1名、グループホーム管理 者1 名、同スタッフ2名) 日頃気をつけたい行為や言動に対して自分自身で振り返るためには簡 単なチェックリストの活用が役に立ちます。 また、施設の理念や方針、研修企画の他、「自分たちの言葉で書かれた マニュアル」を施設の実情にあわせて作成することは、職員の士気を高め、 良いケアをしていくために有用です。 【取り組んでいる施設の実践例】 ○ 「施設内虐待防止委員会」と「身体拘束廃止委員会」を立ち上げ、入 居者の人権を守るために虐待行為をなくす努力をしています。 マニュアルの作成は高齢者虐待種別の5項目について、どのようなこ とが考えられるか職員にアンケートをとり、それに対して、どのよう な取組みが必要かを検討しました。 職員から出されたアンケート結果の内容は、言葉による精神的虐待 にあたるのではないかと思われるものが多くありました。それらは接 遇に繋がっていくことが多いと思います。 マニュアルはこれらのことを施設長がまとめてくれました。職場内 で研修を行い、自分が思っている虐待と、人から見て感じる虐待とは どのようなことかは異なります。虐待という言葉はあまり使わないよ うにしています。私達自身が、自分たちで気づいて行くために、研修 会の開催、マニュアルの作成、委員会での検討は必要だと感じていま す。 (特別養護老人ホーム) 29 B 報告・通報しやすい体制づくり 管理者の82%、スタッフの70%が自らの施設において「職員が報告 や通報しやすい体制づくりをしている」と回答しています。 万が一職員に不適切な対応がみられた場合にも個人の問題ではなく、施 設全体の問題として捉え、管理者が責任をもって事実確認を行い、改善策 を検討し、それまで以上により良いケアを行うために一体となって取り組 む体制づくりが欠かせないと思われます。 また、自由意見欄を見ますと、制度的なしくみづくりに加え、「報告し やすい関係に努める」、「相談できる雰囲気がある」といった記載があり、 日頃から円滑なコミュニケーションに心がけるなど、職場の人間関係も大 変重要であることがわかります。 【取り組んでいる実践例】 ○ 職場内研修会で、「利用者本位のケア」「お年寄りの尊厳を守るケア」に ついてフリートークで話す場を持ち、“虐待と感じたら通報しよう”“自 分のケアの姿勢を振り返ろう”と話し合っています。 (特別養護老人ホーム) ○ ヒヤリハットなどすべて挙げてもらうようにしています。また、事故 報告はきちんとあげてもらい、ミーティング等で情報を共有し、改善 に努めています。職務上の報告や相談は中傷ではないことを徹底でき ています。職員との個人面談も年に1〜2回は設けています。 (有料老人ホーム) ○ 接遇向上委員会で、意思表示ができる入居者や面会に良く来る家族にマ ンツーマンで分担し「ここの施設をどう思うか」聞き取りを行っていま す。その後、聞き取った内容は、「利用者の声・不満」を各フロアーの 廊下に掲示しオープンにしています。 (特別養護老人ホーム) ○ 管理者として、毎日入居者の方と1回は話すようにしています。また、 入居者の様子を見ながら職員には困ることがあれば聞くようにしてい ますが、管理者から話しかけることもあります。対応に困難を感じた相 談についてはユニット会議を開き、問題を長引かせないようにしていま す。 (グループホーム) 30 C 施設内外の研修への参加 管理者の94%、スタッフの96%が「施設内外の研修に参加すること ができる」と回答しています。この設問は、唯一、スタッフの方が「でき る」という回答が多いものでした。 自由意見欄では、「補助が出ている」「休みをシフトして出席する」と いう記載がある一方、「研修費が個人の負担」「出張でなく休暇をとって 参加している」等、職員の自主性に任せるなどの実態がみられ、施設の人 材育成への姿勢の違いが見受けられました。 また「参加できない」理由として、「人数にゆとりがなく、出席できな い」「業務に追われて参加する機会がない」「経費対象の研修が少ない」 などの記載が見られました。 【取り組んでいる施設の実践例】 ○ 当施設は家庭で虐待を受けた方の緊急一時保護施設として依頼を受 けるため、虐待に関して施設全体で勉強しています。職場内の研修で は、意識の確認のため事前にアンケートをとり、社会福祉士を講師に して、自分のケアの姿勢を振り返ることに主眼を置き、KJ法方式で まとめました。私達は、お年寄りの尊厳を守ることを大切に考えてお り、「利用者本位のケアをしよう」「お年寄りの尊厳を守るケアをしよ う」「お年寄りの役に立ちたい」という思いで日々仕事しています。 時々自分たちの行為を振り返りながら、自分たちで学びあえることが 大切だと思っています。それは新人研修でも動機づけしています。人 の入れ替わりが激しい中、立ち止まって考えるという意味で研修は大 切だと感じています。いつ(自分が)加害者になるかもしれないと感 じることから、年1回でも理解を積み重ねていくことが大切であると 感じています。 (特別養護老人ホーム) 31 D 効率優先や一斉介護・流れ作業の見直し、個別ケアの推進、 アセスメントやケアプランの見直し 管理者の88%、スタッフの70%が「効率優先や一斉介護・流れ作業 を見直し、個別ケアを推進している」と回答していますが、約20%の認 識の差が見られます。 一方「していない」理由としては、 「人手不足の為、難しい」とあげる 回答が目立ちました。また、管理者 の96%、スタッフの91%が「必 要に応じて、アセスメントやケアプ ランの見直しを行っている」と回答 しています。 【取り組んでいる施設の実践例】 ○ 胃ろうやバルーンカテーテル等を装着した状態で病院等から受け入れ る場合、抜去してしまう人に「ミトンの使用」や「つなぎ服」などの 拘束をしないためにどうするのか、ケアマネジャーがキーパーソンに なり、介護士・看護師・栄養士・医師・ケースワーカー等がそれぞれ の立場で考え、腹巻のようなサラシを巻くことや、手作りのパンツを 作ることもあります。決定的な方法はないので、入所1週間で何をや るのか職員間で共通認識をもち、最も良い方法を出し合います。この 短期の目標設定が大切で、「まずはこれをやってみよう」と試み、予期 せぬことでうまくいくこともあります。ケアプランを家族にも理解し てもらい、リスクの承認をいただきヒューマンサービスケアを目指し ています。 (養護老人ホーム) 69.8 88.1 0 20 40 60 80 100 スタッフ 管理者 (%) 32 E 施設内における他職種間の連携・職場環境 管理者の84%、スタッフの74%が「施設内において他職種間の連携 が図られている」と回答しています。 具体的には「各フロアーでサービスリーダー制をとっており、その他に も個人面接の設定があり、施設長にも話せるようになっている」「当日リ ーダーが業務の指導をとり、細かい指示または傾聴する体制を取ってい る」「定期的にカウンセリングが行われている」と記載されていました。 【取り組んでいる施設の実践例】 ○ 認知症等で目が離せない人をロビーに近い部屋に移動していただき、 スタッフの導線を短くし、フロアー全体で見守るようにしています。 一つのことをやるのに、相談員、事務職員等施設全体で見守りをして います。フロアーの中で協力し合い、他フロアーから協力を得ること もあります。情報の共有を図り、それぞれの職種が専門性を発揮しな がら通常の役割を一歩超えた役割を持つことで、運営のグローバル化 を図っています。水と介護は似たところがあり、低い所にすぐ流れま す。職場内のケアの向上を目指すのであれば、地域で少し困難な事例 を受け入れ、関わる様々な職種が知恵を出し合い、新しい工夫をして いくことが重要だと思う。うまくいったことを誉め、実施しているこ との意味づけを行い、フィードバックし挑戦し悩みながら確立してい く、そういう程々の緊張が必要だと考えています。(養護老人ホーム) 33 F 苦情処理に関する委員会等の設置・運営 管理者の86%、スタッフの73%が、「苦情処理体制をはじめとする必 要な委員会等を設置・運営している(されている)」と回答しています。 【取り組んでいる施設の実践例】 ○ 接遇向上委員会で、意思表示ができる入居者や面会によく来る家族にマ ンツーマンで分担し「ここの施設をどう思うか」聞き取りを行っていま す。その後、聞き取った内容は、「利用者の声・不満」を各フロアー廊 下に掲示しオープンにしています。 (特別養護老人ホーム) ○ 入所者及びその家族から苦情等があった場合、毎朝、ミーティングで報 告後、スタッフが各部署で報告する他、月に1回全体のスタッフ会議を 行っています。 (特別養護老人ホーム) ○ 苦情処理検討委員会を月に1回、第三者苦情検討報告会を年に1回行う ほか、皆様の声(BOX)設置し、家族会総会にて苦情を公開していま す。 (特別養護老人ホーム) ○ 苦情対策等全てを利用者や家族に公表しています。利用者の家族との運 営懇談会を実施しています。入居者、家族が自由に意見が言えるように 意見箱を設置し、年2回家族と話し合いをしています。この時に苦情を どのようにしていくか話をしています。 (有料老人ホーム) ○目安箱設置や家族会において意見交換、満足度を調査するアンケート等 を管理者が行っています。 (有料老人ホーム) 34 (2) ヒアリング調査結果から 施設内の虐待に対する未然防止について、個別の施設がどのように工夫 し取り組んでいるかヒアリングを行った概要を紹介します。 @ 朝礼の時間と創意工夫の研究発表会 毎朝礼拝にて職員が順番に「みんなが気持ちよく仕事をするために 心がけること、元気が出る話」をするなど、仕事を始める前に気持ち を落ち着ける時間をもっています。 また、資質向上の為、施設内で各部署が創意工夫をしている取組み の研究発表を行っています。 ● 創意工夫の研究発表会はいつからやっていますか? 開設一年目からおこなっており、今年で24 回目になります。昨 年は、「あなたのそばにいていいですか」というテーマで、認知症の 入居者と職員が起床から就寝まで、全く同じ行動を取ることを実施 しました。(食事も同じ形態で自助具も同じ物を使用) 同じ行動をとることで、職員が認知症の入居者の言動、心理状態 をより深く理解することができました。 A 夕暮れ症候群の対応にサンセットレクレーション 利用者の心理状況を考慮して、ケアの内容を工夫しています。 例えば、夕暮れになると帰宅願望で落ち着かなくなり「家に帰る」 という人もいます。その方達のためにサンセットレクレーションを始 めました。レクレーションは、朝レク、昼レク、サンセットレク、夜 レクと一日4回行っています。入居者のその時の状態により、いろい ろ工夫しながら、気分転換ができるようにレクレーションを行ってい 事例1 特別養護老人ホーム 35 ます。 ● サンセットレクレーションの内容は? 散歩やゲームを行っています。帰宅願望のある方はほんの少し外 気に触れるだけで気分が変わり笑顔になります。少しの時間であっ ても認知症の人にとっては重要な時間と思っています。 ● レクレーションを一日4回行っているのは珍しいのでは? 朝はしっかりと目を覚ますため(転倒防止)、日中は昼夜逆転の方 のために、夕方は夕暮れ症候群(帰宅願望)の身体状況、精神状態 が表れるため、その方の状態に合わせたレクレーションに参加して いただいています。入居者の方が明るい笑顔になれるようなレクレ ーションを模索しています。 B お昼休みのティータイムで職員のストレスケア 排泄介助や就寝介助の時間帯はあわただしく、職員の気持ちにあせ りが出て声も荒くなることもあると思います。そうした忙しい時間帯 に理事長や施設長が現場を回り声をかけたり、また職員同士で声をか けあって、入居者の方に対して優しい声掛けができるようにしていま す。 また、昼休みにお茶を飲みながらいろいろな意見を出し合うように しています。他の職員の話を聴くことで職員同士または入居者の方達 と良好な関係が保たれているように思います。 このことが虐待防止にもつながっていると考えています。 ● 昼休みのティータイムの効果は? 職員が笑顔で仕事をしていないと、入居者の皆さんに安心して快 適に生活して頂くことはできません。 職員の気持をリフレッシュするためには、今あったことは、今は き出してもらう機会としてお昼休みのティータイムを設定していま す。最近職員の間で意見が分かれて困ったことは、食事、水分制限 36 があるにもかかわらず、隠れて飲食したり、ご家族がこっそり差し 入れをしているケースです。主治医により病気の説明を行いカンフ ァレンスでも話し合いを持っていますが、なかなか病識がないケー スで、どうしても差し入れは駄目だと思う職員は言葉使いが厳しく なってしまうこともあります。 自分の母親だったらと、家族の気持ちもくみ取り、各部署とも情 報を共有しながらいつでも話し合いできる環境として、ティータイ ムを活用しています。 C よかった・よかったノートで意識改革 事故やヒヤリハットがあった際には、その場に勤務していた職員を 追求するのではなく責任の所在を明確にしています。 ヒヤリハットになる前の対策として職員で「やべ〜やべ〜ノート」 を作っています。入所者の状態は徐々につかめますが、ショートステ イ利用者は家族との環境の違いで状態把握が難しくノートを作りなが らみんなで試行錯誤して対応しています。 また、「やべ〜やべ〜ノート」だけでなく、「よかった・よかったノ ート」も作成して前向きに良かったことを共有し職員全員で次に生か せるようにしています。 この事により今まで以上に「よかった」ニュースが集まりヒヤリハ ットが少なくなったように思います。 @ アンケートや投書箱活用で未然防止 この施設では4年前より、アンケートの実施や投書箱の設置により利 用者や家族の声を把握しています。 事例2 介護療養型医療施設 37 ● アンケートの内容は? 施設理念や食事、入浴、排泄サービス、リハビリなど20 項目程 で、施設でアンケートを作成し年に1回実施しています。聞き取り ができる利用者には普段接しない事務職員などが聞き取り、家族に は郵送しています。 ● アンケートの活用方法は? アンケート結果は集計分析し、広報誌の中で利用者や家族にもそ の内容を報告しています。 職員には個人を特定されるもの以外は当初の意見のまま返すほか、 アンケートの項目に沿って話し合う機会をもっています。 アンケートを返しただけではうまく伝わらない場合もありますが、 グループワークの場になると真摯に受け止めている雰囲気を感じま す。 ● 投書される手紙の内容は? 投書箱は部署以外の場所にも置いてあります。例えば、「職員が忙 しそうで声がかけられない」「ご飯が美味しくない」など厳しいご意 見もいただきますが、感謝の言葉も多くいただきます。 A 人権研修で職員の意識を向上 人権に関係のある新聞記事について読み合わせをしたり、レポート を書くなどの人権研修に取り組んでいます。人権問題の中でも高齢者 虐待のニュースについては、特に意識的に取り組んでいます。 身体拘束に関する研修については、採用時に説明し、理解をしてもら い、一年以内にもう一度それを読み返して、レポートを出してもらい ます。 38 B 不適切な発言はその場で注意 管理職の役割として、スタッフが日常業務の中で無意識につい発し てしまった不適切と思われる発言などは、その場で注意するようにし ています。 また、不適切な対応は、スタッフ同士で言い合える環境づくりが大 切であると考えています。 C 職員のストレスケアが大切 利用者(入居者)のケアに対する要求が高まる中、職員のストレス も高くなってきているので、職員が一生懸命に働いてくれているとい うことを理解して、職員を大切にしながら対応するようにこころがけ ています。 ●人員配置と未然防止の関係についてはどのように考えますか? サービス=人員数の多さとは思っていません。人が多ければ気持ち にゆとりは生まれますが、それが必ずしも質の向上に結びつくとは限 りません。人権、接遇など福祉に携わる者が大事にすべき点を継続的 に研修できるシステム作りを、行政にも検討していただきたいと思い ます。 D 職員のモチベーション向上のために 職員のモチベーション向上のために、年3回面接を行っています。 その際には、できないことよりできたことの評価を心がけています。 不適切な対応について、はっきりとその場で伝えるようにしています。 職員には自分が大切にされているという思いをもってもらうよう心 がけています。 39 3 施設における職員への支援体制 (1)利用者や家族からの職員に対する不快行為 これまでは利用者・家族の視点で虐待について、述べてきましたが、 介護「する」「される」という行為は、常に介護する側と利用者の間に 力関係を生じさせる危険をはらんでいますが、逆に職員の側が利用者等 から被害を受ける場合もあります。 今回の調査で、職員が「利用者や家族からセクハラや不快な言動を受 けたと相談を受けたことがあるか」の問いでは、管理者の49.2%、スタ ッフの46.0%が「ある」と回答しています。 内訳は、女性で看護職の比率が高く、施設種別では介護度が高い、特 別養護老人ホームや介護老人保健施設の比率が高く有料老人ホームやグ ループホームの比率が低くみられました。 このようなことから、介護度が高く利用者とのコミュニケーションが 困難な状況の中、時間や介護者の人員不足等の要因が加わることによっ て、職員の側がクライアントハラスメント(利用者からの性的嫌がら せ・暴力行為など)を受けた場合には、そのストレスを利用者に向けた り、職員が燃え尽きてしまうこともみられます。 (2)施設における相談体制 また今回の調査で、「組織として相談体制ができているか」の問いで は、管理者では78.4%、が「でき ている」と回答しているにもかかわ らず、スタッフでは46.4%しか「 できている」と回答していないのが 特徴です。管理者はシステム上の相 談体制が整っているという認識があ るものの、スタッフでは「わからな 78.4 46.4 0 20 40 60 80 (%) 100 管理者 スタッフ 40 い」という回答が多く、「できていない」「回答なし」を含めると半数 以上の回答になり、管理者との意識のずれがみられ、スタッフが悩みな がら仕事をしていることが伺われます。 施設という外部から遮断された空間の中で介護が行われ、毎日疲弊し た中で介護が行われているならば、個々のスタッフの能力だけでは限界 があります。その限界を組織力でカバーする体制が必要です。 精神的な限界や利用者からの暴力に対して、その矛先が高齢者に向か う可能性を排除し、より効果的かつ専門性の高いケアを提供するために は、チームの連携が大切といえます。 多職種による専門職集団として、高齢者虐待に関しても多様な観点か ら検討や議論を重ね、共通認識を形成して、連携していく体制を作って いくことが求められます。 (3)職員から望まれている支援 「福祉の道を志し、責任感と希望に燃えて働き始めたが、実際は『こ んなはずではなかった』」と、このようなことが介護の業界の離職率の 高さにつながっています。 調査で「施設における支援として必要あるいは希望する具体的なもの」 の問いでは「現場の人員不足でゆとりがない」「賃金等の待遇向上」「福 利厚生面の充実」「行政がもっと現場に関わり実態を把握」などと、現 状の制度に対する負担感や不満の改善を希望する意見や、「人材確保等 研修の実施」「高齢者虐待定義に照らして、現場での不適切なケアを気 付ける様な事例があれば活用したい」「ボランティア等を受け入れるこ とで第三者の目になるし、結果的にスタッフのゆとりにつながる」等、 施設の取組みの工夫や対応を見直すことで改善していこうという前向き な回答に分かれました。 高齢者虐待に至る原因は多岐に渡りますが、その原因を職員個人の課 題にはせず、組織として課題を捉え取組むことが、職員のやる気につな 41 がります。 各職場においても、リスクマネジメントの見地や職員が燃え尽きない ためにも、日ごろの業務の中で悩みや相談を受けとめたり、介護技術に 対して、アドバイスができる体制を整備するとともに、職員の労働条件 の改善にも留意する必要があります。 また行政としても介護の現場の実態を把握するとともに、相談窓口の 整備を図るとともに、人材育成の観点から事業所と相互理解をすすめ連 携を図っていくことが大切です。 【施設における支援として必要あるいは希望する具体的例】 ○県や市町村で相談窓口があり電話で相談出来る様にして欲しい。 ○過去の虐待の事例……原因が何であったのかを知る事で今後の防 止策として役立つと思う ○施設職員に対してだけでなく入居者及び家族に対する交流や勉強 会に参加、指導頂く機会が欲しい。 ○上司に相談出来る環境作りが必要と思う。第三者(施設関係者以 外)に職員の悩みを聞いて欲しい。 ○何故高齢者の虐待が起きてしまうのか。職員個人の人間性の問題 なのか?職場環境よりかかっているストレスの為か?職場環境を 改善し職員にかかるストレスを軽減させる必要があると考える。 ○介護の現場は、365 日、24 時間動いています。職員同士、学び 合ったり、話しをしたりというゆとりの時間が大切だと思います。 互いの交流が少ないと、気づいてあげたり声かけができません。 カンファレンス以外の話しあいの場が必要です。