スペシャルインタビュー
学びのススメ
大きなキャリアチェンジをきっかけに「学び直し」を考える方も少なくありません。
第一線で活躍をされている著名人の方々に、
体験談を含めてご自身の「学び」について伺ったスペシャルインタビューです。
原晋氏インタビュー
サラリーマンから、監督の道へ。
リーダーとして正しい知識を持ち続けるために、
学び続ける。
2026年の第102回箱根駅伝で大会記録を塗り替えての総合優勝など、青山学院大学陸上競技部を箱根駅伝の絶対的王者に導いた原晋氏。タレントやコメンテーターとしても活躍されながら、陸上競技や選手たちに向き合う熱い思いと独自の哲学などについて、お話を伺いました。
2026/03/03
サラリーマン時代に培った嗅覚が導く未来のビジョン
青山学院大学陸上競技部の監督に就任されるまでのことを教えてください。
小さい頃はガキ大将でね、幼稚園でも小学校でもみんなを引き連れて遊んでいました。当時はファミコンなんてなかったので、家の中ではなく自然の中を走り回ることが遊びだったな。父親が小学校の教員だった影響もあって、大人になったら体育の先生か、クラブ活動の先生になりたいと思っていたんです。ですが、大学を卒業して中国電力に陸上競技部の1期生として入社しました。でも、満足な成績を出せず、5年目に部を追い出されましてね、営業部の普通のサラリーマンになりました。
ちょうど電力の自由化が言われ始めた頃で仕事は忙しく、がむしゃらに働きましたよ。「どうせスポーツ入社だ」というレッテルを貼られていて、それが悔しくてね。頑張って実績を上げたおかげで、トップセールスマンとして認められるようになりました。
36歳を過ぎた頃、青学陸上部の監督のお話をいただきました。大した記録も残していない上に長く陸上から遠ざかっていた私が、元オリンピック選手や元箱根駅伝走者だった、名だたる人たちと一緒に候補に上がったことが不思議だったのですが、ずっと心に抱いていた「先生になりたい」という思い、人生の夢が叶うんですから、断る理由はありません。
その時に、僕は青学陸上部の10年計画ビジョンというものを作ってプレゼンをしたんです。「箱根出場から優勝までこう導いていきます」というプログラムを組んだのですが、結果その通り勝利に導きました。
「これをやったらここでこうなる」「最大値はこのくらい」といった物事のボトムラインを読むのが得意なので、それを根拠に作るメソッドは大抵その通りになります。
これはおそらくサラリーマン時代に培った嗅覚なのだと思っています。10年計画ビジョンのその先、「青学陸上部が成功したら自分はこうなるだろう」というビジョンもありました。そして、今の自分はその通りになっています。大袈裟に言えば未来が見えるという感じかもしれませんね。

名だたる候補者の中から監督に選ばれたのですね。
なぜなのか。僕もわからなかったんですよ。だから選んでくださった陸上部の部長さんに聞いてみたんです。そこで言われたのが、「君は挫折を経験しているから」という理由でした。
陸上選手として大義は成せなかったけれど、サラリーマンとして成功している。プロのスポーツ選手は上の層で作られ、ダメだったら入れ替えれば済みますが、学生スポーツは下の層にも寄り添っていく必要がある。「挫折を味わった奴はその層の気持ちがわかると思った」ということを言われました。
挫折というのは、努力したけれど成し得なかったこととは違います。それは挫折ではなく失敗なんです。挫折とは、どんなに努力をしても自分では何ともしがたい外圧によって進めなくなる経験のこと。実は多くの人はこの経験をしていないんです。ただ失敗しているだけなのです。サラリーマン時代にスポーツ入社のレッテルを貼られて、どんなに努力しても成し得なかった多くの挫折があった僕だったからこそ、選んでもらったのだと思っています。
根拠あるメソッドに基づいた人材育成
指導の方針など、監督としての理念を聞かせてください。
僕は陸上選手としての失敗の経験と、先に人生に立った先輩として、指導をさせてもらっています。だからこそ陸上を、箱根駅伝を、「走った、勝った、負けた」ではなく「人生をどう生きるか」を考える上での一つの手法と捉え、「己がどうあるべきか」という問いを哲学として指導しています。
指導の大前提にあるのは、心理的安全性と道徳性の確保です。「自由に発言や提案ができる・する」、「挨拶する・時間を守る・約束を守る」といったこと。この大前提があり、学術的に裏打ちされた正しい練習をきちんとクリアしていけば、ほぼ100%、選手は自己記録を更新していきます。この青学メソッドをきちんと実行し続けることができれば、指導者が変わっても成長する強豪校であり続けることができると思っています。
陸上選手が卒業して実業団や企業のチームに入ることを、僕自身はあまり推奨していません。実業団は、いわばプロ。競技に対して真摯に向き合い、相当の実力があり、チャレンジし続ける覚悟がない限り、そこで成功することは難しいと思っています。一般社会で社会人になれば、4年間陸上をやっていても他の人と同じスタートラインに立ち、社会の中で競争していく必要があります。キャリアを築き上げ、豊かな生活を手に入れるために、どちらが幸せかと言えば、僕は後者だと思っています。だから一般社会の中で競うための「いろは」を、陸上の中で教えていくのも私の監督としての仕事だと思っています。青学陸上部の理念「箱根駅伝を通じて社会に役立つ人材を育成する」、まさにそのものです。

監督業の傍ら、早稲田大学の大学院に行かれた経緯を教えてください。
青学陸上部が箱根駅伝3連覇を成し遂げた2017年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入学しました。「何かを学びたい」と思ったからではなく、第一線の現場で学んできたことや自分の嗅覚で作り上げてきたメソッドが成功したのは、果たして偶然なのか、それとも学術的に正しいことだったのか、ということを検証したいと思ったのがその理由です。僕の指導理論は何かの本に書いてあることをなぞったものではなく、独学でやってきたものです。そこに、心理学や組織論、リーダー論的な、何か学術的なものがたくさんあると感じていて、その正体が知りたかったんです。
大学院で学んで、自分がやっていること全てに学術的根拠があり、なんらかの名前がついていることが証明できました。青学メソッドは現場とアカデミックな部分がイコールだった。だから強いんです!(笑)
様々なマスメディアでもご活躍されていらっしゃいますね。
スポーツビジネスの世界に「トリプルミッション」という哲学があるのですが、「資金」「勝利」「普及」の3つの要素が生み出す好循環のことを指します。資金を基に強化をする、力をつけて勝利を手に入れる、勝利が生まれると普及につながり、そして資金が生み出されるということです。強化して勝利しても、「普及」につながらなければ意味がないのです。輝くフィールドで一番を獲ればさらに輝くことができますが、一番になっても輝かないフィールドで頑張るのはただの自己満足になってしまう。
僕がマスメディアに出て発言している目的は、「陸上競技」の社会的価値を上げることです。陸上をステータスのあるフィールドにしたいという確固たる思いが根本にあります。陸上界と無関係のコメンテーターとして呼んでいただいても、必ず「陸上の原」「箱根駅伝の原」として発信されるわけです。これは青学陸上部がまだ弱小だった頃から考えてきたことで、そうなるように活動してきたという所もあります。少なくとも、青山学院大学を勝たせて様々な媒体で発言させていただくようになってから、箱根駅伝を観る層が広がってきたと確信しています。

学びという概念の捉え方をちょっと変えて、幅広い視野を持つこと
原さんにとって、生涯学習とはどのようなものでしょうか。
武道の世界に「心技体」という考えがあります。良き精神(心)を鍛えれば技術も体力も身についていくことを意味する、つまり「最初に心を鍛えなさい」という考え方なのですが、僕はこれからの時代は「技体心」、心は後からついてくるものではないかと思っています。
指導者が正しい技術・方法を教えていくと、それをきちんとやれば自ずと体力がついて良い成果が現れます。良い成果が現れれば、勝手に自信が生まれ、心が充実してくるのです。
つまりリーダーは正しい知識を持って指導しなければなりません。でも時代は流れていて、データも情報も更新され続けている。だから常に学び続けなければならないのです。それが私にとっての生涯学習です。そしてそれは私が、自分の人生を問い続けるということでもあるのです。
生涯学習を考えている方へのメッセージをお願いします。
学習、学び、というと、アカデミックな認知能力的なことと結びつけて考えやすい。でも大人になってからは非認知能力的な学びをどう作っていくかということを生涯学習として捉えるのが良いんじゃないかな。学校に行ったり組織に入ったりして先生から学ぶことばかりじゃなくて、地域の活動に参加したり、社会貢献のコミュニティに交わることにも学びはあります。遊びのために集まることだって、ひとつの学びです。近所の子どもたちにスマホの使い方を教えてもらうのも立派な学びです。
学びという概念の捉え方をちょっと変えて、幅広い視野を持つことが大切なんじゃないかな。引きこもっていないで世の中に出てみましょう。ただ触れ合うことだって、生涯学習ですよ。
(青山学院大学陸上競技部 が正式名称ですが、本文中では青学陸上部と表記させていただきました。)
プロフィール
原晋(はらすすむ)氏
1967年(昭和42年)3月8日生まれ。広島県三原市出身。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。青山学院大学 地球社会共生学部 教授、陸上競技部長距離ブロック監督。
タレント、コメンテーター、評論家、スポーツ解説者などとして、講演活動や、メディア、他業界での活躍多数。主な著書に、『人が替わっても必ず結果を出す 決定版! 青学流「絶対王者の鉄則」』(祥伝社:2025年)など