スペシャルインタビュー
学びのススメ

大きなキャリアチェンジをきっかけに「学び直し」を考える方も少なくありません。
第一線で活躍をされている著名人の方々に、
体験談を含めてご自身の「学び」について伺ったスペシャルインタビューです。

トップよみものスペシャルインタビュー 学びのススメ > 石山恒貴氏インタビュー

石山恒貴氏インタビュー
とびきり居心地の良い第3の居場所
「サードプレイス」にある「大人の学び」

人文学・社会学・経営学を研究分野とし、越境学習の第一人者として活躍される石山恒貴氏。サードプレイスというゆるい学びの場をキーワードに、大人の学びの本質についてお話を伺いました。

2025/11/27

至って普通の生き方の中、人とのつながりで流れるままに導かれた研究職

どのような学生時代を過ごされていましたか。

子どもの頃からわりとやる気のない人間でした。いわゆる新人類世代です。大学時代は、サークルで遊んだり、家でだらだらしたり、週末はディスコに行ったり、周りのみんなと同じことをする、至って普通の日々でしたね。でも、実は人見知りで、積極的に何かをするタイプではなく、特に大きな目標や目的も持たず生きていました。当時はバブル期直前で、世の中は浮かれていましたが、就職したらひたすら働かなければならないとわかっていたので、学生のうちは楽しく遊んでおこうという感じでした。中高生の頃にSFが流行っていたこともあって、就職じゃなくてSF小説作家になれたらいいな、という思いも抱いていました。SFマガジンに何度か投稿して、一次審査まで通ったこともあったのですが、残念ながら作家業は叶わず、普通に就職しました。

入社した会社では人事の仕事をしていました。時代も時代ですから、みんな猛烈に残業、残業です。残業代が基本給と同じくらいになることも頻繁にあって、でも使う時間もないくらい仕事漬けでした。相変わらずやる気もなく、だらだら続けていた感じではあったのですが、入社7〜8年目の頃に会社に命じられて週に一日、毎週木曜日に社外の勉強会で人事について学ぶことになりました。朝から夕方までずっと他の会社の人たちと一緒に勉強して、それが終わるとみんなで飲み会。この社外の人たちとの交流は、会社の中にいるよりずっと楽しくて、社外との交流の価値を認識するようになりました。

会社員から研究者に転身された経緯を教えてください。

人事の仕事に就いて12年くらい経った頃でしょうか、会社でキャリア施策というものが始まりました。社員の人材育成や能力開発でキャリア形成を支援する取組です。もともと人材育成は結構好きな分野だったので、それを自分で考えられることがとても有意義に感じて、やる気のない僕としては珍しく積極的に参加しました。キャリアの仕組みを学ぶために、アメリカからキャリアの専門家に来てもらってワークショップが開かれたのですが、その中に「子どもの頃好きだったことは何か」という問いかけがありました。ワークショップのカウンセラーさんに「石山さんは今の仕事は楽しいですか?」と聞かれて、「いや、これっぽっちも楽しくないです、正直やらされ感満載です」なんて答えたんですよ。そうしたら、「あなたは子どもの頃小説家になりたくて書くことが好きなら、人事の仕事の中には書く仕事がたくさんあるはずだから、それを積極的にやってみてはどうでしょう」とアドバイスされたんです。考えてみると確かに資料作りやマニュアルの作成などがたくさんある。「なるほど。それはいいな」と妙に納得し、それから結構書く仕事に力を入れるようになりました。

そんなある日、新聞記者に転身した同期が社会人大学院に入学した話を聞きました。「大学院に入ったら、新しい人と出会えたり新しいことを学んだりできて、仕事では得られない価値があるから、石山も入学を考えてみたほうがいいよ」と。楽しそうだけど、仕事も忙しいし、自分で学費を払って行くのもちょっと無理だと思い、その時は行動を起こしませんでした。そんな矢先に自身が社会人大学院を修了した上司に、「産業能率大学が新しく社会人大学院のコースを作るらしいから行ってみたらどうだ?」と勧められて、上司が勧めてくれるなら行ってみようかな、となったわけです。仕事が終わったら大学院に行って、その後は飲み会になったりして…なんだかすごく楽しいんですよ。研究をすること、論文を書くことも、ものすごく楽しくて、小説は書けなかったけれど論文を書けていることに意義があると感じました。

大学院を修了後、転職してしばらく仕事だけの日々が続きました。そんな中で、知り合いと一緒に月島へもんじゃ焼きを食べに行ったとき、その知り合いが法政大学の社会人大学院の諏訪康雄教授のゼミで楽しく過ごしているという話を聞きました。それでまた研究をしたくなり、諏訪ゼミで博士課程の学生として学ぶことになりました。

「サードプレイス」という「ゆるい学びの場」

石山さんは「越境学習」の研究者でいらっしゃいますが、その研究を始められたきっかけを聞かせてください。

法政大学の諏訪ゼミの博士課程の同期が、越境についての論文をゼミで紹介してくれました。その内容が「職場から越境して社外の勉強会などに参加することが、キャリア形成に役立った」というものでした。博士論文のテーマをキャリアの研究に定めながらも漠然としていた時だったのですが、自分の体験として会社を越えた人事の勉強会に参加してきたことが研究のテーマになるのだと気付いて、論文のテーマを越境に絞り込みました。

法政大学の社会人での博士課程修了後、法政大学の教員となり、学んでいた社会人大学院で研究者になることができました。その頃、産業能率大学院時代の同期に、「NPO法人二枚目の名刺」における活動の話を聞きました。社会人5人くらいが集まって、NPOと一緒に社会貢献活動の3か月程度のプロジェクトを行うということだったのですが、「いろんな人たちがいて、飲み会もあって、むちゃくちゃ楽しい!」と。これは越境学習のテーマとして非常に興味深い。そこで、二名目の名刺の活動を取材し、インタビューも実施しました。このような越境学習関係のコミュニティは、いったん足を踏み入れたらそこから人から人へと紹介されて、あっちも行ったほうがいい、こっちも行けと、流されるままに取材していたら、研究が蓄積されていきました。そこでさまざまなコミュニティの人たちの話を聞いて、越境学習の行先のひとつに「サードプレイス」という「ゆるい学びの場」があることを知りました。

「サードプレイス」とはどのようなものですか?

アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した「サードプレイス」とは、第1の居場所である家庭でも、第2の居場所である職場でもない、とびきり居心地の良い第3の居場所を指しています。

サードプレイスの特徴として「場所性」というものが挙げられます。例えば学術的にいうと「トポフィリア」という考え方があり、水墨画の風景を見たときに感じるような場所への愛着を表しています。その反対概念として「プレイスレスネス」というものがあって、こちらは「没場所性」、例えばどこに行っても見かける均一的な都市の風景のようなものです。オルデンバーグがいうサードプレイスは愛着がある場所に人が集まるのですが、僕のゼミ生には「オルンバーグがいう人が集まるサードプレイスって疲れますよね」という意見もあります。一人でゆったり過ごす愛着の場所は「マイプレイス」と表現できますが、「これもサードプレイスに入れていいんじゃないか」と考えます。わかりやすい例でいうと、ひとりでゆっくりできる場所(コーヒーチェーンや一人旅の電車の中)がそれです。今の時代は場所としては存在していないバーチャル空間にサードプレイスがあっても良いと思います。

これは、ゼミ生との共著『地域とゆるくつながろう!サードプレイスと関係人口の時代』にも書いていることなのですが、社会のために貢献することだけを重視する「大きな物語」ありきではなく、個人のやりたいことを大事にして、それに共感する仲間と活動する「小さな物語」の価値が注目される時代になってきているのではないでしょうか。

学びを勉強と捉えずにリラックスして考える

石山さんが考える生涯学習について聞かせてください。

生涯学習は個人が自由に学びたいことを選択できることが重要です。仕事とは関係のないカルチャースクール的なものも、職業に関係する学びも、区別なく融合していいと思っています。日本は学ばない国だと言われていますね。例えば欧米では社会人が大学や大学院に通っている比率が高い。アメリカなどではコミュニティカレッジのような誰もが自然に学べる場所がたくさんあります。日本はセカンドプレイスの力が強すぎて、企業で真面目に働くべきであるといった通念が学びにくくさせているように思います。

とはいえ、一生懸命働いて定年後に居場所がなくなってしまうのは怖いから何かやりたいと思っている人も多いことでしょう。ただ最初の一歩が出ないという悩みをよく聞きます。生涯学習も越境学習も同じで、最初の一歩を踏み出すことが難しいのです。

その小さな一歩が踏み出せない理由の一つに、「学び」を暗記的な知識習得だけの勉強だと思うことがあるかもしれません。それだと、学びが苦痛になってしまうんです。日本社会は学びを真面目に捉えすぎる精神論がありますが、もっとリラックスして考えれば良いのでは。居心地が良くなければすぐ辞めちゃえばいいんですよ。生涯学習も、越境学習だってサードプレイスだって、それらを選択してみて一割バッターくらいの気持ちで考えればいい。合わなかったらさっさと辞めても良いのです。

これから何かを学びたいと考えている人たちにメッセージをお願いします。

先ほどの小さな一歩と繋がりますが、企業でミドル世代の人たちに越境学習をしましょう、サードプレイスに行きましょうというお話をしても、何からやればいいのかわからないとおっしゃる方がたくさんいます。それならこういうものがありますよ、と情報を差し上げても、行動する方は少ない。一人で行くのは気が引ける。知らないところに行くのはみんな怖くて、当然です。

小さな一歩を踏み出すのに一番良い方法は、知り合いの方に連れて行ってもらうことです。大抵のコミュニティには枠組みや役割があるため、ビジネスパーソンにとっては非常にやりやすくできています。積極的にやらなくても勝手に役割を与えてもらえる。仕事と似ているところも多いのです。それでも怖いという人は、5〜6回などと期間が限定された資格講座のようなものに挑戦するのも良いでしょう。そういう学びはたとえ人見知りでも、しっかり目的があるから気兼ねなく参加できるし、自然に仲良くなれる。卒業してから地域の活動につながっていったりすることも多いですよ。そうやってサードプレイスを持つのも良いのではないでしょうか。とある市民塾で学んでいる50・60代の人にインタビューした時、多くの人が言ってましたよ。「私、人生の中で今が一番輝いてます!」ってね。

プロフィール

石山恒貴(いしやまのぶたか)氏

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、法政大学大学院政策創造研究科 教授。日本労務学会常任理事、人材育成学会常任理事、Asia Pacific Business Review(Taylor & Francis) Regional Editor、一般社団法人越境イニシアチブ理事、日本女性学習財団理事、フリーランス協会アドバイザリーボード等。著書に『地域とゆるくつながろう!-サードプレイスと関係人口の時代-』(静岡新聞社:2019年/編著)『ゆるい場をつくる人々』(学芸出版社:2024年/編著)、『人が集まる企業は何が違うのか 人口減少時代に壊す「空気の仕組み」』(光文社新書:2025年)ほか多数