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生涯学習をとおして、人生の転機や新たな発見を得ることがあります。生涯学習は想像しているより難しいものではないと知ることで、自らの学びのきっかけが見つかるかもしれません。

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あさの あつこ氏インタビュー
日常を色彩豊かにすることは、
とても素敵なことです。

1000万部を超えるベストセラーを記録した小説『バッテリー』(1996~2005年)を筆頭に、子どものみずみずしい感性の表現に定評のあるあさのあつこ氏。独特な物語の紡ぎ方や、氏が考える「生涯学習」の真髄などについて、お話を伺いました。

自分の内側に視線を向けて、自分を探ることが原点

38歳で小説家デビューを果たされましたが、夢を叶えた原動力や道程を教えていただけますか。

なぜ作家になったのか、とよく聞かれるのですが、難しいんですよね、答えるのが。「ものを書く人になりたい」と10代の頃から思っていたのですが、私の場合、他になりたいものがなく、主体的に選んだというよりもあれこれ選択肢がなかったというのが正直なところです。例えば絵を描きたいとか、スポーツ選手になりたい、看護師さんになりたいなど明確な目標があれば、高校卒業後の進学の時に目標に向かって進路を決めて、資格を取ったりテストを受けたりして自分の道に進むことができると思うのですが、ものを書く人の場合はそういう道筋が何もないんです。資格や経験があればなれるわけでもない。私は生まれた時から岡山県美作市という小さな田舎町に住んでいるのですが、そんな片田舎ではものを書く人になるための道筋が何もなくて、自分でもどうすれば良いのかわからなかったんです。

明確にものを書く人になろうと思ったのが13歳の時で、四半世紀経ってやっと1冊目の出版が叶いました。夢に向かって一筋に!と言えればかっこいいのですが、私は夢に向かってそれを見つめていこう!というのではなく、想いがずっと自分の中にあって、視線は常に自分の内側に向けていたように思います。若い人たちに伝えたいのですが、夢を持たなくてはならない、前を向かなければならない、といった外からの言葉に、あまり惑わされないでほしい。若い人は悩むのも夢がないのも当然なのです。夢ややりたいことがないのはつまらないと思わされること自体が、違うんです。

ただ、それを探すことはとても大切です。自分の内側に視線を向けて、自分が何を望んでいるのか、何をしている時が一番心地よいのか、そこを探ることが原点だと思います。朝から猫と一緒に日向ぼっこしている時間が好き。山を散歩するのが好き。推しの歌を聴いているのが好き等々、何でもいい。それをリアルにしていくためにどうすれば良いのか、という段階で初めて外を見ればいい。自分が何を一番心地よく感じて、好きなのか、というところに本気で触れてみることから始まるのだと思います。

あさの先生の著作にはさまざまな時代や人物の設定がありますが、執筆のテーマはどのように決めていらっしゃいますか?

テーマは、最初は決めないです。私の中に書きたい「人たち」がたくさんいて、その「人」でテーマが決まるんです。それが中学生だったら舞台は中学校になるし、現代の人ではなかったらお江戸や未来の世界が舞台になる。

書きたい「人」がいて、その人を追いかけていくと「今」とつながっている。それがテーマとして浮き出してくる。例えば、読んだ本やママ友とのたわいもないおしゃべりなど、外からの刺激によっておぼろげだった「人」がはっきり見えてきて、血肉を持った人間になってくる。身長はこのくらいで、どんな暮らしをしていて、奥さんはどんな人で、子どもとはどんな関係で…そんなふうに動き出してくれて作品になっていく。途中で見えなくなったり、後から出てきた人が主人公だったりすることもあります。書き出していくうちに少しずつスポットが当たっていって、はっきり見えてくるような感じです。

途中でわからなくなっちゃうこともあります。毎日ずっと机に向かって書いてはいますが、原稿用紙2枚しか書けなくて、次の日には全部書き直すこともあるし、全然進まないこともある。そんな時は犬と散歩に出かけてみたりして、一度原稿の前を離れます。そうすると何かが見つかる。句読点一つ、接続詞一つ変えるだけで、また先に進めることも。その何かが浮かんでこない時は、その人のことを書くのはまだ私には早いという証拠なんです。

書き上げても、その「人」の全てが見えているわけではありません。人間は奥深いもの。私一人がその人のことを全部わかっているはずはなく、わからないからこそ書ける。書きたい。だから1冊で書ききれないときは2冊になったり3冊になったりするし、「この人の半分もわかってなかったんだ!」と後から気付くこともあって、悔しくてもう一度チャレンジしてみることも。そんな繰り返しで書き続けています。

登場する人物は曖昧でも、設定はあやふやにはしません。未来の設定の場合は自分の想像力を存分に活かして現代からつなげてあげれば良いのですが、時代物に関してはすでに存在している事実に即す必要があるので、資料の読み込みや、必要があれば取材に行くなどして、しっかり設定を整えます。髷の形や身につけていたもの、着物の柄なども、その時代によって全く違います。言葉遣いや価値観などもそうです。ただ、人の想いは現代につながっていることが必要だと考えています。男女関係や人権に対する価値観や言葉遣いなど、今とは大きく違うことであっても、人を人として尊ばなければならないという考えを自分の作品で表現したり、読めない言葉を現代の人がわかる言葉に変えたりすることは許されると思うんです。江戸時代に自転車を使いたければ、当時存在していなかった自転車を登場させる設定をすればいい。そこに現代を溶かし込むことが小説であり、それこそが物語の醍醐味なのです。

いくつになっても、人は変わる・変われる・変わるもの

生涯学習についての先生のお考えを聞かせてください。

学ぶということは、若い人たちだけの特権ではありません。大人だから、こんな歳だからと言って、学ぶことを自分から遠ざけるのはもったいないことです。たとえ90歳になっても自分は変わるし、変われる、変わるものです。そう理解した上で、そのための刺激となる生涯学習を重ねることに、大きな意味があると思っています。

生涯学習というと、講師の先生がいて何かを教わり、それが自分のプラスになる、というイメージがありますが、私は目的なんてなくてもいいと思っています。自分がやりたいことがはっきりしている人は具体的な学びに結びつければ良いのですが、資格を取るため、知識を身につけるためだけではなく、今生きている自分の毎日にいろいろな花を咲かせて、色の違う時間を作ること。日常を色彩豊かにすることはとても素敵なことです。自分が何に興味を持っているのかということを見つめるために、いくつになっても自分の内側に視線を向けることは大切です。その機会が身近にあるのならどんどん活用していただきたい。今の時代は、ネットを通じて同じ趣味・興味を持つ人たちとつながるチャンスがたくさんあります。大都会や都市部だけではなく、私のような田舎に住んでいる人々にも等しくそういった機会が与えられることは、大人にとっても、若い人たちにとっても、とても素晴らしいことです。

話が少し外れてしまいますが、若い人たちがゲームやスマホに興じることを、私は悪いとは思っていません。そうやっていろいろな情報にコミットしながら、私たちが知らない新しい文化を作っていくのだと思っているからです。ただ、昔から延々と受け継がれてきた「本」という文化が、ゲームやスマホと同等に子どもたちの周りに存在していることが、どんな時代にも必要なことだと思っています。私の町には書店も大きな図書館もないのですが、自由に本を選べる、本に囲まれた空間を、若い人たちの周りに用意してあげることは、大人の、行政の、政治の責任だと思っているのですが、今それがないがしろにされていることを杞憂しています。

自分のダメなところを否定しないで考える

生涯学習に興味のある方々へのメッセージをお願いします。

何かをしなくちゃいけない、ではなく、何かをやりたい、と思う気持ちに対して素直になってみてください。「あの人はボランティアをやっていてすごい」「あの人は仕事を頑張っていてすごい」など他人と比較して、「自分は何もできない」と考える方に多くお目にかかりますが、何もできなくていいんです。何もできないことを否定しないで「なぜこんなにやる気が出ないのか」「なぜこんなに虚しいのか」と考えていることだけで、すでにものすごく積極的に生きているのです。

前向きに取り組むことだけが生涯学習ではありません。一人でいるのが辛い時、誰かとつながっている方が楽な時もあります。そんなひとつのつながりを求めて生涯学習の場を利用するだけでも十分です。自分につながっている理由は、どんなものだって正しい理由なんですよ。

プロフィール

あさのあつこ氏

1954年(昭和29年)9月14日 、岡山県英田郡美作町(現:美作市)生まれ
中学野球が舞台の小説『バッテリー』をはじめ、10代の少年少女の姿を描く作品に定評。時代小説「弥勒」シリーズや近未来を舞台にした『プレデター』など著書多数、幅広い年齢層に支持されている。野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞など受賞多数。