当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会報告書(案) 令和4年3月当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会 目次 はじめに 1 これまでの経緯 (1)中間報告までの検討の内容 (2)会議の進め方 2中間報告の提言を踏まえた議論 (1)神奈川の障がい福祉の未来予測 (2)当事者目線の障がい福祉 (3)普遍的な仕組みへの論点設定と憲章、宣言を起点にした条例等の制定 T神奈川の障がい福祉の将来展望 1当事者目線の障がい福祉の基本的な考え方と目指す未来 (1)基本的な考え方(7つの理念) (2)目指す未来(10の方向性) (3)提言が目指すもの 2今後取り組むべき重要な施策 (1)個人の尊厳が守られる社会の構築 (2)心の声に耳を傾け、互いの心が輝く支援 (3)本人活動の推進 (4)その人らしい暮らしの実現〜社会資源の充実方策 (5)本人の可能性を引き出す、専門的な個別のサポート (6)多様な価値観の取込み、持続可能な誰も排除しない社会の実現 (7)地域共生社会を目指したオール神奈川の取組み 3今後の施策等の進め方 (1)長期的なビジョンに基づいた実行プランの策定 (2)できることから速やかに取り組むこと(サブグループづくりなど) (3)効果検証をしっかり行うこと〜PDCAサイクル U論点ごとの提言の詳細 1障がい福祉施策の充実強化 @いわゆる「強度行動障がい」のある人に対する支援 A高齢化に伴う支援の充実強化 B地域生活移行の推進、地域生活の支援 C日中活動のさらなる充実 D居住支援の充実強化 2地域の社会資源の充実 @医療、教育、雇用、農業、商工等関連分野との連携 A福祉人材の確保、育成 3障害者支援施設(県立施設を含む)のあり方 4当事者目線の徹底と権利擁護 @本人活動の推進、政策決定過程への参加 A虐待ゼロの実現に向けて B意思決定支援の推進 5地域共生社会の実現 @地域包括ケアシステムの対象拡大 A包括的な相談支援体制の構築 Bともに生きる社会かながわ憲章」や「当事者目線の障がい福祉実現宣言」等の理念の普及啓発(障がい者差別のない地域共生社会の実現) 6先駆的な取組みや理念の積極的な取込み @多様な価値観の取込み A制度の持続可能性の確保 7市町村支援について おわりに 委員名簿及び開催状況 はじめに 本検討委員会においては、県立障害者支援施設(以下「県立施設」という。)の支援内容についてのこれまでの検証等を踏まえ、今後、障がい者の地域生活への移行やその人らしい暮らしを実現するためには、何より地域づくりが重要であるとの認識に立ち、そのための施策等について広範に検討を行ってきた。 昨年7月から、これまで、第一線の実践家からの事例紹介も織り込みながら、10回にわたり会議を重ねるとともに、関係の団体からヒアリングも実施したところであるが、今般、昨年10月の中間報告も踏まえ、これまでの議論の内容を反映させた報告書を次のとおり取りまとめた。 1 これまでの経緯 (1)中間報告までの検討の内容 本検討委員会では、20年後の神奈川の障がい福祉のあるべき姿(将来像)を以下のように設定し、この実現に向けて、いわゆるバックキャストの考え方で、中長期的な視点から、行政、事業者、県民等がどのように取り組んでいくべきか議論を行ってきた。 【目指すべき将来像】 「「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念が当たり前になるほど浸透し、  本人の意思決定を踏まえた、その人らしい生活を支える当事者目線のサービス基盤の整備が進んだいのち輝く地域共生社会」 当初、議論の際の視点(案)として、以下について事務局から提示を受けたが、この5つの視点は、中間報告の取りまとめに向けた検討の過程において、各委員の了解の下、論点に据えた。 【神奈川の障がい福祉の将来展望の議論のための5つの視点(論点)】 @津久井やまゆり園事件を契機に、地域共生社会の実現を図っていくべきではないか A障がい福祉において、家族目線・支援者目線ではなく、当事者目線の考えを徹底するべきではないか(意思決定支援など) Bいわゆる「強度行動障がい」、高齢障がい者、医療的ケア児など困難性の高い支援課題に対し、県として果敢に取り組むべきではないか(地域の担い手の確保、人材育成など) C障がい者は地域社会を構成する一員であり、本人が希望する場所で、尊厳をもって、その人らしく暮らすことが当たり前であるべきではないか(社会資源の充実、サービス基盤の整備など) Dそれぞれの才能を引き出し、多様な価値観を取り入れ、SDGsの「誰一人取り残さない」持続可能な多様性と全ての人が受け入れられる社会の実現を目指すという理念を生かすべきではないか また、本検討委員会がまずもって行うべき議論の視点として、「県立施設のあり方」に関する以下の5つが加えられた。これは、4つの県立施設について、次期指定管理期間が令和5年4月から始まることから、次期指定管理者の公募が本年(令和4年)早々に実施される予定であることに鑑み、本検討委員会での県立施設のあり方に係る議論を、当該募集要項1に反映させることが必要であると考えられたためである。 【「県立施設のあり方」について議論を進める上での5つの視点】 @地域生活支援拠点の役割を持たせ、緊急時に対応できる短期入所の整備を必須としてはどうか A相談支援の機能と人材育成の機能を充実させることとしてはどうか B長期の入所者の地域生活移行を加速させるとともに、通過施設(有期限の入所期間)として位置付けることとしてはどうか C長期入所の定員は漸減させることとし、終の棲家を念頭に置いた新規の入所については、原則として、行わないこととしてはどうか D民間では担えない理由を明確にし、目的を達成するために必要な実施態勢についても検討してはどうか 前後するが、令和2年、複数の県立施設において、長時間にわたる居室施錠といった身体拘束が長きにわたり続けられていることが有識者による検証2で明らかとなり、支援の内容の改善が求められた。当然に県立施設のあり方にも議論が及び、県立施設のあり方を見直すには、神奈川全体の障がい福祉のあり方を議論する中で行うべきではないか、という有識者からの提言を受け、本検討委員会が設置されたという経緯がある。 こうして、本検討委員会は、県立施設の当面の対応等を中心に議論し、昨年(令和2年10月)、中間報告書としてその結果を取りまとめた。 中間報告書においては、神奈川の障がい福祉の将来展望についても様々な提言が盛り込まれてはいるが、県立施設も含む障害者支援施設(以下「入所施設」という。)全体の将来展望についての議論は十分尽くされたとは言えない。 また、障がい福祉の将来展望を語るとき、福祉の分野だけではなく、医療や教育、雇用・労働、住宅、運輸、商工、芸術・文化などの関連領域も、県が目指す「当事者目線の障がい福祉」の推進のためには重要な要素であると考えられ、福祉の分野がこれら領域とどのように連携、協働していくかの議論も深めていく必要である。 さらに、県は「ともに生きる社会かながわ憲章」の普及・啓発に注力してきたが、20年後、この憲章が当たり前になるほど浸透した社会を目指すとき、今後、行政、事業者、県民等が取組みを進めるべき施策等は公的なサービスだけでないだろう。障がい者が友人と余暇活動を楽しんだり、野球を観に行くといった、その人が望む、その人らしい暮らしの全体を皆でどう支えていくか、そういう議論の広がりが重要である。 このような経緯を踏まえ、本検討委員会は、報告書の取りまとめに向け、2040年頃の人口構造をはじめとする社会経済状況の予測を基礎に、障がい福祉を取り巻く政策の動向、障がい当事者やその家族、支援者など関係する人々が抱える福祉課題の状況の変化、そして障害者基本計画や「かながわ障がい者計画」3、あるいは、「神奈川県障がい福祉    計画」4の検討の方向性、さらには自治体行政のあり方に関する議論の推移も注視しながら、「当事者目線の障がい福祉」の推進のための具体の取組みについて、中間報告までの検討からさらに議論を深めた。 (2)会議の進め方 ア 幅広い論点からの議論と事例紹介 本検討委員会の第6回から第8回にかけての議論では、前述の5つの「議論の視点」を踏まえ、それらを細分化する格好で、全部で16の論点(中事項)が提示された。(詳細は6頁以降を参照いただきたい。) 各論点(中事項)は、中間報告までの意見等を踏まえた「現状と課題」、及び2040年頃のあるべき姿に向けて、どのように対応していくかという「検討の方向性」により構成され、それぞれの論点について、各委員により自由かっ達に意見交換が行われた。 また、各回の意見交換に先立ち、当該回で議論する論点に関係する施策等に取り組んでいる団体や行政機関からの事例紹介が行われた。それぞれの事例紹介は、まさに第一線からの報告であり、大変現実味のあるものであったし、本検討委員会の議論に厚みと深みをもたらしたものと考えている。発表者各位におかれては、諸事ご多忙の折、資料を作成していただき、また、当日の発表に時間を割いていただいたことに心から感謝申し上げたい。(各事例紹介の概要は巻末の資料編をご参照いただきたい。) イ 団体等からのヒアリングの実施 本検討委員会は、県のおよそ20年後(2040年頃)の障がい福祉のあり方を検討の主務とすることから、広範にわたる議論となることが予想された。一方で、構成メンバーについては、いわゆる「津久井やまゆり園事件」が議論の起点となっていることもあって、主として知的障がいに関する施策等に知見を有する当事者や有識者が多い。 もとより、本検討委員会においては、特定の障がい種別に偏ることなく普遍的な提言につながるよう議事の整理には留意したが、団体ヒアリングの実施に際し、本検討委員会としては、身体障がいや精神障がいの分野についても、施策等の課題にしっかりと目配りできるよう、事務局に対して、様々な障がい種別の団体等から意見を聴くように要請したところである。 団体ヒアリングは令和3年6月から同年8月にかけて、事務局により実施され、詳細なレポートが本検討委員会に対して提示されるとともに、論点ごとに、各団体からの主要な意見として取りまとめられたものが議事資料に加えられている。 したがって、本報告書の提言は、こうした団体ヒアリングを通じた各団体からのご意見も踏まえたものとなっている。 また、県立施設(指定管理を含む)6か所のいずれかの施設を平成28年度から令和2年度に退所し、障害福祉サービス等を利用して地域生活をしている人のうち、インタビューの同意が得られた9名に対するヒアリングが、令和3年10月から同年11月にかけて、事務局により実施された。その際のご意見は、本検討委員会で議論を行う上で共有された。 大変多忙な中、趣旨を理解いただき、ご対応いただいた団体各位・当事者及び支援者の皆様には、この場を借りて心から御礼を申し上げたい。 (参考)ヒアリング団体 (順不同) ・公益財団法人 神奈川県身体障害者連合会 ・特定非営利活動法人 神奈川県障害者自立生活支援センター ・にじいろでGO! ・ピープルファースト横浜 ・神奈川県手をつなぐ育成会 ・神奈川県自閉症協会(神奈川県自閉症児・者親の会連合会) ・神奈川県知的障害者施設保護者会連合会 ・神奈川県肢体不自由児者父母の会連合会 ・神奈川県知的障害施設団体連合会 ・神奈川県身体障害施設協会 ・障害のある人と援助者でつくる日本グループホーム学会 ・特定非営利活動法人 神奈川セルプセンター ・特定非営利活動法人 神奈川県障害者地域作業所連絡協議会 ・きょうされん 神奈川支部 ・特定非営利活動法人 かながわ障がいケアマネジメント従事者ネットワーク 1)令和4年1月に「津久井やまゆり園指定管理者募集要項」が公表されている。 2)障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会「障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会報告書」(令和3年3月)(https://www.pref.kanagawa.jp/docs/m8u/documents/shiensuishi/shiensuishitop.html) 3)福祉、保健・医療、教育、雇用など様々な分野において、県の障がい者の自立及び社会参加の支援等の施策を推進するための基本となる計画。神奈川県障害者施策審議会や障がい者団体等との意見交換会の意見を踏まて策定されている。現行の「かながわ障害者計画」は、令和元年度(2019年度)から令和5年度(2023年度)までの5年間を対象期間としている。 4)障害者総合支援法に基づき、障がい者及び障がい児の地域生活を支える障害福祉サービスなどの提供体制の確保を進めるため、市町村の障がい福祉計画の達成を支援する県の計画。平成18年度に第1期「神奈川県障がい福祉計画」が策定されている。現行の計画は、令和2年度(2020年度)で計画期間が満了しており、現在、これまでの計画の達成状況や新たな課題を踏まえて、「神奈川県障がい福祉計画」改定素案が作成されている。パブリックコメントの手続きを経て、令和3年度中に策定される予定。 2 中間報告の提言を踏まえた議論 (1)神奈川の障がい福祉の未来予測 繰り返しになるが、本検討委員会に課せられた役割は、およそ20年後(2040年頃)の神奈川の障がい福祉のあるべき姿を展望し、その実現に向けて何にどのように取り組んでいくのかを議論することであった。 本検討委員会が10月に取りまとめた中間報告に向けての議論の過程においては、議論の前提となる障がい福祉を取り巻く社会経済状況の中長期的な変化について、「神奈川県人口ビジョン」(平成28年3月(令和2年3月改訂))や「8市の未来予測等に関する報告書」(令和3年6月)をはじめ、各種の未来予想を参考とした1。 これらに共通していることは、将来推計の確度の高い、人口構造の推移を前提として中長期的な見通しを立てているところであり、共通事項を整理すると概ね以下のとおりである。 ・人口動態は大きく変化し、高齢者割合・単身世帯割合が増加すること →2040年頃には、高齢者の増加幅は落ち着くものの、現役世代の減少が加速し、100歳以上の高齢者が30万人を超える見通しであること →単身世帯は2040年に39.3%まで拡大し、最大の世帯類型となること →一方で、高齢者像は大きく変化し、高齢者の若返りが見られ、就業率も上昇すること ・地域・コミュニティの変化、地方の働き手の更なる減少が生じること →人口ボーナスを享受してきた三大都市圏は急激な高齢化局面に突入し、 特に、東京圏は入院・介護ニーズの増加率が全国で最も高く、医療介護人材が地方から流出する恐れがあること →地方圏では東京からのサービス移入に伴う資金流出が常態化する可能性があること ・人々の考え方の変化・多様化が進むこと ・基盤技術の進展がみられること →IoT、AI、ロボット技術など、第4次産業革命を踏まえた変革が進展し、ロボット、自動運転等の基盤技術は、2040年に向けて大きく進化すること →健康・医療・介護の分野においても、情報が統合管理され、AIが判断のサポートを行ったり自動化する可能性があること ・グローバル化の影響がますます大きくなること →経済面では、アジアの中での重要性が低下する一方、人的移動の活発化の中で日本における在留外国人は増加すると推計されること →アジアを含む諸外国では高齢化が急速に進展し、医療・介護費の増加によりイノベーションへの投資が進まなくなる恐れがある一方、各国間の人材収奪競争が高まる可能性があること また、社会保障分野でかねてより注視されている、いわゆる2040年問題に関し、各般の先行研究等の情報についても共有した上で議論を進めた。 例えば、令和2年版の厚生労働白書においては、平成の30年間の社会の変容と2040年にかけての今後の20年間の変化の見通しを踏まえ、今般の新型コロナウイルス感染症の影響を含め、今後の対応の方向性等が以下のように提示されている。 ・人生100年時代に向けて →平均寿命は、平成30年間に約5年伸び、さらに2040年にかけて約2年伸びる見通しであり、2040年時点で65歳の人は、男性の約4割が90歳まで、女性の2割が100歳まで生きると推計され、「人生100年時代」が射程に入ってきていること →健康寿命の延伸とともに、ライフステージに応じてどのような働き方を選ぶか、就労以外の学びや社会参加などをどのように組み合わせていくかといった生き方の選択を支える環境整備が重要になってきていること ・担い手不足・人口減少の克服に向けて →今後、本格的な人口減少が進む中で、就業者を始めとする「担い手」の減少が懸念され、女性や高齢者の就業率の一層の向上とともに、働く人のポテンシャルを引き上げ、活躍できる環境整備が必要であること →特に、医療福祉従事者は2040年には最大1,070万人(就業者の約5人に1人)に増加の見通しであり、健康寿命の延伸等の取組みとあわせて、医療福祉現場の生産性を上げることにより、より少ない人手でも現場が回っていく体制を実現していくことが必要であること →担い手不足が生じる根本的な原因は少子化の進行であり、長期的な展望に立って総合的な対策を進めることが必要であること ・新たなつながり・支え合いに向けて →平成の30年間で、三世代世帯が約4割から約1割に減少するなど、世帯構造は大きく変化し、「日頃のちょっとした手助けが得られない」や「介護や看病で頼れる人がいない」など、生活の支えが必要と思われる高齢者世帯は、過去25年間で3.5倍程度増加。今後25年間でさらに1.5倍程度増える見込みであること →「地縁、血縁、社縁」の弱まりの一方、ボランティア等によってつながる「新たな縁」や、支え手・受け手といった枠を超え、支え合いながら暮らす「地域共生社会」の実践も拡がりつつある。人口減少による地域社会の縮小が見込まれる中で、新たなつながり・支え合いを構築することが必要であること このような基本的な現状認識に加え、その後の国の政策動向として、厚生労働省においては、「障害者総合支援法」の見直しの議論が進められていること、また、内閣府に設置されている障害者政策委員会2においては、障害者差別解消法に基づく基本方針の改定の議論、障害者基本計画(第5次)の検討に向けた議論、国連障害者権利委員会の審査に向けた審議などが行われており、こうした動向も注視しながら、本報告書の取りまとめに向けた議論を進めてきた。 他方、グローバル化や情報化が進展する現代社会においては、多様な主体が速いスピードで相互に影響し合い、一つの出来事が広範囲かつ複雑に伝播し、先を見通すことがますます難しくなってきている。 こうしたことから、この報告書は、中間報告と同様、いろいろな要因を条件として設定して、考えられる様々な将来像について議論されたことをベースに置きながらも、神奈川のあるべき障がい福祉の姿を思い描き、その実現に向けて、行政、事業者、県民等はこれから何にどう取り組んでいくのかという視点に重点をおいて記述している。 これは、いわゆる「バックキャスティング」の発想であり、「規範的シナリオ」と言われる考え方であるが、本検討委員会においては、県のホームページにおいて公開されている議事録からも分かるとおり、神奈川のおよそ20年後の障がい福祉のあるべき姿、すなわち将来展望(ビジョン)について、活発に意見交換が行われたのである。 (2)当事者目線の障がい福祉 本論に進む前に、県が目指す「当事者目線の障がい福祉」とはどのようなものなのか、その内容について本検討委員会としての一応の整理を行い、共有しておく必要があるだろう。 本検討委員会は、「当事者目線の障がい福祉」を厳格に定義することを本務としている訳ではないが、これが今後、県が取組みを進めていく障がい関係施策等の思想的支柱になると考えられるからである。 ア 「利用者目線の支援」 県は、県立施設の支援内容の検証等を行うため、令和2年(2020年)7月、県の附属機関である神奈川県障害者施策審議会の部会として「障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会」を設置した。同検討部会は、民間の入所施設への広がりも視野に、県立施設における支援内容の改善、充実に向けて様々な提言を行った。 同検討部会は、令和3年3月に取りまとめた報告書において、その会議体名にも含まれる「利用者目線の支援」について、次のように記述している。 「検討部会では、利用者目線の支援について、「『利用者のためにはこれが良い』という支援者側の目線ではなく、どんなに重い障がいがあっても、利用者本人には必ず意思があるという理解に立ち、本人を中心に、本人の望みや願いを第一に考え、本人の可能性を最大限引き出す支援を行うこと」と考える。」 イ 予算案における施策名称 次に、県の予算編成において、「当事者目線の障がい福祉」がどのように位置付けられてきたかを見てみたい。 県の令和3年度当初予算(案)付属資料(当時)においては、一部新規の予算事項として「「利用者目線」による新しい障がい福祉の実現」との記載がある。 当該事業は、目的を「「利用者目線」の新しい障がい福祉の実現を目指し、障がい者の意思決定支援の全県展開に向けた取組みを始める。また、県立施設における適切な支援・身体拘束ゼロの実現に取り組む」としており、当該事業費約34.7億円のうち約34.5億円が津久井やまゆり園及び芹が谷やまゆり園新築工事関係費用である。 具体的には、居室を個室化するとともに、居住単位を11人とし、プライバシーに配慮して一人ひとりが落ち着いて生活できる環境の下、手厚い支援を行う「小規模ユニットケア」の実践のための経費である旨、説明されている。 また、県の令和4年度当初予算(案)の主要施策概要においても、「障がい児・者が地域で安心して暮らせるしくみづくり」という施策の一環として「「当事者目線」の新しい障がい福祉の実現」が掲げられており、「県立障害者支援施設での取組み及び意思決定支援の普及・定着」や「ともに生きる社会かながわ憲章の理念の普及に向けた取組み」に関する事業として約3億円が盛り込まれている。 このように、「利用者(当事者)目線の障がい福祉」という表現は、「利用者(当事者)目線の支援」でいう、直接的な支援の姿勢の転換にとどまらず、施策等のあり方に範囲を広げ、当事者の立場に立った、当事者からの視点による障がい関係施策等への転換を図っていくという県の意思を見ることができる。 なお、「利用者目線」という文言は、入所施設の利用者という趣旨で用いられてきた経緯があり、県は施策の広がりを踏まえて、「利用者目線」から「当事者目線」という文言を使用する旨表明している。 ウ 議会での答弁 県議会においても、「当事者目線の障がい福祉」に対する関心は高く、たびたび質疑が行われている。令和3年第3回定例会の本会議(11月30日)においては、「当事者目線の障がい福祉」について、知事が次のように答弁している3。 「「当事者目線の障がい福祉」とは、当事者の心の声に耳を傾けて、工夫しながらサポートすることが、当事者の皆様の幸せとなり、これにより、支援者や周りの仲間の喜びにもつながるものです。」 エ 「当事者目線の障がい福祉実現宣言」 昨年(令和3年)11月、芹が谷やまゆり園の開所式において、県は、「当事者目線の障がい福祉実現宣言」を発信した。この宣言は、その後の県議会における議論を経て一部が修正されたが、「当事者目線の障がい福祉」について以下のように言い表されている。 「私たちは、津久井やまゆり園事件のような悲惨な事件を二度と起こさないため  に、これまでの障がい福祉のあり方を根本的に見直し、「当事者目線の障がい福  祉」に大転換することを誓います。それは「あなたの心の声に耳を傾け、お互い   の心が輝くことを目指す障がい福祉」です。」 県は、障がい当事者や、障がい者支援の第一線の従事者等と対話を重ね、「当事者目線の障がい福祉」についての考えを深化させ、この「宣言」に至ったとしている。 事件のあった津久井やまゆり園は、神奈川県障害者施策審議会での検討を経て、県が策定した「津久井やまゆり園再生基本構想」に基づき、2つの新たなやまゆり園(新しい「津久井やまゆり園」及び「芹が谷やまゆり園」)として再建された。 県は、この宣言に前後して、長時間の居室施錠等の不適切な支援が続けられていた県立施設の支援内容を見直す中で、これからの障がい福祉は、本人の望みや願いを第一に考える「障がい当事者の目線」の支援を行うことが重要であると認識を新たにし、両園の開所を新しい障がい福祉の開始時点と位置付けている。 令和3年11月の芹が谷やまゆり園の開所式での「当事者目線の障がい福祉実現宣言」の発信は、障がい福祉のあり方を「支援者目線」から「当事者目線」へ転換を図り、「当事者目線の障がい福祉」を実現するという決意を示したものと言える。 オ 「当事者目線の障がい福祉」の捉え方 前述の議会答弁や「当事者目線の福祉実現宣言」における「利用者(当事者)目線」に関する説明は、必ずしも法令的な解釈を示したものではない。県民等に対し、障がい関係施策等のあり方について広くメッセージを届けるために、その基本的な考え方、理念を分かりやすく示したものと捉えることができる。 県の予算(案)に盛り込まれている事項名が「当事者目線の新しい障がい福祉」と表現されているように、「当事者目線の障がい福祉」は、「本人のため」「安全のため」と言いながら本人の自由を制限してしまっていた、これまでの支援者の目線での支援から転換をはかり、思いを新たにして当事者の目線に立った支援に取り組むべき、という考えが出発点であったとされる。 この直接の支援の構造の転換が「当事者目線の支援」と言い表されていると思われるが、そのような直接の支援のみならず、障がい者に関わる公的な障害福祉サービスも含め関係施策等まで領域を広げたものが「当事者目線の障がい福祉」ということになるのであろう。これは、「ミクロ」(小領域)と「メゾ」(中領域)という事象の捉え方にも似ている。 この2つの表現の間に明確な境界は希薄であって、帯状につながるものであり、障がい者本人を中心に置いて、関係する人的、物的、あるいは制度等の様々な要素との関わりの深度によって、「支援」なのか「障がい福祉」なのか、変わってくるものと考えられる。 さらに、およそ20年後の2040年頃の県の障がい福祉の将来展望(ビジョン)として掲げる「いのち輝く地域共生社会」は、障がい関係施策等のいわば究極的な目標であり、最も広く捉えるならば、「人間の福祉」(well-being)を目指すものと考えることができるだろう。「当事者目線の障がい福祉」が「支える人も支えられる人もお互いの心が輝く」ということであるならば、この究極的な目標と同義であるとも言える。 この、地域社会にまで広げた捉え方は、行政の関わり、国の政策との関わり、社会の様々なサービスとも関係するものであり、「マクロ」(大領域)として捉えるものである。 カ 「当事者目線の障がい福祉」の一応の整理 〇「当事者目線の支援」 障がい者に対する支援の立ち位置、視点を言い表した「当事者目線の支援」であるが、「当事者目線の障がい福祉実現宣言」において、障がい者に対する「サポート」についての捉え方が、支援する者と支援される者とが相互に心を輝かせるという、双方向の関係性へと広がっている。 したがって、「障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会」報告書の「利用者目線の支援」の定義については、現段階においては、次のような若干の加筆が必要ではないかと考える。 「障がい当事者に直接に関わる支援者等が本人に寄り添い、支援者等の目線からではなく本人の目線に立ち、本人の望みや願いについて、(意思の表出が難しい重度の障がい者にあっては意思決定支援を行い、)心の声に耳を傾けてしっかりと汲み取り、本人の可能性を最大限引き出せるよう、工夫をしながらお互いの心が輝く支援を行うこと」 〇「当事者目線の障がい福祉」 前述のとおり、「当事者目線の支援」と「当事者目線の障がい福祉」との境界は決して明確ではなく希薄であると考えられるが、前者を直接的な支援の関係について言い表したものだとすれば、後者は、直接的な支援だけではなく、本人の望みや願いに寄り添い、本人らしい暮らしを実現するための様々な公的なサービスや地域の社会資源との関わりも含まれるものと捉えることができるだろう。そのように整理するとすれば、「当事者目線の障がい福祉」は次のように言い表せるのではないか。 「障害福祉サービス等事業者、行政機関、インフォーマルケアや互助活動に取り  組む団体、ボランティア等が障がい者を直接に支援する者と連携し、それぞれの主体が障がい者本人の望みや願いに寄り添い、障がい当事者の目線に立った施策等を展開するとともに、地域の社会資源の整備を進めていくことにより、障がい者本人が望むその人らしい暮らしを実現していく取組み」 〇「いのち輝く、ともに生きる社会かながわ」 「当事者目線の障がい福祉」を推進することで行き着く先は、本検討委員会が議論を進めてきた「「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念が当たり前になるほど浸透し、本人の意思決定を踏まえた、その人らしい生活を支える当事者目線のサービス基盤の整備が進んだいのち輝く地域共生社会」である。 地域共生社会は障がい者のみならず、高齢者や生活困窮者、あるいは子どもなど、全ての人々が含まれる。行政、事業者、県民等が当事者の目線に立って、障がい関係施策等に取り組むことにより実現する、支え、支えられる関係を越えた、全ての人が受け入れられる社会を言い表すものである。 「福祉」を「施策」と狭く捉えるのではなく、「幸せ」、「豊かさ」とするなら、前述のとおり、「いのち輝く、ともに生きる社会かながわ」は、広い意味では「当事者目線の障がい福祉」と同義と言え、次のように表すことができるのではないか。 「地域社会の様々な構成員が、障がい当事者の地域生活について理解を深め、県や市町村、県民等が相互に連携しながら、障がい者差別の解消、障がい者の権利擁護並びに障がい者の自立及び社会参加の支援のための施策等に、当事者の目線に立って取り組んでいくことにより実現する、誰もがいのち輝かせて暮らすことのできる地域共生社会」 キ 深化する「当事者目線の障がい福祉」 「当事者目線の障がい福祉」の考え方は、様々な議論等を経て広がりや深みが増している。したがって、固定化した定義付けを行うことは難しく、上記を本検討委員会として共有する一応の整理とするが、今後も、関係者により議論が続けられ、さらなる深化が図られるものと考えられる。 もとより、社会福祉の援助技術であるソーシャルワークにおいては、「自己決定の尊重」は大原則とされていることを忘れてはならない4。我が国では、「利用者本位」への改革を目指し、措置制度から契約制度への社会福祉の基礎構造の改革が行われてから20年以上が経過した5。その改革では、個人の自立を基本とし、その選択を尊重した制度を確立することとし、権利擁護の仕組みを整えるとともに、サービスの質の向上のための事業も開始された。 このように本人を中心に置いた支援を推進していくことについては、かねてより制度上の整備が進められてきた。しかしながら、先般来、県立施設において不適切な支援が続いていることが指摘されており、その理由は、こうした理念が第一線にはまだまだ十分に浸透していなかったのか、あるいは、徐々に忘れ去られてしまったのか、きちんと検証が行われなければならないだろう。 そういう意味からすると、「当事者目線の障がい福祉」は、障がい者に対するサポートのあり方について、こうした現状からの転換を図り、本来の障がい福祉の姿を取り戻すための強力なメッセージであると言えるのである。 ク 社会保障審議会障害者部会 なお、厚生労働省の審議会においても、「当事者の目線」について取り上げられている。 厚生労働省の社会保障審議会障害者部会は、障害者総合支援法等の見直し作業において、令和3年12月に「障害者総合支援法改正法施行後3年の見直しについて(中間整理)」を取りまとめているが、その見直しの基本的な考え方を、 @障がい者が希望する地域生活を実現する地域づくり A社会の変化等に伴う障がい児・障がい者のニーズへのきめ細かな対応 B持続可能で質の高い障害福祉サービス等の実現 の3つの柱に整理したとしている。 これに続けて、「(略)こうした基本的な考え方に沿って、当事者中心に考えるべきとの視点をもち、どのように暮らしどのように働きたいかなど障がい者本人の願いをできる限り実現していけるよう、支援の充実を図っていくべきである。その際、障がい者自身が主体であるという考え方を前提に、行政や支援者は、「ともに生きる社会」の意味を考えながら、当事者の目線をもって取り組むことが重要である。また、家族への支援を含め、障がい者の生活を支えていくという視点が重要である」と記述している。 (3)普遍的な仕組みへの論点設定と憲章、宣言を起点にした条例等の制定 ア 報告書の取りまとめに向けた論点の設定 中間報告の取りまとめ以降の議論については、それまでの議論をさらに深化させるために、前述の「神奈川の障がい福祉の将来展望の議論のための5つの視点」を基に、論点(大事項)を以下のように設定した。 〇障がい福祉施策の充実強化が必要ではないか 〇地域の福祉資源の充実が必要ではないか 〇障害者支援施設(県立施設含む)の必要性を含めたあり方をどう考えるか 〇当事者目線の徹底と権利擁護に取り組むべきではないか  〇地域共生社会の実現にどう取り組むか 〇先駆的な施策を積極的に取り入れるべきではないか イ 普遍的な仕組み 本検討委員会の中間報告の取りまとめに向けた議論では、「長期ビジョンの実現を着実に進めるには、指針、計画、条例といった仕組みが必要」、「条例を作って障がい者の居場所を作っていく決意を示すべき」などの意見が示された。 また、県議会においても、当事者目線の障がい福祉に取り組んでいくに際し、計画の策定、憲章、宣言、条例も大きな取組みの一つであり、あらゆる可能性、選択肢を排除することなく検討すべき旨の要請がなされた6。 県は、こうした意見を受け止め、「当事者目線の障がい福祉」に必要な施策を確実に実行する普遍的な仕組みについて検討した結果、理念や目的、責務などを市町村や事業者、県民等と共有することが必要であり、県議会の議決を得て制定する「条例」が最も効果的と判断している。 本検討委員会においては、幅広い論点による議論を経て、後述のとおり、様々な提言を行うに至ったが、本報告書には、「当事者目線の障がい福祉」を地域においてしっかりと実践していくための施策等の方向性が多く盛り込まれている。 今後、検討されていくであろう具体的な施策等について、行政、事業者、当事者も含む県民等がそれぞれの役割を果たしつつ、一体となって取組みを継続していくことが必要であり、条例等の普遍的な仕組みを作ってけん引していくという視点は大変重要である。 かつて、地域の人々の様々な生活課題は、家族や地域の助け合いによって解決されてきた側面があるが、急速に少子高齢化が進み、世帯の小規模化、地域における人と人とのつながりの薄まり、市民の「我々意識」の低下などにより、孤立・孤独といった新たな生活課題が深刻化している。 このような人と人がつながる力が弱くなり、心のつながりも失われつつある今日の地域社会にあっては、障がい者が最も影響を受ける可能性があり、これからの障がい福祉関係施策は、「新たなつながり」を築いていくことに注力すべきである。「当事者目線の障がい福祉」の理念は、支え、支えられる関係を越えて、お互いに心を輝かせるものであり、その方向性と一致するものと考える。 あの許しがたい津久井やまゆり園事件から約5年半が経過したが、「ともに生きる社会かながわ憲章」、「当事者目線の障がい福祉実現宣言」の思いと決意を起点に、条例等の普遍的な仕組みが構築され、長期的な展望をもって、必要な施策等が計画的、総合的に実施されていくことが期待される。 1)その他、神奈川県「神奈川まち・ひと・しごと創生総合戦略」(平成28年3月)や、神奈川県政策研究・大学連携センター「人口減少・労働力人口減少への対応」(平成27年3月)、同「今後の人口減少社会における政策のあり方」(平成25年3月)、株式会社三菱総合研究所「ウィズコロナ下での世界・日本経済の展望(2021〜2022年度の内外経済見通し)」(令和3年11月)、厚生労働省「人口動態統計速報(令和3年10月分)」(令和3年12月)なども参考にした。 2)障害者基本法が平成23年8月に改正され、障害者基本計画の策定又は変更に当たって調査審議や意見具申を行うとともに、計画の実施状況について監視や勧告を行うための機関として、内閣府に「障害者政策委員会」が設置された。 3) R3.11.30県議会本会議において同旨を知事が答弁している。 4)例えば、米国の社会福祉学者、フェリックス・P・バイスティック(Biestek.F.P.)が唱えた「ケースワークの原則」(1957年)では、@ 個別化(クライエントを個人としてとらえる)A 意図的な感情表現(クライエントの感情表現を大切にする)B 統制された情緒的関与(援助者は自分の感情を自覚して調整する)C 受容(クライエントをありのままに受けとめ批判をしない)D 非審判的態度(クライエントを一方的に非難しない)E 利用者の自己決定(クライエントの意思に基づく自己決定を促して尊重する)F 秘密保持(秘密を保持して信頼感を醸成する)の7つがソーシャルワーカーの基本姿勢とされている。 5)昭和26年(1951年)の社会福祉事業法制定以来大きな改正の行われていない社会福祉事業、社会福祉法人、措置制度など社会福祉の共通基盤制度について、今後増大、多様化が見込まれる福祉需要に対応するために行われた、社会福祉事業法等の改正(平成12年(2000年)6月)などの一連の改革が社会福祉基礎構造改革と呼ばれている。この改革の基本理念としては「自立」および「自立支援」を根幹とし、これを実現するための「利用者の立場に立った社会福祉制度」及び「福祉サービスの充実」を柱としている。「利用者の立場に立った社会福祉制度」は、具体には、@福祉サービスの利用制度化、A利用者の利益保護、B福祉サービスの質の向上、を目指したものである。とりわけ「利用制度化」は、これまでの措置制度から大転換を図るもので、利用者に選択と主体性(利用者主体)を可能とするものとされた。 6)神奈川県議会令和3年第3回定例会(前半)10月4日の厚生常任委員会での質疑 T 神奈川の障がい福祉の将来展望 この章は、次章「U 論点ごとの提言の詳細」について概括できるように、いわばダイジェスト編としてまとめたものである。 今般の検討から導き出された「当事者目線の障がい福祉」の基本的な考え方と、目指すべき将来展望(ビジョン)を要素分解したものについて若干の解説を行い、「今後取り組むべき重要な課題」として、基本的な考え(7つの理念)の各事項に主要施策等を当てはめ、その要点を記述している。また、これら施策等について、「横串」でどのように進めるべきか、若干の考察を最後に加えている。 1 当事者目線の障がい福祉の基本的な考え方と目指す未来 これまでの議論を踏まえ、本検討委員会として考える、神奈川県民、事業者、行政等が、当事者目線の障がい福祉を推進し、地域共生社会を実現するための取組みを展開する際の基本的な考え方と目指す未来(方向性)は以下のとおりである。 @誰もが個人として尊重されること A心の声に耳を傾け、お互いの心が輝く支援を広げていくこと B政策決定過程への当事者の参加を進めること Cその人らしい、希望する暮らしを実現すること D可能性を引き出す、専門性の高い個別のサポートに取り組むこと E持続可能で多様性があり、誰も排除しない社会を実現すること Fオール神奈川で地域共生社会を創造すること (1)基本的な考え方(7つの理念) @ 誰もが個人として尊重されること 〇平成28(2006)年12月、国連総会で「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約)が採択され、我が国は国内法の整備に取り組み、平成26(2014)年1月20日、障害者権利条約を批准した。 〇障害者権利条約は、障がい者の人権や基本的自由の享有を確保し、障がい者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障がい者の権利を実現するための措置等を規定しており、障がい者に関する初めての国際条約である。その内容は前文及び50条からなり、市民的・政治的権利、教育・保健・労働・雇用の権利、社会保障、余暇活動へのアクセスなど、様々な分野における障がい者の権利実現のための取組みを締約国に対して求めている。 〇県は、当事者目線の障がい福祉を推進し、誰もがいのち輝く地域共生社会の実現を標榜し、障がい者の権利の実現と人権尊重に向けた取組みを力強く展開していくことを既に目標として掲げており、障害者権利条約の締約国の自治体として、これを実体のあるものにしていくべきである。 A 心の声に耳を傾け、お互いの心が輝く支援を広げていくこと 〇どんな重い障がいがあっても、本人には必ず意思があるという「能力存在推定」の考えの下、事件のあった津久井やまゆり園においては、意思決定支援の取組みが行われてきた。 〇不自由な仮住まいの園舎から、どのような暮らしに移行したいのか、取組みが始められた平成28年当時、厚生労働省から示された意思決定支援ガイドラインは存在していたものの、具体的な意思決定支援の実施方法は、関わりを始めた支援者らが工夫しながら実践を積み上げていった。 〇津久井やまゆり園での意思決定支援は、コロナ禍の中にあって、本人の暮らし方を考えてく上で重要な、グループホームの体験入居などの様々な地域での暮らし方の体験が十分にできないといった課題を抱えながらも、支援を進める中で、本人の感情の表出が増え、関係者にとって、これまでの支援内容について省察する機会となり、支援者の意識変革につながったことは大切にすべき成果であったと言える。 〇こうした津久井やまゆり園の再生に向けた過程において、県が取り組んできた障がい当事者との対話や様々な支援の第一線の人達との意見交換を通じて、「当事者目線の障がい福祉」の考えはさらに深化し、「心の声に耳を傾け、お互いの心が輝く支援」こそが本当の当事者の立場(目線)から形作られる障がい福祉であると考えられた。 〇本検討委員会としても、今後、障がい福祉に関する施策等を展開していく上で、重要な考え方として基底に据えるべきと考える。 B 政策決定過程への当事者の参加を進めること 〇本検討委員会は11人の委員のうち3名が当事者委員として参画した。議事録に記録されているように、物事の本質を鋭く突く質問や意見が多く出され、先の中間報告についても、各当事者委員の様々な意見が提言として多く取り込まれている。 〇今日、当事者団体や親の会を中心に、知的障がい者の本人活動(当事者活動)が 全国的に広がってきているが、神奈川においては、本検討委員会での活躍をバネとして、社会参加の機会を増やしていくことはもとより、本人活動のさらなる推進、さらには、政策決定過程への当事者の参加を進めていくことが重要である。 C その人らしい、希望する暮らしを実現すること 〇障がい者の地域生活を実現していくためには、人と人とがつながり合い、その関係の中から居場所と出番のある地域社会を目指していく必要がある。 〇生まれ育ち、住み慣れた地域で、社会の一員として尊重され、自分らしく暮らしたいという思いは、全ての人々の共通の願いである。障がい者は地域を構成する市民の一人であって、自治会、ボランティアグループ、社会福祉協議会などの地域団体、NPO法人や企業など幅広い民間団体の参加のもと、地域住民が主体となって、地域社会において、人とのつながり、居場所と出番のある、その人らしい暮らしが実現できることが重要である。 D 可能性を引き出す、専門性の高い個別のサポートに取り組むこと 〇本検討委員会での入所援施設のあり方に関する議論においては、管理的、閉鎖的な支援環境に陥りやすい大規模入所施設の構造的な課題が指摘された。 〇現行の障害者総合支援法に基づく公的サービスにおいては、一人ひとりに応じたサービス等利用計画と個別支援計画を必ず作成することとされている。それは、決して支援者目線の支援計画ではなく、本人を中心に置いて、本人と一緒に考えられた個別の計画でなければならない。 〇いわゆる「強度行動障がい」や高齢化、あるいは医療的なケアの必要など、一人ひとりの状態に対応した、根拠のある専門性の高い個別のサポートに取り組んでいくことが重要であり、その人の可能性を引き出すような支援であるべきである。 E 持続可能で多様性があり、誰も排除しない社会を実現すること 〇持続可能で多様性があり、誰も排除しない社会を実現するとするSDGs(持続的な開発目標)の考え方は、今日、社会経済の発展のための普遍的な考え方として広く知られるようになった。SDGsの具体のターゲット(目標)には、障がい関連の目標が4つ設定されており、2030年までの目標設定とされるSDGsは、次のステージの議論に関心が移っている。 〇SDGs先進自治体を掲げる県においては、ポストSDGsの議論に資する提案を行っていくことも視野に、当事者目線の障がい福祉の取組みをSDGsの考えと関連させてくことが重要である。 〇そのための大事な視点としては、効率性や生産性を優先する既存の価値観を変えていくという視点、例えば、現代アートを席巻する障がい者アートのように、「障がい」が新たなイノベーションを生み出すという視点である。多様性が重要視されている今、障がい者アートは大きな役割を果たす可能性を秘めていると言われている。こうした視点が、誰も排除しない社会の構築というSDGsの大目標の具体化にもつながっていくものと考える。 F オール神奈川で地域共生社会を創造すること 〇誰もがいのち輝かせて暮らすことのできる地域共生社会を実現するには、住民に最も身近な市町村の役割が非常に重要である。今日の社会福祉制度は、そのほとんどが市町村を一義的な実施主体として位置付けており、神奈川で地域共生社会を創造していくには、各市町村の取組みを進め、県が各市町村の取組みをしっかりと支援していく仕組みを作っていくことが重要である。 〇市町村が実施主体とされていることで、本来、広域的な調整を行う立場にある県は、包括的な支援体制の構築など、地域共生社会を実現していくための施策等の推進が市町村任せとならないように留意し、市町村支援に取り組んでいくべきである。 (2)目指す未来(10の方向性) 本検討委員会の議論は、前述のとおり、将来のあるべき姿を設定し、そのゴールに向けて何にどう取り組むか、という考え方の下で進めてきた。 設定したゴールは「「とも生きる社会かながわ憲章」の理念が当たり前になるほど浸透し、本人の意思決定を前提とした、当事者目線の障がい福祉の推進を図り、その人らしい生活を支えるサービス基盤整備が進んだ、いのち輝く地域共生社会」の実現である。このゴールに向けた具体の施策等を議論、検討するに当たり、事務局において要素分解した案は以下の10点であった。 @住み慣れた場所で、差別や虐待を受けることなく、安心して生活できる Aいつでも生活上の困難を相談できる機関、場所がある B本人の自己決定が尊重され、権利擁護の仕組みが機能している C支援者と対等な関係で、良き暮らし、良き社会を目指して協働できる Dいのち輝かせて豊かな生活が送れる、その人らしい暮らし方が選択できる E医療や教育などの関連領域との連携により、生活課題が解決される Fいきいきと過ごすことのできる日中活動の場と、快適な住まいがある G地域生活が実現できるよう、可能性を引き出す専門的な個別の支援体制がある Hそれぞれの様々な才能を発揮でき、違いを認め、誰も排除しない地域社会である I地域の担い手として活躍できる、社会参加や就労等の機会がある いわゆるツリー型ロジックモデルとして考えられた「最終的アウトカム」(取組みの成果の状況)とされるものである1。これらの「ゴール」については、委員会の議論の経過から、完全ではないかも知れないが、一定の理解が得られているものと考えられることから、次節においては、前述の7つの基本的な考え方と、この10の方向性を関連付けて、今後の具体の重要な施策について記述する。 (3)提言が目指すもの 本報告書に盛り込まれた提言は、実に280にも上る。幅広い論点により議論された証左であるが、敢えてフレーミング(枠付け)を行って、前述の7つの理念を大きく三つの柱にまとめて、前述の10の方向性と併せて整理すれば、次のようになるだろう。この三つは、県が目指すおよそ20年後、2040年頃の神奈川、「いのち輝く地域共生社会」を実現するための普遍的な目標というべきものである。 @個人の尊厳が守られる社会を作る ・障害者差別解消法、障害者虐待防止法関連の措置を強力に進める ・「ともに生きる社会かながわ憲章」「当事者目線の障がい福祉実現宣言」等の 理念の普及啓発に努める ・可能性を引き出す、一人ひとりに対応した専門的なサポートを確立する など A本人の自己決定、自己選択を尊重した障がい施策を展開する ・本人活動、当事者の政策決定過程への参加を推進する ・必要とする障がい者全てが意思決定支援を受けられるようにするとともに、伴走型の相談支援体制を築く ・その人らしい暮らしを選択できるよう、地域の社会資源の充実を図る  など B入所施設の役割を転換し、地域共生社会の実現にオール神奈川で取り組む ・入所施設の役割の縮小、転換を図り、緊急時の対応と通過型のサービス提供に重点化する ・地域包括ケアシステムの対象拡大、関連領域との連携等により包括的な支援体制を作る ・圏域の自立支援協議会への県の関わり強化するなどにより、市町村支援に取り組む                                 など 1)日本財団が作成した「ロジックモデル作成ガイド」を参考にした。 2 今後取組むべき重要な施策 この節は、前述の「基本的な考え方(7つの理念)」に沿って、次章(U)において詳細に記述する各提言の要点をまとめたものである。 (1)個人の尊厳が守られる社会の構築 ア 理念の普及啓発 〇「ともに生きる社会かながわ憲章」、「当事者目線の障がい福祉実現宣言」の理念の普及啓発に取り組んでいくべきである。 〇理念とは、その事がどうあるべきかという根本的な考えであり、今日、障がい福祉の分野においては、地域で「普通に」「当たり前に」暮らすことのできる社会を作ろうというノーマライゼーションの考え方や、地域住民が様々な地域の社会資源を利用して包み込む共生社会を作ろうというインクルージョンの考え方が普及定着してきた。 〇津久井やまゆり園事件のような事件を二度と起こさないという決意の下、県議会と共同で策定した「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念や、お互いの心が輝く支援を目指すことを決意した「当事者目線の障がい福祉実現宣言」の理念は、ノーマライゼーションやインクルージョンといった考えと共通するものであり、こうした理念が県民にも広く浸透した社会を目指すべきである。 イ障がい者差別のない社会 〇障がいを理由とした差別のない社会を実現することを目指すべきである。 〇県においては、いわゆる障がいを理由とする差別に関する条例が制定されていない。平成25年に「障害者差別解消法」が制定されたが、平成27年2月に閣議決定された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」において、同法と条例との関係に触れ、「新たに制定することも制限されることはなく、障がい者にとって身近な地域において、条例の制定も含めた障害者差別を解消する取組みの推進が望まれる」としている。 〇津久井やまゆり園事件は、犯人の障がい者に対する差別意識がその犯行の根底にあったと指摘されており、障がいを理由とする差別の解消に向けた取組みの強化が求められている。 ウ障がい者虐待のない社会 〇権利擁護の仕組みが整えられた、障がい者虐待のない社会を実現すべきである。 〇虐待は重大な人権侵害であり、我が国では、障害者虐待防止法に基づく諸施策が実施されているが、同法に基づく通報は増加傾向にある。また、県立中井やまゆり園では、長時間の居室施錠などの不適切な支援が行われていることが明らかになり、現在、改善に向けた取組みの途上にある。 〇施設等での虐待の防止には、職員のスキル養成、管理者の公正な姿勢、風通しの 良い組織風土の醸成が重要であり、加えて、適切な意思決定支援は、権利擁護の観点から今後更なる取組みを進めていくべきである。 ・支援スキルの向上を図るための階層別の研修会の実施 ・身体拘束によらない支援を進めるための適切なアセスメントの手法の確立 ・権利侵害が疑われるヒヤリハットの事例の分析と再発防止の仕組みの構築 ・事業所等における虐待防止委員会の設置の必須化 ・市町村の虐待防止に関する知見の蓄積の支援 ・支援の好事例の情報発信の促進による支援者のやる気の好循環化 ・障がい当事者による事業所等の支援内容の評価・検証の仕組みづくり (2)心の声に耳を傾け、お互いの心が輝く支援 ア 意思決定支援の推進 〇 意思決定支援の取組みは、障がい者の自己選択、自己決定を尊重するものであり、当事者目線の障がい福祉の基礎となるものである。今後、必要とする障がい者全員が適切に意思決定支援を受けることができるようにすべきである。 〇 障害者総合支援法に、事業所等の責務として、障がい者の意思決定の支援に配慮するよう努める旨の規定が盛り込まれ、厚生労働省は「意思決定支援ガイドライン」を策定する等、意思決定支援の実施・定着を進めている。県としても、津久井やまゆり園再生基本構想に基づき、同ガイドラインも参考に、津久井やまゆり園から県独自の意思決定支援の取組みが始められた。 〇 現在、県内4施設において、意思決定支援の試行的な取組みが実施されており、その結果を踏まえ、「かながわ版意思決定支援ガイドライン(試行版)」をまとめた上で、県内の入所施設から段階的に取組みを広げていくこととしている。 〇 県が取り組む意思決定支援は、本人の願いや希望に沿った、意思決定支援計画(サービス等利用計画及び個別支援計画)の策定を目指すものであるが、津久井やまゆり園における意思決定支援の成果について、所期の目的を果たせたのか、きちんと検証すべきとの意見や、名称や実施する内容が分かりにくいという意見も出された。県は、こうした指摘にしっかりと対応した上で、県下の各事業所等での意思決定支援の実施に取り組んでいくべきである。 ・津久井やまゆり園での意思決定支援の取組みの評価・検証 ・意思決定支援の重要性についての普及啓発 ・意思決定支援を県下に広げていくための推進体制の構築 ・適切な意思決定が受けられない場合の苦情処理、仲裁あっせん機関の創設 イ 相談支援体制の充実 〇地域での生活を実現するには、いつでも身近に相談できる相談支援専門員が果たす役割は重要である。今後、相談支援体制の充実に努め、「ひとりにさせない」伴走型の支援の実現を図るべきである。 〇伴走型の支援体制を作るため、相談支援専門員のみならず、地域の様々な機関・団体が連携し、「ひとりにさせない地域共生社会」についての学びを深め、多様なつながりができる環境整備を進めていく必要がある。 ・主任相談支援専門員を対象とした連絡会議の開催 ・相談支援専門員のアセスメント力向上を図るための実践的な研修の実施 ・基幹相談支援センターの未設置市町村と連携した設置の促進 ・圏域毎の相談支援事業の連携体制の強化 ・(自立支援)協議会の活動強化に向けた、好事例、運営ノウハウの共有 ・地域生活支援拠点の設置促進に向けた関係者による協議の場の設定 (3)本人活動の推進 ア 本人活動の支援と社会参加の促進 〇当事者目線の障がい福祉の推進は、障がい者本人が中心となって取り組まれるべきであり、本人活動の推進を図るべきである。 〇「本人活動」は、障がい者同士が様々な自主的な活動を行うグループを中心とし た活動であり、我が国では、特に知的障がいをもつ当事者たちの自主的活動を指す。当事者が運営の中心を担っているが、活動を支援する人が不可欠であり、親の会や行政機関、社会福祉協議会などがバックアップしている場合もある。 〇全日本手をつなぐ育成会(当時)による過去の調査(平成17年)では全国で239団体、神奈川で15団体が活動している。その後は本格的な調査が行われておらず、ネットワーク組織化が当事者の間で議論されている。 〇本人活動の具体的な活動内容は、当初はレクレーション活動が主軸であったが、近年は、障害者権利条約、福祉サービス制度、成年後見制度などの勉強会等も行われるようになっている。 〇また、身体障がい者の自立生活運動から始まったピアサポートと呼ばれる本人(当事者)活動は、近年、知的障がいや精神障がいの分野にも広がっており、国においても、研修事業を創設し養成等を支援している。県では、精神障がい当事者のピアサポーターを養成し、精神科病院からの退院促進を進めている。 〇国の調査では、活用資金の不足、活動の幅の拡大、活動する場の不足などが課題とされており、また、本人活動の課題としては、利用者の対人関係、支援者の確保、運営資金などが挙がっており、こうした課題に向き合って、障がい当事者の様々な社会参加を支援していくことが重要である。 ・本人活動の大切さの県民への周知、啓発 ・ピアサポーターの活動範囲の知的障がい分野への拡大 ・ピアサポーター養成後のフォローアップ(交流会やスキルアップ研修) ・企業活動への障がい者の参加事例についての情報共有、啓発 ・本人活動の支援者の養成・確保に向けた実態把握 ・本人活動を広げていくための公的助成が必要 イ 政策決定過程への参加 〇当事者目線の障がい福祉を推進していくには、とりわけ、障がい福祉に関する政策を決定していく行政等における議論の過程に、障がい当事者の参加を、最大限、図っていくべきである。 ・県設置の障がい福祉関連の検討会議体への障がい当事者の参加の必須化 ・県が行う福祉関係の研修に当事者の声を聴くプログラムを用意 ・意思決定支援の多職種チームへの本人以外の当事者の参加の推進 (4)その人らしい暮らしの実現〜社会資源の充実方策 ア 居場所と出番 〇居場所と出番を作り、人がつながる当たり前の地域生活を実現していくことが重要である。 〇平成18年に障害者自立支援法が施行され、公的な日中活動サービスである生活介護や就労支援B型事業等の整備が進んできた。今日、障がい者の地域生活を支える重要な社会資源となっているが、@利用者の高齢化への対応、A「行動障がい」のある人や医療的ケアが必要な人の支援、B支援者の確保、が大きな課題となっている。 〇また、@自法人の相談支援事業所によりサービス等利用計画を策定することが権利擁護の観点から問題ではないか、Aノウハウのない営利法人等の参入が増大し、質に課題があるのではないか、B生産活動を行う場合の工賃の水準が低い、C一般就労につなげる取組みが弱い、D地域生活支援事業との組み合わせによるより多様な日中活動のあり方を検討すべき、といった指摘もある。 ・事業所数の増加に対応した適切かつ効率的な事業所指導 ・利用者の高齢化、強度行動障がい、医療的ケア児・者等、困難性の高い支援スキルを学ぶ機会の確保 ・サービス等利用計画の策定に際し、意思決定支援の手法を取入れ、多職種によるチームで検討を行う仕組みの導入 ・小規模な事業所に対する経営指導の実施 ・就労支援事業所の事業内容の充実を図るための意見交換、好事例等の共有 ・企業との連携の強化による一般就労につながる取組みの推進 ・地域生活支援事業を組み合わせた、より多様な支援の実施 イ 地域生活移行の推進と地域生活の支援の強化 〇本人の自己決定・自己選択を尊重し、地域でその人らしい暮らしが実現できるよう、必要な支援を組み立てていくべきである。 〇障害者基本法では「全て障害者は、可能な限り、どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられない」とされており、障害者総合支援法においても「どこで誰と生活するかについて選択肢が確保され、地域社会において他の人々と共生することが妨げられない」と基本理念において定めている。このような考えの下、これまで、全国的にグループホームや日中活動の場の整備が進められ、入所施設や精神科病院からの地域生活移行の取組みが進められてきた。 〇これまで、県としてもグループホームの加配人件費や改修費の補助を行い、居住支援の充実に注力してきたが、足元では、入所施設等からの地域生活移行がやや鈍化の傾向となってきており、国は、重度の障がいの人もグループホームに移行できるよう、平成30年度に日中サービス支援型グループホームを創設した。 〇一方で、入所施設が一番適切であり地域移行は不要という意識の施設も一定数存在する。施設か地域かという問いかけではなく、どのような暮らしをしたいのか、心の声に耳を傾け、願いや希望に寄り添う意思決定支援に取り組むことが重要である。とりわけ県立施設は率先して、地域生活移行に取り組む専任職員の配置などの体制整備、地域生活体験用のグループホームの設置、街中での居住支援の提供に取り組むべきである。加えて、施設が提供する日中活動はできる限り施設外に出ていくようにすべきである。 〇入所施設は(自立支援)協議会に積極的に参加し、関係者との連携に努めること が重要であり、県立施設は地域生活移行のロールモデルとなるよう取り組むべきである。 ウ 居住支援の推進 〇誰もが自立して尊厳をもち、住み慣れた地域で安心して暮らし続けることのできる居住の場が用意されるべきである。 〇入所施設ではない公的な居住支援として、グループホームの整備が進められてきた。身辺自立が困難な重度の障がい者の受入れを進めるため、夜間支援員の配置、「強度行動障がい」のある人の受入れに伴う報酬上の評価、医療との連携を図る加算など、制度の改善が図られてきているが、「親亡き後」の不安が完全に払しょくされてはいない。 〇こうしたことから、平成30年度創設の「日中サービス支援型」グループホームの全国の先進事例を収集し、制度の周知を図り、事業者の取組みを促すとともに、 重度の障がい者の受入れを容易にするための改修費用の助成を引き続き実施してくことが重要である。 〇もとより、住まいをどこにするか、本人の意向をよく聞くことが重要であり、意思表出が難しい人には、意思決定支援を行いながら、サービス等利用計画を作成することが必要である。また、近年、経営ノウハウのない営利法人等のグループホームの開設運営への参入が続いており、新規参入した法人に対する質の確保を図るための経営指導を行うことも重要である。 ・民間賃貸住宅の利用を円滑にするため、神奈川県居住支援協議会に参画するとともに、住宅確保要配慮者居住法人等と連携を図る ・建物構造の整備ノウハウを関係者が容易に得られるよう、知見を有する機関との連携関係を作る エ 関連領域と連携を図った包括的な支援体制 〇 今後、個人や世帯が抱える生活課題がますます複雑化、多様化していくことが予想されるところであり、重層的支援体制整備事業等を活用した包括的な相談体制づくりが必要不可欠である。 〇 また、県は、相談支援体制づくりのエンジンとなる(自立支援)協議会の活動強化にも取り組むべきである。その設置が目的化して形骸化しているとの指摘がある障がい保健福祉圏域の(自立支援)協議会について、関係者間の連携態勢を強化すべきである。 〇 障害者基本計画においては、障がい者が各ライフステージを通じて適切な支援を受けられるよう、教育、文化芸術、福祉、医療、雇用等の各分野の有機的な連携の下、切れ目のない支援を行うことが必要、とされている 〇 県の障がい関係施策も福祉部局だけに留まらないことから、関係部局が連携し、施策を一体的に実施することが重要であり、障がい者の地域生活支援を実効性のある取組みとするには、政令市、中核市を含む市町村との連携も必要不可欠である。 〇 関連各分野が一体となって、以下に掲げるような当事者目線の障がい福祉を推進していくために、知事をトップとした全庁的な推進体制を組織することが必要である。 ・障がい者団体、職能団体、企業、経済団体等の協力体制を構築する ・障がい当事者(本人)の活動団体は当事者目線の障がい福祉の推進に不可欠 ・医療と福祉の効果的な連携のあり方についての市町村レベルでの検討 ・学校と放課後等デイサービス事業者との情報共有の促進 ・教育関係者に対する福祉制度の研修の実施 ・障がい児のきょうだいに対する支援ニーズの早期の把握 ・保育所での障がい児の受入促進のための保育所等訪問支援の更なる活用 ・ハローワークと就労系障害福祉サービス事業者の協働による、一般就労した障 がい者の職場定着支援の推進 ・一般住宅の利用の円滑化策(居住支援協議会)の推進 ・障がいの状態像に応じた住宅改修のノウハウの蓄積と情報提供の促進 ・「農福連携」の一層の推進 ・介護の地域支援事業で取り組む移動支援のノウハウの活用 ・障がい者の地域生活がより豊かになるよう、商工会、観光業者、商店街、生協などの既存の社会資源を活かすための支援コーディネーターの設置の検討 オ 福祉人材の確保と養成 〇公的なサービスが質を確保しながら必要十分に提供されるには、持続的に人材を確保、養成していくことが不可欠であり、今日、社会保障分野に限らず、全ての産業において共通する課題となっている。 〇福祉人材の確保は一市町村だけでは解決が困難な課題であり、県がリーダーシップを発揮して、関係者と緊密に連携しながら、重層的で広範な取組みを進めることが必要である。 〇今後20年で労働力人口は約1,000万人減少し、介護分野と同様の推計比率を障がい分野に当てはめると、20年後の2040年には、約25万人が不足すると予想される。国は平成3年頃からマンパワー確保対策を講じてきており、平成19年に新たな人材確保指針を策定し、以来、福祉事業従事者の福利厚生の充実、退職手当共済制度、処遇改善交付金等の措置を講じるとともに、外国人労働者の福祉分野への誘導策も実施してきた。 〇今日、福祉分野の有効求人倍率は、他産業よりも大きく(人手不足感が大きい)、とりわけ大都市圏はその差がさらに大きい。給与水準が直近の毎月勤労調査で全労働者が約33.7万円に対し、福祉・介護は31.3万円と下回っている一方で、離職率は全産業との差は殆どなく、離職理由は「人間関係」が一位という特色がある。 〇今後、各障害福祉サービス提供事業所等は、ロボット・ICT技術の導入やキャリアパス制度の整備など、職場環境の改善を図っていくことはもちろんであるが、支援者皆がやりがいを感じながら、いきいきと働くことのできるチームづくりや、職場内コミュニケーションの向上を図る運営マネジメント力の向上が必要であり、行政が積極的にその支援を行っていく必要がある。 ・国が実施する処遇改善加算の申請率の向上を図る ・産業カウンセラーの派遣を可能にする仕組みを整えるなど、メンタルへルス対策を進める ・やる気のある職員が孤立したり燃え尽き症候群にならないように、スーパービジョンやコンサルテーションの導入を進める ・社会福祉連携推進法人の仕組みの活用を図りながら、法人間の人事交流等を進めることにより、キャリアラダーの設計につなげる ・現役の職員のキャリアアップを図るため、リカレント教育を受けやすくする方策を検討する ・障がい福祉の仕事に関心をもってもらうため、情報発信を工夫するとともに、障がい福祉の仕事に関するWEBサイト等を整備する ・ボランティアやアルバイトで事業所に関わりをもった人に丁寧な対応を行い、就業につながるよう努める ・事業所等で長期のインターンを受け入れ、就業後のミスマッチを防ぐ ・企業者と連携の上、「創業等支援措置制度」を活用し、元気高齢者の障がい福祉分野への就業を促す ・移り住んで障がい福祉の仕事に就きたいと考える人を増やしていくため、働くエリアと住むエリアの魅力を情報発信する取組みを進める カ 入所施設(県立施設も含む)のあり方の議論の深化 〇国の障害福祉基本計画では、グループホーム等の地域の受け皿を整備しながら、入所施設については、段階的・計画的に縮小していく方針とされている。実際、入所施設の入所者数は減少しており、今日、グループホーム入居者数の方が、それを上回っている現状にある。 〇一方で、「親亡き後」の恒久的な居住の場として、入所施設に安心感を持つ家族もあり、また、今日、障がいの重度化、高齢化、医療ケアの必要性など、新たな課題も生じていることから、こうした課題に入所施設がどう関わっていくべきか具体的に考えていく必要がある。 〇また、戦後間もないときに、入所施設が在宅の障がい児・者を受け止めてきたという歴史も踏まえておくことが重要であり、その上で、@入所施設でしか担えない役割、A入所「待機者」の需要とは何か、B現入所者のケアをどうするのかといった論点を十分に検討することが必要である。 〇障がい当事者の施設での暮らし、地域での暮らしに関する考えは、立場によっても異なり、様々な意見があるが、今日、ノーマライゼーションの考えに基づき、地域における本人中心の当たり前の暮らしを可能とすべきである。今後、県がしっかりと関与し、(自立支援)協議会等の場で議論を重ね、県下の各事業者の理解、合意の下で、社会福祉連携推進法人や地域生活支援拠点の仕組みを活用しながら、神奈川全体で、必要な支援の組立てを行っていく必要がある。 〇具体的には、「相談」、「住まい」、「日中活動」、「居宅支援」、「移動」、「集いの場」、「地域のつながり」について充実させ、入所施設の機能の分散化を図っていく必要がある。そして、施設機能の分散化を図りながら、@旧来の保護収容型の入所施設は解消を 目指し、A新規入所は、緊急時対応を除き、原則として有期の自立訓練のみとし、併せて、実質的な「昼夜分離」を進め、施設の機能は、居住支援(夜間の支援)に特化させる(地域に対する日中活動サービス等の提供は妨げない)。うち、B県立施設については、機能(市町村支援、基幹相談支援、研修機能)の移転を進め、規模を縮小の上、民間移譲を目指すことを提案する(ただし、県として求められる臨床研究的役割、人材育成は別途検討)。 〇しかしながら、夜間部分(施設入所支援)の報酬だけで運営を維持できるかが課題であるため、国への要望も検討に含めながら、入所施設の役割の縮小、転換を図り、緊急時対応と通過型のサービス提供に重点化することを、2040年頃の目標とするよう提案したい。 キ 県立施設の支援内容のさらなる検証 〇県立施設において続いていた、長時間の身体拘束などの不適切な支援について、なぜそうしたことが続けられてきたのか、また、どのようなプロセスにより身体拘束を解消することができたのか、さらなる検証に取り組み、必要な情報を行政や民間事業者と共有すべきである。 〇折しも、本年(令和4年)3月、県立中井やまゆり園における利用者支援外部調査委員会が設置された。これは、令和元年7月に発生した骨折事案における再調査を進める中で、別の不適切な支援に関する情報を把握したことから、徹底的に調査を行うためのものである。 〇県立中井やまゆり園における不適切な支援に関する報道をきっかけにした対応については、本検討委員会の中間報告においても言及したところである。本件に関しては、本検討委員会としても、早期の真相の解明を期待するとともに、入所者に対する適切な支援が確保され、支援者の就労環境の整備が図られることを望むものである。 (5)本人の可能性を引き出す、専門的な個別のサポート ア いわゆる「強度行動障がい」のある人の支援の充実 〇いわゆる「強度行動障がい」のある人に対する支援の充実・強化を図ることが必 要である。 〇神奈川では、「強度行動障がい」のある人の約60%が入所施設で生活している。県立施設にも多くの行動障がいのある人が入所しているが、不適切な身体拘束等が指摘されており、課題が多い。 〇当事者本人の合意と了解の上で入所し、「地域を作る」視点から「強度行動障がい」のある人が地域に帰っていくことのできる環境を作るといった、優れた支援を実践している民間施設に学び、こうした支援の理念や手法を神奈川全体に広げていくことが重要である。 ・「行動障がい」についての理解が広がるよう県民への周知に努める ・支援のノウハウを蓄積し、事例検討や実践報告の場を設ける ・適切なアセスメントとモニタリング手法の確立 ・全ての支援者が「強度行動障がい」のある人の支援の基礎的研修を受講する ・より実践的で高度な研修の機会を設ける ・スーパーバイズやコンサルテーションの機会を設け、支援の評価を適切に行うとともに、支援者が燃え尽きないようにサポートする ・居宅サービス等を活用した地域生活のためのモデル的な取組みを行う ・入所施設の個室化、ユニット化を進め生活の質を高める ・グループホームでの受入れが進むよう、住環境と人員配置の改善を図る ・適応障がいにしない療育・教育の予防的な取組みを進める ・「強度行動障がい」ゆえに地域生活等が破綻しかけている人の支援体制づくり ・神奈川全体で、「行動障がい」のある人に対する支援のネットワークを構築 ・専門性の高い支援のノウハウを持つ事業者をその拠点として指定し、人材育成や施策の評価・効果測定等を行う イ 高齢化への対応 〇我が国の少子高齢化の進展速度はすさまじく、障がい者の高齢化も同時に進行していることが数値的にも明らかになっており、障がい者の高齢化への対応を推進することは急務である。 〇国においては、平成30年に共生型サービスを創設し、介護サービスを障がい者が利用しやすいようにしたほか、障がい者が介護老人福祉施設に入所した際の利用者負担の軽減措置についても併せて創設され、障がい福祉と介護の連携が強化されてきた。 ○しかしながら、ターミナルケアが必要となった場面の支援等については、障がい者だけの課題ではなく、誰もが適切な対応を受けられるようにすべきである。このため、障がい者が高齢になっても、地域での生活を維持することができるよう、訪問看護や訪問医療を受けやすくすることや、入所施設やグループホームの夜間の看護師配置を強化することで、夜間の緊急時対応を可能とするなどの取組みが必要である。 ○さらに、共生型サービスについて制度周知を図るなどして実施事業者を増やすとともに、障害福祉サービス提供事業所の専門職が、高齢の障がい者支援のノウハウを介護サービス事業所に対し助言を行うことや、自立支援協議会などの場を活用して、障がい福祉、介護、医療などの関係者が情報交換、課題共有を行い、高齢の障がい者に対する総合的な支援ができる体制を作ることが重要である。 ウ 新たな課題への対応 〇医学の進歩を背景として、NICU(新生児集中治療室)等に長期入院した後、引き続き人工呼吸器や胃ろう等を使用し、たんの吸引等の医療的ケアが日常的に必要な子どもたち(医療的ケア児)やその家族への支援の必要性が高まっている。 〇医療的ケアが必要な人とその家族に対する支援は、医療、福祉、保健、子育て支援、教育等の多職種連携が必要不可欠であるとされおり、医療的ケア児及びその家族に対する支援を推進するため、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が令和3年6月に成立し、同年9月に施行されている。 〇同法においては、国、地方公共団体等の責務や、保育及び教育の拡充に係る施策、医療的ケア児支援センターの指定等について定めており、神奈川においても、関係施策の推進が期待される。 〇また、障がいに関連して、ひきこもり、孤立・孤独、生活困窮、ケアラー、家族支援といった新たな課題への対応も急がれる。こうした課題に対しても、市町村や事業者、県民と情報を共有するとともに、連携を図って、解決に向けた取組みを進めていくべきである。 (6)多様な価値感の取込み、持続可能な誰も排除しない社会の実現 ア 障がい者アートやICT技術活用の推進 〇文化芸術先進県を標榜し、障がい者アート(障がい者の文化芸術活動)の推進を図るべきである。 〇我が国の障がい者の文化芸術活動は、近年、障がい分野だけなく、文化芸術分野からも機運が高まり、平成30年、「障害者文化芸術推進法」が成立し、「文化芸術基本法」に基づく「文化芸術推進基本計画(第1期)」においても、障がい者による文化芸術活動の推進環境の整備等が重要な施策として位置付けられている。 〇いわゆる「障がい者アート」は現代アートの領域に、剰余価値や効率主義といった既存の価値観を覆すものとして強烈なインパクトを与えており、「障がい」が、今までにない発想によってより良い変化をもたらし、社会を大きく変化させるような新しい価値観の創造の可能性を秘めているといえる。 〇国は、各種補助事業等により障がい者の文化芸術の普及を進めており、県も、神奈川県障がい者芸術文化活動支援センターを運営し、人材育成やワークショップ等を実施するなど、障がい者の芸術文化の振興に努めてきたが、先進地では、障がい者アートで町おこしに取り組むところも現れている。 〇障がい者の創作活動は、多くが自己表現の一つとして行われるものであり、芸術的な価値のみにとらわれずに、身近に自己表現を行う機会や作品発表の機会を増やす取組みを進めることを基本にしつつ、アーティストの発掘や創作した作品の展示の機会を創出する取組みを行ってきた「ともいきアートサポート事業」をさらに進め、地域における文化芸術に関する相談支援、ネットワーク形成、人材育成等の取り組み、芸術家や専門家が福祉施設等を訪問・巡回し、利用者等と共に行う多様な創造活動を促進する取組みを進めていくべきである。 〇また、県は、知見を有する民間団体等と連携し、障がいの種類や程度、ニーズに合った最新の障がい者向けロボット・ICT機器、サービスに関する情報提供の充実強化を図るとともに、ICT機器に不慣れな障がい者が、それぞれの状態像に応じた利用方法を学び、また利活用のための支援が受けられる仕組みづくりを進めるべきである。 ○先端技術であるロボットやICT技術を活用して、障がい者の地域生活を支援するため、その状態像に応じた自立支援機器が持続的に開発されることも重要である。そのためには、先端技術(シーズ)と本人の必要性(ニーズ)のマッチングが円滑に行われることが必要である。県は、国の機関等と連携し、障がい当事者、関係機関・関係団体、ロボット・ICT機器の製造開発事業者や販売事業者とコンソーシアム(共同事業体)を設立し、それぞれの障がい特性に応じた機器の開発や普及に努めることも検討すべきである。 イ ポストSDGs 〇今後、SDGsの考えが、障がい福祉と深く関連付けられることについて普及啓発を図り、事業者等が積極的に関わる意識を醸成し、ポストSDGsに向けた議論の広がりを目指すべきである。 〇今後、SDGsの考えが、障がい福祉と深く関連付けられることについて普及啓発を図り、事業者等が積極的に関わる意識を醸成し、ポストSDGsに向けた議論の広がりを目指すべきである。 〇例えば、SDGsの目標8「働きがいと経済成長」の「包括的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセントワーク)を促進する」ことの実現に向けては、障がい者が、自らの力を発揮して、就労していくことが重要な要素と位置付けられており、障がい者の社会参加と自立にとって大変重要な目標となっている。 〇こうした中、近年、働き難さを抱える障がい者の就労の実現に向けて、同じ思いを持った仲間が共に働く場として、ワーカーズコレクティブ、労働者協同組合、労働統合型社会的企業、支援付き中間就労といった働き方が注目されている。 〇行政、地域の関係機関・団体、住民が連携しながら、障がい当事者一人ひとりの「出番」を持続的に作っていくための、コンソーシアム(共同事業体)を立ち上げるなど、障がい者の就労の場の持続的な確保を目指すことが重要である。 〇また、企業の障がい者雇用の課題解決に向け、「ジョブヘルパー」などの本検討委員会における提言も踏まえ、県関係部局間で連携を図るとともに、労働者協同組合、社会的企業等について情報を発信し、知見のある公益団体の協力を得ながら、その起業等を支援することも必要である。 ウ 制度の持続可能性の確保 〇障がい福祉を含む社会保障制度は、今日、国民、県民にとって、守るべき共有財産ともいえるほど必要不可欠なものとなっており、必要な財源の手当てはしっかりと行いつつ、効果検証を行いながら、公的なサービス提供をはじめとする施策等の最適化を図っていくべきである。 (7)地域共生社会を目指したオール神奈川の取組み ア 地域包括ケアシステムの対象拡大 〇障がい者も含めた地域包括ケアシステムを目指し、誰もがいのち輝かせて暮らすことのできる地域共生社会を実現することを目指すべきである。地域包括ケアシステムに障がい分野全体も加えていくことを念頭に、関係部局と連絡調整を進め、各施策の滑らかな連結に努める必要がある。 〇「地域包括ケアシステム」は、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる、地域の包括的な支援・サービス提供体制」を目指すものであり、国も県も、その構築を進めてきた。近年、障がい分野と関連付けが進展し、国の障害福祉計画の基本指針において、精神障がいにも対応した地域包括ケアシステムの構築が成果目標とされた。 〇平成30年から「共生サービス」が、令和3年から重層的支援体制整備事業が始まり、介護と他分野の一層の連携を進める公的な仕組みが整備されてきた。今後、旧農漁村型のコミュニティに戻ることは困難であり、「新たな地域のつながり」が求められており、人口減少と高齢化が進み、生活課題も複雑化、複合化していくことが予想される中で、いわゆる2040年問題の課題解決に向けて、地域共生社会の実現が求められている。 〇今後、市町村レベルでは困難な医療機関・団体との協力体制づくりに注力するとともに、専門職が配置されている地域包括支援センターは大きな社会資源であることに着目し、県は、重層的支援体制整備事業等を活用し、地域包括ケアシステムが障がい分野へ対象を拡大していけるよう市町村を支援することが重要である。 〇また、障がい者が地域の大切な「担い手」として、耕作放棄地を再整備したり、移動商店街を展開したりするなどの取組みが広がっており、こうした情報の共有を図り、関係者の相互の連携を進めることも重要な視点である。 〇地域包括ケアシステムは地域の再生につながる取組みであり、行政だけでは完結できない。住民一人ひとりが自分ごととして捉えられるよう、考え方の普及啓発が重要であり、県は、各地の取組みの実態を把握し、必要な総合調整を行う必要がある。「新たな地域のつながり」を作っていくために、支援する、支援される関係が固定されないよう、障がい福祉事業者は、地域での当事者の出番を創造する役割を果たすべきである。 イ (自立支援)協議会の活動の推進 〇障がい保健福祉圏域毎に自立支援協議会を設置し、その活性化を図っていくべきである。この圏域毎の自立支援協議会には、県職員がコミュニティワーカーとしてしっかりと関与を行い、各市町村自立支援協議会の活動に関し、市町村間で格差が生じないように、総合調整等の役割を果たしていくべきである。 ウ 市町村支援 市町村支援に関する議論については、本検討委員会において、特段のテーマ(論点)設定1はしなかったが、各論点の検討の過程で、以下の重要な提案がなされた。 〇神奈川は政令指定都市が3市、中核市が1市、その他が県域という複雑な構成で あり、市町村との連携体制を強化していく必要がある。県が市町村と、どこまでどのような連携を行っていくのか。「連携」は実体が伴うことが重要である。 〇市町村の時代である。県は様々な取組みにおいて、市町村の後方支援の立場。県は黒子に徹して、全体を調整していくことが必要だが、全国のいろいろな自治体を見てきて感じるのは、局所的に頑張っている市町村や地域はあるが、県が頑張らないで、市町村が頑張っているところはない。 〇県立施設の利用者を地域生活に移行する、あるいは今まで地域で暮らしてきた人が、親亡き後もずっと地域で生活するという仕組みを作るのは、やはり市町村である。県立施設が地域生活移行に本格的に取り組むに当たっては、地域に社会資源が必要だ。市町村とそこをどのように共有していくかがこれからの課題である。 〇神奈川は広く、いろいろな地域にたくさんの障がい当事者が暮らしている。県が本気になって、市町村をまとめてほしい。 1)本検討委員会の中間報告以降の議論に際しての論点設定の考え方については、14頁を参照されたい。 3 今後の施策等の進め方 上記の施策等を力強く着実に進めていくためには、以下のことに留意することが重要である。 (1)長期的なビジョンに基づいた実行プランの策定 〇本検討委員会では、長期的な戦略的視点で、神奈川の障がい福祉のあるべき姿を議論してきた。目指す将来像からバックキャストで何にどう取り組んでいくか、中長期的な展望を踏まえつつ、今後、計画的、段階的に課題を解決していくための、地に足の着いた実行プランの策定が極めて重要である。 〇県は、かつて極めて深刻な財政難に直面している。神奈川県緊急財政対策本部調 査会が平成24年9月に取りまとめた「神奈川県における緊急財政対策に対する最終意見」には、「本調査会としては、「県有施設は原則全廃」という視点に立ち、設置目的、民間代替性、県・市町村の役割分担、更新期に見込まれる財政需要、税負担の公平性といった様々な観点から、その必要性・あり方について原点に立ち返った見直しを進める」ことが提言されている。 〇前述の「最終意見」では、県立施設については、「社会福祉施設」という括りで、「平成15年度に、県の「県立社会福祉施設の将来展望検討会議」において示された「将来展望」に基づいて取組みを進め、民間移譲を進めるべき5施設及び民間委託の検討を進めるべきとされた2施設については、平成23年度までにそれぞれ移譲あるいは指定管理者制度の導入に至っている」と現状認識を示した上で、「しかし、「将来展望検討会議」から10年近くが経過した現在(平成24年当時)、社会福祉を巡る制度や社会環境も大きく変わってきていることから、改めて施設運営のあり方を精査し、民間活力の更なる導入の可能性について、考えていくべきである」と提言している。 〇平成26年に取りまとめられた「県立障害福祉施設等のあり方検討委員会」では、県立施設を存続させる理由として、「民間では受け入れることが困難な最重度の障がい者の受入れ」を挙げているが、結果的に、「強度行動障がい」などの重度の障がい者が多く入所することとなり、ニーズが支援力を上回って、不適切支援につながっていなかったか、検証が必要であろう。 〇長期的な視点で段階的、計画的に施策を進めていくには、全体を見据えた総合的な戦略が必要である1。そのためには、関係者が課題解決に向けた議論を通じて信頼関係を築き、同じ価値観を共有しながら、お互いに協力していくという公共的な意識が欠かせない。県は、積極的にフィールドに出向き、関係者との対話を重ねることが極めて重要である。 (2)できることから速やかに取り組むこと(サブグループづくりなど) 〇着実に施策等を展開していくためには、財源の裏付けも重要である。しかし、予算要求→予算査定→議会審査→予算執行という1年がかりのサイクルを待っていては、時宜を得た取組みは進まないだろう。本検討委員会での意見にあるとおり、いわゆる「ゼロ予算」あるいは「実行予算」で着手することができるものも少なくない。 〇今後の取組みには、県の本気度が問われている。予算がないからといった、できない(やらない)理由をどんなに時間をかけて考えても、事態は進まない。できることから速やかに、これが合言葉となるよう施策等の展開に取り組んでいただきたい。 (3)効果検証をしっかり行うこと〜PDCAサイクル 〇ゼロ予算にしても人的な資源投入は行われる。限られた人的資源、財物を投入するからには、効果測定は必須である。なにより、障がい当事者にとって本当に役に立っているのか、常に目を凝らしておく必要があるだろう。障がい者のため、と思って取り組んできたことの多くが不適切であったという先の検証等から導かれる教訓である。 〇施策等の実施に当たっては、PDCAサイクルをしっかりと回していくことが重要であり、評価する人には、是非とも当事者に加わっていただき、「当事者目線」で評価を行っていくことが重要である。 1)溝端 幹雄「目に見えにくい長期的視点の大切さ」(大和総研 経済調査部、2007) U 論点ごとの提言の詳細 1 障がい福祉施策の充実強化 @ いわゆる「強度行動障がい」のある人に対する支援 ア 現状・課題 〇いわゆる「強度行動障がい」とは、生まれつきの障がいではなく、周囲の環境や関わりによって、人や場に対する嫌悪感や不信感を高め、自傷行為等が高い頻度で出現している状態であるとされている1。 〇「行動障がい」のある人については、全国的な調査は行われておらず、平成25年に国立のぞみの園が厚生労働省障害者総合福祉推進事業として実施した調査研究2において、「強度行動障がい」とされる人は全国で約8,000人と推計(療育手帳交付者の1%)している。また、公的な障害福祉サービスである行動援護の支援対象は、令和元年9月時点、全国で14,254人(障がい者11,820人、障がい児 2,434人)である。 〇県では、関係施策の基礎資料とするため、平成11年から3年おきに実態調査を行っており、直近の平成29年調査では、「強度行動障がい」とされる人は、1,310人(政令市除く)と把握されているところ、そのうち施設に入所している人は約60%となっている。 〇「行動障がい」のある人に対する公的な障害福祉サービスとしては、訪問系サービスの行動援護があるほか、生活介護や放課後等デイサービスにおいて、サービス提供時の報酬上の評価を行っており、居住支援を行うグループホームや入所施設についても、手厚い職員配置が可能となるよう、報酬上の評価が行われている。これらの報酬の算定には、支援者等の資質の確保を図るため、所定の研修の受講を要件としている。 〇県においては、県立施設に対し、民間で受け入れることが難しい「強度行動障がい」のある人等を引き受けるといった障がい者支援の先頭を走る役割を与えられ、県独自に「強度行動障害対策事業」などを実施するなど、支援内容の質を高めるための研究活動も、かつては盛んに行われていた。しかし今日、県立施設でのそのような活動は行われておらず、支援の質の低下が指摘されている。 〇また、先の検証委員会及び検討部会では、県立施設において、長時間の居室施錠 等の身体拘束が、長期にわたり行われていた事例が複数あることが明らかとなり、とりわけ「行動障がい」のある入所者に対して不適切な支援が行われる傾向にあることが分かった。 〇もとより、大規模な入所施設の中で、「強度行動障がい」のある人に集団生活を強いることは、その状態像をより重篤なものに変容させていくという構造的な課題に加え、「強度行動障がい」の人に対する全国の先駆的な支援の取組みにより標準化されている支援方法を導入するも、県の組織・財政が見直される中で、指導的な役割を果たしてきた職員が人事異動等により流出し、その支援手法が当初の考え方から変質したとの指摘もある。 〇一方で、100人規模の入所施設ではなく、グループホームにおいて、「強度行動障がい」のある人に対し適切な支援を行っている先進事例や、入所施設においても、ユニット化、個室化するとともに、「行動障がい」のある各利用者に適した日中活動の場を用意し、昼はできる限り施設の外で地域と関わりながら働き、やがて地域生活に移行することを本人とも約束し、根拠に基づく専門性の高い支援を行うといった取組みも存在する。 〇平成29年の調査3では、事業所等における障がい者虐待の要因として、「支援者  のスキル不足」、「障がい特性の理解不足」が高い割合を占めているという結果であり、適切な支援手法の確立はもとより、一人ひとりの状態像に応じた支援内容を組立てるための適切なアセスメントとモニタリングの仕組みが求められている。 〇今日、強度行動障がいのある人に対する専門的な支援手法を、各事業所の支援者 まで広く習得させることを主眼として、国が実施している「強度行動障害支援者養成研修(指導者研修)」と県による支援者向けの「強度行動障害支援者養成研修」が実施されているが、講義と演習によるものであるため、より実践的なプログラムとすることが求められる。また、研修規模が小さいこと等により、「強度行動障害支援者養成研修」の基礎研修の受講が、報酬の加算要件にされているにも関わらず、受講機会が十分に確保できていないとの指摘がある。 〇加えて、「強度行動障がい」の人に対する専門性の高い支援を実際に担える人材が非常に少なく、また、医療との連携が重要であるところ、「行動障がい」を理解している医師が非常に少ない、との指摘もある。 〇また、国は、平成16年に成立した発達障害者支援法を踏まえ、「行動障がい」のある人も含め、発達障がいの人に対する総合的な施策を進めており、県においても、地域の支援拠点として、相談支援、発達支援、就労支援、情報提供等を行う発達障害者支援センターの設置を行うとともに、各障がい保健福祉圏域に、発達障がい者地域支援マネージャーを配置し、障害福祉サービス事業所等が抱える困難ケース等に対する訪問支援(相談支援・技術支援)等を行っているが、期待された成果が上がっているのか、どのように効果測定を行うのかといった課題が指摘されている。 イ 検討の方向性 (「強度行動障がい」という捉え方) 〇「強度行動障がい」や「行動に課題のある人」という言葉の使い方を整理すべきである。「強度行動障がい」といった状態像が客観的に評価されていない中で、支援者の力や施設の方針に左右されてしまい、支援者が対応できなくなったときに、「強度行動障がい」というレッテルが貼られてしまう。この現状をまず押さえる必要がある。 〇また、「行動に課題のある人」という表現は、その人自身に何か問題があるというふうに読み込めるが、むしろ、社会がその人に、そういう課題を与えているという側面があるのであり、社会自体、地域自体が変わっていかなければならず、支援者も変わっていかなければいけないという理解に立つべきである。 〇「発達障がいのことを理解するために、私は一般の人と一緒になって勉強している。やはり他の障がいを知ることは大事であるし、仲間同士でそういう研修を行った方が良い。そのために当事者同士の研修会を作ってほしい」との意見もあった。 〇「行動障がい」は、本人の問題ではなく、合理的な配慮がなされなかった結果と して誘発されるものであり、「他に有効な方法が見当たらない」として、身体拘束や行動制限を行うことは避けるべきである。行政は、この基本的な考えを、研修会等の実施を通じて、障害福祉サービス事業者や支援者はもとより、県民にも広く周知するよう努めるべきである。 (「強度行動障がい」のある人に対する支援の基本的な視点) 〇日常的に「行動障がい」のある人と接する機会のある委員からは、「「強度行動障がい」といわれる自閉スペクトラム症の人を怖がる人が結構いるが、常に会話を大事にし、優しく接すれば、本人たちは分かってくれる」」という意見や、「この人難しいと言う前に、やはり、まず興味のあることを話すと良いと思う」という意見があった。 〇また、「一人ひとりの可能性をしっかりと周囲が感じていくことが、地域での生活を継続させていくことにつながっていく。一人ひとりの可能性が無限にあるのだという、その状況を作っていくことがいかに大切であるか、それが専門性になる」との意見もあった。 〇障がい者が抱えている困難さは、環境因子によるものである。一人ずつ違うその環境の中でどう支援していくかについては、研修だけではなく、支援の現場を常に支援者も家族も含めて見て、改善していくという試みが行われ続けなければならない。 〇「障がいがあると分かってから、周りの大人たちが「こんなこと危ないから、危険だからやっちゃ駄目よ」と、一時期、ずっと止められていた。何でそこで自分の力が縮まされたんだろうと後悔している。そのまま子どもから大人にどんどんステップアップしていれば、「こんな支援が必要」と言えた」という意見や、「まずは自分で聞こう、私に対しても聞いてもらって、私はこういう人ですって。そういうことが小さいときに分かっていれば、もっともっと違うんだろうなと思う」という意見があった。 〇「強度行動障がい」のある人に集団生活を強いることは、行動の課題をより重篤に変容させる可能性がある。しかし、「強度行動障がい」のある人が人間関係を持てないというのは全く性格の異なる話である。「強度行動障がい」のある人に対する支援は、「人が刺激になる」、「言葉が刺激になる」という理由から、人との接触を遮断するという手法が多く用いられている。そういった方法論に当てはめるのではなく、心の発達や個別性を重視することが必要である。 〇「行動障がいがある」、「行動に課題がある」と言われる人達たちは、適切な支援により、実際には人間関係を作ることができる。そういった障がい福祉の実践が存在する。支援により本当に人間として回復していき、地域にまた戻っていくことができるというプロセスが極めて重要である。 〇「強度行動障がい」と呼ばれる人、日常の行動に課題を多く抱えている人に対し て、支援者が諦めることがあってはならない。その人の状態に応じた支援についてしっかりと話し合うことが重要であり、アセスメントの際には、心の発達、身体の発達、動作、参加、環境因子、個人因子などが全て絡み合う。とりわけ、環境設定については、簡単に一言でくくられている現状があり、環境設定とはどういうことなのか、議論を深めていく場を設けることが必要である。 〇「行動障がい」のある人が事業所や入所施設を利用する際には、本人が何のため にその施設を利用するのか、納得した上でなければ「行動障がい」が重篤化する恐れがある。本人が事業所等を利用する際には、本人と「約束と合意」を交わすという実践をしている入所施設がある。 〇「身体の発達は、脳科学的な観点などからもしっかりと学んでいかないと、本人 の生き難さの解消にはつながっていかない」という指摘がある。今日、入所施設で行われている環境設定の方向性については、社会に向かっていくべきであり、心の発達と身体の発達とが一体的に考えられるべきである。県は、市町村や事業者、さらにはアカデミア等とも連携し、「強度行動障がい」のある人に対する支援について、表面的な「構造化」手法によるのではなく、根拠ある専門的な支援への転換を図るよう取組みを進めるべきである。 (適切なアセスメントとモニタリング) 〇「強度行動障がい」の人について、現状にのみ対処していくという方法では、最 終的な解決にならないことを踏まえるべきである。家族も含めて支援の関係者は、子どもの時からの様々な経過について遡って、確認することが重要である。 〇現行のサービス管理責任者の研修は、基礎、実践、更新と段階別・階層別に体系 化されており、アセスメント等の重要性についても、各段階において伝えるプログラムとされていることから、同研修も活用しながら、「行動障がい」のある人の適切なアセスメント及びモニタリングの充実を図っていく必要がある。 〇個人の状況に応じて、適切な支援の方法を組み立てるには、アセスメントが非常 に重要であり、本人の持っている強みや可能性という「ストレングス」に着目をしたアセスメントの強化に取り組んでいくべきである。 〇そのため、事業所等は、担当する支援員と管理監督者、各種専門職(医師、看護師、薬剤師、栄養士、心理士、理学療法士、作業療法士など)が参加し、「本当は本人が一番困っている」、「もっと自由でいたい」という本人理解を前提に、課題行動への要因を探る必要がある。また、各事業所等は、本人の好きなこと、得意なこと、苦手なことなどに注目しながら、きめ細かな分析が行われるよう、アセスメントの手法の確立を目指すこととし、県はその実現に向けた支援を行うべきである。 〇本人の「できることが増えていく」、「居場所が増えていく」という支援の実践を 積み重ねながら、定期的に評価を行うモニタリングも重要であり、事業所等は、支援を行う多職種の連携を図りながら、快適な支援の環境を形作ることができるよう、モニタリングの手法の確立を目指すこととし、県は、その実現に向けた支援を行うべきである。 (日中活動の充実) 〇行動障がい」のある人の不得意なことに注目するのではなく、本人の得意なこ と、できることに着目し、事業所等は、本人の特性を踏まえた日中活動の場を用意し、本人が自信を取り戻すような支援を行うことが重要である。 〇また、入所施設における日中活動については、できる限り、施設の外に出ていく 工夫をすべきである。そのためには、地域のサービス基盤の充実を図ることが必要であるが、入所施設は、日中の生産活動等の時間と、それ以外の時間を明確に区切り、余暇を楽しむ機会を作るとともに、住まいでは、くつろぐことができ、ゆっくり睡眠をとるという当たり前の暮らしの実現を目指すべきである。 〇入所施設に入所する「行動障がい」のある人は、刺激を遮断することが、本人の生活の安定につながるという考えから、昼間、施設外に出て日中活動を行っている例は少ない。しかし、障がい者本人の望む暮らしを実現するためには、法人内の施設利用にとどまらず、地域の社会資源を活用し、幅広い選択肢を通して、社会とつながりながら、本人の自律を支援することが重要である。実際、昼間は全ての入所者が施設外に出て就労活動を行っている先進的な入所施設も存在する。県は、県下の入所施設を設置する法人間の情報交換の機会を設けるとともに、多法人の日中活動の相互利用をしやすくする地域連携推進法人制度の導入方法について分かりやすく情報提供を行うなど、県下の事業所等の日中活動の底上げを図るべきである。 (住まいの整備4) 〇「行動障がい」のある人ばかりを大規模な入所施設に集めるような支援は、本人 にとって極めて過酷な生活環境に置かれるものであり、入所規模のダウンサイジングを進めるとともに、居室のユニット化と個室化を進めることが重要である。県はそのための財政的な支援を行うべきである。 〇また、グループホームの人員体制について、「強度行動障がい」のある人が入居した場合の報酬上の評価は、報酬改定を重ねるごとに改善されているものの、一人を原則としている夜間支援体制であることや、支援者の確保の困難性、世話人の専門性の必要性など、様々な課題が指摘されており、こうした第一線が捉えている課題を、行政が(自立支援)協議会などの場を活用して、しっかりとキャッチし、制度改善、充実につなげる仕組みを作っていくべきである。 〇「強度行動障がい」のある人に対する支援は、居住支援として行うグループホー ムだけの支援では非常に難しい。日中活動を含め、本人の望みや願いに基づいた支援を提供していくことができるよう、県は、市町村とも連携し、相談支援に係る多職種や関係機関によるチームアプローチに取組むとともに、個別的かつ専門的なサービス提供体制を構築すべきである。 (居宅での支援のモデル実施) 〇障害者自立支援法の施行時は、「行動障がい」のある人に対する訪問系サービスは行動援護だけであったが、平成26年度改正により、知的障がいや精神障がいの人で「著しい行動障害を有する」人も重度訪問介護の対象となった。「行動障がい」のある人が地域で安心して暮らすことができるよう、県は、市町村と連携し、日中活動を組み合わせた、行動援護、重度訪問介護、重度障害者等包括支援の支給決定のあり方について、モデル的な実践も含め、研究を行うべきである。 (アウトリーチによる支援の強化) 〇自宅で興奮状態になってパニックが起きたときに、ショートステイや入所施設、 グループホームで受け入れるというのは、場所が変わって環境が変わるということであり、行うべきではない。短期入所等で受け入れて、専門家が支援するという方法ではなく、支援者が家庭などに出向き、「行動障がい」のある人が落ち着くまできちんと支援する専門性が必要である。「行動障がい」でパニックになったときには24時間365日、地域生活支援拠点等からアウトリーチで支援することが求められる。 〇本当の専門性は、自分たちの「お座敷」で支援する専門性ではなく、本人がいる 場所に出向いて、そこでどのように本人が頑張れるかアプローチするという専門性であるべきである。障害福祉サービス報酬に関しても、本人がいる場所に出向く支援を評価すべきであり、必要な制度改善要望についても検討すべきである。 〇居宅で「行動障がい」のある人がパニックを起こした際に、短期入所で受け入れ るのではなく、アウトリーチによって十分な支援を行うためには、専門性の高い支援者の養成が不可欠である。直ちに支援の方法を一律に転換することは難しいことから、県は、市町村及び事業者と連携を図り、行動援護の支援者養成のノウハウを基礎に、課題の共有や支援手法の好事例の研究、専門的な支援手法の研修の機会を設けるなどの取組みを進めることが重要である。 (支援者の養成研修) 〇現在の県が実施する「強度行動障害支援者養成研修」の受講機会をできるだけ増やすとともに、自閉症療育者のためのトレーニングセミナーなど既存の研修体系との調和を図りながら、研修内容をより良質なものにしていくことが重要である。 〇また、同研修内容は経験年数1年から3年の支援者を対象とした基礎的なものと、中堅の支援者を対象とした、より実践的な研修の2段階で実施されているが、県は、例えば、支援を組み立て、より高度で実践的な研修の機会を設けるべきである。さらに、虐待防止の研修も管理者向けの研修があるとおり、「強度行動障がい」に関し、事業所等の運営の責任者である、法人役員や管理者を対象とした研修の機会を用意すべきである。 〇なお、現在の「強度行動障害支援者養成研修」には、基本的な身体の発達や心の 発達に関するプログラムが抜けており、支援の基礎とすべき「本人との約束と合意」という発想に至らない。支援側が対応しきれないという枠を超えていくことで、非常に豊かなつき合いにつながるという実践が積み上げられており、県は、今後、支援の個別性を重視した研修を実施していくべきである。 〇事業所等は、障がい福祉の仕事を志す人達がやりがい感じられる支援現場となるよう、また、支援者が燃え尽きることのないよう、支援をきちんと評価し、より良い支援につなげていくためのスーパービジョンやコンサルテーションの機会を設けることとし、県は、その実施に向けた支援に、より一層取り組むべきである。この場合、単発的なコンサルテーション等の支援ではなく、併走型で長期間にわたって支援を受けることのできる体制を検討すべきである。 (支援のノウハウの蓄積) 〇「強度行動障がい」のある人は市町村・圏域単位では少数であることから、一つの事業所、一つの市町村で支援体制の構築や支援手法の蓄積を行うことは難しいため、県は、神奈川全体の広域で支援体制の構築を目指すべきである。 〇「強度行動障がい」がある人が一般には理解しにくい行動をとることがあるが、それは本人の意思だというふうに理解をすることが重要である。そういった行動は一つの自己主張という考え方がある。自己主張だと理解できるかどうかは、支援者の力量の問題であり、県内の各事業所の支援者がそうした力量を持てるよう、公的サービスの提供体制の整備を図る責務を有する県は、各事業所の取組みを支援していくべきである。 (地域におけるネットワーク作り) 〇支援者が標準的な支援を学ぶ機会をきちんと整備し、支援の質の高い事業所を増やしていくという取組みを継続していくことが重要である。その上で、地域において、包括的な支援体制を整備していくこととし、神奈川全体で、居宅サービス、日中活動、相談支援といった公的な支援を軸に、支援のネットワークの構築を目指すべきである。 〇地域の理解や支え合いの強化だけではなく、行政が主導して、療育・教育の予防 的な取組み(適応障がいにさせない取組み)を進めるべきである。また、「強度行動障がい」ゆえに地域生活を続けることが困難な人を対象に、緊急時の対応ができる、相談、居宅支援、短期入所の機能を有する地域生活支援拠点の整備を進めるとともに、医療との連携を強化していくことが重要である。 〇心の発達と身体の発達を一体的に捉える実践を広げていく必要がある。「強度行動障がい」のために、地域で暮らせなくなった人たちが、入所施設における支援の中で、もう一度、地域生活に戻ることができる可能性が見えてくる。そうした実践により、計画相談や地域の相談員、市町村のケースワーカーも、もう一度地域に戻ってもらいたい、戻そうという取組みが生まれる。そうした「一緒に戦っていく」という流れがネットワークを作っていくことにつながっていく。 〇地域に十分な社会資源がない時代においては、家族としても、入所施設に任せる ことが一番の安心という心情があったと言える。しかしながら、家庭での生育と施設に入所してからの対応の中で「強度行動障がい」は作られていったという側面がある。障がい者の生活を変えていくには、子どもの時からの生活を家族も一緒に考えて行動していくことが重要である。 〇これまで、「行動障がい」のある人の支援は、パニックを起こさないよう、刺激を遮断して、社会や人とのつながりを絶つような支援が行われてきたが、できる限り、地域との関わりを保った支援を目指すべきである。そのため、「行動障がい」のある人が利用する事業所等が、地域の住民、企業、商店、各種団体などと連携することで、様々な社会資源を活用して日中活動の場を作り出し、地域の中の事業所・施設という立ち位置からさらに進んで、事業所等が「地域を作る」活動を展開することとし、行政もそのサポートを行うべきである。 〇「行動障がい」のある人の望みや願いに寄り添った、当事者目線の支援を加速させるため、県は、地域におけるモデル的な施策とネットワーク構築に努める事業所等を拠点として指定し、関係機関との連携の下、他の事業所等に対する助言・指導や、専門的な支援を行うことのできる人材の育成、施策の評価・効果測定等を行うべきである。 1)国立障害者リハビリテーションセンターに設置されている「発達障害・支援センター」によると、「強度行動障害とは、自分の体を叩いたり食べられないものを口に入れる、危険につながる飛び出しなど本人の健康を損ねる行動、他人を叩いたり物を壊す、大泣きが何時間も続くなど周囲の人のくらしに影響を及ぼす行動が、著しく高い頻度で起こるため、特別に配慮された支援が必要になっている状態のことを言います。」としており、「適切で専門的な支援を行う必要があり、医療を含めた強度行動障害に関する総合的な支援体制を構築するとともに、障害者福祉施設等の従事者が、専門的な知識や技術を身に付け、本人の生活の質を向上させることが求められています。」と解説している。(同ホームページ「強度行動障害とは」http://www.rehab.go.jp/ddis/data/material/strength_behavior/) 2)独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園「強度行動障害支援初任者養成研修プログラム及びテキストの開発について」(2014)において、国における強度行動障害特別処遇事業(1993)の利用者を判定するための「強度行動障害判定基準表」や、障害程度区分認定の調査項目から「行動援護」のために採用された「行動関連項目」、重度障害者支援費加算における行動関連項目を判定指標として紹介し、鳥取県における障害者支援施設、障害福祉サービス事業所、特別支援学校を対象とした大規模な調査では、強度行動障害判定基準表で20点以上の人は、障害福祉サービス等を受けている障害者のうち0.9%程度の発生率であり、一方、行動関連項目で8点以上の人は1.9%であったとして、判定指標により人数に影響が出ることを指摘している。また、厚生労働省が公表しているサービス利用状況及び加算対象者数から、施設入所支援の重度障害者支援加算(U)は、新基準で14,901人(2014)、行動援護については、7,013人(2014)であり、慎重に推移を見守る必要がある、としている。 3)増田公香「障害者虐待の発生要因に関する考察〜A県内における障害者施設従事者への意識調査を通して」山口県立大学学術情報第10号、2017 4)住宅施策との連携は、「2地域の社会資源の充実@医療、教育、雇用、商工等関連分野との連携」(p )参照 A 高齢化に伴う支援の充実強化 ア 現状・課題 〇内閣府によると、令和2年10月1日現在、日本の総人口約1億2,571万人に対し、高齢者は3,619万人となり、総人口に占める65歳以上の人の割合(高齢化率)は28.8%となっている1。神奈川では、令和2年1月1日現在、総人口約920万人に対し、65歳以上人口は約231万人で、高齢化率は25.4%となっている。 〇国立社会保障・人口問題研究所によると、出生中位・死亡中位推計では、2040年には、総人口1億1,092万人に対し、高齢者は3,920万人と見込まれており、その時の日本の高齢化率は35.3%に上ると推計されている2。人口構造は短期間で大きく変化することはないため、今後も高齢化が進むものと考えられる。 〇65歳以上の高齢障がい者数については、国立のぞみの園の調査によると、平成28年時点で、全国で高齢障がい者は487万人、そのうち2.9万人が障害者支援施設等に入所しており、1.4万人がグループホームを利用しているとされている3。 〇また、厚生労働省によると、在宅の高齢障がい者数は341.8万人であり、同時点の高齢者数3,459万人に対する割合が約10%であった4。この割合を将来推計人口に当てはめると、2040年の在宅の高齢者数が3,920万人と見込まれていることから、2040年の在宅の高齢障がい者数は、その10%、すなわち約390万人と推察される。 〇公的な障害福祉サービスにおいては、障がい福祉と介護サービスの円滑なつながりを確保するため、平成30年に「共生型サービス」が創設されている。神奈川では、令和3年6月現在、介護保険サービスの訪問介護16事業所、通所介護2事業所、障害福祉サービスの居宅介護6事業所、重度訪問介護6事業所、生活介護14事業所、自立訓練(機能訓練・生活訓練)3事業所、児童発達支援2事業所、放課後等デイサービス3事業所、短期入所3事業所が共生型サービスの指定を受けている。 〇また、平成30年から、現在65歳以上で、65歳になるまでに5年以上特定の障害福祉サービスの支給決定を受けていた人で、障害支援区分が区分2以上であることなど一定の要件を満たす場合、申請により障害福祉相当介護保険サービスの利用者負担額が償還される制度(新高額障害福祉サービス等給付費)も始まった。 〇地域で老いていき、そして人生の最期まで、一緒に生きてきた仲間たちとともに 過ごしたいと思っていても、終末期ケアが必要となった場面で、住み慣れた場所での支援を受けることが困難となる高齢障がい者もいる5。年齢を重ねて、終末期ケアの場所や、医療処置の必要がなくなったあとの看取りなどの課題は、障がいにかかわらないこととして捉えていく必要がある。 イ 検討の方向性 (医療、看護体制の整備) 〇人生の最期の場面まで、ともに生活してきた仲間と一緒に、住み慣れた場所で生活を継続できることが可能となるよう、一義的には市町村が、訪問看護や訪問医療等のサービスを受けやすい体制を整備するよう努めることとし、県はその実現のための支援を行うべきである。 〇在宅で常時医療的なケアが必要な高齢障がい者に対し、グループホームや入所施設において、夜間の緊急時の対応が可能となるよう、県は、夜間の看護師配置のための財政支援措置など、必要な体制を構築する取組みについて検討すべきである。 (居住支援の基盤整備) 〇県は、高齢障がい者の受入れを念頭に置いた、既存のグループホームや入所施設等のバリアフリー化を図るために必要な財政的措置を引き続き講じるとともに、建物の設計やそのノウハウの共有を通して、高齢障がい者も住みやすい居住支援の基盤整備を進めるべきである。 (社会参加の機会の継続) 〇高齢障がい者に対して、どういう暮らし方をしたいかといった意向を確認する中で、就労等の継続の意思も含めて確認することが必要である。県及び事業者は、本人が希望する場合は可能な限り生涯現役で働き続けることができるような体制を整備することを通して、障がい当事者が社会参加する機会の継続を保障するなど、一人ひとりに必要な個別の支援をすべきである。 (高齢化に伴う福祉用具の利活用) 〇障がい者による福祉用具や補聴器等の利活用は、十分に進んでいない側面がある。県は、補装具等の製造事業者や販売事業者、経済産業局や関東信越厚生局といった国の機関なども交え、当事者にとって福祉用具等がより使いやすくなるようフィッテイング(寸法合わせ)技術の向上や開発につながる課題の共有を図るべきである。 (共生型サービス等のより一層の推進) 〇行政は、障がいのある人が、年齢を理由にサービスが断続されることなく、住み慣れた場所での生活や、これまで利用してきたサービスを継続して受けることが可能となるよう、障がい特性も踏まえながら、共生型サービスが過不足なく整備され、円滑に利用ができるよう事業所等に対し制度の周知を図るべきである。また、自立支援協議会などの場を活用し、地域における共生型サービスの必要度について関係者の議論を促す取組みを進めるべきである。 〇県は、特別養護老人ホーム等を開設する介護サービス事業者が、障がいのある人を受け入れやすくするため、高齢障がい者に対する支援のノウハウに乏しい介護サービス事業者に対して入所施設等の専門職員を派遣し、障がい者支援に関する技術指導や助言を行うことや、介護サービス事業者が障害福祉サービス事業者に対して、高齢者に対する介護技術に関する助言を行うなど、双方がそのノウハウを共有できるような仕組みを創設すべきである。 〇県は、障がい者の支援を担っている職員と高齢者の支援を担っている職員が合同で参加できる支援力の向上を図る研修を実施することにより、それぞれの支援者をつなげることを通じて高齢者と障がい者が一緒に暮らすことが可能となるような取組みを進める機会を設けるべきである。 (障がい分野と介護分野の連携強化) 〇当事者が受けたいサービス等の意思を十分に反映し、障がい福祉と介護保険のそれぞれのサービスを組み合わせた総合的なサービス提供が実現できるよう、県は、自立支援協議会などの場を活用し、当事者や家族と相談支援専門員、ケアマネージャー、市町村の障がい福祉主管課、地域包括支援センター、共生型サービス提供事業所、医療機関、訪問看護事業所等の関係者が集まる機会を設けるべきである。 〇障害福祉サービスと介護保険サービスを併用することや、共生型サービスを利用することが、当事者本人の希望する生活を支援していくためには肝要であり、介護保険優先の運用で機械的に移行するのではなく、障がい特性に応じた対応を行う必要がある。県は、市町村と連携し、適正な運用を図るべきである。 (当事者家族の高齢化に対する対応) 〇高齢の家族と同居している当事者は、例えば高齢の親が急逝するといった、いわゆる「8050問題」のように環境が大きく変化することが、大きな負担となることを心配している。そうしたことが、ひいては最悪の場合には孤独死などにつながる恐れもあるため、将来のことを不安に感じながら、家族と暮らしている当事者が安心して生活できるようにすることが重要である。県は、市町村と連携して、当事者が地域でのつながりを作るための仕組みづくりを進めることや、地域での暮らしをサポートできる支援者を養成する取組みを進めるべきである。 (人材育成) 〇事業所等は、支援者等が高齢障がい者の支援スキルや知識、身体的介護の方法等について、適切に学び、支援に生かすことができるよう、必要な研修等の機会を設けることとし、県は、市町村と連携し、事業所等が研修等を適切に受講できるよう支援を行うべきである。 1)内閣府「令和3年度版高齢社会白書」、2021 2)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)報告書」、2017 3)独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園「発達障害者支援における高齢期支援に関する実態調査」厚生労働省令和2年度障害者総合福祉推進事業報告書、2021 4)厚生労働省「平成28 年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)結果」、2018 5)三菱UFJリサーチ&コンサルティング「障害者支援施設のあり方に関する実態調査」厚生労働省平成30年度障害者総合福祉推進事業報告書、2019 B 地域生活移行の推進、地域生活の支援 ア 現状・課題 〇障害者基本法第3条及び障害者総合支援法の基本理念で言及されている「どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することが妨げられないこと」を踏まえ、県でも、国の障害福祉計画指針に基づき、入所施設の入所者の地域生活への移行を進めるため、障害福祉サービス等の基盤整備等に取り組んできた。 〇グループホームや日中活動系サービスの利用者数の推移を見ると、年々増加しており、平成22年度には、グループホームの利用者数が入所施設の利用者数を逆転している。障害支援区分別の推移を見ると、利用者数の増加に伴い、障害支援区分5、6の割合も増加している。 〇入所施設からの地域生活移行については、神奈川の第5期障害福祉計画において、平成28年度末時点の福祉施設入所者のうち約10%となる470人が移行することを目標としたが、実績は、平成28年度末時点入所者のうち3.6%となる175人であり、目標を大幅に下回っている。 〇入所施設の利用者の障害支援区分別の推移を見ると、障害支援区分5、6の人の割合が年々増加しており、詳細な分析は必要であるものの、入所施設に入所している障害支援区分5、6の人の地域生活への移行が進んでいないことが考えられる。 〇第98回社会保障審議会障害者部会では、全国的にも、施設入所者の重度化・高齢化により、入所施設からの退所は入院・死亡を理由とする割合が年々高まってきており、グループホームなどへの地域生活移行者数は減少傾向にあると報告されている。 〇障がいの重い人が地域で安心して生活できる取組みとして、平成30年度から日中サービス支援型グループホームが創設された。神奈川においては、令和3年10月現在の整備数は28か所である。 〇また、県では、県立施設から地域生活移行を進めるため、その利用者をグループホームで受け入れた場合にグループホームの改修経費や人件費などの補助を行っている。グループホームの改修経費については、令和元年度1件、令和2年度0件、職員加配の実績については、令和元年度2件、令和2年度3件だった。重度障がい者にも対応する日中活動の場の新規整備に対する補助については、令和元年度1件、令和2年度1件と件数が少なく、今後、さらなる推進が課題である。 〇平成30年度の厚生労働省の調査1によると、地域移行に取り組んでいない施設に、その理由を聞いたところ、「地域での居住の場(グループホーム等)が少ない」が41.8%となっている一方、「入所者にとって施設の支援が一番適切であるため、地域移行は不要」という回答が37.4%であった。 〇措置制度の時代から継続して入所している人も多く、必ずしも、本人の意向で施設に入所したわけではないことに留意する必要がある。また、入所すること自体が目的化しているのではないかとの指摘もある。令和2年度厚生労働省の調査2では、現在の入所者の地域移行の可能性について調査しており、施設が入所者の地域移行についての意向を把握しているのは調査対象者の約3.8%に留まっていたとの結果もある。改めて、入所者一人ひとりの意向を確認し、本人の願いや希望に寄り添った支援が求められている。 〇平成30年度の厚生労働省の調査1によると、在所期間別の割合について、全体では、「15〜20年未満」が13.7%、「20〜25年未満」が11.3%等となっており、在所期間が30年以上という人も2割弱であった。県立施設においても同様に、15年以上在所している人の割合は、約5割弱と多い。また、県立施設は、地域との関わりが希薄になりやすく、そもそも地域生活を知らない人を地域に移行させることに無理があるのではないかとの指摘もあり、入所者に様々な社会経験を積んでもらうことが必要である。さらに、友人の重要性も指摘されており、地域における人とのつながりを広げていく取組みも必要である。 〇また、地域生活移行に当たっては、相談支援専門員との連携が欠かせないが、相談支援専門員や相談支援事業者の数が不足している現状があり、施設の入所者一人ひとりに十分関われていないことが推測される。 〇地域相談支援の地域移行支援及び地域定着支援は、地域生活移行や地域生活支援の要になる事業であり、福祉力や地域生活支援等の力の指標や判断の土台となるものである。令和3年2月の都道府県別利用者数(厚生労働省障害福祉課調べ)によると、県における地域移行支援の利用者数は20人、地域定着支援の利用者数は37人であり、全国と比較しても低い。 〇地域生活移行を推進する一方で、「施設か地域という対立構造ではなく、施設も住まいの場としての選択肢の一つとして位置付けてはどうか」との意見もある。障がいのある人の市民としての権利を保障し、本人が選択した暮らしの実現に向けて支援することは当然である。「どこ」で暮らすということだけでなく、「どのような」暮らしをするのかが重要であり、支援の内容と質が問われている。 イ 検討の方向性 (当事者目線の支援の推進) 〇入所施設は、どこで誰と生活するか、どのような暮らしを望んでいるのかについて、施設の入所者一人ひとりの自己選択・自己決定を尊重し、その意向に沿った支援を行うため、意思決定支援に取り組むべきである。 〇特に、県立施設は重度の障がいの人が多いとされている。どんなに重い障がいが あっても障がい当事者には必ず意思があるという前提に立ち、自ら意思を決定することに困難を抱える障がい者の意思決定に、率先して取り組むべきである。 (施設内における地域生活移行の促進体制の構築) 〇入所施設からの地域生活への移行を促進していくためには、家族や後見人、相談支援専門員、事業所、行政等との連携が欠かせない。入所施設は、相談支援専門員や支援担当の職員だけに任せるのではなく、障がい当事者を含めた関係者で集まり、入所の目的や今後の方向性、それぞれの役割を確認するなど、組織として積極的に対応することが重要である。県は、意思決定支援を行うとともに、地域生活移行の取組みを促進する体制を整えた施設に対し、財政的な支援を検討するべきである。 〇長期間、施設入所している人にこそ、本人の心が動くような経験、体験をする機会を作り、本人の表情や行動をモニタリングすることが重要である。入所施設は、相談支援専門員等と連携し、そのような経験や体験をする機会をサービス等利用計画や個別支援計画に反映し、短いスパンで継続的にモニタリングしていくべきである。 〇入所施設の利用者に、その施設だけが暮らしの選択肢ではないことを知ってもらうことが大切であるのと同じように、家族等にも様々な選択肢があることを知ってもらうことが必要である。入所施設は、障がい当事者や家族等に、必要な情報を分かりやすく丁寧に提供するべきである。 (社会経験等の拡大) 〇入所施設の入所者は地域との交流や社会経験が少ないとの指摘がある。生活が全く変わらず、変化をつくり出していくということが、不本意ながらできていない人に対してこそ、本人の心が動くような経験が必要である。入所施設は、障がい当事者一人ひとりの生活が豊かになるよう外出など余暇の充実や社会参加等に取り組むこととし、県は、その実現に向けて支援するべきである。 〇入所施設での日中活動を充実することは、地域生活移行の鍵であるとの意見もあり、入所施設における日中活動については、できる限り、施設の外に出ていく工夫をすべきである。しかし、経営の規模が大きな法人であれば、そうした事業展開が可能だが、小規模法人などは難しい場合も多い。入所施設は、法人の枠を超えて、連携・協力できる体制の整備に取り組むこととし、県は、その実現に向けた支援を行うべきである。 〇入所施設の利用者に入所施設以外の住まいの場があることを知ってもらうために、県は、分かりやすい情報を提供するとともに、体験専用のグループホームや小規模なサテライト型の入所施設を利用することのできる機会を設け、誰もが気軽に体験することができるよう取り組むべきである。 (地域におけるネットワークづくり) 〇入所施設は地域との関係性が希薄になりがちであるため、地域の自治会等に参加するなど、地域とのつながりを深め、障がいに対する理解促進に努めることが重要である。さらに、「地域をつくる」という視点に立ち、所在地域、あるいは圏域の自立支援協議会等に積極的に参加し、現状の取組みや課題等を共有し、地域関係者によるネットワークの構築に努めることとし、県は、その実現に向けた支援を行うべきである。 〇また、入所施設から地域生活に移行した際に、本人に関わる人が減っていく可能性がある。地域生活に移行できればよいわけではなく、本人の人生がその場所で広がっていくという実感を持てることが重要である。入所施設は、地域生活に移行した後も、関われる人や過ごせる場所が増えていく仕組みを構築することが必要である。 〇地域生活移行した人が、何らかの理由で生活することが困難になった場合は、本人の意向を踏まえ、入所施設等は必要に応じて受入れ、再度、地域生活に移行できるよう支援を行うことが重要である。そのような「循環型」の施設のあり方について検討する必要があり、併せて、協議会等で受入れを検討するなど、地域で支えるための仕組みづくりを行うべきである。 (重度障がいのある人等の地域生活移行) 〇重度障がい者が多く入所している県立施設こそ、地域生活移行に全力を尽くし、どんなに障がいの重い人も地域生活が可能であるということを証明する必要がある。施設内の体制構築はもちろんであるが、重度障がい者に対応できるグループホームや日中活動の場を設置(委託も想定)し、地域生活への移行に取り組むべきである。こうした県立施設の取組みを踏まえ、県は、重度障がい者の地域生活移行に関するノウハウを蓄積し、県内の入所施設に情報発信していくべきである。 〇また、県は、県内や他県の入所施設において地域生活移行が進まない事例の分析や、地域相談支援の地域移行支援及び地域定着支援の利用状況を調査・分析し、明らかになった課題の解決に向けた取組みを進めるべきである。 (入所施設以外からの地域生活移行) 〇入所施設からの地域生活移行だけではなく、障害児施設に入所している「過齢児」の地域生活移行や同居している家族から離れた暮らしについても検討していく必要がある。行政や相談支援専門員等の関係者で協力体制を構築し、本人の気持ちや思いに沿って、自律した生活を送ることができるよう、一人ひとりのオーダーメイドの支援に取り組むべきである。 (地域資源の充実) 〇地域生活移行を進めるには、その受け皿となる地域資源の充実が必要不可欠となる。本人が「住まいの場」を自分の意思で選択し、その人らしく暮らすことが可能となるように、行政は関係者と連携し、多様な「住まいの場」を確保するべきである。グループホーム以外に、入所施設のサテライト型やシェアハウスなど、新たな「住まいの場」について検討していく必要がある。 1) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「障害者支援施設のあり方に関する実態調査」厚生労働省平成30年度厚生労働省障害者総合福祉推進事業報告書、2019 2)一般社団法人日本総合研究所「障害者支援施設における地域移行の実態調査及び意思決定支援の取組み推進のための調査研究事業」令和2年度厚生労働省障害者総合福祉推進事業費報告書、2021 C 日中活動のさらなる充実 ア 現状・課題 〇平成18年に障害者自立支援法が施行され、公的な障害福祉サービスの対象に、支援費制度では対象ではなかった精神障がいの人が加えられるとともに、日中活動としての障害福祉サービスを提供する事業所の開設を、社会福祉法人に限らず、  NPO法人や営利法人にも広げられたことなどから、障害福祉サービスの利用者数と同提供事業所数は年々増加し、今日、障がい者の地域生活を支える重要な社会資源となっている。 〇日中活動の障害福祉サービスを提供する事業所の種別としては、生活介護と就労支援B型の事業所がボリュームゾーンであり、実際の活動プログラムは、運営主体の自由度が高く、一人ひとりの希望や願いに沿った個別支援計画を策定した上で、状態像に応じた食事や入浴、排せつの援助といった身体介護を中心とするものから、芸術文化活動や農業、漁業との連携により生産活動を行うものなど、様々である。 〇障害者自立支援法に基づく障がい福祉の制度のスタートから、途中、障害者総合支援法に基づく制度の改変を経て、13年以上が経過したが、公的な障害福祉サービス提供事業所の実態を調査した、厚生労働科学特別研究事業(平成29年度)1によれば、@利用者の高齢化が進んでいること、A重度、多様な障がいの利用者が増えており、とりわけ「行動障がい」のある人や医療的ケアが必要な人の支援に苦慮していること、B支援者の人材確保が難しくなっていること、などが課題となっているとしている。 〇また、障害福祉サービス利用者のサービス等利用計画を、同じ法人の相談支援事業者が作成している場合があり、権利擁護の観点から問題ではないかとの指摘もされている。具体的には、生活介護事業所では約30%、就労支援B型事業所では約22%が同じ法人の相談支援事業者が作成しており、入所施設の利用者が利用する日中活動としての生活介護においては、約60%が同じ法人の相談支援事業者が作成しているという調査結果であった。 〇さらに、事業所の設置者に着目すると、ここ数年、生活介護事業所及び就労B型事業所については、NPO法人や営利法人が新規に事業を開始した例が増加している傾向にあり、経営のノウハウ不足についても課題とされている。 〇就労系の日中活動に着目すると、神奈川の障害福祉サービス事業所の賃金(工賃)については、令和2年度は、前年から微減しているものの、近年は増加傾向にあり、就労継続支援B型事業所の令和元年度の平均工賃月額は15,119円(前年度14,696円)で、また、就労継続支援A型事業所(雇用型)の平均工賃月額は83,380円(前年度80,508円)となっている。しかしながら、特に就労継続支援B型事業所では全国平均よりも低い水準であり、地域で自立して生活するには決して十分な水準とはなっていない。 〇また、「チャレンジド(障がい者)を納税者にできる日本」を標榜して活動してきた障がい福祉事業者も存在する。最先端科学技術で、障がいのある人を、働ける人、社会の支える側へ、という考えである。このような当事者や支援者のこれまでの取組みに応えるように、現行の公的障害福祉サービスは、一般就労につながる支援についても重視してきた。 〇厚生労働省の最新の調査2によると、障害福祉サービス利用者が一般就労に移行する人の割合は、就労移行支援事業所では平成25年の47.7%から令和元年度は54.7%と大きく上昇しているものの、就労継続支援A型事業所では、平成25年の24.7%から令和元年度は25.1%、就労継続支援B型事業所では平成25年度の15.6%から令和元年度は13.2%となっており、今後も、障がい当事者の働きたいという願いを実現する取組みが求められる。 〇神奈川の第5期障がい福祉計画(平成30年度〜令和2年度)における就労移行支援事業の利用者数については、令和2年度目標の4,152人に対し、実績は4,412人となり、この目標は達成している。しかし、一般就労に移行する利用者の割合(就労移行率)について、同移行率が3割以上の事業所の数を令和2年度までに全体の50%とする目標としたが、実績は27.3%となり、達成できなかった。 〇入所施設のサービスは、利用者一人ひとりの利用目的にかなったサービスが提供されるよう、昼のサービスと夜のサービスとの組合せを選択できる仕組みとなっているが、日中活動別の実利用者数(割合)は、「同一法人敷地内で活動」が96.1%で、「同一法人で別の場所で活動」が3.1%、「他法人・他団体が運営する日中活動事業所等で活動」が0.5%、「その他」が0.3%であるとの調査結果がある3。社会経験を積む機会が乏しいという指摘もあり、職住分離が課題となっている。 〇この他、障害者総合支援法に基づき、障がい者の地域での生活を支援するため、 市町村が、その地域の実情に合わせて、柔軟に支援内容を組立てることのできる「地域生活支援事業」があり、日中活動メニューとして、地域活動支援センターなどがあるが、財源が潤沢ではないことや手続きが煩雑であるといった理由から、いわゆる個別給付との組合せでより一層の地域生活を支援するといった機能を果たせていないという指摘もある。 イ 検討の方向性 (日中活動の場の重要性と適切な運営支援) 〇日中活動の場は、障がい当事者の仲間づくりの場であり、地域において、いのち 輝かせていきいきと暮らすことのできる重要な社会資源であり、事業者等は、一人ひとりの心の声に耳を傾け、福祉的就労も含め、望みや願いに応じた質の高い事業を進めるべきである。 〇具体的には、「当たり前に参加したり、挑戦できる環境や機会を増やしてほしい。それが仲間たちの居場所になる。」という意見があった。障がい当事者一人ひとりの可能性にしっかりと目を向けることが重要であり、社会参加を後押しする中で、地域で暮らせなくなった人たちも、もう一度可能性があるんだという多様な側面が見えてくる。日中活動の場は、障がい者本人が挑戦しながら、自信を持って活躍することができる、そういう場とするべきである。 〇行政は、指定障害福祉サービス事業所を指定した責任の下、必要な指導助言に取り組む必要がある。行政は、今日の事業所数の増加に適切に対応してくために、事業情報の幅広な公開の推進、神奈川県国民健康保険団体連合会データによる支援内容の分析、自主点検の督励、当事者によるモニタリングの導入などを進めるべきである。 (利用者の高齢化、「行動障がい」のある人、医療的ケアが必要な人への対応) 〇近年、日中活動系の障害福祉サービス事業所の利用者について、高齢障がい者、強度行動障がいのある人、医療的ケアの必要な人の利用が増えているという調査結果が報告されており、管理者も含め、支援者には支援技術の向上、専門的知識の習得が求められている。このため、事業所等は、最新の支援理論、支援技術を学ぶ機会を設けるよう努めることとし、行政も、その実現に向けて、支援を行うべきである。 〇その際、広域のエリアにおいて、研修・研究の機会を設けることが効率的であり、かつ、事業所及び支援者の広域的な連携も図られることから、県は、例えば、障がい保健福祉圏域毎に担当者(広域支援のマネージャー)を配置するなど、効果的な取組みを進めるべきである。 (サービス等利用計画) 〇市町村の公的サービスの支給決定の前提となるサービス等利用計画は、本人の望みや願いを最大限反映させたものとすべきであり、権利擁護を図る観点から、できる限り、利用サービスの設置者とは異なる相談支援専門員によるものであることが望ましい。このため、県は、今なお不足しているとされる相談支援専門員の養成に注力するとともに、質の確保を図るため、事業者団体と緊密に連携を図り、研修・研究の機会を設けるなどの必要な支援を行うべきである。 〇また、サービス等利用計画の策定に際しては、現在、県が推進している、意思決 定支援の仕組みを導入し、多職種によるチームを編成の上、本人の心の声にしっかり耳を傾けられる態勢を整備するよう取り組むこととしてはどうか。なお、多職種チームには、できる限り、ピアサポーターの参加を奨励するべきである。 (小規模な事業所の経営支援) 〇日中活動のサービス提供事業者は、経営規模が小さく、設立して間もない法人が 多いことから、行政は、指定事業所として指定した責任を踏まえ、経営相談の機会を設けたり、緩やかな共同事業の実施について助言指導、支援の質の向上に向けた研修受講の督励を行うなど、その健全な経営の確保を図る観点からの支援を行うべきである。この場合、経営指導についてのノウハウのある公益性の高い法人・機関と連携を図るべきである。 (入所施設における日中活動のあり方) 〇入所施設においては、外部機関を利用した日中活動の機会が十分に確保されていないという指摘を受け、施設利用者においても、社会とのつながりを通した自律的な生活を確保することが重要である。多くの友人と社会に役立つ活動に取り組むことで、自信を持ち、障がい当事者が持つ本来の、個々の人間性を回復することができたという例もある。入所施設における職住分離の課題は報酬に係るため、国との調整が必要となるが、一方で、入所施設は、利用者一人ひとりの望みや願い、可能性を基礎として、昼間、施設から出て活動する場を用意すべきである。なお、活動の場を用意するに当たっては、福祉関係者だけで作る必要はなく、地域の企業者(商工会、生協、観光など)や団体等と連携し、資源を組み合わせるなど、選択肢の拡大に努めるべきである。 ○一方、入所施設において、昼間、施設外に出て就労活動を行っているところもあることから、県は、法人間の情報交換や、地域連携推進法人の立ち上げについて、施設外の活動に実績を持つ人材等と協議を進めるべきである。特に県立施設が、地域の企業等と連携し日中活動の拡大を図ることは、地域における障がい者の理解を促し、受入れを推進することとなる。県立施設は、短期入所を活用して、地域の様々な社会資源を組み合わせる、支援ネットワークを構築するといった役割を担うなど、地域づくりに貢献すべきである。 (就労支援事業所の事業内容の充実等) 〇今日、全国の就労支援事業所は工賃の向上に向けて取組みを進めており、好事例(失敗事例)は数多くある。事業所等はこういった様々な事例に学びながら、関係機関、関係団体、地域の人たちと連携しつつ、当事者の働きたいという願いに応えることが重要であり、県は、そうした努力がきちんと見える形になるよう、研修や情報交換の機会を設けるなどの支援を行うべきである。この場合、就労支援に関しての情報の蓄積、企業者とのコーディネート力、障がいの状態像に応じた就労支援の技術力などを備えた公的な機関・団体との連携を図るべきである。 〇また、入所施設の利用者においても、その人に合った日中活動としての福祉的就労に取り組むことにより、その人らしく、いのちを輝かせていきいきと暮らすことにつながることが報告されている。生活介護も生産活動のメニューが想定されており、事業所等は、本人の状態像に応じた就労の機会を創出するよう努めるべきである。そのために、県は、入所施設の日中活動の実態を把握し、必要な助言指導に努め、日中活動系の障害福祉サービス提供事業者との連携を図る機会を提供するなど、入所施設の日中活動の充実のための支援を行うべきである。 (企業との連携4) 〇障がいのある人が、一般就労の機会を得るためには、企業の理解を促し、企業との連携を図っていくことが重要である。単独の障害福祉サービス事業者では、支援者等が企業に出向き、連携・協力関係を築くことは難しい。県は、就労支援に取り組む事業所相互の連携強化と、企業とのマッチングの機会を設けるなど、連絡調整役を務めることとし、例えば共同受注窓口といった連携機関の機能強化を図っていくべきである。 〇施設外就労は、福祉的就労から一般就労への転換が図りやすいとされることから、事業所等は、企業と福祉の連携をより一層強化してくことが重要である。県は、事業所等が施設外就労の機会を得やすくするよう、上記と同様、連絡調整役を務めることとし、連携機関の設置または機能強化を図ることを検討するべきである。 (地域の社会資源の有効活用) 〇障がい当事者から、「廃校となった学校など、公立施設をもっと有効利用し、障がいを問わず利用できる、暮らしやすい広場を作ってほしい。今後は県営施設や市営団地の空き住まいを利用できないだろうか」という意見があった。障がい者一人ひとりがその能力を発揮し、自信も持って活躍できる場を増やすため、県は、活用できる資源を公表するなど、工夫して、地域の社会資源の有効活用に取り組むべきである。 (地域生活支援事業の活用) 〇地域支援事業は創設来、実施事業のメニューが徐々に増加するとともに、一方で 個別給付への一部メニュー移行が行われるなど、制度変更が実施されている。それぞれの地域の実情に応じて柔軟に実施できるという利点に着目し、日中活動についても、個別給付で対応できない部分の支援が期待されている。県は、各市町村の実施事業の実態をしっかりと把握する仕組みを構築し、より効果的な執行について、市町村に対し助言を行うよう努めるべきである。 1)原田 将寿(研究代表者)「障害者の福祉的就労・日中活動サービスの実態把握及び質の向上による調査研究」厚生労働科学研究費補助金障害者政策総合研究事業 平成30年度総括・分担研究報告書、2019 2)社会保障審議会障害者部会第113回資料「障害者の就労支援について」厚生労働省、2021 3)三菱UFJリサーチ&コンサルティング「障害者支援施設のあり方に関する実態調査」厚生労働省平成30年度障害者総合福祉推進事業報告書、2019 4)雇用分野との連携については、「2 地域の社会資源の充実 @医療、教育、雇用、商工等関連分野との連携」(p )参照 D 居住支援の充実強化 ア 現状・課題 〇障がい福祉が未成熟な年代においては、障がい者の公的な居住支援は保護収容型の入所施設だけであった。我が国においても、ノーマライゼーションの考えが広がり、誰もが、住み慣れた地域で当たり前に暮らすことのできる社会を目指すようになった。 〇平成18年の障害者自立支援法の成立から障害者総合支援法への制度変更を経て、訪問系サービスの充実が図られるとともに、グループホームの対象者拡大と機能強化、住宅セーフティネット法の成立などにより、その実現は図られつつあるが、「行動障がい」のある人や医療的ケアが必要な人、高齢で障がいのある人などにどのような居住支援を提供すべきかといった新たな課題も生じている。 〇入所施設だけしか居住の場が選べない社会は、当事者目線の障がい福祉が実現した社会とは言えない。様々な状態像にも対応し、本人が望む住まい方ができるよう必要な支援を組み立てることが重要である。 〇今日、グループホームは、その利用者数が、入所施設の利用者数を逆転し、障が い者が必要な支援を受けながら地域で暮らすことができる極めて重要な役割を担っている。自治体が当該地域で必要な整備量を定める障害福祉計画の実績値(実績/見込量)を見ると、第5期(平成30年度から令和2年度)は毎年、前年比2%ポイントを超える増となっている。 〇また、グループホームの障害福祉サービス報酬は、改定のたびに充実強化が図られ ており、平成30年には、障がい者の重度化・高齢化に対応するための新たな類型として、「日中サービス支援型グループホーム」が創設されている。これは、短期入所を併設し地域で生活する障がい者の緊急一時的な宿泊の場を提供することも予定されており、地域生活支援の中核的な役割を担うこととされているが、制度創設から間もないため、神奈川県内での設置数は28か所(令和3年10月)となっており、まだ少ない。 〇県のグループホーム全体では、令和2年度10月時点で707箇所(利用者数 10,016人)となっており、設置数は年々増加しているものの、入居者の障害支援区分5及び区分6の人の構成比は、平成28年度の27.8%から平成29年度は28.9%であり、1.1%ポイント増にとどまっている。 〇一方で、厚生労働省の調査研究1によると、グループホーム利用者の今後の住まいの希望として、一人暮らしやパートナー等との二人暮らしを希望する人が一定数いる(知的障がい者:8.5%、精神障がい者:2.3%、身体障がい者:7.7%)としている。 〇厚生労働省社会保障審議会障害者部会2では、「平成30年度に自立生活援助を創設したところ、サービスが十分に行き渡っていないため、一定の支援があれば本人が希望する一人暮らし等の生活が可能な者であっても、グループホームに留まらざるを得ない状況がある」としている。 〇なお、近年、障害福祉サービスの実績や経験があまりない事業者が、クループホ ームの開設運営に参入している例が増えている。神奈川においては、令和3年10月現在、グループホーム全体の設置主体のうち、営利法人であるものが22.2%、NPO法人であるものが25.7%を占めており、支援の質の確保が課題であるとの指摘がある。 〇民間賃貸住宅や公営住宅についても、障がい者の居住の場として重要な社会資源であり、訪問系サービスを組み合わせて地域生活を実現することを希望する当事者も少なくないものと推察される。しかし、民間賃貸住宅にあっては、障がいがあることを理由とした入居の拒否など、その利用が広がっていない現状がある。東京都23区の障がい者グループホームを運営する法人を対象とした調査(平成30年3月)3では、民間賃貸住宅などで一人暮らしをしている人がいると答えた33法人に、問題となることを聞いた結果、「連帯保証人の確保」(24法人)、「家主による入居制限」(17法人)、「手間や時間がかかる」(14法人)、「家賃が折り合わない」(9法人)等としている。 〇また、国土交通省と厚生労働省が連携し、全国に居住支援協議会(住宅確保要配 慮者居住支援協議会)の設置を進めている。同協議会は、住宅セーフティネット法に基づき、住宅確保要配慮者(低額所得者、被災者、高齢者、障がい者、子供を育成する家庭その他住宅の確保に特に配慮を要する人)の民間賃貸住宅等への円滑な入居の促進を図るため、自治体や関係業者、居住支援団体等が連携し、住宅確保要配慮者及び民間賃貸住宅の賃貸人の双方に対し、住宅情報の提供等の支援を実施するものである。 〇現在、居住支援協議会は県単位・市町村単位合わせて77協議会が設置されているところ、県単位の協議会は全ての都道府県にあるが、基礎自治体(市区町村)による設置が遅れていることが令和2年の厚生労働省の調査4で指摘されており、福祉部局と住宅部局の連携のあり方が課題とされている。 イ 検討の方向性 (自己決定による住まい選び) 〇住まいに関する障がい当事者の自己決定を重視し、何歳になっても好きなところで暮らしたいという望みや願いに対応することが重要である。相談支援事業者は、丁寧な意思決定支援を行い、様々な体験の機会を用意しながら、本人が望む住まいを一緒に考える取組みを行うべきである。また、グループホームの利用者が一人暮らしを望んでいる場合、グループホームの設置者は、本人の意向を踏まえ、グループホームからの引っ越しを支援することも必要である。さらに、在宅で家族と同居している人や、障害児入所施設に入所している人を対象に、グループホームの見学、体験利用の機会を設けるなどの取組みを進めることも重要であり、県は、その実施に向けた支援を行うべきである。 (入所施設からのグループホームでの受入れ) 〇入所施設からの障がいの重い人の受入体制づくりについては、一定の期間が必要と思われる。このため、人員配置の比較的厚い県立施設が中心となって、施設のみが選択肢ではないことを施設利用者に知ってもらうための情報提供を行うことやグループホームのバックアップを行う役割を担うことにより、障がいの重い人がグループホームに入居しやすいように努めるべきである。 〇入所施設をダウンサイズさせて、分散することにより、より家庭的な環境を創出 できると考える。また、それが地域による障がい者の受入れを促進する。利用者一人ひとりの望みや願いに応じた住まいを提供するため、例えば入所のサテライト型など、新たな居住支援の場について検討すべきである。 〇重度の障がい者のグループホームでの受入れを推進するため、転倒に備えてのクッションフロアへ改修、防犯のための強化ガラスへの仕様の変更など、居住環境のハード面を適切に整えるための改修費について、県は、財政的な支援策を講じるべきである。 (地域における受入れ体制の整備) 〇日中サービス支援型のグループホームにおいては、高齢障がい者等を対象として、医療的ケアの実施やグループホーム内での日中活動の実施が予定されているが、実態として、必ずしも日中サービス支援型が介護サービス包括型と比較して、重度障がい者に対応できる基準・報酬となっていないのでないか、また、訓練等給付ではなく介護給付とし、対象となる支援区分を明確化するなど、3類型の見直しを含めた検討が必要であるとの調査結果5がまとめられている。県は、先行事例の運営実態について情報収集するとともに、関係者間で課題の共有を図り、重度障がい者の受入れに必要な態勢について検討の上、地域における受入れ態勢を強化すべきである。 〇8050問題など障がい者を取り巻く課題が複雑化していることからも、在宅で生活している人を対象とした居住支援が必要となっている。入所施設から地域生活移行を進めていくと、グループホームの数が不足することも想定されるため、県は、障がい福祉計画等において、施設入所者及び在宅で生活をする人の双方を勘案して計画を策定すべきである。 〇本人の希望する暮らしの実現に向けては、住まいにおける支援だけでなく、望みや願いに応じた日中活動先、友人づくり、余暇など、自法人のグループホームでできる支援の範囲にとどまらない、また、自法人の資源の活用に偏らない、いわゆる個別のオーダーメイドの支援が重要となる。県は、個別のオーダーメイドの支援を推進するため、他法人との連携及び他法人を含めた地域の障害福祉サービス事業者等との連携を推進すべきである。 〇地域での生活が充実したものとなるには、様々な社会経験を通して、自律的な生活を送ることが大切である。居所だけでは生活に広がりがないことから、昼間、居所から出て活動する場が必要となる。なお、活動の場を用意するにあたっては、福祉関係者だけで作る必要はなく、地域の企業者や団体等と連携し、資源を組み合わせるなど、多様な機会を提供すべきである。 〇また、グループホームでの重度障がい者の受入れに当たっては、喀痰吸引等に対 応できる福祉人材や医療専門職を確保する必要があるが、地域の人材不足の観点についても考慮し、例えば、外部の訪問系サービスによる対応を可能とするなど、県は、市町村と連携し、そのような柔軟な運用を認めるよう検討を進めるべきである。 (支援体制やバックアップ体制) 〇神奈川では、社会福祉法人によるグループホームの設置は42.9%と割合が少なく、バックアップ態勢に欠けるグループホームも想定される。障害福祉サービスの運営経験が少ない事業者の参入が増えていることから、千葉県で取り組まれている、グループホームの立ち上げや運営の助言を行う「グループホーム等支援ワーカー」に倣い、県は、障がい保健福祉圏域への同様の職員の配置を検討すべきである。また、県は、グループホーム等居住支援を行う事業者の連絡協議会等を組織し、定期的に運営状況や課題の共有を行うなど、小規模なグループホーム設置事業所が孤立せず、開かれた存在となるよう、その支援を行うべきである。 (民間賃貸住宅の活用) 〇ひとり暮らしを希望する障がい者の民間賃貸住宅の利用をスムーズなものとするため、県は、神奈川県居住支援協議会が行う、住宅確保要配慮者(低額所得者、高齢者、障がい者、子育て世帯など)に対する住宅相談や入居可能な民間賃貸住宅情報の提供、あっせんと入居後の支援(事業)を活用するとともに、「かながわあんしん賃貸住宅」や住宅セーフティネット法に基づく住宅確保要配慮者居住支援法人と連携して、障がい者の地域生活を支える取組みを進めるべきである。 〇市町村においても、障がい者の地域生活を支えるため、障がい者の住む場所をどう確保するかを関係者と検討することが重要である。県は、市町村に対し、民間賃貸住宅や公営住宅の利用に関する課題や、住宅部局との必要な連携のノウハウについて情報提供するなどして、市町村居住支援協議会の設置に向けての支援に努めるべきである。 1)一般社団法人日本グループホーム学会調査研究会「グループホームを利用する障害者の生活実態に関する調査研究」厚生労働省平成30年度障害者総合福祉推進事業指定課題22、2019 2)社会保障審議会障害者部会第113回資料「障害者の居住支援について」厚生労働省、2021 3)杉並区「障害者の住まいに関する調査研究報告書」厚生労働省平成 29年度障害者総合福祉推進事業報告書、2018 4)特定非営利活動法人 抱樸「居住支援の在り方に関する調査研究事業報告書」厚生労働省令和元年度生活困窮者就労準備支援事業費等補助金社会福祉推進事業、2020 5)PwC コンサルティング合同会社「障害者支援のあり方に関する調査研究−グループホーム、地域生活支援の在り方−」厚生労働省令和2年度障害者総合福祉推進事業報告書、2021 2 地域の社会資源の充実 @ 医療、教育、雇用、商工等関連分野との連携 ア 現状・課題 〇政府が講ずる障がい関係施策の最も基本的な計画である障害者基本計画において、 障がい者施策は、全ての国民が、障がいの有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を目指して講じられる必要がある、とされている。 〇加えて、同基本計画では、各分野に共通する横断的視点として、障がい者が各ライフステージを通じて適切な支援を受けられるよう、教育、文化芸術、スポーツ、福祉、医療、雇用等の各分野の有機的な連携の下、施策を総合的に展開し、切れ目のない支援を行うこと、と定めており、複数の分野にまたがる課題については、各分野の枠のみにとらわれることなく、関係する機関、制度等の必要な連携を図ることを通じて総合的かつ横断的に対応していく必要がある、としている。 〇県の障がい関係施策を見ると、その範囲は、福祉部局だけに留まらず、医療、教育、雇用等にも広がっており、これらの施策が、総合的な企画立案及び横断的な調整が図られ、相互に連関しながら、一体的に推進されることが重要である。また、障がい者の地域生活の支援が、実効性のある形で取り組まれるためには、政令市、中核市を含む市町村との連携・協力も必要不可欠である。 〇さらに、障がい者が地域で安心していきいきと、いのち輝かせて暮らしていくた めには、社会全体で必要な取組みを進めることが肝要であり、障がい者団体、専門職による職能団体、企業、経済団体等の協力を得るよう努めることも重要である。とりわけ、障がい当事者の自主的な活動は、近年、ますます大切な役割を果たしており、当事者目線の新しい障がい福祉を進めるに当たっては、不可欠な存在であると言える。 〇(自立支援)協議会や医療的ケア児に関わる協議会の設置、教育と福祉の連携態勢など、個別の分野での連絡調整を行う仕組みは、制度的にも用意されているが、市町村の代表や団体の代表が参加すると報告事項が多くなり、いわゆる「顔合わせ」だけの形骸化した会議に陥りがちであり、コロナ禍の影響があるにせよ、十分に活用されているとは言えないとの指摘もある。 イ 検討の方向性 (地域包括ケアシステムを基礎とした取組み) 〇障がい児・者の地域生活を支えていくためには、障がい者の高齢化や障がいの重 度化、医療的ケア児・者への支援の必要性を踏まえ、医療、障がい福祉、介護、住まい、社会参加などが包括的に確保された地域の仕組みづくりが重要である。地域包括ケアシステムは高齢者を念頭に考えられた仕組みであるが、精神障がいについても対応できる仕組みとして、考え方が広がっており、さらに、障がい分野全体も加えていくことが重要である。県は、こうした考えを基底に、関係部局との連絡調整を進め、各施策の滑らかな連結に努めるべきである。 (医療との連携) 〇障がい者が、救急対応が必要なときに、障がいがあることを理由に病院から断ら れることがある。重症心身障がい児・者や医療的ケア児など、医療によるケアが必要な人が安心して医療を受けられるためには、医療と福祉の担い手が一体となって、生活のしづらさに迅速に対応するとともに、サービスの質の向上を図っていくことが重要である。障がい者の重度化・高齢化が進み医療が必要な状態となっても、できる限り住み慣れた地域で、安心して生活を継続していくため、医療と福祉との連携を推進するべきである。また、精神障がい、発達障がい、ひきこもりやメンタル不調等を抱える人は、適  切な相談支援や治療を受けられず、あるいは、何らかの理由で治療中断の状態に陥ることがあり、当事者と家族が、地域において孤立する傾向が強いとの指摘がある。 〇こうした課題を改善するためには、各地域の(自立支援)協議会において、医療が届きにくいために地域生活が困難な人の情報を共有し、医療と福祉の連携が図られた支援体制について協議することが重要である。現在、障がい保健福祉圏域においては、こうした協議の場が設置されているが、各市町村においても協議する必要があることから、県は、市町村と連携して、(自立支援)協議会などを活用した医療と福祉の効果的な連携のあり方について検討を行い、障がい者が安心して医療を受けられるように、さらなる取組みを行うべきである。 (教育分野における取組みとの連携)  〇子どもの権利条約、障がい者の権利条約の中心には、「主体性の尊重」が据えられている。学校も、職員も、家族も、障がいを抱えた子どもは社会参加の主体すなわち権利行使の主体であり、大人と対等な存在であるという、根本的なとらえ方を共有するところから子どもたちを考えるべきである。 〇障がいのある人とそうでない人とが、より多くふれ合う機会を設けるほど、障が いに関する理解促進につながることが、複数の研究において実証されており、障がい者差別のない社会を築くためには、できる限り同じ場所で共に学び、共に育つ環境を作ることが重要である。県では、誰もが大切にされ、いきいきと暮らせる「共生社会」を目指して、知的障がいのある生徒が高校で学ぶ機会を広げながら、みんなで一緒に過ごす中で、お互いのことを分かり合って成長していくことを目標とする「インクルーシブ教育実践推進校」の設置などに取り組んでいる。県は、こうした取組みをさらに進め、幼稚園、保育園、小・中学校においてもインクルーシブ教育が位置付けられるよう、その環境づくりに取り組むべきである。 〇放課後等デイサービスを利用する子どもに関し、当該事業所と学校とで、活動内容等が共有されにくいため、福祉領域の「児童発達支援計画」と教育領域の「個別の教育支援計画」とに齟齬をきたすことが課題とされている。県は、市町村と連携し、定期的に、障がい福祉サービス事業所と学校とで連絡調整を行う機会を設けることや、学校の教職員の研修会等において、障がい福祉制度について理解を得るためのプログラムを組み込むなど、連携態勢づくりに努める取組みを進めるべきである。 〇障がい児のきょうだいに対するケアも重要な課題である。医療的ケア児者が家族にいる場合など、ヤングケアラーとして長時間介護等を行っていることも考えられる。親が授業参観や学校行事に参加できないなどの学校生活の変化に注意し、身近に接する教職員が早期にきょうだい児のストレスや不安に気付き、必要な支援につなげることが重要である。県は、市町村と連携し、学校の教職員に対し、障がい福祉に関する研修の機会を設け、障がい児の家庭環境の課題や相談支援制度についての理解を深めるための取組みを進めるべきである。 〇学力不足の子どもに対する、生活困窮対策による学習支援を入口に、障がい福祉の支援へとつながり、家族の生活面での課題も改善された例が多く見られる1。今日、乳幼児期から学齢期、社会参加に至るまで、地域で切れ目ない支援が受けられるよう支援体制を整備することが、教育委員会と福祉部に求められている2ことから、県は、市町村と連携し、障がい福祉分野をはじめとする社会保障制度について、学校の教職員が容易に情報を得られる仕組みづくりについて検討を行い、必要な取組みにつなげるべきである。 (保育分野における取組みとの連携) 〇インクルーシブ教育に向けた施策の影響を受け、保育においても、障がいの有無 や年齢に関係なく、どのような子どもも受止める「インクルーシブ保育」として形作られている。それは、「障がいその他による「選別」をすることなく、一人ひとりの子どもは本来異なる力や素質、背景と、そこから生じる支援ニーズを持つということを前提とし、その個々の違いを相互に認め合い、活かして育ち合うことを目指すもの」3と解説されている。 ○県では、保育所における障がい児の受入れを促進するため、保育士を対象とした 研修や公的な障害サービスである保育所等訪問支援に取り組んでいる(令和2年度実績:547人)ところであり、引き続き、県は、市町村と連携し、障がい児の地域生活を支えるという視点に立ち、支援の拡充を図るべきである。 (雇用分野との連携)  〇「前、勤めていた職場で人間関係がうまくいかなくなり、体調を崩して退職した。その時、自分の将来に対して大きな不安があった。就職を紹介してくれる人がいたけれど、自分の人生は、相談に乗ってくれる人はいなかった。そんな不安の中で就職合同面接会を受けたことがある。面接では、当事者活動について話したが、関心を持ってもらえなかったと感じた。障がい者雇用の面接では、人間性を見てもらえるような気がしなかった。自分の身の回りにも、採用側にも理解者がいないと、不安になった。」という当事者からの意見があった。障がい者がいきいきと、自信を持って就労できるよう、県は、雇用と福祉との一層の連携を図ることとし、企業者の障がい特性や就労を継続するために必要な配慮についての理解を進めるなど、より働きやすい環境づくりに取り組んでいくべきである。 〇平成30年の厚生労働省調査4によると、知的障がい者の職場定着において、関係機関を利用し又は協力を求めたことのある企業者は全体の10.1%であり、またその要請先(複数回答)は、障害者就業・生活支援センターが56.9%、次いで公共職業安定所が43.7%、学校・各種学校が24.9%、就労定着支援、就労移行支援、就労継続支援を行う事業所、作業所が18.3%と続いている。障害福祉サービス等事業所の利用者が一般就労した際の職場への定着の支援については、就労系障害福祉サービス事業者による就労定着支援も有効である。障がい者が安心して働き続けられるよう、同事業者は障害者就業・生活支援センターと連携を図り、障がい者を雇用する企業者と協働した支援を行うことが重要である。県は、こうした取組みが円滑に進められよう、市町村とも連携し、就労定着支援に取り組む障害福祉サービス事業者に対する助言指導や、企業者に対する制度の周知等に努め、効果的で切れ目のない支援体制の構築を図るべきである。 〇ひきこもり支援は、多くが生活困窮対策として取り組まれているが、ひきこもり と精神科疾患との相関があるとの指摘5もあり、障がい福祉との連携強化が求められている。ひきこもり支援は、地域の様々な社会資源との連携関係を構築し、訪問支援(アウトリーチ型支援)も用いながら、支援段階に合わせて家族や当事者への支援を実施することが重要であるとされており、障がい福祉サービス事業者の専門性に期待する面も大きい。現在、県レベル、市町村レベルで、労働担当部局と福祉部局とが連携し、就職氷河期世代活躍支援プランとして、ひきこもりの人も含めた、就労や社会参加支援の取組みが進められており、県(障がい福祉主管課)及び事業所等は、こうしたプラットフォーム(支援のための共通の土台)への積極的な参加を行うべきである。 (生活困窮制度との連携) 〇生活困窮者の支援については、「課題が深刻になる前に解決を図ることが大変重要であり、早期に対象者を把握できるよう、生活困窮者自立支援制度と障害保健福祉施策が連携して支援を調整すること」6とされている。生活困窮者に対する支援は、複数の関係機関が事業の目的及び内容を十分に理解し支援する必要があり、両制度の連携を推進する体制づくりを進めることが重要である。こうしたことから、県は、障害福祉サービス事業者に対し、生活困窮者制度の周知を図り、生活困窮者自立支援事業の受託を促すなど、障がい者支援に係る専門性を生活困窮者の支援に活かす取組みを進めるべきである。 (住宅施策との連携)7 〇重度の障がい者等に対応した住宅を整備するには、壁と壁の間を埋める、酸素吸入が可能な設備とするなど、状態像に応じてどのような住宅とする必要があるかといった知見、ノウハウが重要である。また、高齢化に伴い、バリアフリーの設備が必要となってくることにも対応していく必要がある。県は、民間事業者による適切な住宅改修を推進するとともに、利用者の住まいの 選択に資するため、市町村と連携して、重度の障がい者等に対応した住宅改修に関する知見を広める取組みを進めるべきである。 (農林漁業分野との連携) 〇障がい者の職域拡大や工賃向上を図る観点から、県は、農業分野での障がい者の就労を支援し、農福連携に取り組む障害福祉サービス事業所の取組事例、農業参入の手続や6次産業化についてのセミナー及び相談会をオンラインで開催するとともに、農福連携に取り組む事業所におけるマルシェ(市場)の開催(令和2年度は5事業所が開催)や農作業を実施する事業所への農業技術に係る助言・指導を実施している。 〇今後も、障がい者の就業の機会を拡大するため、農業・林業・漁業などの1次産業との連携を積極的に進めていくことが重要であり、県は、障がい者と農業とのマッチングの成果を踏まえた施策について検討すべきである。また、県は、農福連携に知見のある団体と協働し、農福連携を進める上での課題を整理し、農家等と事業所等の双方の間口を拡大していく取組みを進めるべきである。 (運輸分野との連携) 〇介護分野の移動支援事業においては、ボランティアを活用した移動支援の取組みや高齢者等と協働した移動支援事業を効率化する取組みが見られる。県下、全ての市町村において、移動支援事業が行われているものの、福祉バスの貸出や通学支援加算を市単独で行っている市があるなど、取組内容に地域格差がある。医療的ケア児の通学支援など、移動に係る家族の負担を軽減する観点から、今後、移動支援の必要性が増大することが見込まれ、行政は、介護分野の移動支援事業の実施者と連携を図り、そのノウハウを活かして、障がい分野においても移動支援への取組みを進めるべきである。 〇また、かながわ障がい者計画に示されている「公共交通機関のバリアフリー化」 や「企業等における障がい理解等の促進」等、誰もが公共交通機関を利用しやすくなるよう、県はより一層取組みを進めるべきである。 (商工分野との連携) 〇本検討委員会においては、野球観戦が楽しい、地域の商店で買い物をするときの会話が楽しい、美術館やお城に行くのが好き、などの発言があった。このように、障がい者の地域での生活をより豊かなものにしていくためには、様々な社会資源を有する地域の企業者等(商工会、生協、観光など)と、行政や事業所等が連携を図り、多様な社会参加の機会や居場所を創出するべきである。 〇地域の企業者等との連携については、「ごちゃまぜ」をキーワードにした社会福祉法人による支援の例8がある。その事業所では、地域の人が音楽を演奏していたり、高齢者デイサービスや生活介護の事業所の人が地域の人と一緒に食事をしたり温泉に入ったりする。人と交わることで健康になるという実践である。神奈川においても、「ごちゃまぜ」でいくという方向性で、地域の企業者等の協力を得て、地域で生活することが難しいとされた障がい者を含め、障がい者一人ひとりの多様な日中活動を考えていくということを、中期展望として考えていくべきである。 〇県は、市町村と連携し、地域が一体となって障がい者の地域生活を支えていくための情報や課題を共有するとともに、生活をより豊かにする方法を提案し、ひいては地域の誰もが安心していきいきと、いのち輝く暮らしを形作るための連絡協議体あるいは共同企業体の設置を進めるべきである。また、県は、障がい者も含めた地域の人たちの交流の場や社会参加の機会を生み出し、相互に支え合う関係を広げていくために、地域生活支援を総合調整するコーディネータ―の配置について検討を行うべきである。 (全庁的な推進体制等) 〇地域共生社会の実現をゴールに据えた当事者目線の新しい障がい福祉の推進については、福祉部局だけではなく、関連する各部局が一体となって取組みを進めていく必要がある。このため、「(自立支援)協議会」、「神川県社会福祉審議会」など既存の機関との役割分担について十分に調整を図った上で、県において、知事をトップにした全庁的な推進体制を組織すべきである。 〇さらに、こうした施策を、段階的、計画的に着実に実現していくために、県は、障がい者計画と障がい福祉計画を調和させた、新たな力強い実行プラン(新たな計画)を策定すべきである。 〇現在、地域生活支援事業の市町村事業は、地域生活の中で極めて重要であるが、市町村によっては地域格差のためもあり、事業運営がとても難しい状況にある。小さい市町村でも、小さい事業所を増やして、地域生活を支えていくことができるよう、市町村事業のあり方について、事業者の採算性を確保するという観点から、見直すべきである。 1)松村智史「生活困窮者世帯の子どもの学習・生活支援事業の成立に関する一考察」社会福祉学第60巻第2号、2019 2)「教育と福祉の一層の連携等の推進について」(文部科学省、厚生労働省連盟通知)、2018 3)市川奈緒子・仲本美央「インクルーシブ保育に向けた個別指導計画の現状と課題−保育現場における実態調査を踏まえて−」白梅学園大学・白梅学園短期大学紀要、2021 4)厚生労働省「平成30年度障害者雇用実態調査結果」、2019  5)齋藤万比古(主任研究者)「思春期のひきこもりをもたらす精神科疾患の実態把握と精神医学的治療・援助システムの構築に関する研究」厚生労働科学研究費補助金 こころの健康科学研究事業 平成21年度総括・分担研究報告書、2010 6)「生活困窮者自立支援制度と障害保健福祉施策との連携について」(厚生労働省社会・援護局関係課長連名通知)、2015 7)民間賃貸住宅の活用については、「1障がい福祉施策の充実強化D居住支援の充実強化」(p. )参照 8)本検討委員会の第7回で事例紹介のあった社会福祉法人 佛子園(石川県白山市)の「Share金沢」などの実践 A 福祉人材の確保、育成 ア 現状・課題 〇我が国の令和2年の労働力人口は、6,868万人であり、ベースとなる労働参加 漸進シナリオでは2040年には5,846万人と推計され、今後20年で労働力人口はおよそ1,000万人減少すると予測されている1。 〇国の調査によると、障がい福祉分野については、近年の障害福祉サービス提供事業所の整備数増に伴い、従事者数も増えており、令和元年度の障がい福祉分野の従事者数は772,865人(常勤換算)である2。障がい福祉分野の今後の必要従事者の推計は、国も明らかにしていないが、介護分野の従事者は2040年度には2019年度(令和元年度)から69万人増の280万人が必要とされており3、この推計比率を単純に障がい福祉の分野に当てはめると、2040年にはおよそ102万人が必要であり、約25万人が不足するものと考えられる。 〇もとより、人口構造の変化は確度の高い推計が可能であり、平成に入り、保健医療・福祉の需要が増大する中、折しもバブル期の若年労働力を中心とした人手不足が生じていたことから、平成3年、当時の厚生省は、「保健医療・福祉マンパワー対策本部中間報告」を取りまとめ、福祉人材確保法等の立法措置も含めて、中長期的な視点から人材確保対策を講じることとした。 〇改正社会福祉法に基づき、国は、平成5年に「人材確保指針」を告示し、平成19年には、新たに「新人材確保指針」を告示し、「労働環境の整備の推進」、「キャリアアップの仕組みの構築」、「福祉・介護サービスの周知・理解」、「潜在的有資格者等の参入の促進」、「多様な人材の参入・参画の促進」の5つの視点から、人材確保のために講ずべき措置を整理している。 〇若年労働者の減少が進む中、福祉の人材確保に積極的に取り組まなければ深刻な求人難になることが見込まれることから、「職員処遇の充実」として社会福祉法人福利厚生センターによる福利厚生事業や、独立行政法人福祉医療機構による社会福祉施設職員退職手当共済制度の運営などが行われており、さらには、福祉・介護人材の処遇改善交付金などによる給与水準の改善も行われてきた。 〇加えて、平成20年度から「EPA介護福祉士候補者」として、インドネシア、フィリピン、ベトナムから介護福祉士候補者を受け入れたり(令和3年12月1日現在、在留者3,691名、うち資格取得者746名)4、平成29年には在留資格に「介護」が新設されたほか、技能実習生の対象職種に「介護」が追加されるなど、外国人による介護・福祉人材の確保も進められている。一方で、アジア圏内における労働力競争の激化などを背景に、働く場所として魅力的でなければ今後日本を選ぶ外国人は増えていかないとの指摘もある5。 〇全国の令和3年9月の有効求人倍率は全産業で1.16倍である一方、福祉分野は4.21倍であり、他産業と比較すると、福祉分野は求人数が求職者数を大きく上回っている。なお、同月の県の全産業有効求人倍率0.83倍に対して、福祉分野は8.95倍となっており、全国と比べて全産業と福祉分野の差が大きく(福祉分野の人手不足感が大きい)、この傾向は大都市圏で共通したものである。 〇求職を希望する大きな要素である給与について見ると、平成30年9月の、きまって支給する給与(定期給与)は、一般労働者全体が337,298円に対し、医療・福祉は312,681円である6。なお、同月の「福祉・介護職員(常勤)」の平均給与額は297,761円となっている7。 〇また、職場の魅力度を反映すると思われる定着率に関して見ると、令和元年度の全産業労働者の離職率は15.6%8、また、介護職員の離職率は15.4%9であり、離職率に大きな差はない。また、平成30年3月卒業者の就職後3年以内の離職率で見ると、新規高卒者が全産業では36.9%に対し、医療・福祉は46.2%、新規大卒者が全産業では31.2%に対し、医療・福祉は38.6%10となっており、全産業比ではやや高くなっているが有意な差があるとまでは言えない。 〇加えて、介護労働安定センターによると、介護職からの離職理由として最も多いのは「職場の人間関係に問題」(23.2%)、次いで「結婚・出産・妊娠・育児」(20.4%)、「理念や運営に不満があった」(17.4%)の順となっており11、福祉・介護の職場環境は、3K(きつい、汚い、危険)職場であるとか、「給料が安い」も加えると4K職場であると指摘されることがあるが、この調査結果からは、それら以外の離職の要因が多い結果となっている。 〇職場環境の改善には、他の産業分野同様、ロボット・ICT技術の積極的な導入が重要であり、介護分野では、厚生労働省が介護ロボット活用の重点分野の設定、ロボット介護機器の開発、導入に向けた様々な施策が展開されているところ、障がい福祉分野では、障がい当事者に対する福祉機器としての導入の関心は高いものの、職場環境の改善のための導入は遅れがみられるとの指摘がある12。 〇国においては、平成29年10月に、社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会が「介護人材に求められる機能の明確化とキャリアパスの実現に向けて」を取りまとめ、「意欲や能力に応じたキャリアアップを図り、各人材が期待される役割を担っていけるようにすべき」と指摘している。 〇一方で、民間通信教育会社が2014(平成26)年に実施したインターネット調査によると、60代で取得した資格の1位は、ホームヘルパー2級(介護職員初任者研修)や訪問介護員などの介護ヘルパーに関する資格であったとの結果13もあり、健康な高齢者層が福祉・介護分野に興味を持っている可能性があることが示唆されており、今後、「元気高齢者」をどのようにして障がい福祉の分野に引き込んでいくかが、重要な視点となっている。 イ 検討の方向性 (処遇改善の推進) 〇福祉・介護職員の給与等の処遇の改善については、国による「福祉・介護職員処遇改善加算」及び「福祉・介護職員処遇改善(特別)加算」により、福祉・介護職員の給与改善が図られている。報酬により手当てされているが、その届出割合は障がい分野では、令和2年5月時点で82.2%であり、県は、各事業所等に報酬請求を勧奨するとともに、算定事業所等が、きちんと職員の給与等に反映させているのか、長期的にフォローアップを行っていくことが必要である。また、県は、関係団体と連携を図り、職員の処遇改善が人材確保に与える影響について、実態を把握し、明らかになった課題の解決に向けた取組みを進めるべきである。 〇事業所等は、入職を希望する転職者等が採用後の条件を十分に理解した上で応募できるよう、求人票には、キャリアに応じた給与等の内容、福利厚生等をできる限り詳しく表示し、透明性の高い採用に努めることとし、県は、統一的なフォーマットを示すべきである。 (職場環境の整備) 〇支援者の身体的・心理的負担軽減を図るために、ロボット・ICT技術の導入は有益であり、事業所等は、積極的な活用を検討すべきである。そのため、県は、先進事例についての情報収集及び事業所等への情報提供を行うとともに、厚生労働省が介護分野で進めている「介護ロボットのニーズ・シーズ連携協調協議会」のような協議体を組織し、先端技術を事業所等のニーズにどうマッチングさせるか、ロボット・ICT技術をどう円滑に導入するかといった支援を行うべきである。 〇支援者の早期離職を防止するために、職場のメンタルヘルスの確保は極めて重要である。事業所等は、支援者が業務により受けるストレスを軽減できるよう、ストレスマネジメントの研修を受講できる機会を増やすべきである。県や自治体はその取組みを支援するとともに、県は、求めに応じて、事業所等に産業カウンセラーを派遣する仕組みを整備すべきである。 〇やりがいと使命感をもって真剣に支援に取り組む支援者ほど、課題を抱え込んでしまい、孤立感を感じ、最後は、いわゆる燃え尽きてしまう危険性があるとの指摘がある。事業所等は、支援者の燃え尽きの予防に努めることとし、職員同士の円滑なコミュニケーションを図るとともに、スーパーバイズやコンサルテーションの機会が確保されるよう努めるべきである。また、県は、事業所等において、そうした対応が適切に取れるよう支援を行うべきである。 (事業所間連携による人材育成) 〇支援者のキャリアラダーの設計、人材育成を図る上で、事業所内の適切な人事異動や他事業所との人事交流は重要な要素である。しかしながら、人数規模が小さい事業所等では、こうした人事施策は困難なことが多い。事業所等は、例えば地域の複数の事業所等が合同で研修を行ったり、人事交流を行うなどの連携を行うよう努めるべきである。また、県は、各事業所等の連携がさらに進むよう社会福祉連携推進法人の設立支援なども含め、必要な支援を行うべきである。 (研修と学びの場の設定) 〇研修や学びの機会は、当事者との関わり方を見直すきっかけや支援の振り返りを行う契機となることがある。事業所は、支援者がキャリアパスに基づいたスキルアップを適切に行っていけるよう、階層ごとの研修に積極的に支援者を参加させることに取り組むべきである。県は、そうした取組みが着実に実施されるよう、県が行う研修受講枠を拡大し参加機会の確保を図るなどの支援を行うべきである。 〇そうした取組みを実施するに当たっては、「現場の支援において、人手不足感があると、研修の回数や場だけが増加しても、参加の機会を得ることが難しいのではないか」といった意見や、「相談支援従事者研修、強度行動障害支援者養成研修、自閉症療育者のためのトレーニングセミナー、サービス管理責任者研修といった、既存の研修体系や研修内容の整理、再構成も含めた検討をする必要があるのではないか」との意見もあることに留意する必要がある。 〇支援者が支援技術の向上を果たしていくために、教育・研究機関において調査研究の機会を得ることも重要である。その機会を作るために、例えば公立大学法人神奈川県立保健福祉大学実践教育センターで行われているリカレント教育(卒後の学びなおし)の活用は一つの選択肢であるが、一定の費用がかかることや、受講時間の確保が難しいといった課題がある14。こうしたことから、県及び事業所等が連携して、支援者がリカレント教育を受けやすくするような方策を検討すべきである。 〇障がい福祉に携わる支援者は、当事者にとって支えとなるような、柱のような存在である必要がある。県及び事業者は、夢を持って支援に当たり、障がい当事者と一緒に成長しあうといった思考に立って、障がい当事者の支えとなれるような人材を育成するために、必要な内容や適切な方法の研修や、学びの場を設けるべきある。 (実践報告の場の活用) 〇神奈川県知的障害施設団体連合会が主催し、現場の実践を報告している「神奈川県障害福祉職員実践報告会」は、政令指定都市に所在している施設も含め、県立施設、民間施設が参加し、オール神奈川で実施している。これは、実践の場での好事例を共有することを通して、支援の質の向上につながる良い取組みの一つである。県及び事業者は、支援者の実践発表に加えて、例えば本人や家族にも発表をしてもらうなど、実践報告の場をさらに活用して好事例の共有を推し進め、より質の高い福祉人材の育成をすべきである。 (若年層へのアプローチ) 〇福祉人材を確保するためには、様々な世代に障がい福祉の社会的意義や必要性について理解を深めてもらい、一生の職業としての魅力を感じてもらうことが肝要である。そのためには、まずは関心を持ってもらうきっかけを作ることが重要であり、例えば愛知県が発信しているインターネットサイト「介護の魅力ネットあいち」は、見ているものが思わずワクワクするような、コミックのキャラクターふうのデザインで介護職の仕事の魅力などについて解説をしている。県は、こうした手法も参考にしながら、障がい福祉の仕事の魅力を多くの人に発信することに取り組むべきである。 〇高校等が行っている福祉体験の学習では、保育、高齢、障がいといった分野別に希望した分野を体験する仕組みとなっていることが多く、「希望が保育の分野に偏りがちであるが、実際に障がい福祉分野を体験した生徒からはすごくよかったという感想が得られる」といった意見もあった。県及び事業者は、学生等が福祉体験の学習を行う際に、学生等が希望した分野以外の分野を体験できる仕組みを作り、興味の幅を広げることができるような取組みを推進すべきである。また、そうした福祉体験の場を拡充し裾野を広げることで、障がい福祉分野に興味を持ってもらえるよう、県は、市町村や教育機関と連携して、福祉体験の場の拡充を行うべきである。 〇求職者のボリュームゾーンの一つである新規学卒者にどう障がい福祉分野に関心を持ってもらうかも重要である。そのために、県は、小学生や中学生、高校生などの若年層も対象に含め、障がい福祉の仕事で得られるやりがいや、支援の難しさがきちんと伝わるようなパンフレットやリーフレット、WEBサイト等を作成し、進路の参考にしてもらうべきである。 〇高校生や大学生、あるいは、いわゆる第二学卒者などの若年層に、障がい福祉の仕事に興味を持ってもらうことが重要であることから、事業所等は、積極的に有償ボランティアやアルバイトとして受入れ、受入側がしっかりとサポートを行うことにより、障がい福祉の仕事のやりがいや魅力を感じてもらい、就業につながるように努めるべきである。また、県はそうした取組みが円滑に進むよう、県全体での取組みとして位置付け、広報と相談に努めるべきである。 〇障がい福祉の仕事に興味のある学生等に対し、事業所等に就職した後に自身の希望とのミスマッチが発生しないよう、事業所等は、従前から行われている職場体験的な短期のインターンだけでなく、数週間から数か月程度にわたる長期のインターンとして仕事を経験できる機会を提供すべきである。また、県はそうした取組みが円滑に進むよう、県全体の取組みとして位置付け、広報を充実すべきである。 (元気高齢者へのアプローチ) 〇令和3年4月1日に「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」が改正施行され、65歳までの雇用確保義務に加え、70歳まで定年を引き上げるといった高年齢者就業確保措置だけではなく、高年齢者が希望するときは、雇用によらず、事業主が自ら実施する社会貢献事業や、事業主が委託・出資・資金提供等する団体が行う社会貢献事業などに従事できるよう、必要な措置を講じる努力義務が課せられた。県は、事業主、委託・出資等を受ける団体、高年齢者といった関係者に対し、この制度(創業等支援措置)のメリットについて周知を図り、同制度の活用によって、障がい福祉に関わる「元気高齢者」を増やすよう取り組むべきである。 (その他のアプローチ) 〇どの事業所等に就職するかを決定づける重要な要素として、給与水準だけではなく、働く場所と住む場所の地域の魅力を挙げる求職者が多いとの指摘もある。地域の魅力が高まることで移住者を呼び込み、仕事の選択肢に福祉・介護職があるといった事例もあることから、県及び市町村は共同して、神奈川の各地域の魅力を高め、移り住みたい、住み続けたいと思わせる街づくりを行うことを進めていくための協働組織を立ち上げるとともに、動画配信等の様々なツールを活用し、地域の魅力をアピールすることに努めるべきである。 〇外国人であるEPA介護職員は、特別養護老人ホームや介護老人保健施設を主な職場としており、障がい福祉の分野では、決して多くは活躍していない現状である。したがって、県は、その就業の実態を調査して課題を整理した上で、国とも連携し、課題解決を図ることにより、障がい福祉分野においても外国人が活躍できるような環境整備に努めるべきである。 (人材確保における視点の転換) 〇発達障がいのある子どもたちが、年長の頃には加配保育士がいなくても、クラスの中で過ごしていける力を育てるということが重要な視点である。本当に必要なところだけ、必要な支援を受けることができる形を作っていくことが必要であり、マンツーマンで支援者が常に側についていなくても、しのげる力や、本人が心動くこと、頑張れるものを見つけるという視点が重要である。「手厚い」支援を実現することを目的として人材確保のみを行うのではなく、そうした視点に立って「手厚い」支援について、もう一度考える必要がある。 〇また、本検討委員会では、「『手厚い』支援というのは、人手が多いことのみではない。身体拘束が行われている県立施設に行くと、『人手が足りなくて拘束せざるを得ない』という話が出るが、県立施設は人員的には『手厚い』配置となっている。人手や予算の問題ではなく、暮らし方の問題である」といった意見もあった。当事者の暮らし方には、環境要因や個人の要因など、複合的な要素が組み合わさっており、それらのことをしっかりと捉える必要がある。また、「人手がないから構造化する、という話に陥っていくことに危機感を持っている」との意見もあった。県及び事業者は、当事者の暮らし方の視点に立ち、当事者の目線に立った支援を進めていくという視点に立った人材配置に取り組むことが重要である。 〇人材育成と施設のあり方について関連させて考え、支援する障がい当事者の状態像に応じて、支援者にどのような研修に参加させるのか、また、適切なカリキュラムが用意された研修を受講することができるのかが重要である。それらを前提とした上で、現在の事業所の状況が、支援者を増やすことが必要な段階であるのか、質の高い支援者が求められている段階であるのかということにより大きく変わってくる。県は、事業者が現在の状況に合わせた人材確保の適切な対応が取れるよう支援を行うべきである。 (県のリーダーシップの発揮) 〇福祉人材の確保・育成は、今後、長期にわたって続くと考えられる、極めて厳しい課題である。単独の自治体で解決することが困難な課題であり、広域的な対応が必要不可欠であって、オール神奈川で取組みを進めることが重要である。こうしたことから、県は、市町村、事業所等と緊密な連携を図りながら、関連施策を着実に講じることとし、重層的かつ広範な取組みにつなげるため、市町村や事業所、教育等関係機関、人材サービス業者等による共同事業体を立ち上げ、そのエンジンとすることを検討すべきである。 1)独立行政法人労働政策研究・研修機構「労働力需給の推計-労働力需給モデル(2018年度版)による将来推計」、2019 2)厚生労働省「令和元年社会福祉施設等調査(社会福祉施設センサス)」、2019 3)厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」、2021 4)厚生労働省「詳細資料-社会・援護局(社会)」令和3年度全国厚生労働関係部局長会議資料、2021 5)パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2030」、2018 6)厚生労働省「毎月勤労調査 平成30年9月分結果確報」、2018 7)厚生労働省「平成30年度障害福祉サービス等従事者処遇状況等調査結果」、2018 8)厚生労働省「2019年(令和元年)雇用動向調査結果の概況」、2020 9)公益社団法人介護労働安定センター「令和元年度介護労働実態調査の結果」、2020 10)厚生労働省「新規学卒者の離職状況を公表します」、2021 11)公益財団法人介護労働安定センター「令和元年度介護労働実態調査の結果」、2020 12)株式会社浜銀総合研究所「障害分野におけるロボット等の導入促進に向けた調査研究事業 調査結果報告書」厚生労働省令和元年度障害者総合福祉推進事業_成果物、2020 13)ユーキャン「60代の資格取得に関する意識調査」、2014 14)イノベーション・デザイン&テクノロジーズ「社会人の大学等における学び直しの実態把握に関する調査研究報告書」文部科学省平成27年度先導的大学改革推進委託事業、2016 3 障害者支援施設(県立施設を含む)のあり方 ア 現状・課題 〇障がい者の住まいをめぐる諸施策に関しては、障害者基本法において、「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現する」ため、実施する国や自治体等の関係施策の基本原則を定めており(第1条関係)、その施策は、「全て障害者は、可能な限り、どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられない」こと等を旨として図られることとされている(第3条関係)。これは、長年の当事者運動の成果等により、ノーマライゼーションの理念が実体化されてきたものである。 〇このため、今日、障がい者の居住の場は、旧来の入所施設やグループホームだけではなく、一般住宅において、重度の障がいがあっても地域で生活することが当たり前であることが、障がい福祉施策の計画目標の射程に入ってきている。とりわけ、地域との関わりが希薄になりやすい入所施設については、国が定める障害福祉基本計画1において、グループホーム等の地域の受け皿を整備しながら、段階的・計画的にその入所者数を減少させていく方針としている。 〇このような我が国の障がい福祉施策の大きな方向を踏まえると、各自治体は、今後、新たに入所施設を整備することを障がい福祉計画に盛り込むことは考えにくく、したがって、現在の入所施設にあっては、入所者の地域生活移行や高齢化に伴う介護施設や病院への移行等に伴って、入所者数が漸減していくことが予想される。 〇実際、各自治体の障がい福祉計画の下、地域生活の受け皿としてのグループホーム等の整備が進められ、各地の入所施設は、入所者数が減少傾向にあり、神奈川においても、平成22年度に、グループホームの利用者数が入所施設の入所者数を逆転している2。 〇一方で、「親亡き後」の恒久的な居住の場として、入所施設に「安心感」を持つ親もおり、障害福祉制度改革推進会議総合福祉部会(平成22年)での議論のように、当事者と意見がぶつかる場面もあった3。「本当に、グループホーム等で看取りまで対応できるのか」、「行動に課題のある人や医療的なケアが必要な人など、入所施設の重厚な設備や職員配置でなければ対応が困難なのではないか」、「『施設解体』と唱えたところで、高齢の障がい者など、地域生活移行できない人、できたとしても戻ってくる人がいるではないか」とする意見は根強く存在する。 〇今日、高齢化や重度化、医療的ケアの必要な障がい者の増加など、障がい福祉を取り巻く新たな課題も生じており、こうした課題を踏まえ、その望みや願いに応じて、障がい当事者が地域で当たり前に生活するために必要な支援をどう組み立てていくのか、入所施設はその役割を担うことができるのか、あるいは、その役割を担うべきなのか、具体的に考えていく必要がある。 〇また、入所施設の成り立ちとして、戦後間もない時期、地域に障がい福祉の社会資源がほとんどなかったときに、在宅の障がい児・者を受け止めてきたのが、先駆的な実践家らによる障害福祉施設であったという歴史も踏まえておくことが重要である。 〇本検討委員会の議論では、入所施設の機能が必要な場合もあるという意見もあった。具体的には、本人の心も身体も傷ついている状態であって、ただ入所させて管理するのではなく、プライバシーが守られ、心と身体の傷を癒せる環境でなければならない、そうした機能がなければない方が良い、とする意見である。 〇県立施設については、次期指定管理期間が令和5年4月から5年間で開始されることから、その指定管理者の選定基準4に反映させるための当面の県立施設のあり方を、本検討委員会の中間報告に盛り込んだところであるが、報告書の取りまとめに向けて、その必要性も含めた将来のあるべき姿については、入所施設の将来展望に含めて検討を行った。 〇県立施設が置かれている状況は、神奈川の地域社会全体を反映している。したがって、そのあり方を考えるときには、県立施設だけでなく、地域全体を見ていく必要がある。例えば「日中活動は施設の外に出ていく」と言っても出ていく先がなければ絵空事になる。その場所づくりは福祉関係者だけが担う必要はなく、長期的というより、むしろ中期的な展望として、例えば温泉を経営している人たちにも、地域の福祉資源として加わってもらうという視点が必要である。 〇また、県立施設は民間に比べて人員配置が圧倒的に厚く、県立施設が抱える課題は、人員や運営費といった制度の問題ではなく、暮らし方の問題だと捉えるべきである、とする意見もあった。 〇こうしたことから、神奈川の入所施設のおよそ20年後の姿を展望するに際しては、 @入所施設でしか担えない役割は本当にないのか(入所施設を解消して不都合はないか)【施設機能の代替可能性】 A入所施設の「待機者」にみられる新たな入所需要をどう考えるのか【ニーズの緊急性】 B現在の入所者の生活の質をどう確保していくのか【現入所者の保護】 といった論点を十分に検討した上で、「20年後、入所施設はどうなっているか」について考えていく必要がある5。 イ 検討の方向性 (基本となる考え方) 〇障がい当事者の施設での暮らし、地域での暮らしに関する考えは、立場によっても異なり、様々な意見があるが、地域で障がい者が安心していきいきと生活できるための条件が整い、家族だけに過重な負担が課せられることがなければ、ノーマライゼーションの理念に基づき、地域における本人中心の当たり前の暮らしを可能とすべきである。 (必要な支援の組み立ての議論) 〇入所施設は、構造的に24時間完結型で管理的な運営に陥りやすい上、入所者が地域と関わる機会に乏しいという課題があることから、当事者ができる限り地域で生活できるように、今後、神奈川全体で、必要な支援の組み立てを議論した上で、その役割と機能を見直し、20年後には、入所施設の役割の転換が図られることを目指すべきである。 〇県はその議論の過程にしっかりと関与し、広域の(自立支援)協議会等において議論を重ね、県下の各事業者の理解、合意の下で、社会福祉連携推進法人や地域生活支援拠点などの仕組み、制度を活用しながら、神奈川全体で、必要な支援の組み立てを行っていくことが必要である。 〇その議論の過程においては、地域の人が気軽に行き来できるなど、風通しがよく、地域とのつながりのある施設になることが重要である。また、入所施設の利用者には、その施設だけが暮らしの選択肢ではないことを知ってもらうことが必要である。また、入所施設の役割・機能が縮小するとするならば、入所施設で暮らす利用者たちが夢を持てるような行き場所を作っていくことが同時進行していかねばならない。入所施設の利用者には、誰とどんなところで暮らしたいのか、適切に自己選択・自己決定の機会が用意されるべきである。 〇神奈川全体での必要な支援の組立てについて、具体的には、@相談、A住まい、B日中活動、C居宅支援、D移動、E集いの場、F地域のつながり、について充実させ、入所施設の機能の地域への分散化を図っていくことが重要である。 (県立施設の置かれている課題への当面の対応) 〇とりわけ県立施設に関しては、相談支援が届いておらず、当面の対応として、計画相談がどのように実施されているかを明らかにし、外部の目で支援内容を見て、社会から孤立しないように改善していく必要がある。 〇さらに、県立施設の支援内容について、これまでの、障がいの程度が最重度の人を中心に受け入れて、当該県立施設だけで支援内容を組み立てるというやり方を改め、当面の対応として、地域の障害福祉サービス提供事業者と連携した支援体制づくりに取り組む必要がある。 (中長期的な入所施設のあるべき姿) 〇このような施設機能の地域への分散化等を図りながら、本検討委員会として想定することのできる、中長期的な入所施設のあるべき姿としては、以下のことが考えられる。 ・旧来の保護収容型の入所施設は解消を目指す。新規入所は、緊急時対応を除き、原則として有期の自立訓練のみ(通過型)とし、地域生活が困難となった障がい者がまた地域生活を送れるようにするための一時的な受入れに注力する。併せて、実質的な「昼夜分離」を進め、施設の機能は、居住支援(夜間の支援)に特化させるものとする(ただし、地域に対する日中活動サービス等の提供は妨げない)。 ・うち、県立施設については、機能(市町村支援、基幹相談支援、研修機能)の移転を進め、規模を縮小の上、民間移譲も視野に入れた検討を行う(ただし、県として求められる臨床研究的役割、人材育成は別途検討を進める)。 ・なお、入所施設は、日中活動(生活介護等)と居住(施設入所支援)の報酬収入セットで制度設計されているため、居住部分だけで運営を維持できるかが課題であることから、国に対して制度改善要望を行うことも検討すべきである。 〇こうしたオール神奈川での取組みを進めることにより、神奈川の入所施設については、その役割の縮小と転換を図り、緊急時対応と通過型のサービス提供に重点化することを、2040年頃のあるべき姿として目標とすべきである。 (その他の重要な指摘) 〇なお、本検討委員会において、入所施設には様々な立場の人々が関わることから、前述のことを、本当に20年後の姿として目標にできるのか危惧する、という意見もあった。他県では、コロニーと呼ばれる県立の大規模入所施設について、「施設解体宣言」を打ち出すも、結局は同規模の新たな入所施設に建て替えられたという事案があることも紹介された。国においても、入所施設から地域生活への移行を政策として進めているものの、障がいの重度化や高齢化を主因として、近年、入所施設の利用者数の減少幅は少なくなっている。いまだ約12万人が入所しているという事実は重たく、入所施設の利用者をゼロにすることは相当な時間を経ても困難であるとする意見もあった。 〇一方で、20年後の目標を、「入所施設に頼るような障がい福祉からの脱却」といった強い表現にすべきという意見もあった。「施設と地域は対立しない」、「二者択一ではない」という理念の下、地域のサービスをだんだん増やしていけば、入所施設の利用者数が減っていくという想定で、訪問系・日中活動系のサービスを制度発足時から大幅に整備してきたが、入所施設の利用者数はそれほど減少していない。  〇歴史的な経緯はあるにせよ、旧来の保護収容型の入所施設は、構造的に障がい者の地域生活を阻むものだという認識を強く持たないと、入所施設の役割・機能の転換はうまく進まず、規模の縮小も実現できずに地域生活移行も進んでいかない状態が続くのではないか、と懸念する意見もあった。 〇また、7か所の県立施設のうち、新しい津久井やまゆり園と芹が谷やまゆり園は、60名程度の定員規模に縮小し、全個室化とした上で、ユニットケアにも取り組み始め、今後、通過型施設への機能の転換も期待されるところである。他の県立施設は、前述の役割の転換に向けたプロセスの設計はこれからであるが、外部の事業所に出向く日中活動の提供という方法だけではなく、居住サービスを「外出し」し、本体施設は、民間事業者のノウハウも活用し、魅力的な就労の場、日中活動、余暇活動等を提供できるようにし、利用者は本体施設の外の住まいから通えるようにするという方法も検討すべきである。 (県立中井やまゆり園外部調査委員会の設置) 〇折しも、本年(令和4年)3月、県立中井やまゆり園における利用者支援外部調査委員会が設置された。これは、令和元年7月に発生した骨折事案における再調査を進める中で、別の不適切な支援に関する情報を把握したことから、徹底的に調査を行うためのものである。 〇これまで、県は、中井やまゆり園の支援改善に向け、外部有識者による「中井やまゆり園の当事者目線の支援改革プロジェクトチーム」を設置し、検討を行ってきたが、プロジェクトを進めていく中で、骨折事案に関する職員ヒアリングを実施したところ、別の不適切な支援に関する情報を把握した。このため、不適切な支援が他にもないか確認するため、同園の職員等を対象に匿名アンケートを実施したところ、不適切な支援に関する情報が複数把握された。こうしたことから、その把握した情報を徹底的に調査するため、同改革プロジェクトチームの構成員による外部調査委員会が新たに設置されたのである。 〇中井やまゆり園における不適切な支援に関する報道をきっかけにした対応については、本検討委員会の中間報告においても言及したところである。本件に関しては、本検討委員会としても、早期の真相の解明を期待するとともに、入所者に対する適切な支援の確保及び支援者の就労環境の整備を望むものである。 1)障害者基本法第11条に基づき策定される「政府が講ずる障害者施策の最も基本的な計画」(内閣府HP)であり、現行の第4次障害者基本計画は平成30(2018)年度からの5年間とされている。 2)神奈川の入所施設の入所者数は平成22年度実績で3,915人(86か所)、同じくグループホーム入居者数は5,136人(362か所)である。 3)平成22年8月31日の障がい者制度改革推進会議総合福祉部会(第6回)では、「他の者との平等や自己実現のためには、いのちを守ることが平等の基本基盤であり、権利条約第10条には、生命に対する権利を規定している。重症児施設入所は、この権利を守るために契約で選択したものである。入所中の生活支援方法が問題であるというのであれば、そのあり方を改善すればよいのであり、命を守るための必須な選択肢である施設入所を全面的に否定してはならないので、地域移行の法定化をするとしても、施設は、選択肢として残すべきである」との意見がある一方、「どんなに障害が重くても、必要な支援を受けて地域で当たり前に自立して暮らせるように、資源を整備することが課題。必要とされる入所施設があるなら、目的と期限を明確にする。居住サービスのあり方が一変したら、現行の施設からの移行を法定化して進められることになる。これには国も自治体も、財政的な保障を確立していくことが前提となる。わが国では、多くの障害者が施設や病院での暮らしを余儀なくされてきた歴史があり、いまなおこの重要な課題を残している」とする意見などがみられた。 4)県のホームページ(https://www.pref.kanagawa.jp/docs/dn6/r5_shiteikanri_bosyu.html)において、さがみ緑風園、芹が谷やまゆり園、津久井やまゆり園及び三浦しらとり園の指定管理者(令和5年度から令和9年度)の募集要項が公開されている。 5)木下真「知的障害者の施設をめぐって」NHK福祉情報サイトハートネット、2020などを参考とした 4 当事者目線の徹底と権利擁護 @ 本人活動の推進、政策決定過程への参加 ア 現状・課題 〇「本人活動」とは、障がい者同士が様々な自主的な活動を行うグループを中心とした活動である。我が国では、特に知的障がいをもつ当事者たちの自主的活動を指してこの用語を使っている。基本的にはあくまでも当事者が運営の中心を担っているが、活動を進めていくためには支援者の存在が不可欠で、親の会や行政機関、社会福祉協議会などがバックアップしている場合もある。 〇我が国の本人活動のグループの数は、2005年(平成17年)の全日本手をつなぐ育成会(当時)の調査によると全国で239団体である。グループの構成員は、10人前後のところが多いが、数人から数十人まで様々である。親の会のバックアップから生まれたもの、行政・社会福祉協議会などの支援を受けているもの、カナダを発祥地とする世界組織であるピープルファーストの流れを組むもの、など性格が異なるグループが混在している。上記の調査を最後に本人活動についての本格的な実態調査は行われていない。 〇神奈川の本人活動のグループ数は、上記の調査で15団体である。本検討委員会の当事者委員が所属する本人活動グループは、「ピープルファースト横浜」、「ブルースカイクラブ」、「にじいろでGO!」である。本格的な調査が途切れたままで実態が把握されておらず、各グループがつながる機会がないので県内の本人活動グループのネットワーク組織化が当事者の間で議論されている。 〇本人活動の具体的な活動内容は、当初はカラオケ、外出、ボウリングなどのレクレーション活動が主軸であったが、近年は当事者の権利意識が急速に高まり、障害者権利条約、福祉サービス制度、成年後見制度、自分たちの住む場所をどう選ぶか、意思決定支援などについての勉強会・学習会も盛んに行われるようになっている。 〇本検討委員会において本人活動の実際について、当事者委員から次のように紹介があった。 [本人活動の会でやっていること] ・同じ仲間と障がい者のことをよく知っている人や関係する人たちと一緒になって話し合いを行う ・全国大会への参加 ・いろんな仲間たちと交流や情報交換ができる場所になっている ・自分たちに関係する福祉の制度について勉強している [良かったこと] ・いろいろな人たちと話し合いを行うことが楽しい ・学校を卒業したら友だちができなかったけど本人活動の会をやったら友だちができていろんな体験できることが良かった [大変なこと] ・いろんな同じ仲間と友だちができたけど時々トラブルに巻き込まれることがあるので辛い [まとめ] ・本人活動の会をやっていて今までは一人でいろんなことを悩むことがあるけど仲間がいるだけで力になる。人に優しくなれる 〇また、近年注目されているピアサポートとは、一般に同じ課題や環境を体験する人が、その体験から来る感情を共有することで専門職による支援では得がたい安心感や自己肯定感を得られることを言い、歴史的には、身体障がい者による自立生活運動により始まり、後に、知的障がいや精神障がいの分野にも広がって、今日、広く定着し始めている。 〇近年の動向をみると、国の社会保障審議会障害者部会が平成27年に取りまとめた、「障害者総合支援法施行3年後の見直しについて」1において、「地域移行や地域生活の支援に有効なピアサポートについて、その質を確保するため、ピアサポートを担う人材を養成する研修を含め、必要な支援を行うべき」とされ、平成28年成立の改正障害者総合支援法の附帯決議においても、「ピアサポートの活用等の取組を一層推進すること」とされた。国は、厚生労働科学研究等における検討を踏まえ、令和2年度、ピアサポーターの養成や管理者等がピアサポーターへの配慮や活用方法を習得する「障害者ピアサポート研修事業」を創設し、地域生活支援事業費等補助金の補助対象とした。 〇県では、精神障害者地域移行・地域定着支援事業において、精神障がいの当事者であるピアサポーターを養成し、長期入院患者の地域生活移行を促進するためのピアサポーターによる精神科病院への訪問活動等を支援している。ピアサポーターは平成30年度に47人、令和元年度に49人、令和2年度に51人が登録しており、入院患者や病院職員を対象とした地域生活の体験談や情報提供を行うとともに退院意欲を喚起し、退院したい意向を示した患者の個別支援を行っている。 〇また、神奈川県社会福祉協議会は、地域福祉活動支援事業により県内の当事者団体や広域的なボランティア団体、市町村域の福祉関係者からなるネットワークを組織し、地域の課題解決やいきいきとした地域づくりに取り組む活動に必要な費用の一部を助成している。 〇こうしたピアサポートの活動の推進のための課題としては、平成27年度に国がまとめた「障害者支援状況等調査研究事業報告書」2によると、「活用資金の不足」(回答件数72件のうち9件)や「ピアサポート活動の幅の拡大」(同8件)、「ピアサポート活動従事者の孤立化」(同6件)、「活躍する場の不足」(同6件)が比較的多かった。 〇加えて、当事者同士の活動の課題を調査した例として、平成28年度に「発達障害者の当事者同士の活動支援の在り方に関する調査報告書」3がとりまとめられており、「運営で苦労している点」の回答では「利用者の対人関係」、「スタッフの確保」、「運営資金」の割合が大きかった。 イ 検討の方向性 (本人活動の重要性の普及啓発) 〇当事者目線の新しい障がい福祉は、障がい当事者が生活の困難さにぶつかった時に、必要な支援を得ながら、本人が中心となってその課題を解決していくことを旨とすべきである。県は、そうした本人を中心とした活動を地域全体で支える仕組みを構築するために、本人活動の重要性について、広く県民に周知、啓発していくべきである。 (当事者団体の活動の活性化) 〇地域生活で生じる様々な生活課題を抱えていて、障がい当事者同士の交友関係を持てない人がいるとの指摘がある。県は、当事者同士が支え合う活動を活性化させる観点から、当事者同士のつながりや居場所を作っている当事者団体等の活動事例を、広く紹介すべきである。 (当事者の役割の拡充) 〇県が実施する障がい福祉施策関係の研修について、受講者が当事者目線の障がい福祉についての理解を深めるため、研修プログラムには、当事者の声を聞いたり、当事者にグループワークに参加してもらうことなどを取り入れるべきである。また、障害福祉サービス提供事業所の研修において、県立施設の利用者も含め、当事者に登壇してもらうなど、当事者の話を聞く機会などを増やすべきである。 〇障がい当事者の権利擁護を進めていくに当たっては、当事者が関わることが重要であり、県が設置する、障がい福祉に関連する各種調査検討委員会や自立支援協議会に、当事者の参加を必須とし、既に導入している場合には、さらなる拡大を検討すべきである。 (分かりやすい情報提供の配慮) 〇障がい当事者から、県が設置する各種検討会議の報告書等の資料は、難しくて理解しにくい、との声が多い。県は、こうした報告書等の取りまとめに当たっては、当事者に目を通してもらって意見を聞き、難しい単語や言い回しを使わずに、できる限り優しい文章にするとともに、イラストや図、写真、映像なども使う工夫が必要である。また、理解しやすい簡易版を作成するなど、情報提供の方法について配慮すべきである。 (企業活動への参画) 〇企業者の商業サービスについて、障がい当事者が、障がい者の立場からチェック して意見を出すなどして、当該商業サービスがより多くの販売につながった事例がある。県は、ユニバーサルな社会を目指して、こうした企業活動への障がい当事者の参画事例を広く共有し、啓発すべきである。 (支援者の確保・養成) 〇本人(当事者)活動が続いていくためには、本人の主体性を最優先とした上で、その活動を適切に支援する人の存在も重要である。本人活動として、支援者のサポートを受けながら相談支援計画を作成している事例もある。県は、適格な支援者を確保、養成していく観点から、現に、当事者団体の活動をサポートしている支援者の活動実態を調査、把握することにより、支援の活動を続ける上での課題を明らかにし、その課題解決に向けての取組みを進めるべきである。 (意思決定支援への本人以外の当事者の関与) 〇県においては、現在、サービス等利用計画や個別支援計画が、真に当事者の目線 で策定されるよう、その策定過程について、サービスを利用しようとする当事者及び家族を含めた多職種によるチームを編成し、本人の心の声にしっかり耳を傾ける意思決定支援の仕組みを導入することとしている。今後、県は、この多職種チームに、できる限り本人以外の当事者の参加が得られるよう奨励すべきである。 (ピアサポーターの活躍の機会の創出) 〇現在、県は、精神障がい者のピアサポーターを養成しているが、その活動範囲は、精神科病院の長期入院患者の地域生活移行が中心とされている。ピアサポーターの活動は、同じ課題や環境を体験する人が、その体験から来る感情を共有することで専門職による支援では得がたい安心感や自己肯定感を得られるものとされており、知的障がいや身体障がいの分野においても必要な活動であると考えられる。このため、県は、ピアサポーターの活動範囲についての研究・検討を進めるとともに、国庫補助事業である「障害者ピアサポート研修事業」を活用し、ピアサポーターの養成研修の充実を図り、障がい福祉の分野全体でピアサポーターが活躍できる基盤を作るべきである。 〇また、ピアサポーターの活動は、現状では事業所内部での募集などに限られており、多くの当事者がピアサポーターになることを希望しているにも関わらず、事業所側がそれに応じられない状態が続いているとの指摘がある。県はピアサポーターの存在や効果などを事業所等に対して周知するなどし、ピアサポーターの活躍の機会を作り出すよう努めるべきである。さらに、県は、ピアサポーターを養成した後も、しっかりとフォローアップする こととし、その活動が孤立化しないよう、また、よりピアサポートの技術が向上するよう、ピアサポーター同士の交流の機会やスキルアップ研修の機会を設けるべきである。 (当事者の活動の機会の確保とその支援) 〇「お花見やバーベキュー、交流会といったイベントを企画し実施することは大変だが、やってよかったという達成感を感じられる」という意見や、「話す内容が虐待や差別のことばかりで落ち込むことや、信頼する職員が突然辞めてしまい困ってしまい、話がうまく進まないこともある」といった意見があった。また、「当事者の近くにいる職員が、当事者と一緒に乗り越えようとする思いがあれば、絆が深まるので、当事者も支援者もお互い努力して、もがき続けることが大切」、「施設で暮らす当事者たちにも、そういう経験ができる機会があるとよいと考えられる」とする意見もあった。県は、当事者がたくさんの選択肢と経験を得て、社会参加の促進が図られるよう、当事者主体の活動を支援するとともに、そうした活動を支援できる支援者の養成を図るべきである。 (本人活動への財政支援) 〇本人活動は、障がいのある当事者と支援者が集まって活動しているが、活動資金は全てその参加者たちでお金を出し合っている。そのため、調査をするなど活動を広げていくためのお金がまったくない状況にある。活動を広げ、活発にしていくために、行政からの財政的支援が必要である。 1)社会保障審議会障害者部会「障害者総合支援法施行3年後の見直しについて〜社会保障審議会 障害者部会 報告書〜」厚生労働省、2015 2)みずほ情報総研株式会社「障害福祉サービス事業所等におけるピアサポート活動状況調査」厚生労働省平成27年度障害者支援状況等調査研究事業報告書、2016 3)一般社団法人発達・精神サポートネットワーク「発達障害者の当事者同士の活動支援の在り方に関する調査報告書」平成28年度厚生労働省障害者総合福祉推進事業指定課題15、2017 A 虐待ゼロの実現に向けて ア 現状・課題 〇障がい者に対する虐待は、障がい者の尊厳を害するものであり、重大な人権侵害である。平成24年10月に「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」(障害者虐待防止法)が施行され、障がい者に対する虐待の禁止や虐待防止の体制整備、障がい者に対する虐待を発見した者は、市町村等に通報することが義務づけられた。 〇また、我が国の「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約)批准後、初めて策定された国の障害者基本計画(第4次)では、条約の理念を尊重し、「差別の解消、権利擁護の推進及び虐待の防止」が障がい者施策の基本的な方向の一つに位置付けられた。 〇厚生労働省が実施する障害者虐待防止法に基づく対応状況調査では、養護者虐待は警察からの通報の増加、施設従事者虐待は管理者等からの通報の増加を背景に、相談・通報件数が増加傾向にあるが、虐待判断件数は横ばいの傾向にある。虐待行為の類型は身体的虐待が最も多く、被虐待者の障がい種別は知的障がいが最も多い。また、被虐待者の内訳では、障害支援区分5及び6である人、「行動障がい」のある人が多い傾向にあり、県においても、同様の傾向が見られる。 〇また、国の研究等において、入所施設等での虐待を防止するためは、組織マネジメントを考える必要があり、社会人教育を基礎とした上での職員のスキル養成、理事長を筆頭にした管理職の公正な姿勢、風通しの良い組織風土の醸成等が重要である、と指摘している。 〇今日、事業所等に対しては、組織的な虐待防止策として虐待防止委員会を設置す ることが求められる。この場合、支援現場以外の職員や組織外の第三者性のある委員の参加による客観性の確保、虐待防止委員会の心得の作成などにより、事案を隠さない基本原則の確立がポイントとなる。また、虐待が発生した場合は、虐待者の責任追及ではなく、虐待が起きた環境要因に焦点を当てた原因分析を行い、改善につなげることが重要とされている。 〇県立施設については、津久井やまゆり園利用者支援検証委員会(令和元年度)、障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会(令和2年度)において、利用者支援の内容について検証が行われたが、利用者の安全の確保を優先することや障がい特性等を理由に身体拘束が常態化している事案が複数確認され、虐待が疑われる事例も確認された。同検討部会においては、大規模施設は構造的に閉鎖的、管理的な運営に陥りやすく、様々な課題が発生し易いことが指摘され、職員の意識改革や組織マネジメントの改革の必要性とともに、運営指導する県についても、正確な知識に乏しい上、本来の役割を果たしておらず、課題があると指摘されている。 〇県は、検証委員会及び検討部会等の指摘を踏まえ、現在、県立施設での身体拘束ゼロの実現を目指して、一人ひとりの身体拘束の状況を見直すとともに、身体拘束の実施状況をホームページで公表し、「見える化」を図っている。また、定期モニタリングの充実強化、施設職員に対する研修、多職種での検討・研究する場の設置などを進めている。 〇とりわけ、現状、長時間の居室施錠の件数が多い、県立中井やまゆり園については、令和3年2月、関係市町村に対し、居室施錠等の身体拘束の実態について情報提供を行うとともに、意見交換を実施し、不適切支援をなくす取組みを進めてきた。しかし、同園での不適切支援について新聞報道がなされたことをきっかけに、支援の改善を加速する取組みが求められ、令和3年9月に、外部有識者による「県立中井やまゆり園当事者目線の支援改革プロジェクトチーム」を設置し1、支援内容の改善の取組みを進める態勢を強化している。 〇また、県は、令和3年5月、市町村障害者権利擁護・虐待防止担当者会議を開催し、市町村の虐待防止対策についての情報交換の機会を設けている。この会議において、虐待を疑われる案件の取扱いについて、「相談・通報をきっかけに、より良い支援につなげ、身体拘束を行わずに支援する方法を一緒に検討していけるとよい」、「身体拘束の3要件の見解について、市町村ごとに見解が異なるのはよくない」、「これを虐待と認定すると、重度の人を県立中井やまゆり園で受けてもらえなくなるといった懸念がある」、「市町村の統一的な対応を県が示すべき」といった意見が挙げられた。こうした意見を踏まえ、今後、県は、市町村と県が共通の認識を持つための「虐待調査認定ガイドライン」(仮称)を作成していくこととしている。 〇さらに、県は、年に1回、事業者をはじめ広く県民に対し、虐待の早期発見や虐待防止、権利擁護に関する意識啓発のための講演会を実施している。加えて、平成23年度から、障がい者虐待防止・権利擁護の研修会を、市町村担当職員、施設設置者・管理者、虐待防止マネージャーに分けて実施しており、合計で毎年度100名程度の受講がある。平成28年度からは、研修修了者が地域や施設にどのように還元しているかを確認するために、受講要件に伝達研修を実施することを加え、伝達研修実施後の報告を求めることとした。 イ 検討の方向性 (障害者虐待防止法等の周知) 〇障がい当事者の中には、虐待されたのか、セクハラされたのか、いじめられたのか区別ができない人もいるが、まず、本人が虐待等をされたことに気づくことが大切である。障がい当事者に対しても、虐待防止法の研修を行うことが必要である。事業所等は、障がい当事者に対して、基本的な「権利」や「虐待」とは何かを知ってもらうための研修や、障がい当事者と支援者等がお互いに話し合える環境を整えることとし、県は、その実現に向けた支援を行うべきである。 〇また、県は、県民等に対して、障害者虐待防止法の周知、障がい者の権利擁護についての啓発、障がいや障がい者虐待に関する正しい理解の普及について強化を図るべきである。 〇「入所施設等での虐待報道には不安しか覚えない。いつ自分が虐待を受けるか分からないという不安を抱えながら暮らしている人もいる」、「虐待という言葉は多くの人に不安を与えていることを知ってもらいたい」との意見があった。県は、県民等に対して、施設で暮らしている当事者から話を聞く場を設け、身体拘束廃止に向けて、一人ひとりに何ができるのか等を考える機会を提供する必要がある。 (当事者目線の支援の徹底) 〇「身体拘束をされ、一生自由を奪われていく環境があることを知った。自分の気持ちを伝えて、分かり合えない結果、身体拘束されてしまうことに大きな不安がある」、「望む暮らしや、目指したいことを上手に言えないときもあり、障がい当事者は悩みもがきながら暮らしているときもある。そんなときに話を聞き、一緒に悩みもがいてくれる存在が必要である」とする意見があった。支援者は、障がい当事者一人ひとりの目線に立って、その人の人生や思いを想像する力を磨くことが大切であり、当事者の話をしっかりと聞き、様々な活動等を通して、お互いの信頼関係を積み重ねていくべきである。 〇法令等に基づいた手続きを経てやむを得ず身体拘束等を行った場合でも、支援者は、身体拘束はその人の自由を奪う行為であることを忘れず、常に支援内容を検証しなければならない。身体拘束に頼らない支援を検討し、その人らしくいきいきと暮らすことができるよう、障がい当事者の幸せを追求していくことに対して責任を果たすべきである。 (意思決定支援との関係) 〇権利擁護の観点から、意思決定支援が適切に行われることが重要である。意思決 定支援の考え方や取組みを着実に県下に広げていくために、県は、事業者等に普及・啓発を行うとともに、しっかりとした推進体制を構築するべきである。また、県は、意思決定支援の質の向上を図るため、必要な実践的な研修を実施すべきである。 〇県は、意思決定支援の普及について、まずは、支援者目線の支援に陥りがちな入所施設から取り組むこととしている。意思決定支援は、権利擁護の基礎となることから、入所施設以外の事業所も主体的に意思決定支援に取り組んでいくこととし、県は、その実現に向けてサポートすべきである。 (支援の質の向上に向けた取組み) 〇権利の主体者である福祉サービス利者用の人権を守り、絶えず質の高いサービスの提供に努めることが、虐待の防止につながる。事業者は、支援の質の向上のために、管理者、中堅職員、新規採用職員など、それぞれの役職や階層、経験年数やスキルに応じた研修の充実強化を図るべきである。また、単独で研修を実施することが難しい小規模な法人などの場合、社会福祉連携推進法人制度2なども活用し、法人等の枠を超えて連携・協力して実施できるよう努めることとし、県は、その実現に向けた支援を行うべきである。 〇虐待を防止するためには、身体拘束に頼らない支援を確立していくことが重要である。行動障がいのある人など、一人ひとりの状態像が異なることから、身体拘束を行わない支援の方法を組み立てるには、適切にアセスメントを行うことが必要である。事業所等は、管理者、支援者、各種専門職が参加し、本人の好きなこと、得意なこと、苦手なことなどに注目しながら、きめ細かな分析が行われるよう、アセスメントの手法の確立及び向上を目指すことが重要であり、県は、その実現に向けた支援を行うべきである。 〇障がい当事者は障がい福祉施策、あるいは支援の現場を変えていく力を持っている。事業所等は、障がい当事者に支援内容を直接見てもらい、職員との意見交換を行うなどにより、職員の意識改革や支援の改善に取り組むべきである。 (虐待防止のための具体的な手法) 〇不適切な支援が虐待につながることを防ぐためには、障がい者の権利を侵害する小さな出来事やヒヤリハット事例を素早く把握し、職員間で共有することが重要である。事業所等は、支援内容について職員間で迅速かつ緊密に情報交換できる環境を整えるとともに、ヒヤリハット事例の分析と再発防止を行い、日ごろから、適切な支援につなげる仕組みづくりに取り組むこととし、県は、その実現に向けた支援を行うべきである。 〇本検討委員会において、事業者団体の取組みとして、ヒヤリハットとは異なり、日々の支援の場で支援者が思わず「ニッコリ」と笑顔になった出来事や、「ほっ」と心が温まる瞬間がを「にこりほっと」として共有し、支援される人のプラスの面に着目することで、今まで気付かなかった新たな一面が見えるという報告3もなされた。こうした取組みも広げていくべきである。 〇県立施設を含む事業所等は、支援内容や取組事例等について積極的に情報発信し、第三者から支援を評価される、支援の「見える化」を図る取組みを進めることとし、県は、その取組みが円滑に進むよう支援を行うべきである。 〇虐待防止は、事業所等における組織的な取組みが重要である。研修計画の策定、職員のストレスマネジメント、苦情解決、チェックリストの集計・分析と防止の取組み、事故対応の総括、他施設との連携等の役割を担う虐待防止委員会の設置等、必要な体制整備が求められる。虐待防止委員会は、これを設置しただけでは十分ではなく、いかに機能させるかが重要である。こうしたことから、事業所等は、外部の視点として、障がい当事者、家族会等の代表者、相談支援専門員、外部コンサルタント、他法人の虐待防止委員等を積極的に活用するよう取り組むこととし、県は、その取組みが着実に進むよう支援を行うべきである。また、事業所等が、単独での虐待防止委員会を設置することが難しい場合、近隣の事業者等と連携して設置し、報告や事例検討等を行うこととし、県は、その実現に向けた支援を行うべきである。 〇虐待が発生してからの対応よりも、虐待を未然に防止することが最も重要である。虐待行為が軽微な段階で適切に通報することができれば、被害は最小限で留められる。事業所等は、虐待や疑わしい事例が生じた場合、虐待として通報するかしないかを判断するのではなく、自分たちの組織を変えていく機会と捉え、まず相談・通報し、行政の事実確認を踏まえ、事業所等の設置・運営の責任者として、虐待発生の経緯と原因を分析・検証し、再発防止策を検討することが当然のこととして行われなければならない。県は、事業所等に対する集団指導など様々な場を活用して、このような虐待防止や権利擁護の取組みを周知・徹底するべきである。 (県立施設における身体拘束を減らす取組み) 〇県立中井やまゆり園の不適切な支援について、県立施設がどういう状態になっているか、実際にそこで暮らしている当事者はどのように過ごしているのかということを、外部から見る人がほとんどいない状態になっていることが、一番の問題である。県は、市町村や相談支援専門員はもちろんのこと、障がい当事者や第三者などが積極的に出入りできる環境を作るべきである。 〇県立施設は、これまで重度の障がい者に対応するためとして、民間施設よりも職員数を多く配置するといった「手厚い」体制を取ってきた。県は、そのような体制の中で身体拘束が行われている実態を把握し、支援内容について振り返る必要がある。加えて県は、当事者一人ひとりの人生や暮らし方について、当事者の願いや思いに耳を傾けながら一緒に考えていくという、職員の意識改革を行うべきである。 〇県立中井やまゆり園の不適切支援の改善については、本来は、園自らが主導してしっかりと進めるべきものである。また、県立施設であることから、県本庁も、支援の現場でどういう状況が起きているのかということを把握すべきである。県は、これまでの本検討委員会での議論も踏まえ、速やかに、身体拘束をされている利用者の暮らしの改善及び支援者の就労環境の改善に着手すべきである。 (行政の対応の底上げ) 〇行政は、障害者支援施設や障害福祉サービス事業所から事故報告書が提出された場合は、その内容が虐待に当たらないかという視点を忘れずに対応するとともに、特別監査による虐待認定に基づく指導、処分にとどまらず、事業者をコンサルテーションに結び付けるなど、改善に向けたサポートを行うべきである。また、行政は、県立施設を含む事業所同士が意見交換する場を設置し、身体拘束の状況把握や身体拘束に頼らない支援等を検討することも必要である。 〇市町村が虐待に関する情報提供を受けた際、当該市町村が適切に対応できるよう、県は、令和3年度中に「虐待調査認定ガイドライン」(仮称)を作成する予定であるが、県は、定期的に市町村障害者権利擁護・虐待防止担当者会議を開催し、虐待等不適切な支援の事案についての事例検討、身体拘束に頼らない支援など好事例の共有などを行い、市町村の虐待防止に関する知見の蓄積を支援するとともに、同ガイドラインについて、最新の情報が登載されるよう、随時、改定を行うべきである。 〇行政や相談支援専門員等は、積極的に施設を訪問し、身体拘束をされている障がい当事者の話を聞き、本人の気持ちや現状を理解する必要がある。その上で、身体拘束に頼らない支援や今後の暮らし方について関係者と意見交換を行うべきである。話し合った結果を、相談支援専門員やサービス管理責任者はサービス等利用計画や個別支援計画に着実に反映させ、市町村は計画に反映されているか確認していく必要がある。 1)令和3年9月27日に同チームが立ち上げられ、個別の事案ごとに検討を行い、改革プログラムを作成することとしている(https://www.pref.kanagawa.jp/docs/dn6/prs/r9560675.html)。県は、同チームにおいて、骨折事案における再調査を進める中で、別の不適切な支援に関する情報を把握したことから、徹底的に調査を行うために、令和4年3月3日、外部調査委員会を設置することとした(https://www.pref.kanagawa.jp/docs/dn6/prs/n220303.html)。 2)令和2年6月公布の「地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律」に基づき、令和4年度から施行される「社会福祉法人等が社員となり、福祉サービス事業者間の連携・協働を図るための取組等を行う新たな法人制度」(厚生労働省HP(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_20378.html)) 3)「さぽーと 知的障害福祉研究〈特集〉ヒヤリハットからにこりほっとへ」日本知的障害者福祉協会、2020などに詳しい。 B 意思決定支援の推進 ア 現状・課題 〇「障害者の権利に関する条約」の批准に向けて国内法を整備する中で、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(障害者総合支援法)の基本理念の規定(第一条の二関係)に、障がい者本人が、どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保される旨が盛り込まれるとともに、障害福祉サービス提供事業者の設置者の責務規定(第四十二条関係)に、障がい者の意思決定の支援に配慮するよう努める旨が盛り込まれた。 〇厚生労働省は、平成29年3月に「障害福祉サービスの利用等にあたっての意思決定支援ガイドライン」1を策定し、事業者が障がい者の意思を尊重した質の高いサービス提供に資するための意思決定支援の枠組みを示した。そこでは、意思決定支援について、「自ら意思を決定することに困難を抱える障害者が、日常生活や社会生活に関して自らの意思が反映された生活を送ることができるよう、可能な限り本人が自ら意思決定できるよう支援し、本人の意思の確認や意思及び選好を推定し、支援を尽くしても本人の意思及び選好の推定が困難な場合には、最後の手段として本人の最善の利益を検討するために事業者の職員が行う支援の行為及び仕組み」と定義している。 〇このガイドラインによると、日頃から本人の生活に関わる事業所等の職員が場面に応じて即応的に行う直接支援の全てに意思決定支援の要素が含まれているとしており、意思決定支援が必要な場面は、大きく、日常生活における場面と社会生活における場面に分けられるとしている。また、意思決定支援の枠組みとしては、意思決定支援責任者を配置の上、意思決定支援会議を開催し、意思決定の結果を反映した意思決定支援計画、すなわち、サービス等利用計画及び個別支援計画を策定して実際にサービス提供を行い、モニタリング、評価・見直しを行っていく。こうして、日頃から本人の生活に関わる事業所等の職員が、全ての生活場面の中で意思決定に配慮しながらサービス提供を行うものである旨、解説している。 〇なお、厚生労働省によりガイドラインが示されるより以前に、一部地域では、意思決定支援の具体的な手法について議論が進められた例もある。例えば、福島県知的福祉協会では、意思決定支援の定義・概念が不明確な状態であっても、入所施設等で実質的に日常の生活や活動の中で「意思決定支援」を既に実践している実態があることから、失敗実例も含めて92件(当初)の意思決定支援の実例をまとめ、特徴や共通点を分析している。それによると、本人主体の意思決定支援がなされている所に人権侵害つまり虐待はないという結果だった。すなわち、意思決定支援=人権擁護である、としている2。また、この実例集では、「「障がい者の意思決定支援」と問うと、障害福祉サービス提供事業所の関係者であれば、大半が「以前から取り組んでおり、日々実践している」と答えるであろう。確かに、重い知的障がいの人などに対して、日常的に意思決定の配慮が行われていると思われるが、そこで実施されている「意思決定支援」を明文化することは容易ではない」旨解説されている。 〇他方、優れた実践を行っているとされる事業所等においては、それぞれの考え方や手法により、適切に「意思決定支援」を行いながら、全体の支援を組み立てていると考えられる。このような実態に照らすと、津久井やまゆり園で取り組んできた意思決定支援は、利用者の望みや願いに寄り添った適切な支援が行われているか、支援内容を「可視化」する取組みであるともいえる。 〇県では、津久井やまゆり園事件の翌年(平成29年)に策定した「津久井やまゆり園再生基本構想」3に基づき、「津久井やまゆり園利用者一人ひとりには、それぞれ尊重されるべき意思がある」ことを前提に、厚生労働省のガイドラインを踏まえつつ、意思決定支援に取り組んできた。その特色は、@利用者ごとに、相談支援専門員、支援員、市町村及び県の職員などで構成するチームを置く、A支援の客観性、専門性を確保するため、弁護士、有識者等の助言を得る、B全ての利用者のアセスメントを実施するとともに、本人・家族が加わり、チームで情報を共有し、定期的に意思決定支援計画(サービス等利用計画・個別支援計画)のモニタリングを行う、こととされている。この取組みにより、本人の願いや希望に沿ったサービス等利用計画と個別支援計画を策定し、本人の望む暮らしの実現を目指したサービス提供に取り組むこととしている。 〇県は、津久井やまゆり園における意思決定支援の取組みの成果は次のとおりとしている。 @津久井やまゆり園利用者の生活の場の選択ができたこと A本人の意思を尊重し、本人の可能性を引き出すアプローチにより笑顔や意思の表出が増えるなど、本人自身の変化が見られたこと B支援者側に当事者目線の考え方が浸透し、身体拘束や居室施錠が減ったこと C利用者の嗜好が分かり、いろいろな支援を試みるようになるなど、支援の質が向上したこと 〇しかしながら、@再整備する新たな二つの施設が完成するまでに、住む場所を決める必要があるという特別な事情から、「居住の場」の選択についての意思決定支援が優先されたこと、Aコロナ禍で、十分な体験や見学ができなかったこと、などの課題が認識されており、本人の望む暮らしを実現するため、引き続き、事件当時入所されていた利用者の意思決定支援を実施していくこととしている。 〇津久井やまゆり園利用者で、グループホームへの入居も含めて地域生活に移行した人の数は少なく(令和3年2月時点で8名)、地域生活への移行を意思決定支援のゴールとするならば、うまくいかなかったのではないか、という見方がある。   〇津久井やまゆり園に本人の意思で入所した人は誰一人としていないことを考えると、地域での生活をどのように考えてもらうか、その機会をしっかりと作ることが必要である。本人が言わなかった、分からなかった、できなかったということを理由に、その機会が避けられてきたのであれば、その意思決定の過程には課題があると言わざるを得ず、今後の取組みが注目される。 〇また、津久井やまゆり園における意思決定支援の取組みにより、身体拘束がなくなったということであれば、一つの成果であると考えられるが、他の県立施設ではいまだ身体拘束が続いており、意思決定支援も含めて支援の改善がこれからということであれば、その取組みの姿勢は謙虚であるべきとの指摘もある。 〇令和3年3月の「障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会」報告 書では、「今後、県下の障害者支援施設等において、既に入所している人はもとより、新たに入所する人についても、意思決定支援を実践していくことが重要」とされたことも踏まえ、県としては、津久井やまゆり園において取り組んできた意思決定支援を県下の事業所等に展開する予定としている。 〇今年度(令和3年度)、県は、津久井やまゆり園での取組みを基に、県内の4事業所でモデル事業を実施しており、県所管域の入所施設を対象にした実態調査を実施するとともに、事業所等の職員を対象とした意思決定支援に関する研修を行い、さらには、各事業所等において、意思決定支援の取組みが進められるよう、「かながわ版意思決定支援ガイドライン(試行版)」(仮称)を作成することとしている。 イ 検討の方向性 (意思決定支援の普及) 〇障がい者の自己選択、自己決定の尊重は、当事者目線の障がい福祉の基本となるものであり、県は、引き続き、意思決定支援の重要性について、事業所等に普及・啓発を行うとともに、どのようにすれば、適切な意思決定支援を行うことができるのか、懇切丁寧に助言・指導を行うことが重要である。そうした取組みを重ね、行政及び事業所等は、20年後、必要な人全てに意思決定支援が適切に行われることを目指すべきである。 〇神奈川においては、津久井やまゆり園事件を通じて、権利擁護に関する研修及び人材の育成も含め、意思決定支援の考え方が徐々に根づいてきた。このことは、全ての個別支援計画について、意思決定支援の観点からどうなっているかをチェックしていくことができる好機であると捉える必要がある。 (学齢前からの意思決定支援の重要性) 〇意思決定支援が有効に機能していく観点から、子どもの育ちの中での経験、体験は非常に重要であって、そうした経験と体験が意思を表出していくことにつながっていく。本検討委員会の議論においては、「小学校2年の時に、字が書けなかったため、「普通の学校より他の学校に行った方がいいよ」と母から言われたことが非常にショックだったが、思い返すと、その時から母は障がいを感じて悩んでいたんだと思う」という意見があった。子どもの頃から自己決定が尊重された育ちができるよう、家族を含めた養育者を、社会全体で支えていくという視点から障がい福祉等の施策を展開していくことが重要であり、その取組みの素地を作る観点から、行政及び事業所等は、障がいのある人の自己決定(意思決定)の大切さを、全ての県民が共有できるよう、理念の普及啓発に努めるべきである。 〇また、現状にのみ対処していくという方法では、「強度行動障がい」の人の支援について、最終的な解決にならないことを踏まえるべきである。家族も含めて支援の関係者は、子どもの時からの様々な経過について遡って、確認することが重要である。 〇厚生労働省において、意思決定支援のガイドラインを策定する際、保育所から小学校に進む時や特別支援学校から就労に移行する時などには、とりわけ本人の意思決定支援が必要であるが、専門家としての支援者や学校の先生、家族による意思決定は、本人にとって「ウザイ」もので、本当は友だちの関係の中における意思決定が一番だ、という議論があったとされる。神奈川においては、施設のことだけに集中せず、学校期、学齢期、あるいは、もっと小さい子どもの時から意思決定支援に取り組み、特に困難を抱えている人に対して注力すべきである。 (県立施設でのモデル実施と横展開) 〇津久井やまゆり園で取り組んできた意思決定支援について、所期の目的が果たせたのか検証すべき、との本検討委員会でのこれまで意見を踏まえ、県下の事業所等に横展開する前に、県は、これまでの実践をしっかりと評価・検証する必要がある。その上で、検証で確認された課題に対応し、改善された意思決定支援の取組みを、まずは、支援者目線の支援に陥りがちな入所施設において進めるべきである。その場合、民間施設のモデルとなるよう、他の県立施設が率先して試行すべきである。 〇意思決定支援等の円滑な実施には、対象となる利用者一人ひとりに応じて、個別 の支援チームを設定することが有効であったことから、今後、県が意思決定支援の取組みを各事業所等に広げていく際は、相談支援事業者や市町村などの協力を得て、多職種と連携しながら、チームによる多様な視点からの取組みを基本とすべきである。また、その際、本人以外の障がい当事者もチームに加わることができないか検討すべきである。 〇意思決定支援の取組みを着実に県下に広げていくために、県は、しっかりとした 推進体制を構築するとともに、県が事業所等に対して一定の財政支援を行うことを検討すべきである。また、県は、意思決定支援の質の向上を図るため、必要な実践的な研修を実施することも検討すべきである。 (意思決定支援を広げていく際の留意点) 〇「意思決定支援会議では、たくさんの支援者の中で本人が話をすることとされて おり、想像すると、緊張してしまい、頭が真っ白になるのではないか」という意見、「意思決定支援の過程で作られる紙一枚で自分の人生を決められたくない。私の思いは変わります。変わった時に話を聞いてもらえるのでしょうか?それとも一度言ってしまったら、それが全て自己責任になるのでしょうか?とても不安だ」という意見もあった。今後、意思決定支援の取組みを県下に広げていく際には、こうした意見に対しても十分に配慮し、丁寧な説明を行っていくべきである。 〇また、意思決定支援に取り組み、本人がどう変化したかについて、映像などを使った記録にして、色々な当事者や関係者に見てもらい、客観性を高めていくことも必要である。 〇そもそも人は悩む存在である。何か決定した後も迷う。失敗する人もいる、判断 を間違える人もいるが、この領域の決定は自己責任を追及しない決定である。「まずかったね」と言って次も続けていけば良く、意思決定支援の本質はゴールといったものがないということである。意思決定支援の過程における自己選択、自己決定については、間違ってもいい、失敗してもいい、またやり直せばいい、という考え方をしっかりと広げていくべきである。 〇支援者が「変な人だから」、「もうどうしようもないので」と諦めると「閉じ込めるしかない」となって、支援は何もできなくなる。本人の意思があり、本人が自分のことを自分で決める過程で、自己主張がなされたときにどういう支援をするのか。意思決定支援という名のもとに問われている。 (「意思決定支援」という言葉について) 〇本検討委員会においては、「意思決定支援」という言葉に関して、様々な意見が述べられた。障がい福祉の分野では、比較的近年に用いられるようになった用語であり、捉え方も様々であった。「意思決定支援という言葉は支援する側の強い言葉に聞こえてしまう」という意見、「意思決定支援という言葉は、意思がない、決定ができないという考えから生まれた言葉と感じる」とする意見、さらに、「意思決定支援という言葉が独り歩きをしているところがあって、なかなか浸透しきれてない。現場でも計画にどう反映したいのかというところが分からない」という意見もあった。また、(「(第9回委員会で事例紹介を行った)野さんにとって、意思決定はなんですか」という質問に対し、野氏からは「(意思決定支援とは、)心の声に従うこと」との発言があった。 〇「意思決定支援というのは、自分の意思でいろいろと決めること。そういうこと からまず説明していかないと難しい。噛み砕いて言うと、例えば、野球でピッチャーやりたい、キャッチャーやりたい、どっちをやりたいのか、そういうのも意思決定になる。私はそういうふうに仲間に伝えている。意思決定支援については、多分そういうことを知らない人が多いし、噛み砕いた説明を聞いて、やっと分かるぐらいなので、分かりやすいパンフレットを作ってほしい」という意見もあった。このような意見も踏まえ、県は、今後、障がい当事者に対し、意思決定支援に関する分かりやすい情報提供に努めるべきである。 〇もとより、「意思決定支援」という言葉を構成する「意思」、「決定」、「支援」のそれぞれが分かりにくい文言であり、意思決定支援という言葉の意味が非常に分かりにくいものとなっている。そうした中で、一番の大きなポイントは、今まで本人の「思い」というものを全く無視してきた支援環境を変えるという大きな動き、うねりとなりつつあることであり、神奈川での取組みが全国的に問われていることを強く意識すべきである。 〇意思決定の支援は、普段の衣服の選択や、何を食べたいとか飲みたいとかという日常生活のものから、住むところ、働くこと、結婚、多額の買い物など、人生における重大事項を決めることなど、幅広い。「自己決定」、「自己選択」といった表現も含めた用語の議論は、そういった支援の範囲の広さも踏まえ、利用者主体の支援にとって何が大事なのかという視点から丁寧に議論していくべきである。 (意思決定支援が目指すもの) 〇障がい当事者に対して、津久井やまゆり園での取組みや意思決定支援に関しての情報提供が十分ではなく、意思決定支援のゴールをどう設定すべきか不明である、あるいは、ゴールが見えない意思決定支援ならばそれはいらないのではないか、とする意見があった。 〇「自分の思いは揺れています。この思いが揺れた時に話を聞いてもらいたい。思いが上手に出せない仲間たちの声を真剣に引き出そうとしてくれる職員や、継続して関わってくれる職員が必要である」、「意思決定支援という言葉が良いとか悪いとかでなく、人が人を思うということを真剣に考えたときに、意思決定支援という言葉が必要なくなるんだと思う」という意見があった。さらに、「本人(当事者)活動を通じて、最終的には、本人自身がサービス等利用計画を作ることができて、自分で決めたサービスの利用が毎月できると良い、それが意思決定につながると良い、自分の意思でサービスを変えられると良い」とする意見もあり、今後、意思決定支援の対象範囲についても議論を深めていく必要がある。 〇入所施設の利用者は、必ずしも本人の意思で入所した人ばかりではなく、入所時、入所施設以外の居住支援が選択できなかったという家族等の事情もあったと思われる。事業所等が意思決定支援に取り組んでいく際には、このような事情も勘案しながら丁寧に進めていくことが重要である。 〇また、本人の望みや願いの実現には、生活の範囲を入所施設に限るのではなく、施設外の地域での生活を様々体験することにより、地域へ目を向けてもらって生活の選択の幅を広げることが肝要である。そうした生活の広がりを基礎に、本人が地域生活を望むときには、地域社会全体が本人の暮らしを受け止めていくよう、事業所等は地域にアプローチしていくことが重要である。県は、こうした考えを事業所等と共有し、地域と関わりを持ちながら意思決定支援の取組みが進められるよう、連絡協議体を設け、情報共有と意見交換の機会を設けるべきである。 (津久井やまゆり園での意思決定支援の検証) 〇津久井やまゆり園における意思決定支援の取組みは地域生活への移行とセットで考えていく必要がある。どれだけ本人の願いが叶えられたか、あるいはどれだけ実現できたか、本人の望む生活がどこまで実現したかをきちんと評価していく必要がある。十分に目標が達成できない場合であっても、補いながら次に続けていくということをやらないと発展しない。津久井やまゆり園の意思決定支援は、地域生活への移行をアウトカム(成果)とした場合、決して十分な結果にはなっていないことから、これまでの取組みについて、引き続き検証していく必要がある。 〇重度の障がいの人と軽度の障がいの人は一緒に活動ができるし、一緒に支えあってグループホームで暮らすことも可能である。障がい当事者は、行動に障がいがあると言われている人たちや、うまく言葉を出せない人たちの良いところや頑張るところに、しっかりと目を向け、一緒に応援して乗り越えていこうという気持ちがある。そういう視点に立って意思決定支援に取り組むことが重要であり、意思決定支援についてはもう一度、検証すべきである。なお、県立施設においては、これまでの支援内容の検証において、不適切な支援が指摘されており、そのことと意思決定支援のアウトカム(成果)の検証とはきちんと切り離して考える必要がある。 〇津久井やまゆり園での意思決定支援の取組みにより、身体拘束の解消や地域生活への移行といった、重度の障がい者の支援について様々な可能性が見出せたという検証結果であれば、意思決定支援の重要性が確認できたのであり、これを全県に広げていくという方針は妥当なものであって、県下に広げていくべきである。 (適切な意思決定支援を広げていくための仕組みづくり) 〇意思決定支援の取組みを広げていくに際し、本人の望みや願いに反するような意思決定支援が行われないよう、県は、権利擁護の観点から、本人が異議を申し立てることのできる、第三者的な立場で仲裁あっせんを行う機関を設定するとともに、各事業所等における意思決定支援の取組みについて、客観的に効果測定を行う仕組みを構築すべきである。 〇今日、障がい福祉は、施設から地域へという大きな前提がある。意思決定支援の取組みにより、県立施設の利用者が自ら地域生活を選択する機会を設けていくことは非常に重要である。県は、県立施設だけにとどまらず、全ての入所施設においても意思決定支援が実践されるよう注力するとともに、在宅の人たちにも広げていくことも視野に入れて、施策の展開を図っていく必要がある。 〇また、こうした意思決定支援の取組みは、事業所によっては初めての取組みとなる可能性があるため、時間をかけて丁寧に進めていく必要がある一方、だからといって、安易に先延ばしにしたり、「できない探し」を始めることなく、当事者目線の支援を推進していくために、できることから実践していくことが重要である。 〇本検討委員会での議論を踏まえて、県としては、意思決定支援のあり方について、次のような課題認識等があるとして、報告が行われた。 ・一人ひとりに尊重されるべき意思があることを前提に、自らの意思が反映された生活を送ることができるよう、@心の声に耳を傾け「本人の望む暮らし」を一緒に考えること、A意思決定支援にゴールはなく、様々な体験等でトライアンドエラーを繰り返しながら継続して行うこと、B支援を受ける当事者だけでなく、支援者や周囲の人たちの喜びにもつながる双方向性を有すること、を特色として、他の先駆的な取組事例を盛り込んだ県版ガイドラインを作成し、事業者との対話などを通じて全県に普及させることとしたい。また「意思決定支援」という言葉については、当事者の間でも一定程度、定着していることから、今後、特色を示す部分には、サブタイトルを付けて表現することとしたい。 〇この「かながわ版意思決定支援ガイドライン(試行版)」(仮称)については、な  ぜ今、意思決定支援が必要なのかという視点が重要である。意思決定支援そのものが目的化し、その行為を行っていれば全てがOKということではない。また、何か会議を開いて一つのことを決めれば終わりではなく、こうだろうというところから始まって、積み上げて、何度も何度も積み上げて議論をしていくということが、意思決定支援の過程で重要な点である。意思決定支援を行うに当たっては、まずこうだろうという仮説からスタートして、仮説を実証していくというプロセスが大事だということを明示すべきである。 〇そもそも「意思決定支援」という用語は外国では聞かない。本来的には「自己決定の支援」のことである。他者に関わりのない決定を本人が行う場合は、いわば「勝手に」決めれば良いことであるが、一人で完結する決定ということは稀であって、必ず周りで影響を受ける人がいる。周りの支援者等が影響を受ける自己決定の場合は、本人の意思をどこまで尊重するかという論点につながる。自己決定は、周りで影響を受ける人たちが、その本人の決定をどこまで尊重でき、どこまで支援するのか。あるいはどこまで誘導するのか、といったことが常に関わってくる。このことが「意思決定支援」の抱える難しさであり、支援者のセンスが非常に重要である。 1)「障害福祉サービスの利用等にあたっての意思決定支援ガイドラインについて」(平成29年3月31日付け厚生労働省障害保健福祉部長通知) 2)福島県知的障害施設協会人権・倫理委員会「私の事はあたりまえに自分で決めたい。手伝ってね!!「障がい者福祉施設・事業所における障がいある利用者への意思決定支援実例集」」福島県知的障害施設協会、2016(vol.6が令和3年(2021年)3月に発行されており、実例集作成にあたり福島県内の施設・事業所から寄せられた意思決定支援の実例がVer.1から延べ1159件集まっている。この実例集作成に当たっての調査目的には、「各事業所の職員一人ひとりが、日頃の支援を振り返り、実例の作成や実例をスタッフ間で協議することにより、今まで気づかなかった「発見」や、「改善策(統一的支援等)」が見出され、それにより、日常的に意思決定支援の実践が成される人的・物理的環境がととのいます。この一連の意思決定支援のプロセスこそが虐待を未然に防ぐ支援、並びに本人主体の積極的な人権擁護につながる良い機会になることを期待します」と記されている。) 3)神奈川県「津久井やまゆり園再生基本構想」(平成29年10月) 5 地域共生社会の実現 @地域包括ケアシステムの対象拡大 ア 現状・課題 〇厚生労働省が推進する「地域包括ケアシステム」は、「2025年を目途に、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる、地域の包括的な支援・サービス提供体制」である。これまで、国は、住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する支援体制の考え方や市町村における地域包括ケアシステムの構築のプロセスの提示、地域包括ケアシステムの構築モデル例の公表などを通じて、その構築を後押ししてきた。 〇県においても、地域包括支援センターの機能強化、医療と介護の連携強化、地域での支え合いの推進、NPO・ボランティアとの協働、ケアラーへの支援、多様な住まいの確保など、地域包括ケアシステムの構築に向けた取組みの支援を進めてきた。今後、在宅医療や介護サービスの需要がさらに高まることが見込まれており、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けていくため、地域包括ケアシステムの推進を一層進めていく必要がある。 〇近年、地域包括ケアシステムと障がい施策との関連付けが議論されるようになり、国の「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」が平成29年2月に取りまとめた報告書において、「精神障害の有無や程度にかかわらず、誰もが地域の一員として安心して自分らしい暮らしをすることができるよう、医療、障害福祉・介護、住まい、社会参加(就労)、地域の助け合い、教育が包括的に確保された「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」を構築する」ことが提言された。 〇これを受け、国は第5期(平成30年度から平成32年度)障害福祉計画の基本指針において、長期入院患者の地域移行を進めるため「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」を成果目標と定め、令和2年度末までに、精神障がいに対応した地域包括ケアシステム構築に向けた協議の場を市町村単位で設置することとされた。 〇県においても、平成30年3月改定の第5期障がい福祉計画の成果目標の1つに、保健所等11か所に保健、福祉、医療、市町村などの関係者で精神障がい者の地域移行、地域生活を支える課題を協議する場を設置することとした(政令市を除く)。 〇これまで、長期に入院している精神障がい者の地域生活移行の促進や、地域定着の支援等については、県の障がい施策関係会議で協議されることが少なく、精神科病院、障がい福祉、介護サービス、行政等の関係者が一同に会する機会も少なかった。県の障がい福祉計画へ、精神障がい関係者の協議の場の開設が位置付けられ、事例を通した課題の検討などが始められ、精神障がいの関係者で、「地域包括ケアシステム」の考え方が共有されてきている。 〇地域包括ケアシステムは、地域で暮らすための支援の包括化、地域における連携・ネットワークづくり、と言い表すことができる。また、新しい「まちづくり」、「地域づくり」への取組みでもある。このような発想は、高齢者だけではなく、生活上の困難を抱える障がい者や子どもなどが、住み慣れた地域において、安心していきいきと生活できるようにしていくための普遍的な考え方であるとの意識が定着してきた。 〇平成29(2017)年の「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部決定では、地域住民による支え合いと公的支援が連動し、地域を「丸ごと」支える包括的な支援体制を構築し、切れ目のない支援を実現していく重要性が唱えられ、今日、一部の自治体や地域では、対象を高齢者に限定しない独自の取組みも見られる。 〇障がい分野のあるべき社会として、内閣府などが唱えてきた「共生社会」は、全ての国民が、障がいの有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会である。一方、「地域共生社会」は、人々の暮らしの変化等を踏まえ、制度の「縦割り」や「支え手」、「受け手」という関係を超えて、地域の様々な人達が主体となって、世代や分野を超えてつながり、一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会である。これは、地域において、共生社会を具体的に実現していくものであると言える。 〇地域共生社会の実現を進める施策として、介護と障がい分野の連携を一層進める観点から、平成30(2018)年4月、「共生型サービス」(生活介護・短期入所・居宅介護に、障害福祉サービス事業所と介護サービスが相互乗入れする仕組み)や、基幹相談支援センターと地域包括支援センターとの連携の推進、障がい者が介護保険施設に入所する際に、利用者負担を大幅に軽減する仕組みの導入などが始まった。 〇また、地域住民の複合化・複雑化した支援ニーズに対応する市町村における包括的な支援体制の構築を推進するため、対象を限定しない「重層的支援体制整備事業」が創設され、令和3年4月から施行された。 〇これまで、社会保障制度は、高齢者、障がい者、子ども、生活困窮など、対象や生活に必要な機能に分けて、公的な支援が考えられてきたが、今日、家族機能が縮小し、地域の支え合いの力の低下も手伝って、いわゆるケアラー・ヤングケアラー、ダブルケアや老々介護、8050問題といった複雑化・複合化した生活課題については、制度の狭間に追いやられ、必要な支援が届かない状況も懸念される。 〇人口減少社会に突入し、今後、ますますの高齢化が進む我が国において、いわゆる2040年問題が意識されているが、こうした課題を乗り越えるため、長期的な政策目標として、地域共生社会の実現が掲げられている。 イ 検討の方向性 (対象を広げた地域包括ケアシステムの理念の普及啓発) 〇地域包括ケアシステムは、いわば、地域の再生につながる取組みであり、高齢者だけではなく、障がい者や子ども、生活困窮者なども含め、その人の人生がその場所で広がっていくという実感が持てるような暮らしや地域づくりにつながるものである。これは、決して行政だけの取組みで完結するものではなく、住民一人ひとりが自らの課題として捉えてもらうことが重要である。こうした考え方について、行政は、より一層普及啓発していく必要がある。 (地域包括ケアシステムの対象拡大に向けた取組み) 〇地域包括ケアシステムの対象は、高齢者だけではなく、障がい者や子ども、生活困窮者にも広げていくことが求められている。しかしながら、各地域の人口構成や社会資源の状況等はそれぞれ異なることから、県は、各地の取組みの実態を把握し、好事例の情報共有を行い、継続して検討することや、実施態勢が脆弱な場合は、複数の市町村が協働して取り組むように調整を行うなどの支援に取り組むべきである。 〇地域包括ケアシステムの推進役となっている地域包括支援センターは、市町村が設置主体となって、保健師、主任ケアマネジャー、社会福祉士等を配置しており、地域の保健医療の向上と福祉の増進に取り組む役割を担っている。こうした専門職が各地域に配置されていること自体、大きな社会資源であり、先進自治体においては、国の「重層的支援体制整備事業」を活用し、介護に関する相談に留まらず、障がい分野の相談についても対応できる態勢を整備する取組みも見られる1。県は、協議会等を通じて県内の取組み情報を把握・整理し、県内外の好事例と併せて、各市町村や協議会に情報提供し、地域包括ケアシステムの対象の拡大を進めるべきである。 (ネットワークづくり) 〇包括的な支援となると、多職種連携とか超職種連携とか様々な分野の協議会がさらに連携し合っていくという話になるが、それぞれの分野において包括的な支援体制を構築しておくことが重要である。その成果がなければ、包括というカテゴリーの中で対象者を拡大しても、結果的には形骸化してしまう。障がい分野においては、地域生活支援拠点等の整備など、県は各市町村の整備状況を踏まえ他都道府県を含めた好事例などの情報の提供を行うとともに、単独での機能整備が困難な市町村に対しては、市町村間での必要な調整を検討するための協議の場を設置するべきである。 〇「一緒に外出したり、おいしいものを食べたり、話をしたい」、「地域の中で人と話したり、叱られたり、認められたりする時間や居場所の確保が必要であり、施設で暮らす仲間の居場所づくりや友達作りにつなげてほしい」との意見があった。障がい当事者一人ひとりに対して、現在のサービス内容を振り返りながら、インフォーマルなサービス(公的機関や専門職による制度に基づくサービス以外の支援等)も含めて、重層的、多職種連携的なつながりをつくる必要がある。 〇また、地域のネットワークがあっても利用できなければ意味がない。中には、人に話すことが苦手で自信を持てず、必要なサービスを利用できない人もいるため、必要なときにサービスに結びつけてくれたり、相談に乗ってくれる存在が必要である。相談支援専門員やピアサポーターに限らず、近所の人や友達など身近に相談できる人がいることが重要であり、そうした視点も考慮してネットワークを作る必要がある。 (地域における医療との連携の促進) 〇これまでの地域包括ケアシステムの構築に向けた取組みで、地域の人々による互助の仕組みづくりは、各地で優れた取組みが見られるが、市町村からは、医療関係機関・団体との連携は敷居が高いとの声がある2。こうしたことから、障がい者も対象とした地域包括ケアシステムを考える際には、県が中心となって、医療機関・団体との協力体制づくりに注力するべきである。 (「新たな地域のつながり」に向けた議論と具体的な行動) 〇地域共生社会の実現には「新たな地域のつながり」を作っていくことが重要である。旧農漁村型のコミュニティへ戻ることは難しいことから、行政は、今の時代に合った地域社会を提示し、地域の関係者で議論を広げていくことが重要である。 〇「新たな地域のつながり」を作っていくためには、「支援する」、「支援される」という関係が固定されるのではなく、日ごろは支援を受ける人も、場面に応じて地域に不可欠な存在として、出番を作っていく視点が大切である。そのためには、障害福祉サービス提供事業者においても、支援を受ける利用者が持っている力、可能性を引き出し、地域の様々な課題を解決するための役割を果たすことができないか、そういう観点から事業を創造していくことが重要である。行政も、このような取組みが進むよう、必要な情報提供や助言を行うとともに、関係者が相互に連携しながら、地域共生社会に向けての具体的な行動につながっていくよう、意見交換などを行う場を作るべきである。 (障がい者が取り組む地域づくり) 〇全国では、障がいのある人を地域の大切な「担い手」と位置付け、障がい者を含めた地域における包括的な支援体制を作っていこうとする先進的な取組みも始まっている。例えば、耕作放棄地を抱える農家で農地再整備を担い出荷品目を増やした事例、地域の畜産業をサポートする「畜産ヘルパー」を展開した事例、高齢でお墓の管理が難しくなった人向けの「お墓参り代行」を展開した事例、近隣のスーパーなどが撤退した地域向けの「移動商店街」を展開した事例、個人経営のクリーニング店やパン屋の後継者不足対策として福祉事業所化して事業継承した事例、役場からの道路空地用植栽の栽培を請け負い経費縮減につなげた事例、介護保険制度の「総合事業」を受託して地域支援を展開した事例などである3。 〇こうしたことから、県は、市町村と緊密に連携し、地域共生社会の実現に向けた取組みとして、地域包括ケアシステムの対象を障がい者にも広げていくことを念頭に置き、高齢者が地域でいきいきと安心して暮らしていくための福祉インフラとなっている地域包括支援センターと、障害福祉サービス提供事業者などの障がい分野の関係機関・団体がより連携しやすい仕組みづくりに取り組むべきである。 (行政内部の縦割りの打破) 〇いわゆる「縦割り行政」は、責任の所在を明確にする仕組みと裏腹のデメリットとして挙げられる。新たな福祉課題には、行政内部においても、これまでの所掌に囚われず、横断的な対応組織を臨機に設けるなど、柔軟かつ積極的に対応することが大切である。 1)本検討委員会の第8回での逗子市による事例紹介、「重層的支援体制整備事業の実施について〜包括的支援体制の構築を目指して〜」は神奈川県域で最初の取組みである。 2)野村晋「「自分らしく生きて死ぬ」ことがなぜ、難しいのか」光文社新書、2020 3)又村あおい「地域包括ケアシステム 地域共生社会と障害のある人の暮らし」(2019年7月4日 鎌倉市基幹相談支援センター研修会資料)から A 包括的な相談支援体制の構築 ア 現状・課題 〇障がい者が地域で安心して暮らしていくためには、日々の生活の中で抱えている課題等にきめ細かく対応し、適切に公的サービス等に結びつけていく仕組みが、地域に用意されていることが大切である。いつでも相談できる相談支援専門員が身近にいることが必要であり、障がい者の地域での暮らしを、伴走してサポートする相談支援の役割は大変重要である。 〇令和2年4月時点で、計画相談(サービス等利用計画の策定)に応じる全国の相談支援事業所数は10,563か所あり、同じく一般相談に応じる相談支援事業所数は3,551か所である。これらに配置されている相談支援専門員の数は23,954人となっている。 〇高度な相談機能を有する基幹相談支援センターは、778市町村(全市町村の45%)に合計946か所設置されている。このうち、24時間365日対応しているものが全体の28%(490市町村)あり、ピアカウンセリングを行うものも全体の36%(634市町村)ある。また、地域包括支援センターと一体的に実施しているものが全体の3%(47市町村)ある。 〇神奈川の相談支援専門員の配置数は、令和3年3月時点で1,514人(前年度から28人増)であるが、相談支援事業所の主要業務である計画相談支援の実績値は、見込量の29.6%と低調であり、相談支援専門員以外の者が障害福祉サービス等利用計画等を作成する割合(セルフプラン率)が、令和2年度実績で障がい者40.3%、障がい児が57.5%と全国的にも高い水準となっている。 〇県としても、相談支援専門員の養成には努めているところ、研修を受講し資格を得ても、所属法人において相談業務以外の業務に従事したり、相談支援事業所が未開設であるなどの理由から、相談業務に従事しない(できない)受講者が66%も存在しており(令和3年4月調査)、就業率の向上が課題である。 〇また、障がい者の地域生活を支えるために、相談支援事業者が担うサービスであ る「地域移行支援」の令和2年度実績は、見込量(204人)の28.9%である59人、同じく、「地域定着支援」が見込量(322人)の16.8%である54人、同じく、「自立生活援助」(1,146人)が見込量の6.6%である76人にとどまっている。 〇さらに、一定程度経験を積んだ常勤かつ専従の相談支援専門員を配置している相談支援事業所は、全体の13.3%(令和3年7月調査)であり、また、多くが直接支援業務を兼務している実態にあるため、相談支援業務の知識・経験を積むことが難しい状況にあるという課題も指摘されている。加えて、相談支援専門員の平均経験年数は約3.6年にとどまっており、資質の向上に取り組んでいく必要がある。 〇このような、相談支援専門員養成研修を修了した人の就業率や、就業している相談支援専門員の経験年数が伸びない要因としては、相談支援事業に係る障害福祉サービス報酬の単価(公定価格)が低いことが指摘されている。報酬改定毎に内容改善が図られているが、厚生労働省が実施した令和2年障害福祉サービス等経営実態調査結果(令和元年度決算ベース)では、相談系サービスの収支差率(収益額に対する収益と費用の差額の割合)は、計画相談支援が0.5%、障害児相談支援が1.5%、地域移行支援が3.0%、地域定着支援が5.2%、自立生活支援が2.7%となっており、障害福祉サービス全体の平均5.0%に比べると低い傾向にある。 〇地域の相談支援の中核となる機関として、基幹相談支援センターが想定されている。しかしながら、県内では、33市町村のうち、基幹相談支援センター未設置の市町村が11市町村あり(令和3年7月)、地域の相談支援体制の強化についても課題である。 〇また、県では、(自立支援)協議会を全県域レベルだけでなく、各障がい保健福祉圏域にも設置して、よりきめ細かに、市町村の(自立支援)協議会のバックアップと機能発揮を図るよう考えられてきたが、全県レベルの神奈川県障害者自立支援協議会と同様に、設置が目的化し形骸化しているとの見方、指摘がある。 〇昨年(令和3年)3月から進められている、社会保障審議会障害者部会での「障害者総合支援法」の附則で規定された施行後3年を目途とする見直しの議論では、「自立支援協議会」の機能強化による「まちづくり」の推進について取り上げられており、今後さらに、関係機関が相互の連携を図ることにより、地域におけるインフォーマルサービスも含めた支援体制に関する課題について情報共有し、地域資源の整備を図ることが求められるものと思われる。 〇今日、社会的孤立、8050問題、ダブルケア、老々介護、さらには、就職氷河期世代の就労問題など、様々な生活課題が顕在化している。これらの課題は、障がい施策に関係するものも少なくないと考えられるが、これまでの対象者別の各社会保障制度の下では十分な対応が難しく、福祉の政策領域だけでなく、他の政策領域との連携を図ることが大変重要である。 〇個人や世帯が抱える生活課題が一層複雑化、多様化していることに鑑みると、本人の暮らし全体を捉え、継続的な関わりを行うための相談支援、言い換えると、支援者と本人が継続的につながり関わり合いながら、本人と周囲との関係を広げていくことを目指す伴走型支援が必要である。 〇近年のこうした課題認識から、令和2年に社会福祉法等が改正され、「属性を問わない相談支援」、「参加支援」、「地域づくりに向けた支援」の3つの支援を一体的に実施する重層的支援体制整備事業が市町村事業として創設された。これは、障がい、高齢、子ども、生活困窮などの対象別の相談に限らず、文字どおり、生活課題がどのような事由に起因するものであっても、相談を断らずに受け止める相談支援を目指すものである。県は、令和3年度から、市町村がこの事業に取組みやすいよう助言等を行う「後方支援事業」を開始しており、今後、同事業を活用するなどにより、県内の市町村において、包括的な相談支援体制の整備が進むことが期待される。 〇なお、県立施設の利用者については、相談支援事業所とサービス提供契約は行ってはいるが、施設へ入所した後は、相談支援事業者からの訪問はほとんど見られない。とりわけ、県立中井やまゆり園については、各市町村に対し自らの不適切支援について情報提供したが、実際に施設を見に来た市町村はほとんどなかった。このような孤立した状態で相談支援は何も行われておらず、この状態の改革は大きな課題となっている。 〇また、県立中井やまゆり園においては、サービス等利用計画について、「拘束がなくなっていくための暮らし」などへの見直しなどが図れていない。こうしたことは、仕組みの問題ではなく、「困っている人がいたら、まずそこに行くんだ」という思いがないからである。必要な人がいるのであれば、そこに集まっていくということがなされていないという課題も大きい。 イ 検討の方向性 (相談支援事業所の設置の促進) 〇入所施設から地域に戻っていくためには地域の人とやりとりをしていくことが重要である。地域では暮らすことができないと諦めてしまっていたが、本当は可能性がある、頑張れると地域が知ったときに、地域は変わっていく。地域にしっかりと相談支援専門員がいて、地域を変えるキーパーソンにならなければならない。 〇相談支援事業所の設置が滞り、必要な相談支援が受けらず、やむを得ずセルフプランを策定する事態は避けるべきである。とりわけ、入所施設の利用者については、相談支援を通じて、本人や家族の地域生活への理解が得られ、将来に向かってわくわく、ドキドキするような計画を作りながら、地域生活移行につながっていく。神奈川のセルフプラン率の割合は全国で最も大きい。これは伴走型の支援を目指すことと矛盾しており、実際に、障がい当事者の望みや願いを反映した支援を計画することができているか、大きな課題と言える。 〇相談支援事業所が担う計画相談は、公的な支援だけではなく、地域の様々な資源をどう組み合せていくかを考える重要なサービスであり、安心して地域生活を送る上で必要不可欠であると言える。県は、市町村と連携して、きちんと必要な計画相談を受けることができるよう、相談支援専門員を確保する必要がある。 〇相談支援専門員の資格取得者が、できる限り相談支援業務に従事するよう、県は、引き続き、相談支援従事者初任者研修修了者を対象とした就業状況調査を実施するとともに、相談支援事業所の経営実態についても把握するよう努め、必要に応じて、独自に補助するであるとか、市町村に対するヒアリングを行うなど、その課題の解決に向けた取組みを進めるべきである。 〇県は、神奈川の相談支援体制の強化を念頭に、各圏域において(自立支援)協議会の運営が形骸化しないように努力する主任相談専門員などのキーパーソンを見つけ、広く関係者に声を掛けながら、速やかに相談支援事業所の設置の促進に向けた議論を開始すべきである。 (研修体制の充実) 〇個人や世帯が抱える生活課題が一層複雑化、多様化する中で、利用者の望みや願いに沿った良質な相談支援のサービスを提供するためには、相談支援専門員のアセスメントの能力の向上が必要不可欠であり、県は、アセスメント力の向上のため、障がい福祉のみならず他分野との協働を想定した実践的な研修プログラムを策定し、研修実施機関と連携して実施すべきである。 〇神奈川では、相談支援の人材育成について、相談支援従事者の人材育成ビジョンを作るなど、先駆けて人材育成をしてきた歴史がある。しかし、基幹相談支援センターについては、まだまだその成り立ちがしっかりと理解されていない状況があるため、県は、県独自にハンドブック等を作成して、市町村の理解を進めるべきである。 (計画相談支援の充実・強化) 〇相談支援事業所が、同じ法人が設置する入所施設の利用者の計画相談を実施する際には、同じ法人による支援だけで賄うことにこだわらず、社会福祉連携推進法人の仕組みなどを活用し、社会資源を幅広く利用することにより、その人らしい暮らしの実現に努めることが重要である。 〇一般就労をしていた人など、これまで障害福祉サービスを利用したことがなかった人の中には、計画相談を知らない人が多い。本人が計画相談を知って、自ら活用し、希望を伝えることが大切であり、本人や家族は、相談支援を受けることは権利であるという認識を持つべきである。県は、市町村と連携して、本人や家族に対し、計画相談の重要性を分かりやすく広報し、理解を促すことが重要である。 〇「「サービス等利用計画を自分たちで作りましょう」と言われても、地域にどのような社会資源があるかなど、情報が不足している」、「どういう生活がよいか口で説明することはできても、表を作って計画に落とし込むのは誰がするのか」、「知的障がい当事者が、自分でセルフプランを作成することができるように、当事者向けの書式の作成が必要である」という当事者の意見があった。 〇行政及び事業者は、サービス等利用計画が本人の意向をきちんと反映したものとなるよう、セルフプランの作成においても、相談支援専門員は支援のニーズをアセスメントするとともに、ニーズに応じた丁寧な支援の提供に努めるべきである。また、当事者の「セルフプランを作成したい」という意向も踏まえて、県は、(自立支援)協議会の場等を活用して、セルフプランの捉え方やバックアップ方法などについての議論を進めるべきである。 〇加えて、相談支援の質の評価においては、利用者本人がサービス等利用計画の作成過程にどれだけ満足をしているかという視点も大切である。セルフプランを作成した人を含め、相談支援事業者は、利用者の満足度という視点で、質の確認をしていくべきである。 (入所施設利用者のサービス等利用計画のモニタリング) 〇入所施設利用者については、サービス等利用計画のモニタリング(定期的な観察・記録)が年に1回又は2回程度で、その内容が何年も変更されないという事例も見られる。本人の心が動くような経験を多くして、本人が「いいな」と思うことがなければ、モニタリングの必要性を見出せなくなってしまう。このため、入所施設は、利用者に対し様々な体験や見学の機会を作り、本人の表情や振る舞いからモニタリングの必要性を見出していく仕組みに変えていくべきである。 〇家族会等からは、本人が高等学校を卒業すると、学齢期の支援体制から大人を対象 とした障害福祉サービスの利用契約へと大きく変化するため、家族も含めて大きな不安に襲われる、という意見が多く聞かれる。切れ目のない支援を行うためには、児童相談所が関わっているうちから相談支援事業所が一緒に支援したり、個別の支援チームを編成してこれまでの支援を踏まえた障害福祉サービスの体制を築くといった取組みが重要となる。県は、市町村と連携し、児童相談所と相談支援事業所との連絡調整の場を設け、学齢期から青年期・成人期への切れ目のない支援体制の構築に努めるべきである。 〇入所施設から地域に戻っていくためには、地域の支援者が施設の暮らしを見ながら、一人ひとりの可能性を感じ取り、地域で暮らすことができないと諦めてしまったが本当はもっと可能性がある、こんなに頑張っている、頑張れるんだ、と知ったときに地域は変わっていく。こうしたプロセスを実現するには、入所施設の利用者に係るサービス等利用計画の作成について、できる限り当該施設以外の地域の相談支援事業所が行うようにすべきである。 (基幹相談支援センターの設置促進) 〇各地域の身近な相談支援事業所が適切に相談支援を行うには、基幹相談支援センターによる、各種の相談機関との連携強化、相談支援事業所に対する専門的指導・助言、相談支援事業者の人材育成といった相談対応力の向上に向けた取組みが重要である。県は、基幹相談支援センター未設置の市町村と連携し、早期に基幹相談支援センターが設置できるよう、当該市町村及び相談支援事業者を支援するべきである。 〇また、県は、主任相談支援専門員を対象とした連絡会議を開催し、主任相談支援 専門員に向けた最新の施策に関する情報提供や基幹相談支援センターでの先駆的な取組みの実践報告等を実施することにより、基幹相談支援センターの支援力の向上に努めるべきである。 (圏域ごとの相談支援ネットワークの形成の推進) 〇相談支援は一義的には市町村に実施責任がある。しかし、今日、個人や世帯が抱える複雑化・多様化した課題に、地域の相談支援事業者がしっかりと対応していくためには、断らない相談支援に取り組むとともに、多職種や多機関が連携した幅広いネットワークを構築していくことが大切である。県は、市町村と連携し、こうした市町村における包括的な支援体制の構築や、市町村域を超えた広域での人材育成やネッワーク形成の支援に努めるべきである。具体には、県は、県障害者自立支援協議会や各障がい保健福祉圏域における相談支援ネットワーク形成等事業のこれまでの取組みを踏まえ、福祉の政策領域だけでなく他の政策領域とも連携し、圏域ごとの相談支援ネットワークの再構築に向けた取組みを進める必要がある。また、小規模な一相談支援事業所だけでは、政策動向や制度改正などの情報が得にくく、また、様々な社会資源を十分に把握することに課題がある。こういった課題を解決するためにも、圏域毎の相談支援のネットワークの形成は有効である。 〇相談支援専門員は、障がい当事者の望みや願いに向き合い、地域生活における生きづらさの解決に向け積極的に取り組むことが求められている。しかし、相談支援事業所が生活支援の手段を開発できないと、相談を受けても何もできない。生活支援の手段を開発するためには、相談支援体制のネットワークの形成が重要であり、相談談支援専門員だけではなく、サービス管理責任者や働くことの相談を行っている就労援助センター職員などもネットワークに加わって、相談支援体制の充実を図っていくことが重要である。さらに、相談支援事業所は、本人や家族が参加しやすい勉強会や情報交換会を開催し、本人の望みや願いに寄り添った相談支援体制づくりにつなげていくことも必要である。 ((自立支援)協議会の活動の推進) 〇障がい者が地域で安心していきいきと暮らすためには、障がいに起因する生活課題の解決だけでなく、居住支援、成年後見制度等の権利擁護、再犯防止・更生支援などの他分野においても必要な対応がなされることが重要であり、そのためには、地域の障がい福祉のシステムづくりに関し、中核的役割を担う(自立支援)協議会がしっかりと機能してく必要がある。県は市町村と連携し、(自立支援)協議会の活動の推進に向け、他地域における好事例や運営ノウハウ等について情報提供するなどの取組みを進めることが重要である。その際、新たな縦割りが生じないように、庁内横断的な体制を構築し、各部局が所掌する施策が有機的に連携するように配慮しながら取組みを進めるべきである。 〇(自立支援)協議会が生活課題を十分に把握し、地域の障がい福祉が障がい当事者の望みや願いに耳を傾け必要な対応を講じることができるよう、県と市町村の関係をつなぐメゾ的なネットワークと両方にエンジンを作る仕組みを、現実的に考えていくべきである。 (地域生活支援拠点の設置の促進) 〇地域生活支援拠点1は、医療的ケアが必要な重症心身障がいや遷延性意識障がい、あるいは、強度行動障がい、高次脳機能障がい等の支援が難しい人への対応が十分に図られるよう、多職種連携の強化を図るとともに、緊急時の対応や備えについて、医療機関との連携も含め、地域全体で支援する協力体制の構築が期待されている。県においては、地域生活支援拠点の整備済市町村数が12市町(令和2年度実績)と、障がい福祉計画の目標値を下回っていることから、県は、市町村と連携を図り、地域生活支援拠点の整備が進むよう、全国の好事例の紹介、関係事業者による協議の場の設定等に努めるべきである。 (伴走型の支援の推進) 〇深刻化する「社会的孤立」に対応するため「つながり続けること」を目的とする 支援として、「伴走型支援」2が提唱されている。社会的孤立は、生きる意欲や働く意欲の低下、社会的サポートとつながらない等のリスクを生むことから、障がいがあることにより、さらに深刻な事態を招く恐れがある。これまでの「問題解決型支援」だけでなく、ひとりにさせない地域共生社会の実現を目指すべきである。 〇困っている人がいたらまずは会いに行くことが重要である。家族も含め気にかけて心配してくれる相談支援専門員等の支援者が身近にいることで、障がい者の辛い思いは軽減される。支援する側も本人とともに安心し合い、あるいは、不安に思ったり、心配したり、我慢したりすることもあり得るが、諦めずに関わり続けることが大切である。 〇相談支援専門員等の支援者は、本人の思いをしっかりと受け止め、叶える方法を一緒に考え、悩み、話し合い、本人が望む暮らしや目指すことに向かうための力になるべきである。思いが十分に言葉にできなかったり、悩みながら暮らしているときに、しっかりと話を聴き、一緒に悩み、もがく存在であるという支援の姿を目指すべきである。 〇こうした伴走型支援を推進するに当たっては、相談支援専門員をはじめとする専門職、地域の様々な機関・団体、地域住民が、「ひとりにさせない地域共生社会」という地域のあり方について、理念を共有することが大事である。県は、市町村と連携し、地域の様々な人たちが出会い、学び合い、地域における多様なつながりが生まれやすくなる環境整備(プラットフォームづくり)を進めるべきである。 〇また、相談支援は、全ての支援者の本来業務であると認識すべきである。支援している人が自身が望む暮らし方ではない、他の暮らし方を体験したいと感じていたり、相談に乗ってほしいという思いが感じられた場合等に、他の事業所のサービス管理責任者とのつながりを作っていく取組みも重要である。 (包括的な相談支援体制の構築) 〇県内の各市町村における重層的支援体制整備事業を活用した包括的な相談支援体制の整備の進捗状況は様々である。このため、県は、各市町村における包括的な相談支援体制を構築するため、各市町村の課題の共有や意見交換を行う連絡会の開催や、全国の好事例を学ぶ研修会を実施すること等により、市町村の取組みを支援するべきである。また、その連絡会議等には、市町村社会福祉協議会、学識経験者、関係機関職員などにも参加してもらい、議論を進めるべきである。 (県立施設における不適切支援の解消) 〇県立中井やまゆり園では、身体拘束の情報提供があるにもかかわらずサービス等利用計画が変更されず、支給決定が続けられている実態がある。このことは、相談支援専門員や市町村ケースワーカーとの関係が希薄であり、入所者は極めて厳しい状態に置かれているといえ、それを容認している県にも問題がある。県の責任のもと、早急に、相談支援専門員等が本人と面接を行い、サービス等利用計画の適切なモニタリングを行うとともに、市町村の支給決定のあり方を検討すべきである。 〇県立施設の利用者に対する支援に関し、市町村のケースワーカーは、自分たちの仕事ではないと捉えるのではなく、むしろ、住民である障がい者が虐待被害を受ける恐れがあるという視点から対応すべきであり、非常に深刻なケースについては、セーフティーネットとして本人に会うことが重要である。 1)厚生労働省のHPによると、「障害児者の重度化・高齢化や「親亡き後」を見据え、居住支援のための機能(相談、緊急時の受け入れ・対応、体験の機会・場、専門的人材の確保・養成、地域の体制づくり)を、地域の実情に応じた創意工夫により整備し、障害児者の生活を地域全体で支えるサービス提供体制を構築すること」としている。2019 2)一般社団法人 日本伴走型支援協会の共同代表である奥田知志氏(特定非営利活動法人抱樸 理事長)は、同協会のHPで、「伴走型支援は、深刻化する「社会的孤立」に対応するため「つながり続けること」を目的とする支援である。それは「孤立しない社会の創造」を目指す社会活動だと言える」「伴走型支援においては「時間」の捉え方も特徴的である。問題解決型支援は、「支援開始から支援終結」という「限られた時間軸」でなされる。「つながり続ける」ことを目指す伴走型支援は、「人生という時間軸」を持つことになる。それゆえ伴走型支援は、「共に生きる日常」を構築するため「ひとりにさせない地域共生社会の創造」へと至る」と述べている。2021 B「ともに生きる社会かながわ憲章」や「当事者目線の障がい福祉実現宣言」等の理念の普及啓発(障がい者差別のない地域共生社会の実現) ア 現状・課題 〇「理念」とは、「その事がどうあるべきかという根本的な考え」を指す1。企業であれば、経営に係る理念を掲げて、それに沿って将来ありたい姿としてビジョンを描く。つまり、企業の存在意義や目的を表明した企業経営の最上位のものである。障がい福祉関係施策についても、それがどうあるべきかという基本理念を据えて、将来何を実現するのか、ビジョンの実現に戦略的に取り組んでいくべきである。 〇我が国の障がい福祉関係施策に係る理念の大きな転換点は、介護保険制度の創設に向けた議論に続く社会福祉基礎構造改革による、措置制度から利用契約制度への移行であろう。この時に、「利用者本位」の理念を実体化した制度として支援費制度が登場したが、この転換に至る背景として、「完全参加と平等」 を謳った国際障害者年(1981年)と、その後の10年の間に、 ノーマライゼーション(normalization)理念や自立生活(Independent Living: IL)理念といった欧米の障がい者思想の定着があったことに異論をはさむ人はいないと思われる。 〇ノーマライゼーション(normalization)理念は北欧の知的障がい者の施設に   おける非人間的処遇の反省から生成した理念で、 生まれ育った地域社会において 全ての人が普通に暮らすことができる条件整備をめざすものである。また、自立生活(Independent Living: IL)理念は、 それまで施設や病院などで受け身で抑圧的な生活を強いられてきた障がい者が、 地域社会において自己決定し自己選択することにより自ら積極的に介助サービスを利用しながら主体的に生活することを支持する理念である。 近年の障がい福祉関係施策は、これらの理念に少なからず影響を受け、自己決定と自己選択を旨とする障がい当事者運動とも互いに関わり合いながら、形作られていった。 〇平成18(2006)年、「障がいは人権問題である」(Disability is a human rights issue)、「私たちのことを私たち抜きで決めないで(Nothing About us without us)」を合言葉に世界中の障がい当事者が結集し、障害者権利条約が国連で採択された。条約は、障がい者の人権や基本的自由の享有を確保し、障がい者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障がい者の権利の実現のための措置等を規定するもので、教育、保健、労働・雇用、社会保障、余暇活動へのアクセスなど様々な分野での取組みを締約国に求めている。 〇我が国は、同条約の批准に向けて、平成23年、障害者基本法を改正し、障害者権利条約の趣旨に沿った障がい福祉関係施策の推進を図るため、障がい者を、必要な支援を受けながら、自らの決定に基づき社会のあらゆる活動に参加する主体としてとらえ、障がい者があらゆる分野において分け隔てられることなく、他者と共生することができる社会の実現を新たに規定した。今日の障がい福祉関係施策を進める上での中核的な理念は障害者権利条約に求められるのであり、その基底にある考えは、広く共有されるべき普遍的な理念であると言える。こうして、我が国は、平成26(2014年)1月に同条約を批准した。 〇我が国では、障害者基本法の改正の他、障害者総合支援法の制定(平成24(2012)年6月)、障害者差別解消法の制定及び障害者雇用促進法の改正(平成25(2013)年6月)など、様々な法制度整備が行われた。 〇新たに制定された障害者差別解消法の目的規定においては、「障害者基本法の基 本的な理念にのっとり、全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有することを踏まえ、障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本的な事項、行政機関等及び事業者における障害を理由とする差別を解消するための措置等を定めることにより、障害を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする」と規定している。 〇これまで、この本検討委員会においては、2040年頃の神奈川の障がい福祉の 姿はどうあるべきか検討し、その実現に向けて、どのような施策等を講ずるべきかを議論してきたが、その出発点は、平成28年7月26日に発生した、津久井やまゆり園事件である。 〇それは、19名の尊い生命が奪われる大変痛ましい事件であり、障がい者に対する偏見や差別的思考から引き起こされたと伝えられ、障がい者やその家族のみならず、多くの県民に、言いようもない衝撃と不安を与えた。このような事件が二度と繰り返されないよう、県は県議会と一緒になって、平成28年10月、「ともに生きる社会かながわ憲章」を策定し、その啓発普及に取り組んできた。 〇しかし、県立施設において、利用者に対し、長時間の居室施錠など虐待が疑われるような不適切な支援が長期にわたり行われてきたことが有識者による検証から明らかとなった。また、指導すべき立場にある県自身も、支援内容は現場任せで、身体拘束に関する正しい知識が不足していたことも判明し、利用者の安全を主眼に置いた管理的な支援ではなく、本人の望みや願いを第一に考え、その可能性を最大限引き出す、障がい当事者の目線に立った支援、障がい福祉が求められた。 〇こうしたことから、県は、障がい当事者と意見交換を重ね、令和3年11月、芹が谷やまゆり園の開所式において、「当事者目線の障がい福祉実現宣言」を発信するに至った2。この宣言は、これまでの「支援者目線の障がい福祉」から「当事者目線の障がい福祉」に転換し、障がい者差別や障がい者虐待のない、「ともに生きる社会」の実現に全力を尽くすという県の決意を示すものであった。 イ 検討の方向性 (これまでの取組み) 〇津久井やまゆり園事件のような悲惨な事件を二度と繰り返さないという強い決意で策定された「ともに生きる社会かながわ憲章」については、障がい福祉関係施策だけでなく、人権擁護の観点から取組む諸施策の思想的支柱とされており、憲章として引き続き残していくべきものである。 〇また、昨年(令和3年)11月に、県が発信した「当事者目線の障がい福祉実現宣言」に込められた、「当事者目線の障がい福祉」への発想の転換、障がい者差別や障がい者虐待のない、「ともに生きる社会」の実現についての県の決意は極めて重たいものである。 〇加えて、障害者権利条約は、障がい当事者が世の中を動かし、制度的に形作られ たものであり、我が国においても平成26年に同条約を批准し、障害者基本法等の改正につながるなど、障がい福祉関係施策の普遍的な考え方を明らかにしているものと言うことができる。 (求められる環境や支援) 〇障がい当事者が自分自身の思いや気持ちを考えるためには、様々な選択や体験を経験することが必要である。県は、当事者がそうした選択や経験をできるよう、より一層の社会参加ができる環境を整備すべきである。 〇尊厳が守られる社会の構築を実現していくことが肝要であるが、入所施設等において、居室施錠等の身体拘束を受けている当事者がいる状況は、尊厳が守られた社会とは言えない。県及び事業者は、障がい当事者の尊厳が守られた社会を創るため、身体拘束ゼロの実現に向けた取組みを、さらに進めるべきである。 〇さらに、障がい当事者の安全確保といった観点から、支援者が実施困難である理 由ばかりを言って否定することや、一方的に答えを出してしまうと、支援者と分かり合えないと感じてしまう。障がい福祉に携わる支援者は、当事者の望みや願いといったことをしっかりと聞き、当事者と一緒に悩み、もがきながら支援を行うといった姿勢を大切にすべきである。 〇どのような取組みにおいても、様々困難な事情があっても取組みを進めることができるグループと、いろいろな手立てを講じても動くことができないグループに分かれ、いわば「ふたこぶラクダの山」のような谷間ができてしまう。県は、いろいろな手立てを講じても動くことができていないグループに対して、取組みを進められているグループの好事例を共有するなど、谷間を乗り越え、皆が取組みを進める土壌を作ることが重要である。 (当事者の目線に立った普遍的な仕組み作りの必要性) 〇今後、本報告書の提言を踏まえ、当事者の目線に立った、様々な障がい福祉関係 施策が、神奈川において展開されていくことが期待されるが、長期的な視点をもって、施策の実効性を検証しながら、着実に実施・継続していくことが重要であり、そのための普遍的な仕組みとして、条例の制定が検討されている。県は、当事者や関係団体等と適切に意見交換を行うとともに、政令指定都市や中 核市を含む市町村とも十分に連携を図り、当事者の目線に立った障がい福祉の実現に向けた取組みを、オール神奈川で進めるべきである。 (条例化に当たり盛り込むべき理念) 〇このような経緯を踏まえると、新たに制定される条例全体に通ずる基本的な理念については、上記の「憲章」や「宣言」に込められた「思い」や「決意」を出発点とし、今日、障害者権利条約等によって確立した以下のような普遍的な考え方を軸として、今後、全庁的、全県的に議論していくべきである。 @個人として尊重されること A心の声に耳を傾け、互いにいのち輝く支援であること B希望する暮らし方ができること C可能性を引き出す、専門性の高い個別的なサポートであること D政策決定過程への当事者の参加があること E持続可能で多様性と、違いを認め誰も排除しない社会を実現すること F皆で地域共生社会を創っていくこと 〇障がい者差別や障がい者虐待のない、誰もがいのち輝かせて暮らすことのできる地域共生社会を実現するため、県は、津久井やまゆり園事件を忘れず、オール神奈川で当事者目線の障がい福祉を推進していくよう、前述の基本的な理念について、広く、市町村や事業者、県民と共有できるよう、普及啓発に取り組むべきである。 1)「〔精選版〕日本国語大辞典 第二版」編/小学館、2006 2)津久井やまゆり園再生基本構想に基づき、令和元年度から施設整備を行ってきた新しい芹が谷やまゆり園が完成し、11月16日に開所式を行った。新しい津久井やまゆり園と芹が谷やまゆり園の2つの施設の開所を新しい障がい福祉のスタートと位置付け、県が「当事者目線の障がい福祉実現宣言〜あなたの心の声に耳を傾け、お互いの心が輝くことを目指します〜」を発信した。(https://www.pref.kanagawa.jp/docs/dn6/tijisengen.html) 6 先駆的な取組みや理念の積極的な取込み @多様な価値観の取込み ア 現状・課題 【文化芸術活動】 〇我が国における障がい者の文化芸術活動は、近年、障がい分野だけではなく、文 化芸術分野からも機運が高まっており、平成30(2018)年には、議員立法により「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律(障害者文化芸術推進法)」が成立した。もとより、平成7(1995)年に策定された「障害者プラン」には、障がい者の生活の質の向上を目指し、芸術・文化活動の振興が施策の一つとして掲げられ、その後の「障害者基本計画」においても文化芸術活動の振興が施策の一つとして位置付けられてきた。 〇文化芸術施策においては、平成29(2017)年に制定された「文化芸術基本法」に、障がいの有無等にかかわらず、文化芸術の機会を享受することができる環境の整備を図ることが基本理念として示され、これを受けて平成30(2018)年に制定された「文化芸術推進基本計画(第1期)」において、文化芸術による社会包摂の推進や障がい者による文化芸術活動の推進環境の整備等が重要な施策として位置付けられている。 〇前後して、平成19(2007)年、文部科学省・厚生労働省により「障害者アート推進のための懇談会」が開催され、美術・福祉の有識者による意見交換が行われた。平成25(2013)年には文化庁・厚生労働省により「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」が開催され、中間取りまとめでは、障がい者の芸術活動の支援をより一層推進する「裾野を広げる」視点と、芸術性の高い作品を国内外に文化芸術として発信していく「優れた才能を伸ばす」視点を踏まえた仕組みづくりを行うことが支援の方向性として重要とされた。 〇この中間取りまとめを踏まえ、平成26年度から平成28年度まで、国庫補助事業として、地域における障がい者の芸術活動を支援する「障害者の芸術文化活動支援モデル事業」が実施されることとなり、平成29年度からは、そのモデル事業の成果を全国に展開する「障害者芸術文化活動普及支援事業」が実施されている。また、文化庁では、障がい者の優れた文化芸術活動の国内外での公演・展示の実施など、障がい者による文化芸術活動の充実に向けた支援を実施している。 〇県では、令和2年4月より「神奈川県障がい者芸術文化活動支援センター(運営:認定NPO法人STスポット横浜)」を設置し、障がい者の文化芸術活動を振興しており、令和2年度の主な実績としては、障がい者の芸術文化に関する相談支援が42件、人材育成として実施した、コーディネーターの養成研修会への参加者が延べ188名、ワークショップ実施事業が延べ12回、発表の機会の創出が延べ197名などとなっている。 〇また、県は、障がいの程度や状態にかかわらず、誰もが文化芸術を鑑賞、創作、発表する機会を創出する目的から、「神奈川県障害者文化・芸術祭」を年1回開催(受託:公益財団法人神奈川県身体障害者連合会)しており、令和元年度には16の団体・個人が出展するとともに、6団体が出演し、208名の来場があった(令和2年度は新型コロナウイルス対策のため、出展のみ)。 〇さらに令和2年度からは、「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念を踏まえ、障がいの程度や状態にかかわらず、誰もが文化芸術を鑑賞、創作、発表する機会の創出や環境整備を行い、障がい者が自ら楽しむための取組みを推進することにより、共生社会の実現を図る目的で、「ともいきアートサポート事業」も実施している。 〇同事業の令和2年度実績は、県立特別支援学校の児童・生徒が県内外で活躍する アーティスト等と制作したアート作品をアートギャラリーなど地域で展示する「創作×地域展示」を実施し、3校で延べ68人(全10日間)がワークショップに参加するとともに、4会場で展示会を実施し、6,631人の来場があった。令和3年度からは、県立青少年センターでの常設展示、神奈川県民ホールギャラリーや神奈川県庁での巡回展示も実施している。こうした取組みにより、障がい者の文化芸術活動の充実に向けた環境整備を進めている。 【ロボット・ICT技術の活用】 〇近年、ICT技術は目覚ましい発展を見せ、様々な技術革新を招来している。我 が国においては、令和2年12月、「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」が閣議決定され、「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」といった趣旨がまとめられた。 〇令和3年8月には、総務省及び厚生労働省が「障害者にやさしいICT機器等の 普及に関する勉強会」を開催し、同年9月に「障害者にアクセシブルなICT機器等の利用に向けて(主なご意見の整理)」が取りまとめられ、「誰もがデジタル活用の利便性を享受し、多様な価値観やライフスタイルを持って豊かな人生を送ることができる包摂的な社会(デジタル活用共生社会)の実現が求められる」とされた。 〇今次、ICT技術を導入した様々なコミュニケーションツールが開発され、重い 障がいがあっても意思疎通を図ることが可能となり、障がい者の在宅雇用が実現したり、通常の発語による会話では表明困難であった障がい当事者の意思世界を、文字盤のポインティングやパソコンによるコミュニケーション方法を使って示すことが可能となった事例も報告されている。 〇令和元年11月から、県の「共生社会アドバイザー」として委嘱を受けている野 元氏は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)により全身性の重度の障がいがある。同氏は、必要な医療・福祉のサービスを使いながら、インターネット、視線入力パソコン、合成音声再生装置といったICT技術を利活用して在宅生活を送っており、共生社会の実現に向けた県の施策に対する助言、「ともに生きる社会かながわ憲章」の普及啓発に関連した講演や研修会等を行っている。同氏は、重度の障がいがあっても適切な支援とICT技術があれば、社会参加しながら在宅生活が送れるということを体現している。 〇現代社会において、ノートパソコン、タブレットパソコン、スマートフォン等がユニバーサルで身近なICT機器として爆発的に普及し、日常生活の中で活用している障がい者も増えてきているが、高齢などを背景とした、ICT機器に不慣れである等の理由によって、その活用から取り残されている人もいることが課題となっていた。このため、県では、障害者総合支援法に基づく「地域生活支援事業」に位置付けられた「障害者ICTサポート総合推進事業」により、「かながわ障害者ITネットワーク」(受託:公益財団法人かながわ福祉サービス振興会)を実施し、パソコン等のICT機器の利活用による障がい者の社会参加の促進に努めている。同事業によるICT機器に係る情報提供及び利用支援の相談等の令和2年度実績は、専用サイトへのアクセス数42,534件、相談件数17件となっている。 【SDGsと障がい者の社会参加】 〇SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)は、平成27   (2015)年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際目標であり、貧困層、障がい者、女性など弱い立場に置かれやすい人たちを「誰一人取り残さない(leave no one behind)」多様性と包摂性のある社会の実現を誓った、発展途上国のみならず先進国自身が取り組む普遍的なものとされている。これは、誰もが住みなれた地域で、いきいきといのち輝かせて暮らすことのできる共生社会の実現に通ずる考えでもある。 〇SDGsの17の目標(ゴール)において、「障がい」という言葉は、全ての目標に出てくるわけではなく、目標4.質の高い教育、目標8.働きがいと経済成長、目標10.不平等の是正、目標11.住み続けられる街づくり、目標17.パートナーシップの5つの目標において、「障がい」が直接的な取組みの対象として取り上げられている。 〇このうち、目標8「働きがいと経済成長」は、「包括的かつ持続可能な経済成長及び全ての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセントワーク)を促進する」とされ、ターゲットとして「2030年までに、若者や障がい者を含む全ての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、ならびに同一労働同一賃金を達成する」と示されている。障がい者が、自らの能力を発揮して、就労していくことが含まれるこの目標は、障がい者の社会参加と自立にとって大変重要である。 〇また、ILO(国際労働機関)も、「働きがいのある人間らしい仕事」を働き方の目標として掲げており、現代社会においては、各人が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就労する機会が必ずしも十分に確保されていないとの指摘がある。 〇加えて、神奈川の障害者雇用率は、対象企業の2.16%(令和3年6月1日時点)であり、法定雇用率の2.3%に届いていない。企業等で障がい者の一般就労を進める上で、「障がい者が活躍できる環境をどのように整えたら良いか分からない」と企業等が感じていることが課題とされている。 〇近年、同じ思いを持った仲間が共に働く場として、労働者協同組合、ワーカーズ・コレクティブ、労働統合型の社会的企業、支援付きの中間的就労などが注目されている。これらは、労働市場から遠ざけられ、働き難さを抱えている人が働くことを実現し、社会参加が拡がるのではないかと期待されている。令和4(2022)年10月には、「労働者協同組合法」が施行され、こうした共同労働の場が法人格を得やすくなることから、今後、NPO法人と並ぶ新しい社会活動の形として、多様な社会参加を実現する方法の一つとなる可能性がある。 〇障がいをはじめ様々な状況にある人々の社会参加と自立を後押しするため、 SDGsなどで掲げられた、誰もが受入れられる、包摂する社会を目指して、行政のみならず、民間の営利・非営利組織、地域住民が相互に役割を補完し合っていくことで、より豊かな地域社会の構築が期待される。 イ 検討の方向性 (障がい者の芸術文化の普及啓発)  〇障がい者が生み出す文化芸術活動には、既存の文化芸術に対して新たな価値観を投げかけるものも多く、また、既存の芸術理解を揺さぶる多様なあり方を示唆するものとされる。国の「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画」1においては、「障害者による文化芸術活動は、それまで見えづらかった障がい者の個性と発揮することのできる力に気づかせるだけでなく、障害者を新たな価値提案をする主役として位置付け、誰もが対等である関係を築く機会を提供するものである」としている。こうしたことを踏まえ、県は、障がい者の文化芸術活動に取り組む障害福祉サービス事業所、地域の学校、文化施設、文化芸術団体等と連携し、引き続き、障がい者の文化芸術に関する啓発普及に取り組むこととすべきである。 (様々な表現、創造の機会の拡大) 〇障がい者の文化芸術活動は、芸術的に価値が高いものを作ることを目的とするのではなく、自己表現の一つとして行うという考え方を基本とすべきである。本検討委員会の議論では、「「障がい者アート」という言葉もあるが、「障がい」をつけて区別することや強調をする必要はない」とする意見もあった。県は、障がい者も自由に創作活動に取り組むことができ、創作活動は自己表現の一つの方法であるということを、障がい当事者も含め、広く県民に発信していくことが重要である。 〇また、作品等の発表の場は、障がい者が多様な関係者や地域社会等と交流する機会として重要である。県は、作品発表の機会を増やす取組みを進めるとともに、障がい当事者の創作した作品を展示する際、障がい者であるかどうかに関わらず、共同創作した作品なども区分けすることなく展示する等の取組みを進めるべきである。 (ともいきアートサポート事業の更なる推進) 〇県は、「ともいきアートサポート事業」の取組みを企業やNPOなど民間とも連携を図りながら継続的に進めるとともに、併せて、障がい関係団体とも連携し、県内で文化芸術の創作活動に取り組む障がい当事者の発掘、支援を進めるべきである。 (関係者のネットワーク作り) 〇障がい者の文化芸術活動が、学校や福祉施設にとどまらず、文化施設、社会教育施設等や民間のダンス教室、美術サークル、劇団など、多様な場において行われることを踏まえ、それぞれの場所で環境や内容の充実が図られ、障がい者が身近な場所で創作活動に親しめるよう、県は、市町村や事業者と連携し、こうした関係者のネットワーク作りを進めるべきである。 〇多様な人々が創造活動に参加することで、文化芸術の新たな価値や優れた作品を生み出す契機となることや、人々の心のつながりや相互理解、多様性の受入れなどにつながる可能性に鑑み、様々な主体が創造活動に参画できるような環境作りが重要である。県は、地域における文化芸術に関する相談支援、ネットワーク形成、人材育成等に取り組むとともに、芸術家や専門家が福祉施設等を訪問・巡回し、利用者等と共に行う多様な創造活動を促進する取組みを進めるべきである。 (障がい者文化芸術活動計画の策定と施策の推進) 〇「障害者による文化芸術の推進に関する法律」においては、文部科学大臣及び厚生労働大臣は、障がい者による文化芸術活動の推進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画」を定めることを義務付けており(第七条関係)、地方公共団体は、同計画を勘案して、当該地方公共団体における障がい者による文化芸術活動の推進に関する計画を定めるよう努なければならないこととしている(第八条関係)。 〇県は、文化芸術基本法に基づく「かながわ文化芸術振興計画」を策定し、子ども や高齢者、障がい者などのあらゆる人の文化芸術活動の充実等に取り組むとともに、「かながわ文化芸術振興計画」及び「障がい者計画」には「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」の趣旨を反映した障がい者の芸術文化活動についての項目を盛り込んでいるが、障がい者の文化芸術活動のさらなる推進を図るため、「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」に基づいた、障がい者による文化芸術活動の推進に関する計画の策定についても検討すべきである。 〇障がい者の文化芸術活動を推進する上で特に重要となるのが、地域の文化芸術活動を推進するための拠点である「障がい者芸術文化活動支援センター」である。現在、県は、認定NPO法人に同センターの運営委託を行っているが、同センターの運営をさらに支援強化することにより、障がい者の文化芸術活動が全県に及ぶように努めるべきである。 (ニーズを踏まえたロボット・ICT機器開発) 〇県は、知見を有する民間団体等と連携し、障がいの種類や程度、ニーズに合った最新の障がい者向けロボット・ICT機器、サービスに関する情報提供の充実強化を図るとともに、ICT機器に不慣れな障がい者が、それぞれの状態像に応じた利用方法を学び、また利活用のための支援が受けられる仕組みづくりを進めるべきである。 〇前述のとおり、利用しやすく練られたインターフェイス(接点、境界面)を持つ合成音声読上げ装置といったICT機器は、全身性の障がい者にとって円滑なコミュニケーションを図る重要なツールであり、社会参加を実現し、地域での生活を実現するために極めて有用である。また、委員からは、他の人の発言などで聞き取れなかった部分を再生する機器や、難しい言葉を分かりやすい表現などに翻訳するロボット機器があると、社会参加がしやすくなるという意見があった。 〇先端技術であるロボットやICT技術を活用して、障がい者の地域生活を支援するため、その状態像に応じた自立支援機器が持続的に開発されることが重要である。そのためには、先端技術(シーズ)と本人の必要性(ニーズ)のマッチングが円滑に行われることが必要である。先行する自治体もあるように、県は、経済産業局や関東信越厚生局、国立研究開発法人産業技術総合研究所、公益財団法人テクノエイド協会といった国の機関等と連携し、障がい当事者、関係機関・関係団体、ロボット・ICT機器の製造開発事業者や販売事業者とコンソーシアム(共同事業体)を設立し、それぞれの障がい特性に応じた機器の開発や普及に努めることも検討すべきである。 (高齢者向けのICT技術・機器の活用) 〇高齢者向けの見守り機器については、全国的に活用、普及が進んでいる。見守り機器は、コミュニケーションロボットだけでなく、日常生活に身近なテレビやスマートフォン、タブレット等と情報通信技術を組み合わせた双方向の会話によるものもあり、障がい者にとっても孤立感を感じずに生活でき、簡便かつ速やかに必要な支援を求めることができるという利点がある。県は、既に開発されている有用な技術等を障がい者が容易に利活用できるよう、機器開発及び販売事業者と連携し、適切に情報が得られる環境の整備に取り組むべきである。 (先端技術の利活用についての理解促進) 〇本委員会(第9回)では、県の共生社会アドバイサーの野 元氏により、全身性の重度の障がいを抱えながら、ロボット・ICT機器と医療・福祉サービスを活用し、社会参加と地域生活を実現している姿が紹介された。各委員からは、「何かすごい大変だと思った。しゃべれなくても何かできる、やれるんですね。病気になっても、頭脳がしっかりしてれば、ということを僕は感じた。でもちょっとびっくりした。何か、訪問介護から看護師さんまでつくっていうのが。本当にうちの人が大変だと思う」、「音声合成ソフトウェアによる音声が、全く遜色なく、普通に会話をしていると感じられた」、「いろんな人の支援を受けながら生活し、社会参加を実現しているという姿は、本当に重度の障がいを持つ人も地域で生きていけるんだということを如実に示していただいた。県立施設のあり方の検討を進める上で、とても良い話を伺った」、「(感銘を受けて)泣きそうになった。障がいのあるなしに関わらず、自分を維持していくということはかなり大変なことだと思うが、意志の強さを感じた」といった意見が出され、大きな驚きと感銘を与えた。 〇話をした野氏からも、「AI技術の進歩はすごい。褒めていただいて嬉しい。皆さんの常識が変わると良いなと思う」とするコメントが送られたところであり、医療や福祉のサービスに加え、ロボット・ICT機器等が適切に利活用できれば、社会参加の機会を得ながら、地域での生活が可能となることについて、県は、野氏のような障がい当事者による講話等を通じて、広く県民に普及啓発を行っていくべきである。 (多様な価値観の取込み) 〇障がいのある人も多様な価値観を持っており、それぞれが発揮できる力にも個人差がある。県は、障がい当事者が「個」の力を発揮することができるよう取り組むとともに、多様性や人それぞれに違いがあることを発信し、多様性の理解が深まる取組みを進めるべきである。 (SDGsの考えの普及啓発と取組みの推進) 〇誰もが住み慣れた地域で、いのちを輝かせながら安心して暮らしていくためには、福祉政策のアプローチだけではなく、地域の行政や関係機関・団体、住民が連携しながら、一人ひとりの「出番」を作っていくことが大変重要である。県は、地域における障がい者の多様な就労や社会参加の機会を作り出すことを念頭に、市町村と緊密に連携しながら、むしろ福祉とは縁遠い企業者や商工団体、NPO団体、地域住民の参加を得て、連絡協議体の設立を検討するなど、「誰一人取り残さない」多様性と誰もが受入れられる、包摂性のある社会を目指した活動につなげていく取組みを進めるべきである。 〇併せて、県は、障害福祉サービス事業者に対して、SDGsの考えが、障がい福祉 と深く関連付けられることについて普及啓発を図り、同事業者等が積極的に関わる意識を醸成し、ポストSDGsに向けた議論の広がりを目指すべきである。 (障害者差別解消法との関係) 〇SDGsの目標8「働きがいと経済成長」の「包括的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセントワーク)を促進する」ことの実現に向けては、障がい者が、自らの力を発揮して、就労していくことが重要な要素と位置付けられており、この目標8は障がい者の社会参加と自立にとって大変重要な目標である。 〇平成28年4月から施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(いわゆる「障害者差別解消法」)は、事業者に対し、障がいを理由とする不当な差別的取扱いをすることにより、障がい者の権利利益を侵害してはならないことを求め、また、社会的障壁の除去の実施について、状態像に応じた必要かつ合理的な配慮をするよう求めている。県は、障害者差別解消法がSDGsの推進と相まって、障がい者のそれぞれの状態像に応じて就労環境を改善するための仕組みの一つと捉え、市町村及び事業者と連携を図り、適切な運用を図っていくべきである。 〇また、SDGsの目標10では、「不平等の是正」と設定され、具体には「人は、人種、言葉だけでなく、性別、病気や障がい、好きなことや得意なことなど、互いに違うことは多くあっても、誰が優れているわけではなく、違いがあるからこそ学び合い、発見することができる」としている。このSDGsの目標10は、「それぞれが違っていることを知り、違いがあるのが当然だと理解し、お互いの違いを認め、相手を尊重する気持ちが、何よりも大切である」と解説されている。 〇本検討委員会においては、「重度の障がい者が小売店で販売員から冷たい対応をされている場面を見かけ、びっくりした経験がある」との意見や、「障がい者本人や支援者も、必要に応じ障がいがあることを伝えることがあっても良いと思う」との意見があった。障害者差別解消法の考え方の下、企業や商店、県民が障がい当事者に対して、必要な合理的配慮をすることで、このSDGsの目標10に向けた取組みと相まって、障がい当事者の社会参加は大いに促進される。県は、それぞれの事業の主体が、当たり前に必要な合理的配慮を行う社会を目指し、県民、事業者等に対して、その理念の普及を図っていくべきである。 (障害福祉サービス事業所等との連携) 〇企業等の障がい者雇用に際しての「どのように障がい者が活躍できる環境を整えたらいいのか」といった課題の解決に向けた方法の一つとして、就労系の障害福祉サービス提供事業所や障がい者就労支援団体と連携・協働していくことが考えられる。「ジョブヘルパー」といった企業との連携を図る人材の育成の提言も踏まえ、県は、関係部局間との連携を図り、取組みを進めるべきである。 〇また、障がい者の就労の機会を作り出す可能性がある、社会的企業や労働者協同 組合などについて、県は、全国の好事例を収集し広く情報提供するとともに、知見のある公益団体の力も活用し、「思い」のある人たちが社会的企業や労働者協同組合などを創設する際の支援に取り組むべきである。 1)「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」第7条の規定に基づき、厚生労働省と文化庁が平成31年3月に策定した。障がい者による文化芸術活動を推進する上での基本的な方針や、施策の方向性等を定めている。  A制度の持続可能性の確保 ア 現状・課題 〇我が国の社会保障費については、近年増加の一途を辿っており、令和3年8月に、国立社会保障・人口問題研究所が公表した2019年(令和元年)度の社会保障費用統計によると、OECD(経済協力開発機構)基準の「社会支出」総額は127兆8,966億円であり、対前年度比で2兆3,982億円、1.9%ポイントの増と、過去最高を更新している。また、国の障害福祉サービス等予算額で見ると、平成19年度は5,380億円であったところ、令和2年度は1兆6,347億円であり、13年間で予算額は約3倍となっており、その要因は、主に、公的なサービスを利用する人数が増えていることとされている。 〇県における社会保障関係費用について見てみると、令和3年度当初予算ベースでは、県の一般会計歳出総額2兆484億円のうち、福祉や子育てのための費用とされる民生費は3,120億円であり、全体の15.2%を占めている。このうち、障害福祉費については、約725億円である。 〇全国の都道府県の財政力については、東京都を除く5区分に分類されており、県は財政力指数0.500以上1.000未満のBグループ(神奈川県の他、愛知県、大阪府、千葉県、埼玉県、静岡県、茨城県、福岡県、栃木県、群馬県、兵庫県、宮城県、広島県、三重県、京都府、滋賀県、岐阜県、福島県、岡山県、長野県、石川県の計21団体)に属しているが、令和4年度当初予算編成方針における財政見通しでも850億円の財源不足が見込まれるなど、「県財政は引き続き危機的な状況」(「令和4年度当初予算編成について(依命通知)」)としている。 〇県の財政は、歳入は県税など自主財源の割合が高く、歳出は義務的経費の割合が高い構造にある。バブル崩壊後や世界的な金融危機後に大量発行した県債の償還期が重なっていることや、高齢化などに伴い民生費(介護・児童関係費等)が増えていることで、歳出は一層の増加が予想されている。家計でいう貯金に相当する財政調整基金の2021年度末残高は、300億円と見込まれており、健全財政の目安とされる660億円の半分以下である。このように、県の予算編成環境は非常に厳しいものがあり、障がい施策分野についても、財源面の自由度は高くない。 〇一方で、神奈川の近年の障がい者数の動向を見ると、身体障がい、知的障がい、精神障がい全て増加傾向にあり、加えて高齢化も進んでいる。さらには、障害福祉事業従事者の処遇改善も待ったなしの状況であり、着実に実施することが求められており、今後、障がい施策各事業の最適化と、より効率的な実施に注力していく必要がある。 〇なお、社会保障に関する意識調査では、社会保障給付水準の維持を求める人の割合が高く、そのための負担増はやむを得ないと答えた人の割合は、全体の27.7%であった。今後の負担と給付のバランスの議論に影響を与えることが予想されるところであり、注視していく必要がある。 イ 検討の方向性 (公的サービスの制度見直し)  〇支援費制度の財政問題を乗り越え、平成18年からスタートした障害者自立支援法に基づく制度は、今日、障害者総合支援法に移行し、令和2年11月時点で、全国で約130万人の障がい児・者が公的な障害福祉サービスを利用するに至っている。この公的なサービスは、適時に法制度の見直しが行われており、また、公的価格である障害福祉サービス報酬の改定は3年に一度実施されている。こうした制度見直し等は、利用者の新たなニーズに対応するためや、制度を維持するための財政健全化の要請から実施されている。 〇障がい福祉の分野に限らず、社会保障制度は安心した暮らしに不可欠のものであり、今や、国民の共有財産であるとも言える。担い手である障害福祉サービス提供事業者は、制度の維持、存続に向けた協働の視点が重要であり、県は、市町村や事業者団体と連携を図り、政策動向に関する情報を、分かりやすく、迅速に情報提供するとともに、第一線が抱える制度上の課題を国に対して提言するといった、双方向の情報のやり取りを可能とする体制を整備することが必要である。 〇なお、公的なサービス費用の伸びについて、障がい者数の増加と単純に結び付け て説明することは、ややもすると障がい当事者を責めるような印象を与えることとなるため、留意すべきである。いわゆる「財源論」については、必要な施策をどう進めていくかを検討する上で、避けることのできない論点であるが、様々なデータや事象の分析結果、有識者の意見等を踏まえ、しっかりと議論を深堀りしていくことが重要である。 (必要なサービスの最適化のためのデータ分析) 〇障害福祉サービスの提供は、一人ひとりに個別化されたものとすべきである。そのためには、適切なアセスメントを行い、本人の望みや願いに寄り添った必要十分な支援を行うことが重要である。こうした適切な支援の内容の検討に資するため、県は、市町村及び国民健康保険組合団体連合会と連携を図り、障害福祉サービス報酬の請求データ等を分析し、平均値との比較などの手法により、必要なサービスの最適化についての調査研究に取り組むべきである。また、厚生労働省は全ての自治体が参加する障がい者福祉のデータベース1を2023年度にも稼働させる方針であり、こうしたデータベースの積極的な活用にも取り組むべきである。 (支援の視点と人員配置) 〇財源と人員配置は一直線のつながりがある。常に誰かがついている「手厚い」支援が良い支援だとされる傾向にあるが、小さい頃から人がついていなくても頑張れる力を育てていくという視点が重要である。保育園の早期の段階の支援を充実させ、年長になって加配の保育士がいなくなってもしのいでいけるようにすること。本当に必要なところに必要な財源をしっかり手当てする形を作っていくことが重要である。 〇県立施設において、人手が足りないから身体拘束するという事例が見られるが、民間施設よりも県立施設の方が圧倒的に人員配置は厚く、運営費は障害福祉サービス報酬に上乗せして予算措置されている。つまり、支援の質は人手の問題や予算の問題ではなく、「暮らし方」の問題であると言える。暮らし方に着目した支援は、環境要因と個人の要因と複合的な要素が組み合わさって、意欲的になって一人でできることが広がっていく。暮らし方に着目せず、人手がないという理由で、安易にただ構造化していくという危険性があることを常に認識すべきである。 (新規事業所指定と指定更新時の審査の重要性) 〇障害福祉サービス提供事業者は、常に利用者の立場に立って効率的にサービス提供を行うとともに、提供サービスの質の向上に努めることが求められているが、補助金(給付費)を目当てにした不適切な経営実態について報道される事案も散見される。こうしたことから、県は市町村と緊密に連携を図り、新規指定及び指定更新の際、知見を有する公益的な機関・団体と協働するなどして、当該事業者が、適切な事業実施が可能かどうか、十分な審査を行う体制を整備すべきである。 (緩やかな連携、協働事業の推進、事務コストの縮減) 〇障害福祉サービス提供事業者の経営規模は小規模なものが多く、節減が難しい固定費のコストが経営を圧迫する場合が多いとの指摘がある。事業規模を拡大するための合併等を直ちに行うことは困難であることから、県は、各事業者が、社会福祉連携推進法人制度の活用等により、共同で各種事業を実施できるよう、制度の情報提供や助言を行うことに取り組むべきである。併せて、事業者の業務の効率化につながると期待されるDX(デジタルトランスフォーメーション)の取組みを支援することにも注力すべきである。また、障害福祉サービス報酬の請求に係る届出等の事務が、いわゆるローカルルールによって煩雑となっており、事務コストが増大しているとの指摘があることから、県は、こうした届出事務等について、必要最小限で済むよう、不断の見直しを行うことが重要である。 (インフォーマルサービスとの組み合わせ) 〇障がい当事者が地域で安心していきいきといのち輝かせて暮らしていくための支援は、全てが公的な障害福祉サービスで賄われなければならないかというとそうではないだろう。「ともに生きる社会かながわ憲章」の理念が当たり前になるほど、地域の人々が障がいを理解し、ごく普通に接するようになれば、公的サービスと相まって、地域での豊かな暮らしにつながるはずである。地域包括ケアシステムにおいて障がい者を捉えるのは、そうした日常の中でお互い様の支え合いがある社会を招来することであり、包摂する社会を作るということであると考える。こうしたことから、県は、引き続き、「ともに生きる社会かながわ憲章」の普及啓発に努めるとともに、市町村とも連携し、地域包括ケアシステムの中に障がい者も含めた取組みを続けていくことが重要である。 (本人活動の支援の重要性) 〇私たちが目指す、誰もがいのち輝かせて暮らす地域共生社会は、当事者の自律を尊重する社会である。いかなる障がいがあっても本人自身が人生の主役であり、その人生において自ら決定することを最大限に尊重されることで、そのいのちは輝く。障がい者は保護の対象ではなく、人生の主体者として、様々なサービスを活用しながら地域との関わりの中で生きていくことができるよう、ピアサポート活動のさらなる充実はもとより、本人活動を活発にしていくことが重要である。 〇このような取組みを進めることで、障がい当事者は、一方的な支援の対象ではなく、地域の一員として、支援する立場に立つ場面が着実に増えてくるものと考えられる。県は、市町村と連携を図りながら、本人活動の推進に努めるとともに、支援する側、される側の立場を超えて、障がい関係の制度を皆の共通の財産として維持していくことに関心が高まるよう、分かりやすい広報を行っていくべきである。 (関連領域において障がいを包摂することの重要性) 〇これまで障がい福祉は、いわゆるイノベーター(革新者)が、先駆的、開拓的に物事に取り組み、障がい福祉の守備範囲を広げ、障がい福祉の制度として定着させていくというサイクルが基本となっていた。今後、限られた人的・物的資源を無駄なく効率的に利活用していくには、ユニバーサルデザインの考え方のように、あらかじめ「障がい」をその領域に含めたところから考えていくことが重要である。県は、このような全ての人を受け入れる社会の考え方の重要性を、障がい福祉とは異なる領域(商工、運輸、観光、土木など)に周知していく取組みを進めていくべきである。 (県が担うべき業務の見直し) 〇県財政は今後も厳しい局面が続くことが予想されており、障がい福祉関係施策においても、限りある財源、人的資源をどう活かしていくかが常に問われている。障がい福祉関係施策を担当する県本庁部局は、企画立案業務にシフトし、政策実施業務は、できる限り知見とノウハウのある民間機関・団体に切り出すことを検討すべきである。また、コミュニティワーカーとしての役割を果たす、各圏域の保健福祉に関する業務を担当する職員を配置し、市町村の支援、広域的な相談支援、障がい福祉人材の育成といった、県立施設に期待されていた業務を中心に担うこととするよう、業務の見直しを進めていくことが重要である。 1)厚生労働省は、障がい者が利用する介護や就労支援などの障害福祉サービスについて、全国の利用状況などを集積したデータベースを構築する方針を示している。令和4年度中に障害者総合支援法を改正し、令和5年度からの稼働を目指しており、サービスの質の向上やばらつきの是正、制度見直しに活用することとしている。 7 市町村支援について 市町村支援に関しては、本検討委員会において、特段のテーマ(論点)設定はしなかったが、各論点の検討の過程で、以下に掲げる重要な提案がなされたので記述しておきたい。 〇この検討委員会の報告をまとめるに当たって、県が市町村とどのような連携や取組みを行っているのか、県と市町村のキャッチボールがどうなっているか非常に気になる。神奈川は政令指定都市が3市、中核市が1市あり、その他が県域という非常に複雑な構成であることから、より連携体制を強化していく必要がある。 〇今回の当事者目線の障がい福祉の推進に向けた取組みが県主導で行われており、県がリードするのは素晴らしいことだが、やはり市町村の時代であり、市町村の中でプランも組み立てなければならない。県がどこまで、市町村とどのような連携を行っていこうとしているのか。「連携」という言葉が多く出てくるが、実体が伴うことが重要である。 〇県立施設が地域生活移行に本格的に取り組むに当たっては、地域に社会資源が必要となるが、市町村とそこをどのように共有していくかということについては、これからの課題である。 〇県立施設の利用者を地域生活に移行する、あるいは今まで地域で暮らしてきた人が、親亡き後もずっと地域で生活するという仕組みを作るのは、やはり市町村である。その時に、県がどんどん前に行ったら、市町村はなお引いていくのではないかと危惧している。一方で、リーダーシップは必要であり、誰かがやらないといけないが、むしろ県は黒子に徹して、全体を調整していくことが必要ではないか。一番の要は、市町村と一緒に、県がどのようにやっていくかということである。 〇県は様々な取組みにおいて、市町村の後方支援の立場になっている。市町村は、頑張ろうとするときに、やはり後ろの県を気にしたり、見たり、助言を仰いだりする。また、応援してもらえるだろうかと、ある意味でははしごが外されないだろうかと、そういう気持ちを持ちながら、割と恐る恐る取組みを進めていくという実感がある。全国のいろいろな自治体を見てきて感じるのは、局所的に頑張っている市町村や地域はあるが、法則的に、県が頑張らないで取組みを進めている市町村がある県はないということだ。 〇県が頑張らないで、市町村が頑張っているところはないというのが実感だ。県がどうやって、市町村で暮らす一人ひとりを活性化するためのエンジンをどことどこに作るかということがポイントである。県は、朝から晩まで、市町村や地域の事業所、相談支援事業所とどうつながるかを考えてくれるエンジン、事業所と市町村の中核的な人たちがつながるようなエンジンを作り、それをいつもボトムアップ、トップダウンのやり取りをするメゾ的な取組みをどう作るかという、実効的な仕組みづくりの中で、旗振り役になってほしい。 〇例えば廃校などの公立施設をもっと有効利用し、障がいを問わず利用できる、暮らしやすい広場を作ってほしい。運動したり、学んだり、本を読んだり、いろいろな活動ができる広場を作ってほしい。また、県営団地や市営団地の空き家を工夫して、障がい当事者と支援者が一緒に暮らせるように活用してほしい。神奈川は広く、いろいろな地域にたくさんの障がい当事者が暮らしている。県が本気になって、市町村をまとめてほしい。 おわりに 〇冒頭に記述したとおり、本検討委員会は、県立施設の支援内容についてのこれまでの検証等を踏まえ、今後、障がい者の地域生活への移行やその人らしい暮らしを実現するためには、何より地域づくりが重要であるとの認識に立ち、そのための施策等について広範に検討を行った。その手法は、およそ20年後(2040年頃)の神奈川の障がい福祉のあるべき姿を展望し、その実現に向け、行政のみならず、事業者や県民を含めオール神奈川でどう取り組んでいくべきかというものであり、昨年の7月から10回にわたり、精力的に議論を行った。 〇一般に、こうした検討を踏まえた対応策は、厳しい改革が予想される。しかし、今般の報告書の提言は、お互いの心が輝く「ともに生きる社会かながわ」を目指して、障がい当事者を含む関係者が支える・支えられる関係を越え、「自分ごと」としてその道行きについて議論し、合意した上で取り組む、いわば「温かい改革」によって実現することを期待している。 〇本検討委員会でのこれまでの幅広い議論を反映し、この報告書には、○○○もの提言が盛り込まれているが、当事者目線の障がい福祉の基底を成す考えを改めて示すと以下の三つである。この報告書の内容が広く関係者に共有され、今後、総合的、計画的な施策等の展開につながることを望む。 @個人の尊厳が守られる社会を作る 〜差別解消法、虐待防止法関連の措置を強力に進める 〜「ともに生きる社会かながわ憲章」「当事者目線の障がい福祉実現宣言」等の理念の普及啓発に努める 〜可能性を引き出す、一人ひとりに対応した専門的なサポートを確立する など A本人の自己決定、自己選択を尊重した障がい施策を展開する 〜本人活動、当事者の政策決定過程への参加を推進する 〜必要とする障がい者全てが意思決定支援を受けられるようにするとともに、伴走型の相談支援体制を築く 〜その人らしい暮らしを選択できるよう、地域の福祉資源の充実を図る など B入所施設の役割を転換し、地域共生社会の実現にオール神奈川で取り組む 〜入所施設の役割の縮小、転換を図り、緊急時の対応と通過型のサービス提供に重点化する 〜地域包括ケアシステムの対象拡大、関連領域との連携等により包括的な支援体制を作る 〜圏域の自立支援協議会への県の関わり強化するなどにより、市町村支援に取り組む など 当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会委員名簿(50音順敬称略) 左から氏名、所属等 大川貴志、社会福祉法人同愛会てらん広場統括所長 大塚晃、日本発達障害ネットワーク副理事長 委員長蒲原基道、日本社会事業大学専門職大学院客員教授 河原雄一、社会福祉法人星谷会理事長 小西勉、ピープルファースト横浜会長 佐藤彰一、國學院大學教授 冨田祐、ブルースカイクラブ会長 奈良ア真弓、にじいろでGO!会長 野口富美子、神奈川県心身障害児者父母の会連盟幹事 林雅之、社会福祉法人清和会三浦しらとり園児童施設長兼生活支援部長 福岡寿、日本相談支援専門員協会顧問 【開催状況】 左から回数、日時、内容 第1回、、令和3年7月9日9:45〜11:30、○検討の進め方について○意見交換 第2回、令和3年8月6日14:30〜16:55、○障害福祉の将来展望について○事例紹介(国立のぞみの園)○事例紹介(千葉県袖ケ浦福祉センター) 第3回、令和3年9月3日15:30〜17:50、○事例紹介(長野県西駒郷)○障がい福祉の将来展望について 第4回、令和3年9月22日10:00〜12:30、○事例紹介(社会福祉法人同愛会てらん広場)〇障がい福祉の将来展望について〜中間報告(たたき台について) 第5回、令和3年10月20日16:00〜18:00、○中間報告(案)について○今後の進め方について 第6回、令和3年11月24日9:30〜12:00、○事例紹介(日本グループホーム学会)○障がい福祉施策の充実強化について○普遍的な仕組みづくりについて 第7回、令和3年12月22日17:00〜19:30、○事例紹介(社会福祉法人沸子園)○地域の社会福祉資源の充実について〇当事者目線の徹底と権利擁護について 第8回、令和4年1月24日13:30〜16:00、○事例紹介(逗子市社会福祉課地域共生係)○地域共生社会の実現について○先駆的な施策の積極的な取入れについて 第9回、令和4年2月21日9:30〜12:00、○事例紹介(県共生社会アドバイザー)○委員会報告書(骨子案)について 第10回、令和4年3月29日15:30〜17:30、〇本人活動の取組みの紹介(小西委員、冨田委員、奈良ア委員)○委員会報告書(案)について