資料2−3 地域共生社会の実現にどう取組むか(論点〜大事項) 障がい福祉関係施策の理念についてどう考えるか(論点〜中事項) (1)現状・課題 〇「理念」は、「その事がどうあるべきかという根本的な考え」を指す。企業であれば、経営に係る理念を掲げて、それに沿って将来ありたい姿としてビジョンを描く。つまり、企業の存在意義や目的を表明した企業経営の最上位のものである。障がい福祉関係施策についても、それがどうあるべきかという基本理念を据えて、将来何を実現するのか、ビジョンの実現に戦略的に取組んでいくべきである。 〇我が国の障がい福祉関係施策に係る理念の大きな転換点は、介護保険制度の創設に向けた議論に続く社会福祉制度改革による、措置制度から利用制度への移行であろう。この時に、「利用者本位」の理念を実体化した制度として支援費制度が登場したが、この転換に至る背景として、「完全参加と平等」 を謳った国際障害者年(1981年)と、その後の10年の間に、 ノーマライゼーション(normalization)理念や自立生活(Independent Living: IL)理念といった欧米の障がい者思想の定着があったことに異論をはさむ人はいないと思われる。 〇ノーマライゼーション(normalization)理念は北欧の知的障害者の施設における非人間的処遇の反省から生成した理念で、 生まれ育った地域社会においてすべての人が普通に暮らすことができる条件整備をめざすものであり、自立生活(Independent Living: IL)理念は、 それまで施設や病院などで受け身で抑圧的な生活を強いられてきた障害者が、 地域社会において自己決定し自己選択することにより自ら積極的に介助サービスを利用しながら主体的に生活することを支持する理念である。 近年の障がい福祉関係施策は、これらの理念に少なからず影響を受け、自己決定と自己選択を旨とする障がい当事者運動とも互いに関わり合いながら、形作られていった。 ○平成18(2006)年、「障がいは人権問題である」(Disability is a human rights issue)、「私たちのことを私たち抜きで決めないで(Nothing About us without us)」を合言葉に世界中の障がい当事者が結集し、障害者権利条約が国連で採択された。条約は、障害者の人権や基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障害者の権利の実現のための措置等を規定するもので、教育、保健、労働・雇用、社会保障、余暇活動へのアクセスなど様々な分野での取組みを締約国に求めている。 〇我が国は、同条約の批准に向けて、平成23年、障害者基本法を改正し、障害者権利条約の趣旨に沿った障がい福祉関係施策の推進を図るため、障がい者を、必要な支援を受けながら、自らの決定に基づき社会のあらゆる活動に参加する主体としてとらえ、障がい者があらゆる分野において分け隔てられることなく、他者と共生することができる社会の実現を新たに規定した。今日の障がい福祉関係施策を進める上での中核的な理念は障害者権利条約に求められるのであり、その基底にある考えは、広く共有されるべき普遍的な理念であると言える。こうして、我が国は、平成26(2014年)1月に同条約を批准した。 ○我が国では、障害者基本法の改正の他、障害者総合支援法の制定(平成24(2012)年6月)、障害者差別解消法の制定及び障害者雇用促進法の改正(平成25(2013)年6月)など、様々な法制度整備が行われた。 ○新たに制定された障害者差別解消法の目的規定においては、「障害者基本法の基本的な理念にのっとり、全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有することを踏まえ、障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本的な事項、行政機関等及び事業者における障害を理由とする差別を解消するための措置等を定めることにより、障害を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする」と規定している。 〇これまで、この将来展望委員会においては、2040年頃の神奈川の障がい福祉の姿はどうあるべきか検討し、その実現に向けて、どのような施策を講ずるべきかを議論してきたが、その出発点は、平成28年7月26日に発生した、津久井やまゆり園事件である。 〇それは、19名の尊い生命が奪われる大変痛ましい事件であり、障害者に対する偏見や差別的思考から引き起こされたと伝えられ、障害者やその家族のみならず、多くの県民に、言いようもない衝撃と不安を与えた。このような事件が二度と繰り返されないよう、県は県議会と一緒になって、平成28年10月、「ともに生きる社会かながわ憲章」を策定し、その啓発普及に取り組んできた。 ○しかし、津久井やまゆり園や他の県立施設において、利用者に対し、長時間の居室施錠など虐待が疑われるような不適切な支援が長期にわたり行われてきたことが有識者による検証から明らかとなった。また、指導すべき立場にある県自身も、支援内容は現場任せで、身体拘束に関する正しい知識が不足していたことも判明し、利用者の安全を主眼に置いた管理的な支援ではなく、本人の望みや願いを第一に考え、その可能性を最大限引き出す、障がい当事者の目線に立った支援、障がい福祉が求められた。 ○こうしたことから、県は、障がい当事者と意見交換を重ね、令和3年11月、芹が谷やまゆり園の開所式において、「当事者目線の障がい福祉実現宣言」を発信した。この宣言は、これまでの「支援者目線の障がい福祉から「当事者目線の障がい福祉」に転換し、障がい者差別や障がい者虐待のない、「ともに生きる社会」の実現に全力を尽くすという県の決意を示すものであった。 (2)検討の方向性 〇今後、本検討委員会の提言を踏まえ、当事者の目線に立った、様々な障がい福祉関係施策が、神奈川において展開されていくことが期待されるが、長期的な視点をもって、施策の実効性を検証しながら、着実に実施・継続していくことが重要であり、そのための普遍的な仕組みとして、条例の制定が検討されている。 〇他方、津久井やまゆり園事件のような悲惨な事件を二度と繰り返さないという強い決意で策定された「ともに生きる社会かながわ憲章」については、障がい福祉関係施策だけでなく、人権擁護の観点から取組む諸施策の思想的支柱とされており、憲章として引き続き残していくべきものである。 〇また、昨年(令和3年)11月に、県が発信した「当事者目線の障がい福祉実現宣言」に込められた、「当事者目線の障がい福祉」への発想の転換、障がい者差別や障がい者虐待のない、「ともに生きる社会」の実現についての県の決意は極めて重たいものである。 〇加えて、障害者権利条約は、障がい当事者が世の中を動かし、制度的に形作られたものであり、我が国においても、障害者基本法等の改正につながるなど、障がい福祉関係施策の普遍的な考え方を明らかにしているものと言うことができる。 〇このような経緯を踏まえると、新たに制定される条例全体に通ずる基本的な理念については、上記の「憲章」や「宣言」に込められた「思い」や「決意」を出発点とし、今日、障害者権利条約等によって確立した以下のような普遍的な考え方を軸に、今後、全庁的、全県的に議論していくこととしてはどうか。 @個人として尊重されること A心の声に耳を傾け、互いにいのち輝く支援であること B希望する暮らし方ができること C状態像に応じた個別的なサポートであること D政策決定過程への当事者の参画があること E持続可能で多様性と包摂性のある社会を実現すること F皆で地域共生社会を創っていくこと ○障がい者差別や障がい者虐待のない、誰もがいのち輝かせて暮らすことのできる地域共生社会を実現するため、県は、津久井やまゆり園事件を忘れず、オール神奈川で当事者目線の障がい福祉を推進していくよう、前述の基本的な理念について、広く、市町村や事業者、県民と共有できるよう、普及啓発に取り組むこととしてはどうか。 これまでの主なご意見(障がい福祉関係施策の理念について) ○かながわ憲章はそのまま読むと、言葉の意味が難しい。知事と当事者のシンポジウムでかながわ憲章は難しいと意見が出た。そのとき、知事は、「いのち輝く」という言葉を使って、分かりやすく答えてくれた。知事が言う「いのち輝く」はイメージができた。知事の言葉で、もっと発信してほしい。 〇僕のやりたいことを押してくれる、気持ちを分かってくれる人がいれば、僕はいのちが輝く。施設で暮らす仲間たちのいのちも輝いてほしい。津久井やまゆり園事件が起きて、かながわ憲章ができた。でも、今も虐待はなくならない。新しい憲章やルールが必要だ。そのときは、僕たちの気持ちを聞いてほしい。 (参考資料) 国際障害者年の目標テーマ「完全参加と平等」について 〇国際障害者年(1981年)は、「完全参加と平等」をテーマとして掲げ、障がいのある人が障がいのない人と同様に生活し活動する社会を目指すという「ノーマライゼーション」の理念を普及させる契機となった。 ノーマライゼーション:※人は誰もが生まれながらにしてその尊厳と権利において平等であり、お互いの理解によってそれを保障し、ともに生きていく、という考え方 リハビリテーション:※障がい者が一人の人間として、その障がいにもかかわらず人間らしく生きることができるようにするための技術的及び社会的、政策的対応の総合的体系であり、単に運動障がいの機能回復訓練の分野だけを言うのではない(厚生白書、1981) インクルージョン:※インクルージョン(inclusion)は「包括」「包含」を意味する。社会的排除の反対の概念である「ソーシャルインクルージョン」は、「社会的包摂」と訳され、全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合うことをいう エンパワーメント:※社会的弱者や被差別者が、自分自身の置かれている差別構造や抑圧されている要因に気づき、その状況を変革していく方法や自信、自己決定力を回復・強化できるように援助することをいう →完全参加と平等について