地方独立行政法人神奈川県立福祉機構中期目標(素案) 前文 神奈川県(以下「県」という。)は、津久井やまゆり園事件の経験を踏まえて、ともに生きる社会かながわ憲章や神奈川県当事者目線の障害福祉推進条例を制定し、地域共生社会の実現に向けて、当事者目線の障害福祉を推進してきた。 こうした中、県立障害者支援施設は、率先して当事者目線の支援の実現に向けて取り組んでいるが、当事者目線の支援を実践するための改革が十分に進まず、いのちに関わる問題も浮き彫りになっている。こうした支援における課題は、県立障害者支援施設だけでなく、障害者支援施設全体に共通する課題である。 このため、当事者目線の障害福祉の一層の推進に向けては、大学や企業等と連携した研究を通じて、福祉の現場に科学の視点を取り入れ、再現性のある当事者目線に立った支援を確立するとともに、それを実践していく必要がある。 一方で、障害者の望む暮らしを実現するためには、障害福祉サービスに従事する職員をはじめ、地域で暮らす一人ひとりが、障害者の思いや望みへの共感を深め、障害者を含めて地域の中でそれぞれの役割を果たすことを通じて、互いに支え合うことのできる地域をつくる必要があり、それを担う人材の育成が不可欠である。 こうした取組の中で得られた知見は、福祉という枠を超えて社会全体へと波及させることにより、誰もがその人らしく暮らすことのできる地域共生社会へとつなげていくことが期待されている。 そこで、県は、条例の基本理念に基づき、障害者の地域生活を支援するとともに、科学的な福祉を研究及び実践し、そのために必要な人材を育成する拠点となり、福祉に関する諸課題の解決に広く貢献することにより、誰もがその人らしく暮らすことのできる地域共生社会を実現することを目的に、地方独立行政法人神奈川県立福祉機構(以下「法人」という。)を設立することとした。 この目的を達成するため、次のとおり中期目標を策定し、法人に対して指示するものである。 第1 中期目標の期間 令和8年4月1日から令和13年3月31日までの5年間とする。 第2 住民に対して提供するサービスその他の業務の質の向上に関する事項 1 当事者目線による地域生活支援の実践 (1) 豊かな暮らしづくりの実践 「県立中井やまゆり園当事者目線の支援アクションプラン~一人ひとりの人生を支援する~」を継承し、中井やまゆり園の利用者(以下「利用者」という。)をはじめとする障害者一人ひとりの豊かな暮らしづくりの実践に取り組むこと。 ア 共感に基づくチームでの利用者支援 (ア) 共感に基づく支援 利用者の人生、日々の困り事や喜びなどに関心を寄せ、共感し、本人の望みに寄り添った支援に取り組むこと。 (イ) チームによる支援 直接支援に関わる職員だけでなく、多職種や家族等も含むチームによる支援を行うこと。 (ウ) 科学的根拠に基づく支援 障害者の心身状態の見える化や有効な支援に関する研究等(以下「科学的な福祉の研究」という。)の成果を活用した生活支援を実践すること。 (エ) ウェルビーイングを高める組織体制や働き方等の導入 利用者だけでなく、そこで働く職員を含むウェルビーイング(個人や社会のよい状態)を高めていくためにふさわしい組織体制や働き方、研修を含めた人材育成・評価の仕組みを導入すること。 イ 日常的な生活支援に立脚した健康管理の実践 (ア) 利用者の変化と健康への関心の意識付け 中井やまゆり園は利用者の生活空間であるため、日常的な生活支援の場面から、直接支援に関わる職員が利用者の変化と健康に深い関心を持つよう意識付けをすること。 (イ) 科学的根拠に基づく健康管理 科学的な福祉の研究の成果の活用や県の未病施策との連携により、利用者の心身機能の維持向上に取り組むこと。 また、利用者一人ひとりの「いのち」を守るための健康管理の指針や判断基準となる健康管理のガイドラインを定めるとともに、健康管理に関わる専門職を適切に配置し、直接支援に関わる職員と専門職の間における適切な認識や情報の共有及び連携に基づく健康管理を実践すること。 さらに、健康管理のガイドラインは、常にアップデートするとともに、県と連携し、医療リソースが異なる他の障害者支援施設等でも利用できるよう検討し、効果的な実践例等とともに発信すること。 (ウ) 地域における診療体制の充実及び質の向上 県や医療機関等と連携し、地域における知的障害者の診療体制の充実、健康管理・医療の質の向上に取り組むこと。 さらに、地域の障害者の健康支援のため、地域における診療体制等の情報提供に取り組むこと。 ウ 役割をつくるための日中活動の充実 (ア) 地域活動の充実 どんな障害があっても施設での暮らしで完結することなく、地域での日中活動など職住分離を前提として、障害者の可能性と地域における役割を広げる活動の充実に取り組むこと。 (イ) 地域の施設・事業所等との共同事業の実施 地域の施設・事業所等との共同事業として、世代を超えた交流や障害の有無等にとらわれない交流のほか、高齢者やひとり親の孤立、子どもの遊び場の不足などの地域の課題の解消に資するような日中活動に取り組むこと。 (ウ) 科学的根拠に基づく日中活動 日中活動の場を研究と実践のフィールドとして活用し、その成果を生かした日中活動を実践すること。 また、他の施設・事業所等に対して科学的根拠に基づく日中活動の普及に取り組むこと。 エ 暮らしの場の充実と地域生活移行 (ア) 職住分離を基本とする生活の構築 地域における暮らしをつくるため、職住分離を基本とする生活の構築に取り組むこと。 (イ) 地域における暮らしの場の確保 現在の利用者の居場所を必ず確保することを前提に、自宅や民間グループホーム等への移行に向けた調整に加え、県立グループホームの設置による暮らしの場の確保に取り組むこと。 また、医療的ケアや行動障害といった、現在の制度の下で地域における暮らしが難しい状況にある障害者の暮らしの場の充実を図るため、県立グループホームの運営を通じた望ましい暮らしの場やそのための支援のあり方を検証し、県へ報告すること。 (ウ) 地域生活移行の推進 地域住民、事業所、相談機関、医療機関及び行政機関等との十分な調整を行いながら、意思決定支援や地域生活体験などを通じて、地域生活移行に取り組むこと。 なお、どんな障害があっても望む暮らしを実現できるようにすることを目指し、障害の状態などにより特に地域生活移行が困難と考えられる利用者から積極的に取り組むこと。 地域生活移行スキームを整理し、民間法人や自治体等への普及に取り組むこと。 (エ) 地域生活移行後のフォローアップ 利用者が地域生活移行した後に安心して暮らしていけるよう、定期的なフォローアップを行い、必要に応じて短期入所も活用しながら継続的な定着支援に取り組むこと。 (オ) 施設規模の見直し 大規模施設は、管理的、閉鎖的な支援に陥りやすいという構造的な課題があることから、施設規模の見直しを進めること。 (カ) 通過型施設としての役割の確立 通過型施設として、一時的に地域での生活が困難となった障害者について、その人が置かれた環境や必要性を踏まえて、短期、長期に関わらず、期間を定めたうえで入所の受入を行うとともに、家族や地域の関係機関と連携し、再び地域で暮らせるようにするための支援を行うこと。 なお、入所の受入に至らなかった場合であっても、その家族や地域の関係機関との調整を行うなど、寄り添った支援を行うこと。 こうした通過型施設としての支援のスキームを確立し、他の施設や自治体等への普及に取り組むこと。 (キ) 中井やまゆり園のリノベーションや修繕等の実施 中井やまゆり園が暮らしの場にふさわしい施設であるためのリノベーションや柔軟・迅速な修繕等を実施すること。 (2) 地域とのつながりをつくる連携の実践 利用者をはじめとする障害者の地域との関係やそこでの役割をつくるとともに、そうした地域をつなげて広めるため、地域の住民、企業、障害福祉サービス事業所、医療機関、相談機関、教育機関、公共交通機関、行政機関などとの連携を実践すること。 ア 関係をつくる 園周辺及び移行先の地域の住民、商店、病院、学校、公共交通機関、相談機関、市町村役場等と利用者の間で、日々のあいさつ、買い物、通院、困り事の相談などが当たり前にできるような顔の見える関係づくりを進めること。 イ 役割をつくる 障害者の地域における暮らしは、地域とのつながりの中で障害者を支える存在を増やすだけでなく、障害者の可能性を広げて、障害者が地域を支える存在となる必要があるため、地域の課題を把握し、それらの解消に資するような活動や、そのための場の創出に取り組むこと。 ウ 地域をつなげて広める 他の施設・事業所等と連携し、合同で地域との関係づくりや障害者の役割をつくる事業を実施するとともに、支援の振り返りを含むスーパービジョン(助言・指摘を受けて行動を修正する取組)や人材確保・定着・育成等に取り組むこと。 また、連携事例を発信するとともに、県への政策提案や市町村への情報共有をすること。 (3) 望みに寄り添う相談支援の実践 (ア) 生活支援との連動 直接支援に関わる職員とともに、暮らしに寄り添った相談支援を実践すること。 (イ) 科学的根拠に基づく相談支援の実践 科学的な福祉の研究の成果を生かして、意思決定支援を基礎とした相談支援を実践すること。 (ウ) 困り事の把握と橋渡し 地域の事業所や行政機関、医療機関等と連携し、地域の日中活動の場なども活用して障害者や家族等の困り事を把握し、適切な支援への橋渡しを行うこと。 (エ) 特定相談支援の実施 地域の障害者が最適な障害福祉サービス等を受けられるようにするため、計画相談支援を実施すること。 特に、地域の複数の相談支援事業所と協働し、きめ細やかな相談支援体制の構築や相談支援の質の向上に取り組むこと。 (オ) 地域生活移行後のフォローアップ(再掲) 利用者が地域生活移行した後に安心して暮らしていけるよう、定期的なフォローアップを行い、必要に応じて短期入所も活用しながら継続的な定着支援に取り組むこと。 (カ) 法人の取組や政策形成への反映 相談支援で把握した障害者等のニーズや地域課題等を法人の取組に反映するとともに、県への政策提案や市町村への情報共有など政策形成等に資する取組を行うこと。 また、地域生活で支援が必要な方に対する相談支援や地域の相談支援事業所への支援などへの発展も検討すること。 2 科学的な福祉の研究 (1) 障害者の心身状態の見える化に関する研究 意思の表明が難しい障害者等の思いや身体の状態を理解し、望む暮らしを実現する上で有効な支援のあり方を明らかにするため、障害者の心身の状態を定量化し、見える化するための研究を推進すること。 (2) 有効な支援のあり方に関する研究 障害者と支援者双方のウェルビーイングを向上させるため、障害者の健康維持管理や日中活動など、有効な支援のあり方に関する研究を推進すること。 (3) 県の施策として実施すべき研究 県の施策として実施すべき研究を推進すること。 (4) 研究と実践の連動 科学的な福祉の確立に向けて、現場の課題を研究テーマとし、その研究成果を実践に反映させるとともに、現場職員が一体となって研究プロジェクトを進める体制を確立すること。 また、研究成果の社会への還元を含む一連のプロセスを明示して研究プロジェクトを推進すること。 (5) 研究成果の社会への還元 研究成果を広く発信するとともに、民間施設・事業所等の職員の人材育成や地域への普及啓発に活用し、当事者目線の障害福祉を広めること。 また、県等の施策への反映や県を通じた国への要望などに活用するとともに、福祉に関する諸課題に対する研究成果の適用を推進し、県と連携して福祉全体の底上げを図ること。 3 当事者目線の支援を実践する人材の育成 (1) 法人職員の育成 ア 基礎力や専門力を高める研修の実施 職員が業務を通じて自己実現を図ることのできるキャリアパスに基づき、外部機関とも連携して、当事者目線の支援を実践するために必要な基礎力や専門力を高める研修を実施すること。 また、新たな知識や先例にとらわれない柔軟な考え方を身につけるため、障害福祉分野に限らない様々な業種の企業等との交流に積極的に取り組むこと。 イ 現場における効果的な実践 研修の成果を現場で実践できるようにするための効果的なOJTや、職員が自らの支援を振り返り、見直すための気づきを与える仕組みを構築すること。 また、職員の意欲を高める自己研さんの仕組みを導入するとともに、課題の共有や支援の振り返りを行うため、民間施設・事業所等と職員交流等を行うこと。 (2) 地域の施設・事業所等職員の育成 計画的な人材育成が難しい民間施設・事業所等と連携し、当事者目線の支援を実践する職員の育成に取り組むこと。 また、全国の施設・事業所等に当事者目線の支援を広めるため、法人の人材育成の体系や民間施設・事業所等との連携による実践例等の情報を発信するとともに、職員交流等に取り組むこと。 4 地域共生社会の実現に向けた普及啓発 地域の住民や事業所、大学、病院等に対して、法人の取組や当事者目線の障害福祉、科学的な福祉の研究及び実践の成果等の普及啓発を行い、地域における障害者に対する理解や地域とのつながりをつくる活動への参加を促進すること。 また、県の地域共生社会の実現に向けた取組に協力すること。 第3 業務運営の改善及び効率化に関する事項 1 運営体制の確保 (1) 業務の引継ぎ 中井やまゆり園については、県から法人へ運営主体が変わることを踏まえて、利用者や家族等に寄り添い、県との間で丁寧に業務を引き継ぐことのできる体制を構築すること。 (2) 職員の計画的な確保 法人の自主性及び実行性を高めるため、法人が直接雇用する職員の計画的な確保を進めること。 (3) 研究や人材育成等の業務実施体制の確保 研究や人材育成等の業務の効率的かつ効果的な実施体制を確保すること。 2 組織及び人事配置の適正な運用 利用者の地域生活移行の状況に応じて寮体制や職員配置の適正な運用に努めること。 3 その他PDCAサイクルによる継続的な改善 (1) 適時適切な報告の仕組みの構築 利用者支援について、当事者目線で改善すべき、共有すべき事象を適時適切に把握し、多角的な視点から改善と成長を遂げるため、日頃の支援での好事例や気づき等、些細なことも報告され、また報告が評価される仕組みを構築し、PDCAサイクルによる継続的な改善を図ること。 (2) 利用者及び職員の満足度の把握と反映 利用者や職員の満足度調査を実施し、その結果を科学的な福祉の研究を含む業務運営に活用すること。 (3) 組織マネジメントの強化 法人の理念や目的を達成するため、経営資源の戦略的な活用を図り、理事長中心の組織マネジメントを強化すること。 第4 財務内容の改善に関する事項 1 自己収入の確保 障害福祉サービス等報酬の改定に迅速かつ適切に対応し、新たな加算を獲得するなど、自己収入の確保に努めること。 また、科学的な福祉の研究や人材育成において、科学研究費補助金などの外部資金の獲得やその他の自己収入の確保に努めること。 2 経営資源の有効活用 財務運営の定期的な見直し、効率化を図ることにより、限りある経営資源の有効活用を徹底すること。 第5 その他業務運営に関する重要事項 1 施設設備の維持管理、リノベーションの実施 暮らしの場にふさわしい生活環境を維持するため、迅速・柔軟な修繕を行うこと。 また、安全安心な施設を実現するため、中長期の計画に基づく修繕を行うこと。 中長期の計画に基づき、利用者を管理するのではなく、利用者と職員が同じ空間で自然に接することのできる生活環境を実現するためのリノベーションを行うこと。 2 支援や運営の見える化、積極的な情報の公表及び県への報告 支援や法人運営の見える化を図るため、障害当事者や学識者等で構成する第三者機関を設置し、定期的に支援や法人運営の状況を報告するとともに、その意見を反映するよう努めること。 また、家族会の運営への協力など、家族等に寄り添って適切な情報の提供とコミュニケーションを行うこと。 県との間で明確な公表・報告基準を作成し、当該基準に基づき適時適切に公表・報告を行うこと。 <目標値> ・ 第三者機関への意見聴取  毎年度2回以上 ・ 県との情報共有・意見交換 毎月1回以上