性的マイノリティ理解促進フォーラムの基調講演の概要

掲載日:2020年4月3日

令和元年12月21日(土曜日)に開催した性的マイノリティ理解促進フォーラムの基調講演の概要をご紹介します。

 

1 講演者

杉山文野氏(フェンシング元女子日本代表、株式会社ニューキャンバス代表取締役)

2 テーマ

2020東京五輪を見据えたダイバーシティ・インクルージョンについて

3 概要

【はじめに】

 今日のテーマにもある東京2020オリンピックでは、「ユニティ・イン・ダイバーシティ」をテーマに、「全員が自己ベスト」と「多様性と調和」、そして「未来への継承」と、3つの基本コンセプトがある。今日は、この中の「多様性」、その中でも「LGBT」をテーマにお話しする。

 最近では「セクシュアルマイノリティ」や「LGBT」といった言葉を耳にする機会が増えてきたと思うが、「それは夜の水商売の人たちだよね」、「テレビをつけたときに映っている人でしょ」と、自分には遠い存在と感じている方が多いと思う。ただ「LGBT」はそれほど遠い存在ではなく、皆さんの身近にもいるということを、自身の体験を通しながらお伝えしたいと思う。

 

【自己紹介】

 東京都新宿区出身で、フェンシングの元女子日本代表。今はこのようなひげ面だが、女子校に通っていた。幼少期から自分の体に対する強い違和感があったが、人には言ってはいけないと思って誰にも言えずに過ごし、高校の途中ぐらいから自分のセクシュアリティをオープンにし始めた。

 フェンシングの推薦で大学に入学したが、就職活動の時期は、履歴書の男と女のどちらに丸をしたらいいのか、と考え自分の将来について全く想像がつかなかった。

 そうしたとき、性同一性障害のカミングアウトという形で『ダブルハッピネス』という本を出版した。当時はLGBTという言葉は聞いたこともなく、性同一性障害という言葉が少し聞かれ始めた頃だったので、どこに行っても珍しい人のように扱われた。

 また、「グリーンバード」というごみ拾いのボランティア活動に参加していたが、たまたま取材を受ける機会があり、環境問題の話をしたにも関わらず、記事では「性同一性障害の人」として紹介されていた。そうしたことに窮屈さを感じ、26歳の時に海外に行った。

 海外に行けば暮らしやすいのではないかと期待を持ってアジア・アメリカ・中南米を回ったが、そこでもミスターなのかミスなのか、ムッシュなのかマドモアゼルなのかと問われ続け、南極船でも部屋を男性とシェアするのか女性とするのかで揉めた。

 世界の果てに来ても自分の性別から逃げられないのならば、今いる場所を変えていくことが大事なのではないかと思ったのが、今こうした活動をしている原点でもある。

 その後、一度日本に帰ってからタイに行った。タイでは乳房切除手術を受けて、そこから男性ホルモンの投与を始めた。それで少し筋肉質になったりひげが生えたり、声が太くなってきた。その後は、一般企業に就職して3年間ほど過ごし、30歳のときに会社を辞めて、昼間はLGBTの啓発活動、夜は飲食店の経営と、二足のわらじをスタートさせた。

 直近のニュースだと子どもが生まれてパパになった。トランスジェンダーでパパとはどういうことかと聞かれるが、ゲイである僕の友人から精子提供を受ける形で体外受精によりパートナーが妊娠・出産した。

 すごく珍しいことのように扱われるが、実際の生活はどこのご家庭とも変わらないかと思う。子どもと遊んだりご飯をあげたりなど、うまくいかずに彼女に怒られながら過ごしている。

 

【LGBTとは】

 LGBTとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、その4つの頭文字を取ったもの。1980年代後半頃から欧米で使われるようになり、最近日本でも使われるようになってきた。

 今、LGBTという言葉と並行してSOGI(ソジ)という言葉も使っている。「セクシュアル・オリエンテーション・アンド・ジェンダー・アイデンティティ」の頭文字を取ったもの。LGBTはマイノリティの方たち限定になるが、SOGIはマイノリティ・マジョリティ関係なく性的指向と性自認に関することという意味になる。

 自分をどう思うか、どのような対象を好きになるかは皆さん共通の話である。国連などではSOGIという言葉を使うことが多くなってきた。最近ではセクハラやパワハラと同じように「SOGIハラ」も話題になっている。

 トランスジェンダーという言葉自体も聞き慣れないかと思うが、これは僕のように生まれたときの性にとらわれないで生きる人、性を超えて生きる人などということで使われる。その中でも特に性別違和が強い場合、日本では性同一性障害という疾患名を付けるケースがあるが、障害ではなく1つの生き方である。日本では2004年から性同一性障害特例法が施行され、5つの条件を満たすと戸籍上の性を変更できる。約9,000名の方が変更されている。

 ただ、この戸籍変更の条件は、非常に厳しいといわれており、20歳以上であることや婚姻関係がないことのほかに、生殖機能を取り除くことが含まれている。

 僕自身は、乳房切除はしているが、子宮と卵巣の摘出をしていないので、この条件に当てはまらず、見た目はおじさんでも、全ての書類上の表記は女性となっている。なので、見た目は男女のカップルとその子どもだが、戸籍上は、シングルマザーとその子どもと全く赤の他人とが生活していることになる。

 このように、セクシュアリティは目に見えない。性的マイノリティの方に「会ったことがない」方も、会ったことがないのではなく気付かなかっただけなのではないか。そこには「いない」のではなくて「言えない」という現実がある。

 僕が本を出したのは15年近く前だが、全国から、時には海外からも「僕もそうです」、「私もそうです、でも誰にも言うことができません」、「つらい」、「助けて」、「死にたい」、のようなメッセージが1,000通以上来て驚いた。

 カミングアウトしたときに、「もっと早く言ってくれたらよかったのに」と言ってくれる気持ちはうれしいが、簡単には言えない。子どものときは、テレビで女性的な男性がオカマと言われ、男性同士が少しでもスキンシップがあると「何だお前、これか」、「俺に病気うつすなよ」、「俺はそっちじゃないからな」という会話が笑いのネタになっていた。

 家族でテレビを見ているときも「こういう人嫌だね」と言われると、もし自分が本当のことを言ったら「嫌だね」と言われてしまうのではないかと思った。学校でも、友達が前日のテレビの話を笑いながら「キモーい」と言っているのを見ると、一緒に「キモーい」と笑い飛ばして、バレないようにビクビクしながら過ごす学生生活であった。

 いつからそうだったのかというと、幼稚園の入園式のときには親にスカートを履かされて嫌だと泣いて逃げていたので、生まれたときからとしか言いようがないのかと思う。

 実際何が大変なのか。LGBTという言葉でひとくくりにされがちだが、言わない限り分からないL・G・Bと、見た目が変わっていくTとは違う課題がある。トランスジェンダーには性別の移行期がある。僕も女子高生からひげが生えるおじさんになるまでに段階があり、トイレやお風呂のように男女と二分される所は大変だった。女性用のトイレに入れば怒られ、かといって男性用のトイレでは知っている人に会うと気まずいので、外では極力トイレに行かないようにしていた。それが原因で膀胱炎になってしまう方や、外出先では一切水分を取らない方が多くいる。

 お風呂も、体を人に見られるのが怖くて嫌であった。学校のプールの授業や修学旅行、合宿のときは、皆が終わった後に入って何とかやり過ごしていたが、それが原因で不登校になるトランスジェンダーの子どもたちもいる。

 パスポートは、僕はフィメールという表記なので、海外に行ったときに20時間空港で待たされた揚げ句、入国拒否されたこともあった。保険証も女性という表記なので、病院の受付で説明することがある。オープンに暮らしている当事者が少ないので、そのたびに引っ掛かると、生活の中では大きな苦痛や不便があると思う。

 学生時代は、セーラー服が嫌で仕方がなかった。皆と同じ格好をしないで変な人と思われるのも怖かったので、着て行っていたが、スカートの下には短パンを履き、学校に行けば体操服に着替えていた。水泳も好きだったが、水着が嫌でやめてしまった。フェンシングは男女でユニフォームの差がなかったのが、僕のフェンシングが続いた理由である。

 一番苦しかったのは、中学生から高校生にかけてで、いわゆる第二次性徴が始まり、体は順調に女性として成長する一方で、気持ちの上では男性としての自我が強くなっていくという、引き裂かれるという簡単な言葉では済まされないような心理状況であった。自分だけが頭がおかしいのではないかと罪悪感で自分を責め続ける毎日であった。

 また、LGBTであることをオープンにして社会生活を送る大人に出会うことがなかったので、自分が女性として年を重ねていく未来は全く想像がつかず、かといって男性として暮らしていく選択肢があることも知らなかったので、大人になる前に死んでしまうのではないか、どうせ死ぬなら早く死にたい、ということばかり考える学生生活であった。

 ただ、ずっと根暗な毎日を過ごしていたわけではなく、女子校でボーイッシュな先輩というのは割と人気があって、外に出れば元気で明るいボーイッシュな先輩を気取りながら、家に帰ると独りで泣く二重生活も長かったように思う。

 そうした中で僕の転機は、カミングアウトをしたことであった。中学のときに初めて彼女ができたが、高校の途中で振られてしまい、それが辛過ぎてカミングアウトした。幼稚園のときには自分から素直に湧き出る感情としては女の子を見たときに、あの子かわいいな、好きだなという感覚があった。ただ、これはいけないことなのだと言い聞かせていた。

 この葛藤が本当に苦しかったが、女の子に告白され、僕も気持ちを抑えきれず付き合うことになった。誰にも言えないので、ひっそりと付き合っていたが、一緒にいる時間が長くなると「レズのカップルなんじゃないか」、先生にも「あんたたち、いつも一緒にいて気持ち悪いわね」と言われた。頑張って付き合っていたが、高校の途中で振られてしまった。

 ただでさえ辛いことだが、唯一の自分の理解者がいなくなってしまうのではないか、こんなに気持ち悪い僕を好きだと言ってくれる人は二度と現れないのではないか、それを誰にも相談できず、不安や孤独で、夜も眠れずご飯も喉を通らなかった。学校を休んでその原因を追求されるのが怖かったので学校には行っていたが、明らかに様子がおかしかったらしく、周りの友達から心配され、最終的にカミングアウトした。

 泣きながら18年近く誰にも言えなかった思いを吐き出し、黙って聞いてくれた友達が最後に「話してくれてありがとね、性別がどうであれ文野は文野に変わりないじゃん。」と言ってくれた。

 僕は、そこで初めてこの世に生まれたと言っても過言ではないような気持ちになった。僕は僕だと言ってもいいのだ、僕は僕だと言っても友達だと言ってくれる人がいたのだと。それが大きな転機となり、少しずつ仲のいい友達にカミングアウトするようになり、少しずつ受け入れてもらって、少しずつ自己肯定感を取り戻して今に至るのではないかと思っている。

 これは一当事者の話だが、もしかしたらお友達の中にも、職場の中にも、ご家族の中にもいらっしゃるかもしれない。当事者がカミングアウトできない場所は職場と家庭である。自分の居場所がなくなっては困る大切な場所だからで、その場所が大切なほど言えないのではないかと思う。

 ただ、僕自身は振り返ってみればいい時期だったと思えるようにはなった。今もいろいろなことがあるが、辛い、苦しい時期は、しっかりと向き合えば自分を成長させてくれるいい時期だとむしろポジティブに捉えられるようになったのは、自分の強みになっていると思う。

 

【国内外での動き】

 いろいろなデータがあるが、性的マイノリティと言われる人たちは堅く見積もっても5%ぐらいはいると言われている。佐藤さん・鈴木さん・高橋さん・田中さんという名字の方は、合わせて日本に5~6%いらっしゃる。LGBTの人に会ったことがないと思われる方も、この4つの名字の方と同じかそれ以上のLGBTの人たちと共に暮らしていると考えるとイメージが湧きやすいかと思う。

 なので、今は人権という切り口だけではなくビジネスの世界でも語られるようになってきた。企業はLGBTについて取り組む3つのポイントがあると考えるが、1つ目はLGBTの社員にとって働きやすい職場環境をどう整えていくか。次に、LGBTのお客様にとってどのようなサービス向上や商品の開発ができるか。最後にリスクマネジメントである。

 当事者は普段の生活の中で疎外感を感じることが非常に多い。今の日本社会にあるサービス・制度・ルールは、LGBTの人たちがいないという前提で成り立っているものが多いので、その中で分かって応援してくれる企業があるならば購買意欲が移る。

 例えば、日本では法律上、同性同士が結婚することはできないので、せめて式だけでも挙げたいと思う当事者は多い。そこで、挙式可能な式場をPRしたところ、問合せが増えたそうである。

 ほかにも、多様性を表す6色のレインボーを掲げたところ、前年度よりも集客数が伸びたり、「家族割」というサービスにおいて「あなたが家族と思う人が家族です」と打ち出したところ、同性パートナーが他社から移ったりしたという事例もある。

 LGBTの社員のためには、採用・生産性の向上・離職の防止が必要で、今いろいろな企業がLGBTの学生に向けた就職説明会や、転職サイトの打ち出しなどを行っている。当事者にとって採用条件が同じならば、差別・ハラスメントがない所で働きたいと思うのは当然のことであり、LGBT以外の人にとっても、配慮がある会社は誰にとっても働きやすい職場だろうと考える。

 LGBTの話は仕事に関係ないと言われがちだが、アイデンティティの部分に何かしらの嘘や隠し事があると、どうしても周りとはコミュニケーションを取りづらいと思う。

 会社で、ふとした瞬間言う「うちの奥さんがさ」は異性愛者だというカミングアウトである。当事者はそうした些細な会話ですらできない。コミュニケーションの多くを奪われてしまう。

 福利厚生の面では、結婚祝いやハネムーン休暇、慶弔休暇などがない不公平感や、職場で共有できていないとパートナーが病気で倒れた時に駆けつけることができないという不安がある。

 訴訟も起きており、一部を紹介すると、経済産業省の職員の方で、男性から女性に移行されたが、女性用のトイレの使用を許可されなかったため訴訟を起こしたものである。これは、原告が勝訴し国に賠償を命じたことが話題になった。トイレを使えない理由が、戸籍の変更ができていないためであった。何をもって男性・女性というのか難しいが、こうした生理現象ですら制限されてしまうと、働きやすい職場とは程遠いのではないかと思う。

 当事者は問題を起こしたいわけではなく、困っているとき声をあげたが受け入れられず、行き場がなくてこうした手段を取らざるを得なかったのだと思う。理想と現実の中でどうしていくか向き合う姿勢さえあれば、ここまで大きな話にはならなかったのではないかと思う。

 そしてもう一つはリスクマネジメント。個人的にどう思うかまでは介入できないが、それを人前でどう振る舞うか、どう発言するかは多様化する社会におけるビジネスマナーとして、身に付けておくべき知識なのではないかと思う。

 毎年ゴールデンウイークに東京レインボープライドという団体がLGBTのプライドパレードの運営を行っている。これは、自分のセクシュアリティに誇りを持って生きていくことをテーマに1970年にアメリカで始まったもので、現在では世界中で行われているムーブメントの1つである。

 日本では1994年から行われており、2012年には4,000~5,000名であった参加者が今年は20万人を超える方々が参加した。こうした変化も日本が多様化している現れなのではないかと思う。オリンピック憲章の中に性別および性的指向による差別の禁止が明記されているので、開催国の日本はどのような扱いをしているのかということは世界からも注目が集まっている。

 海外では、LGBTであることが何かしらの犯罪として扱われたり迫害を受けたりするような国、地域がある。日本はそのようなことはないが、G7において同性パートナーに法的保障がないのは日本だけなので、早急に対応していく必要があるのではないかと思う。

 同性婚が可能な国は、現在約30カ国である。台湾は今年アジアで初めて可能となったが、日本では13組の同性カップルが訴訟を起こした。なお、世界的には同性婚(セイム・セックス・マリッジ)ではなく婚姻の平等(マリッジイコーリティー)と言われている。

 全ての国民は法の下において皆平等と言うのであれば、誰もが平等に婚姻できる権利が必要なのではないかと思う。

 パートナーシップ宣誓制度を開始している自治体は、現在は約30程度である。今月横浜市でもスタートしたことが話題となったが、現在は全国の自治体でそうした取組みや検討が始まっている。

 こうした流れの皮切りとなったといわれているのが渋谷区である。2015年に日本で初となる同性パートナーシップ証明書の発行で話題になったが、僕が現在の渋谷区長、当時は渋谷区議であった長谷部健さんと出会ったのは学生時代であった。

 最初にお話ししたグリーンバードの活動を通じて出会い、最初は長谷部さんもLGBTの知識はお持ちではなかったが、仲良くなるにつれて「何かやろう」となり、『ダブルハッピネス』という本を出した。

 全国の当事者が会いたいといっても1人ずつは会えないので、グリーンバードで活動していることをブログに書いたら、全国から当事者が集まってきた。

 それを見た長谷部さんが「渋谷区で何かできないか」と言い始めたのが今から10年以上前のことだった。そのうちに、長谷部さんから「同性パートナーシップ証明書を出すというのはどうか」と言ってきてくれた。ご自身が婚姻届を出したとき、すごく幸福感があり、この幸福感を共有するだけでも町の空気は変わるのではないかと思ったようで、それから小さな勉強会を始め、話を進める中で議会提案につながり、最終的には日本初となるパートナーシップ証明書の発行に至った。

 これは決して僕が大きいことをやったという自慢話でもなければ、世の中変えてやると思って立ち上がって政治家に近づいたわけでもない。たまたま生活の中で出会った者同士が、困っている友達のために小さな一歩を踏み出し、積み重ね、それが結果的には大きくなっただけではないかと思う。どうしても国が、制度が、法律がと大きな話になりがちだが、皆さんのすぐ近くにも困っている人はいるのではないか、身近な人のために小さな一歩を踏み出していただけるといいのではないかと思う。

 そこで、「ウエルカミングアウト」をおすすめしている。当事者である僕がカミングアウトするのではなくて、周りの皆さんが「ウエルカムです」と言うことである。当事者も目に見えないが、「フレンドリーですよ」、「いいですよ」と言ってくれる人も目に見えない。

 例えばこの後にお友達やご家族に会われたときに、このフォーラムを一言でも肯定的に発言していただく、またはSNSで肯定的にリツイートしていただくだけで、きっと皆さんのすぐお近くにもいるであろう、まだ言えていない人が、この人であれば言えるかもしれないというきっかけになるのではないかと思う。

 

【最後に】

 LGBTのことだけ分かってほしいということではない。多様化する社会ではなく、もう既に多様な社会だと思っている。自分の知らないものに出会ったときにこそ、柔軟に対応する適応能力・応用力が求められていると思う。

 マイノリティが弱いから、いけないから自殺をしてしまうのか、それともマイノリティが自殺に追い込まれるほどプレッシャーをかけてきたことにいまだに気付いていないマジョリティの課題なのかと考えると、僕は後者に比重があると思っている。

 偉そうに言うつもりはなく、僕もセクシュアリティという切り口ではマイノリティかもしれないが、他のことに関してはマジョリティに属しているものも多くある。誰であっても一人一つぐらいはマイノリティに属するものがあるのではないかと思う。

 誰一人同じ人はいない中で、何かしらのマイノリティが集まってマジョリティというグループをつくっているだけだと思う。マイノリティの課題に向き合うことはマジョリティの課題に向き合うことに、マイノリティにとって優しい社会は、きっとマジョリティにとっても優しい社会になると思うので、ぜひ今日の話が、LGBTに限らずこれから皆さんが何かに向き合うときの1つのきっかけやヒントになれば嬉しく思う。