更新日:2022年1月4日

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令和4年 年始あいさつ

令和4年 年始あいさつ

日時:令和4年1月4日(火曜)9時30分から9時50分

場所:県庁本庁舎 大会議場


 皆さん明けましておめでとうございます。

 本年もどうぞよろしくお願いしたいと思いますが、去年と比べると穏やかなお正月ではありました。去年は1月1日から集まって、コロナ対策会議をやって、2日もまた集まって、そしてそのまま政府の方に要望に行くという大変、1年を象徴するような、元旦そして1月2日でもありました。それに比べると比較的静かな新年を迎えることができたというふうに思います。

 今年私も初夢を見ました。何と、初夢の中でも、コロナ対策、私の中で会議をやっておりました。「寝ても覚めても」という言葉がよくありますけども、まさにそういう状態でありました。しかし、振り返ってみると、この2年間、本当に神奈川県庁の活躍ぶりといったものは、非常に高く評価されるものだと私は思っています。

 ダイヤモンド・プリンセス号がやってきた。そこから始まったこの対応の中で、神奈川は次々に先進的なコロナの取組みを打ち出してきて、そしてそれが全国のモデルになるという、「神奈川モデル」と言ったら数えてみると、およそ40もあるといった状況になっております。

 これを政府の分科会の尾身会長がおっしゃってくださいましたけど、「これは、神はそういうふうに仕向けたのではないか」と、このようなことまで言ってくれました。「この日本が、新型コロナウイルスという未知のウイルスに向き合うという大変困難な状況になる。しかも、ダイヤモンド・プリンセス号にたくさんの患者が乗っているという状況。それを、わざわざ神奈川に持ってきた。それは、『そういったものに対する対応力がどこよりも優れている』と、その潜在力を見抜いた神様がわざわざそういうふうに仕向けてくれたのではないのかな」こんなふうにも言われた次第でありました。

 その中で、皆さんと必死になって闘ってきた。これは本当に誇るべきことだというふうに思うところであります。

 私もいろいろな人に会ったら言われます。「神奈川はすごいですね。神奈川はすごいですね。知事をよくテレビで観ますね」と。それはテレビで観ると言ったのは、神奈川はこれだけやっているといったことを、そういったふうに注目をされているということでもあります。

 最近はまた阿南統括官も、もう毎週のように、新聞・テレビで、その活躍を追われるということでありまして、「神奈川モデル」は全国を引っ張っているというのは、もう今や常識化していると言ってもいいのではないでしょうか。

 しかし、まだまだ未知のウイルスであります。去年の後半、収まってきたかなと、やっとほっとできるかと思ったら、今のところ、まだ神奈川は感染者激増という状況にはなってはいません、つい一昨日までは4日連続、前の週を下回るという状況にもあり、基本的には、そんなに激増状態には入っていませんけれども、この新たな変異株、オミクロン株がついにやってまいりました。そして市中感染、これだけはと思っていましたが、やはり時間の問題でありました。昨日、ついにこの神奈川県でも市中感染が発生してしまいました。

 これからどのようなふうになってくるのか、全く予測ができないと言うと、また阿南統括官から怒られますけども、「われわれは全部予測してやってきているのだ」といったところでありますが、どんな状況になろうとも、われわれは皆さんで力を合わせて乗り越えていきたい、そう思っているところであります。

 その中で振り返ってみると、やはり、ずっとわれわれがどうして、こうやっていきなり新たな危機に対応することができたのか。それは、コロナが起きる前からずっとそういう危機対応能力を高めていたからではなかったでしょうか。

 「いのち輝く神奈川」を作ろうといったことをずっと言ってきて、「いのち」ということを何よりも大事に捉えてきました。圧倒的勢いで進む超高齢社会、それを乗り越えるためには、病気を治すというコンセプトだけでは駄目だと。未病を改善するという新たなコンセプトを打ち出して、それを、最先端のテクノロジーと合わせていこうという、ヘルスケアニューフロンティア、こういう政策も打ち出してまいりました。そういったことの一つ一つが、実はこのコロナ禍において一気に花開いた、というのが私の率直な実感であります。

 未病というものを、健康と病気の白赤モデルではなくて、白から赤のグラデーションモデルに変えた。そこから科学の目が入るようになってきました。分析ができる、どこにいるのかと分析ができる。それをしっかりとセンサー等で察知して、的確に未病改善につなげていこう。これが未病コンセプト、であります。ME-BYOハウスラボ、といったものがあったのを覚えていらっしゃるでしょうか。慶応のSFCと作ったものでありますけども、一つのおうちの中に、さまざまなセンサーが埋め込んである。ベッドの上にもセンサーがあるし、鏡の向こう側からもセンサーが自分を見ている。そして、自分のまさに未病状態が、日々の状態がそこに生活するだけで、どんどんどんどんデータ化されて、そしてそれが見える化して、そして自分で行動変容につなげていくという、こういったMEBYOハウスラボ、といったものをずっとやってまいりました。私はこれこそが、これからの時代のヘルスケア中心になってくるというふうに、思っているところであります。

 つまり、このコロナ禍でわれわれが打ち出した、神奈川モデルの最初、軽症・無症状の人は自宅あるいは宿泊療養施設へ、こういう流れを作りました。そこで、本来ならば、全部病院に入れなきゃいけないものを、軽症・無症状の人は宿泊施設、自宅、という流れを作ったからこそ、医療が守られてきたといったことでもありました。その自宅療養に関してわれわれはさまざまな、第5波までいろんな経験もしました。つらい現実にも直面をしました。しかし、そのような中で、在宅にいても、医療の目が届く形といったものをやってこようと。パルスオキシメーターを配る。そして、LINEによる応答、AIによる応答等々、それとともに、地元の医師会等、訪問看護ステーション、人の目、これが入って、やってくるという。そういう流れの中で、自宅にいても、安全安心の体制といったものを作ってきた。実はこの進化形が、これからの新しい時代のヘルスケアになってくるのではないかと、私は予感がしているところであります。

 今、さまざまな新たなテクノロジー、そして、同時に進んでくるデジタル革命。さまざまなものがわれわれをセンサーで自分たちの体の状態をどんどんどんどんデータ化することができるようになってまいります。今、簡単な時計のようなもので、自分の体の中の状態が刻々刻々と分かるといったものがもう当たり前になっていますし、そういったものと組み合わせてきた中で、生活をしているだけで、どこにいても、その医療の安全の目の中に入っているという、そういった安心感に包まれる。それが実はウィズコロナからポストコロナに向かっていく中で、われわれが行く道ではないかと思うわけであります。

 つまり、医療の資源といったものは、どうしても限られています。この資源をいかに有効に使うか。少子化、人口減少という中で、ますます高齢者の比率がこれから増えてくるといった中で、センサーの力によって、そしてどこにでも、どこにいても病院の中にいるかのごとく、守られ、安全安心であるといった中で、実際の人間は、ありとあらゆる職種の人たちが、自分たちの専門性を生かして、その中で、面として補ってくる。人的な面を補ってくる。そうした流れができてくるのではないかと思っている次第であります。

 われわれは、このコロナの時代を先導してきた。これからはウィズコロナ、ポストコロナ、この時代も先導していきたい。そう思っています。振り返ってみると、このロボット技術といったものも今回大変大きな力を発揮いたしました。それはさがみロボット産業特区といったものを勝ち取って、そこで先進的なロボット開発をずっと進めてきた。あの頃、ドローンなんて言葉、皆さんあんまり聞いたことがなかった。しかし、そのドローンの実証実験なんていうのも、古くなって廃校になった県立高校を使って、体育館を使って、実証実験なんかもやっていたといったこともありました。そういったロボットの技術が、この非接触といったことが求められるこのコロナの時代において、一気に花開いてきた。自動運転走行システム、これもそうです。これから高齢化が進んでいく中で、皆さんがどうやって、生活基盤を支えていくかという中で、ロボットに対する期待というものは非常に大きなものがあります。今までずっと積み重ねてきたものが、これからどんどんどんどん花開いてくる。こんな時代がやってくるだろうと、そう思う次第であります。

 そして、今、とても大事なことは、そうやって先を見ると、ワクワクしてくる。この感覚が、今大事ではないでしょうか。この2年間、皆とてもつらい苦しい思いをしてきました。コロナに感染するかどうかだけではなくて、心に対するストレス。これは全国民、全世界の人が負った苦しみでありました。神奈川県庁職員の皆さんの中でも、そういった中で大変苦しい思いをされているといった方がたくさん出てきていることは間違いありません。こういった皆さんの気持ちそのもの、心も救っていかなければいけない。そのときに一番大事なことは何なのか。それは希望の光です。われわれはトンネルから必ず出てくるのだ。出口に向かっているのだ。そして、その先にはこんな素晴らしい世界が開けてくるのだといったことを実感して、ワクワクすると。そういった感覚を持つといったことが、
今最も求められていると、そのような気がする次第であります。

 そのような中で、もう一つこの間、私が、あらためて大きな発見をしたと感じたことがありました。県民との対話の広場。これは、私は非常に大事にしてきたイベントでありました。県民と直接対話をしながら、そしてそこで、政策の方向性を決めていったりしてくる。私自身がキャスター出身でありますから、そういった特性を最も生かせるといった思いの中で、実際に、私自身が進行しながら応えていくという、一種、独特なスタイルでの県民との対話の広場を重ねてまいりましたが、このコロナ禍でずっとできないでいました。

 そのような中で、つい先日、オンラインでやってみようじゃないかと。Zoomを使って、300 人ぐらいだったらZoomを使っても皆さん参加できると呼びかけました。そして、Zoomに参加しなくても、YouTubeで見てもらって、意見があったらTwitterに載せてもらうという、このような形ならば、何人でも見てもらえますといったことで、実験的にやってみました。そこで扱ったテーマは、「コロナ感染経験者と語る」といったことでありました。そこで、本当に大きな発見があったと、私も思ったのは、コロナ、コロナとずーっと向き合ってはきましたが、コロナに実際にかかった患者さんの生の声といったものを、それほど聞いたことはなかった。たまたま、知り合いの人が「コロナに感染したのです」と言うと「大変でしたね」と言って、「こうでしたよ」という、そんなぐらいの話しかありませんでした。しかし、オンラインでつながった皆さんが、自分の生々しい体験、その思いを語ってくれたときに、今まで、患者の姿が見えてなかったと思いまし
た。患者の姿が見えてないコロナ対策。私はずっと目線という言葉を大事にしてきました。県民目線の県政ということをずっと言い続けてきました。しかし、目線といったこと、その言葉を、コロナ患者の目線、といったことの思い、そこにはあまり至ってなかったということを自分で反省をした次第でありました。

 例えば驚いたのは、軽症・無症状の人は自宅や宿泊療養施設。軽症者というのは、軽症者だと。症状の軽い人だと思っていました。ところが、生の声を聞いてみると、軽症者であるにもかかわらず、死にそうな思いをしていたと。そして、家族にうつしてはいけないというその気持ち、そのストレス、それも大変なものであったし、小さな子供がいるのに、自分がかかってしまったことに対する責任を感じてしまうその気持ちとか。今まで普通にできたことが一切できなくなってくることで受けるその大変さといったもの、というものを軽症、医学的用語で軽症という言葉で分類していたのでしょうけども、その思いにはなかなか寄り添っていなかったのではないかといったことを痛切に感じた次第でありました。

 そして、その生の声といったものを私たちが聞いただけではなくて、そこに参加した人皆さんが聞いた声でありました。参加者からの意見でコロナの本当の怖さがよく分かりました。今までこういうことがなかったと思いますが、そういったイベントに対する満足度、アンケートしたところ、90%を超えていました。「聴く」と、今、岸田総理は、「私は聴くのだと、人の話を聴くのだ」ということをずっと言っています。われわれも、目指すべきは、もっともっと、県民の生の声を聴く、そこに立ち戻るべきではないのかと思います。

 もう一つ聴くということで積み重ねてきたことは、去年、当事者目線の障がい福祉実現宣言といったものを、津久井やまゆり園、そして、芹が谷やまゆり園の開所に合わせて、打ち出しました。そのときに、当事者目線の障がい福祉というものを打ち出すためには、障がい者当事者と対話を重ねることが大事だといったことで、ずっと対話を、重ねてきました。これは私にとって、驚き、発見の連続でありました。

 最初は、知的障がいの方と、対話ができるのかと思ったところから、私自身は始まりました。津久井やまゆり園を見たときに、強度行動障がいの方、この人と対話ができる想定もできませんでした。

 しかし、やってみると、対話というものがきちんと成立するのだ、成立するどころか、彼らの生の声の重さ、鋭さ、的確さ、感動する思いでありました。そこからさまざまな、素晴らしいメッセージをいただきました。そういった言葉をずっと並べてきました。

 つまり、例えば、強度行動障がい、バーッと暴れてしまう、人を傷つけてしまう、自分を傷つけてしまう、こういう人はそのままだと危ないから、1日中、居室に閉じ込めておく。これが今も行われている障がい福祉の現実であります。ところが、生の声を言ってくれた人は「私は確かに暴れた。でも、暴れたときになぜ暴れているかを聞いて欲しかったのだ」とそういうふうに言っていました。なるほど、聞いてくれないから、暴れるから押さえ付ける。だから余計に暴れる。こういったことが行われてきていたといったことに、気づかされました。そのときにやはり、当事者の目になって考える。これが何よりも大事なことだな。これまでの障がい福祉は当事者のために、障がい者の皆さんのために、安全安心のために、ということでやっていましたが、そうではなくて、当事者皆さんの思いに寄り添うどころではなくて、その人の目になる、当事者の目線になる、これが大事だといったことを痛切に感じたわけでありました。

 その目線になるということはどういうことか、これを一生懸命考えたときにできたのが、心の声を聞くという言葉でありました。その人は心で何かを訴えようとしているのだ。何を訴えようとしているのか、その心の声を聞こうといったところから、この目線、この話が始まるのだ。われわれはここでまた改めて発見をしました。これは、障がい当事者の皆さんだけの話ではない。われわれ一般で普通にこの会話をしている、一緒の仲間、心の声を聞いているでしょうか。自分の部下の、本当の心の声を聞いているでしょうか。それをしっかり聞く、相手の立場になって聞く、心の声を聞く。これはすべての人に求められることではないかなと。それが優しさにつながってくるような感じがいたします。それこそが、私が目指す「いのち輝く神奈川」であります。

 ぜひ皆さん、今年、そういった意味で、皆の心の声に耳を傾けて、聞くといったことを、一生懸命取り組みながら、すばらしい神奈川をともに作っていきたい。希望の光が見える、そんなワクワクする時代にしていきたいと思います。今年も頑張りましょう。ありがとうございました。

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