1 第第1 章 養介護施設従事者等による高齢者虐待とは 1 高齢者虐待防止法による高齢者虐待の定義 「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下、 「高齢者虐待防止法」)が平成18 年4 月1 日に施行になりました。 高齢者虐待防止法では【高齢者】とは、65 歳以上の者と定義されています。 また、高齢者虐待を「養護者による高齢者虐待」、及び「養介護施設従事者等 による高齢者虐待」に分けて定義していますが、ここでは「養介護施設従事者 等による高齢者虐待」について述べます。 何が虐待かは、神奈川県が平成20 年度に実施した「高齢者虐待に関する 養介護施設従事者等調査結果」を見ても、人によって捉え方がまちまちです。 しかし、「高齢者虐待防止法」では次の5つの行為の類型をもって「虐待」と 定義しています。 (1)身体的虐待 「高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加 えること。」 (2)介護・世話の放棄・放任 「高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置その 他の高齢者を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること。」 (3)心理的虐待 「高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高 齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと」 (4)性的虐待 「高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせ つな行為をさせること。」 (5)経済的虐待 「高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当 に財産上の利益を得ること」 2 2 高齢者虐待防止法による養介護施設従事者等の定義 高齢者虐待防止法に定める「養介護施設従事者等」とは、老人福祉法及び介 護保険法に規定される次の施設と事業の業務に従事する人のことを指します。 高齢者虐待防止法に定める「養介護施設従事者等」の範囲 養介護施設 養介護事業 養介護施設従事 者等 老人福祉法 による規定 ・ 老人福祉施設 ・ 有料老人ホーム ・ 老人居宅生活支援事業 介護保険法 による規定 ・ 介護老人福祉施設 ・ 介護老人保健施設 ・ 介護療養型医療施設 ・ 地域密着型介護老人 福祉施設 ・ 地域包括支援センタ ー ・ 居宅サービス事業 ・ 地域密着型サービス事業 ・ 居宅介護支援事業 ・ 介護予防サービス事業 ・ 地域密着型介護予防サー ビス事業 ・ 介護予防支援事業 「養介護施設」 又は「養介護事 業」の業務に従事 する者 * (高齢者虐待防止法 第2条) * この「手引き」は一部を除き「養介護施設」及び地域密着型(介護予防)サ ービス事業の「(介護予防)認知症対応型共同生活介護」の業務に従事する 者(養介護施設従事者)を対象とした内容になっています。 3 身体拘束禁止規定と高齢者虐待との関係 (1) 身体拘束禁止規定と高齢者虐待との関係 介護保険制度が平成12 年4 月にスタートし、それに伴い介護保険施設 などでは、指定基準等において、入所者の生命又は身体を保護するために 緊急やむを得ない場合を除き、高齢者をベッドや車椅子に縛り付けるなど の身体の自由を奪う身体拘束は行ってはならないとされており、原則とし て禁止されています。 * 神奈川県では平成13 年度から身体拘束の廃止に向けた取組状況の把握 を目的として「身体拘束に関する実態調査」を行っています。 平成19 年度の調査結果: ○「ベッドを柵(サイドレール)で囲む」 ○「Y字型拘束帯や腰ベルト、車椅子テーブルをつける」 ○「ミトン型の手袋等をつける」の行為が上位を占めていました。 3 身体拘束が常態化することにより、高齢者に不安や怒り、屈辱、あきらめ といった精神的な苦痛(心理的虐待)を与えるとともに、関節の拘縮や筋力 低下など身体的な機能を奪ってしまう(身体的虐待)危険性があります。 高齢者が他者からの不適切な行為により権利を侵害される状態や生命、健康、 生活が損なわれるような状態に置かれることは許されるものではなく、「緊急 やむを得ない場合(P4参照)」を除いて、身体拘束は原則としてすべて高齢 者虐待に該当する行為と国基準で考えられています。 @ 徘徊しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等 で縛る。 A 転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。 B 自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む。 C 点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で 縛る。 D 点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、または皮膚をか きむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋等を つける。 E 車いすやいすからずり落ちたり、立ち上がったりしないように、 Y字型抑制帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける。 F 立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用 する。 G 脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着 せる。 H 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢をひも 等で縛る。 I 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる。 J 自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する。 出典:「身体拘束ゼロへの手引き」(平成13 年:厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」 発行) 身体拘束禁止の対象となる具体的な行為 4 (2) 身体拘束の緊急やむを得ない場合とは 「緊急やむを得ない場合」に該当する3要件 (すべて満たすことが必要です) * 留意事項 ○ 「緊急やむを得ない場合」の判断は、担当の職員個人又はチームで行うので はなく、施設全体で判断することが必要です。 身体拘束の内容、目的、時間、期間などを高齢者本人や家族などに対して十 分に説明し、理解を求めることが必要です。 この場合の緊急とは、予測し得ない状況の発生により応急的に対応すること を指すと解され、日常的に予測しえる状況で事前予防的に対応するものを含み ません。従って、転落のおそれのある利用者への転落防止や、他害行動のある 利用者への予防的対応は緊急にはあたりません。 また、予測される状況は、「拘束等行動制限」以外の他の対応策が事前に検 討されていなければならず、緊急の状況により、その対応策によって、本人ま たは他の利用者の生命または身体を保護することが困難となった場合を指す と解されます。 従って、こうした状況は永続的に続くものではなく、緊急やむを得ない状況 が終了した場合には、速やかに「拘束等行動制限」は解除されなければなりま せん。 さらに、同様の緊急状態が頻回する場合は、これに対する対応策が当然検討 されている必要があります。 例:予測されていなかった本人の症状や情緒の急激な変化への応急的対応 災害・事故(当該本人・他の利用者を問わず)発生等に伴う応急的対応 〇 身体拘束は原則禁止のため、家族の同意が「ある」「なし」にかかわらず許 されるものではありません。また、家族から安全確保のため拘束希望が出さ れたとしても、施設が家族と話し合いを重ねて身体拘束廃止の理解を求めて いくことが重要です。 ○ 切 迫 性:利用者本人または他の利用者の生命または身体が危 険にさらされる可能性が著しく高い場合 ○ 非代替性:身体拘束以外に代替する介護方法がないこと ○ 一 時 性:身体拘束は一時的なものであること 5 4 通報義務、公益通報 (1)養介護施設従事者等における高齢者虐待の通報義務 高齢者虐待防止法では、保健・福祉医療従事者の責務として、高齢者福 祉の仕事に従事する人は高齢者虐待を発見しやすい立場にあることを自覚 し、その早期発見に努めることが示されています。 (第5 条第1項) 特に、養介護施設従事者等は、自分の働いている施設などで高齢者虐待 を発見した場合、生命・身体への重大な危険が生じているか否かに関わら ず、速やかに市町村に通報しなければならないとの義務が課せられていま す。 (第21条第1項) このことは、養介護施設従事者等の、高齢者虐待の発見・対応への重さ が表れていると言えます。 また、高齢者虐待は、さまざまな要因が複雑に絡み合って発生すること や高齢者本人の生命や身体に危険が及ぶことがあることから、早い時期に 第三者が介入するなどして、虐待を止めることが大切です。 このため、養介護施設従事者等以外のすべての人についても生命や身体 に重大な危険が生じている高齢者虐待を発見した場合には、速やかに通報 する義務があります。 (第21条第2項) また、重大な危険が生じている場合でなくても速やかに通報するよう努 力する義務があります。 (第21条第3項) なお、通報への対応は養介護施設の所在する市町村が行います。71ペ ージの「各市町村の高齢者虐待相談窓口」を参照して下さい。 (2)守秘義務との関係 高齢者虐待防止法では、「刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関 する法律の規定は養介護施設従事者等による高齢者虐待の防止を妨げるも のと解釈してはならない」ことが示されています。 (第21 条第6 項) 従って、高齢者虐待の相談や通報を行うことは、養介護施設従事者等で あっても「守秘義務違反」にはなりません。 高齢者虐待防止法における通報については、養介護施設における高 齢者虐待の事例を施設等の中で抱えてしまうことなく、早期発見・早 期対応を図り、高齢者の尊厳の保持の理念のもとサービスの質の確保 や向上に資するために設けられたものです。 6 (3)公益通報者保護 平成18 年4 月1 日から公益通報者保護法が施行されました。この法律 では労働者が、事業所内部で法令違反が生じ、又は生じようとしている旨を 事業所内部、行政機関、事業所外部に対して所定の要件を満たして公益通報 を行った場合、通報者に対する保護が規定されています。 所定の要件とは、 @ 不正の目的で行われた通報でないこと A 通報内容が真実であると信じる相当の理由があること B 当該法令違反行為を通報することが、その発生又はこれによる被害 の拡大を防止するために必要であると認めた場合 と規定されています。 また、高齢者虐待防止法においても通報したことによって解雇その他の 不利益な扱いを受けることを禁じています。 (第21 条第7 項) なお、この法律は雇用関係が継続している場合に該当となり上記のような 保護規定があります。しかし、退職後など雇用関係がなくなってからはこの 法律の該当にはなりません。通常の通報扱いになります。 ■公益通報者に対する保護規定の内容 @ 解雇の無効 A その他不利益な取り扱い(降格、減給、訓告、自宅待機命令、 給与上の差別、退職の強要、専ら雑務に従事させること、退 職金の減給・没収等)の禁止 7 5 高齢者虐待の起きる要因 虐待と思われる行為の原因や理由に「虐待と思われる行為を受けた利用者側 の要因」や「高齢者虐待を行った職員側の要因」また、「業務が多忙等その他の 要因」があげられますが、養介護施設従事者等による虐待の発生は主に以下の 5つの要因に分けて考えることができます。 *これらの要因は、相互に関係している場合が多くあります。これらの要 因は必ずしも直接的に虐待を生み出すわけではありませんが、放置されるこ とでその温床となったり、いくつかの要因が作用することで虐待の発生が助 長されたりすることもあります。このように、養介護施設従事者等による高 齢者虐待の問題は、単純に職員個人だけに原因を求められるものではありま せん。 (詳細は第3章1高齢者虐待や不適切なケアの防止策参照) 1 組織運営 2 チームアプローチ 3 ケアの質 4 倫理観とコンプライアンス(法令遵守) 5 負担・ストレスと組織風土 【養介護施設従事者等による高齢者虐待の背景の要因】