トップページ > 刊行物 > 衛研ニュース > No.220

WWWを検索 当サイトを検索

印刷用はこちら(PDFダウンロード形式)PDFが別ウインドウで開きます

神奈川県衛生研究所

衛研ニュース
No.220

身近な製品に含まれる発がん物質
~多環芳香族炭化水素類(PAHs)~

2024年1月発行

私たちが生きていく上で、どうしても避けることが出来ない発がん性物質、その1つが多環芳香族炭化水素類です。これらは家庭で使う身近な製品に含まれている可能性があります。今回は、多環芳香族炭化水素類の実態や規制などについてご紹介したいと思います。

多環芳香族炭化水素類とは?

多環芳香族炭化水素類とは、図のようにベンゼン環が複数くっついた構造を持つ化学物質の総称です。英語での呼び名であるPolycyclic Aromatic Hydrocarbonsの頭文字をとって、研究者の間ではPAHsと呼ばれています。以下、多環芳香族炭化水素類をPAHsと記述します。

図 多環芳香族炭化水素類(PAHs)の例

PAHsに分類される物質の中で一番有名なものはベンゾ[a]ピレンという物質で、ベンゾピレン又はベンツピレンと呼ばれていることもあります。ベンゾ[a]ピレンは国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer, IARC)による発がんリスク分類でグループ1(ヒトに対して発がん性がある)とされている発がん性物質です1)

ベンゾ[a]ピレンを始め、PAHsは発がん性を疑われるものが多い物質群です。ベンゾ[a]ピレン以外では、ジベンゾ[a,h]アントラセン、シクロペンタ[cd]ピレン及びジベンゾ[a,l]ピレンの3種がIARCの分類でグループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)に分類されています。また、グループ2B(ヒトに対して発がん性がある可能性がある)にも複数のPAHsがリストアップされています1)。このように、PAHsの最も懸念すべき有害性は発がん性と言えます。

PAHsは有機物の不完全燃焼で生成し、石油製品にも含まれていることがあります。意図せず生成される物質のため、どこにでも存在し、食品・大気・水などあらゆるものから検出されています。そのため、冒頭でも述べたように「避けることが出来ない発がん性物質」であり、PAHsによる健康影響を防ぐには、可能な限り曝露を避ける必要があります。

家庭用品におけるPAHsの規制

不必要な曝露を避けるという観点から、日本では「有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律」(以下、家庭用品規制法と呼びます)ではクレオソート油及びクレオソート油で処理された木材に対し、ベンゾ[a]ピレンなどの3種類のPAHsが規制されています。基準値はクレオソート油が10µg/g、クレオソート油で処理された木材が3µg/gです2)。2004年の規制導入以降、3種のPAHsを除去したクレオソート油が開発されているため3)、ガーデニングなど家庭用に用いられるほとんどの製品については安全性が確保されていると考えられます。

海外ではヨーロッパの欧州連合(EU)による化学品の登録、評価、認可及び制限に関する規則(REACH規則)によって、プラスチック・ゴム製の消費者向け製品等に含まれるPAHsが規制されています4)。対象のPAHsは8種類で、先にご紹介した家庭用品規制法の3種に5種を加えた規制となっています(表)。

表 家庭用品中PAHsにおける日本とEUのルール

製品中のPAHs含有量の実態

家庭用品規制法の対象製品については、全国の自治体で試買検査が行われています。この検査で、基準値を超過する違反製品が無いか、常に監視されています。クレオソート油及びクレオソート油で処理された木材については、全国で2012年に5件、2015年に1件のPAHs濃度の基準値超過がありましたが、以降の基準値超過は認められていません5)。前述のとおり、規制導入時に規制対象PAHsを除去したクレオソート油が開発されていることから、現在は基準値を超過する製品はほとんど市場に出回っていないと考えられます。

海外に目を向けますと、EUではREACH規則の基準値を超過した製品を「Safety Gate6)」というサイトで公表しています。このサイトによると、最近約6年(2018年1月~2023年11月)で報告されたEU域内の基準値超過は29件ありました。このような製品は特定のものに偏っておらず、スーツケース、水遊び用シューズ、ハンマー等、様々な製品から認められています。

当所の取組み

基準値を超過した違反製品を市場に流通させないためには、継続的に検査を行い、製品を監視する必要があります。これまで、家庭用品規制法で規定される有害物質の検査法は古いものが多く、検査の安全性や効率性などが問題視されてきました。当所では、国立医薬品食品衛生研究所との共同研究で現在の分析技術水準に合った検査法の開発に取り組んでいます。この共同研究の中でクレオソート製品中のPAHsを安全かつ効率的に検査する方法を開発し、その成果が2023年に海外学術誌に掲載されました7)。この検査法はクレオソート製品のみならず、EUで規制対象となっているプラスチック・ゴム製品にも応用可能と考えられます。今後、国内に流通するプラスチック・ゴム製品の実態調査を行う予定です。
当所では今後も国内外の研究動向等に関して情報収集しながら、引き続き市場に流通する製品の安全性の確認に努めていきます。

【参考リンク】

注:リンクは掲載当時のものです。リンクが切れた場合はリンク名のみ記載しています。

1) List of Classifications (国際がん研究機関:IARC)外部サイトを別ウィンドウで開きます(2023年12月8日閲覧)
2) 有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律(昭和48年法律第112号)
3) 佐伯ら, 環境配慮型クレオソート油の防腐性能と耐候性評価. 木材保存 2009, 35(3), 115-121. 
4) Substances restricted under REACH(欧州化学品庁:ECHA)外部サイトを別ウィンドウで開きます(2023年12月8日閲覧)
5) 有害物質別基準違反件数推移(厚生労働省)外部サイトのPDFが別ウインドウで開きます(2023年12月8日閲覧)
6) Safety Gate: the EU rapid alert system for dangerous non-food products(欧州委員会:EC)外部サイトを別ウィンドウで開きます
7) Nishi et al., Development of a safer and improved analytical method for polycyclic aromatic hydrocarbons in creosote products. Journal of Chromatography A, 2023, 1698: 464007.s

(理化学部 西 以和貴)

   
衛研ニュース No.220 令和6年1月発行
発行所 神奈川県衛生研究所(企画情報部)
〒253-0087 茅ヶ崎市下町屋1-3-1
電話(0467)83-4400   FAX(0467)83-4457

トップページへ戻る衛研ニュースへ戻るこのページのトップへ