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神奈川県衛生研究所

衛研ニュース
No.211

新たな食中毒原因菌 Escherichia albertii とは?

2022年7月発行

Escherichia albertiiE. albertii )は1991年にバングラデシュの子供たちの下痢症例で発見され、2003年に正式に命名された新種の下痢症起因菌です。2003年以降、日本国内では本菌を原因とする食中毒や集団感染事例が発生しており、患者数が200名を超える大規模な事例も報告されています。海外では集団感染事例の報告はありませんが、米国、アフリカ、ドイツ、ノルウェーなどで散発事例が報告されています。
近年、E. albertii の感染事例が多発していることから、疫学を中心として世界中で研究が進められており、様々なことが明らかになってきました。ここではE. albertii の感染経路と自然界における分布、感染時の症状と病原因子、細菌学的な菌の性状と検査方法について、これまでの研究で明らかにされたことをご紹介します。

表 国内で発生したE. albertii が原因とされた(推定含む)食中毒、集団感染事例

感染経路と自然界における分布について

E. albertii が原因とされた食中毒事例等の原因食品は、水やサラダ、鶏肉、お弁当、野外で調理された食事など(上記表参照)で、汚染された水や食品を介してヒトに感染することが明らかになっています。E. albertii の自然界における分布は明らかになっていませんが、近年の調査では、イヌなどのペット、鶏や豚などの家畜、ハトやカワウなどの鳥類、アライグマやイタチなどの野生動物からE. albertii が検出されています。これらの動物がE. albertii の宿主となり、動物やその生活圏からヒトがE. albertii に感染すると考えられます。また、河川のほか様々な環境水からE. albertii が検出されており、宿主の動物により汚染された水を介した感染も考えられます。さらに、国産の生牡蠣からも検出されており、生牡蠣を介した感染や、海水域も汚染されている可能性があることが示されました。このような調査により、自然界におけるE. albertii の分布が少しずつ明らかになってきています。(図1)



図1 推定されるE. albertii の感染サイクル

動物は、E. albertii の感染源として考えられており、水を汚染します。その水はヒトの生活環境を汚染し、不適切な衛生状態で調理された食品を汚染する可能性もあります。

症状と病原因子について

E. albertii による感染は、主に水様性下痢(まれに血便)として発症し、下痢のほか腹痛、発熱、嘔気、頭痛、倦怠感などを伴うことがあります。また、発症までの潜伏期間は12~24時間程度とされています。

E. albertii は、大腸菌(Escherichia coli 以下E. coli )と同じEscherichia 属に分類されています。E. coli は、ほぼすべてのヒトの腸管内に生息している最も身近な細菌の一つで、通常はヒトに病原性を示しませんが、中には病原因子をもつ下痢原性のE. coli がおり、下痢症状などを引き起こします。E. albertii は、この下痢原性のE. coli と同じ病原因子をもっていることが明らかにされました。最初に発見された病原因子は、腸管病原性大腸菌や腸管出血性大腸菌の接着因子であるインチミンであり、その遺伝子eae を保有していました。その後の研究により、宿主細胞へ病原因子を輸送するための機構であるIII型分泌系に関わる2つの遺伝子群や、細胞致死性膨張性毒素に関わるcdtB 遺伝子、一部の株では腸管出血性大腸菌や赤痢菌が産生する志賀毒素に関わるstx2f 遺伝子を保有することが報告されています。これらの遺伝子は、E. albertii の病原性に関連していると考えられていますが、病原機構に関して未解明な点が多く、今後の研究に期待がかかります。

菌の性状と検査方法について

E. albertii は、腸内細菌科に属するグラム陰性通性嫌気性桿菌です。発見当時はその生化学的性状からHafnia alvai として分類されましたが、様々な遺伝学的解析の結果、Escherichia 属の新種として分類された経緯があります。
E. albertii は、共通する生化学的性状に乏しく、菌株によりHafnia alvai E. coli など近縁の菌種と生化学的性状が一致することがあるため、従来の生化学的性状を利用した検査法では、分離・同定が難しいという問題点があります。
培養法で目的となる細菌を検出するには、その細菌の生化学的性状を明らかにし、他の細菌と区別できる特徴を利用した検査法の検討が必要となります。当所では、E. albertii E. coli を区別する方法の一つとして、糖分解の特徴を利用した培地を用いて分離を試みています。(図2)



図2 糖分解の特徴を利用したXRM-MacConkey培地における発育

しかし、培養法だけではE. albertii と同定できないため、特異的な遺伝子の配列を検出するPCRなどの遺伝子検査や、細菌の質量を測定するマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計(MALDI-TOFMS)を用いた解析方法など、培養法以外の技術を導入した検査方法が検討されています。

さいごに

近年の調査や研究により、E. albertii について多くのことが明らかになってきましたが、まだ未解明な部分は多く残されています。E. albertii による食中毒や感染を予防するためには、研究や調査を継続し、さらに多くのことを解明する必要があります。
神奈川県衛生研究所では、E. albertii による食中毒や感染症発生時の検査に対応するため、検査法の確立を目指すとともに、環境や食品などの調査を積極的に進めていきます。

(参考文献、参考リンク)

  • 大阪健康安全基盤研究所ホームページ 食中毒原因菌Escherichia albertii の自然界における分布について外部サイトを別ウィンドウで開きます
  • 信原恵ら 便および食品からのE. albertii の検出について. 第51回滋賀県公衆衛生学会要旨集,37(2021)
  • 阿部祐樹ら 食中毒疑い事例から分離されたEscherichia albertii 株の性状.平成29年度愛媛衛環研年報,20,1-5(2017)
  • 大岡唯祐 新興下痢症起因菌Escherichia albertii の特徴.食品衛生研究,70,19-35(2020)
  • A Hinenoya ら Development of XRM-MacConkey agar selective medium for the isolation of Escherichia albertii . Diagnostic Microbiology and Infectious Disease,97,1(2020)
  • F Muchaambaら Microbiology and Epidemiology of Escherichia albertii -An Emerging Elusive Foodborne Pathogen. Microorganisms,10(5),875(2022)


(微生物部 伊達 佳美)

   
衛研ニュース No.211 令和4年7月発行
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