新型コロナウイルス感染症の流行により外出自粛、オンライン授業、テレワークが増え、生活リズムが変化した人も多いのではないでしょうか。生活リズムが不規則になると気持ちが不安定になったり、食欲が落ちたりといった様々な影響がわたしたちの心身に現れます。また、生活様式の変化から座っている状態が長くなると、排便リズムや便の状態への影響も出てきます。今回は運動とおなかの調子の関係についてご紹介します。
おなかの調子について
排便の回数や便の状態がいつもと違うとき、わたしたちはおなかの調子が悪いと感じます。このとき体の中では主に2つの変化が起きています。1つは腸での水分吸収状態の変化、もう1つは腸の蠕動(ぜんどう)運動状態の変化です。例えば下痢は、便の水分吸収が不十分であったり、腸の蠕動運動が過度であったりすることで引き起こされます。原因は食あたりや感染症など多岐にわたりますが、今回は生活習慣の観点で考えます。実際におなかの調子が悪くなってしまったら、市販薬を飲んだり、便秘であれば水分を補給したり、下痢であれば消化の良いものを食べたり、おなかを温めたりといった対処をすることが多いと思いますが、普段の生活習慣を改善することであらかじめ予防することが出来ます。食や睡眠以外で改善に有効なのが『運動』です。
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運動の種類について
わたしたちの日常生活で安静時より多くのエネルギーを消費する動作を「身体活動」と呼びます。この身体活動は労働、家事、通勤・通学などの「生活活動」と、体力の維持や向上を目的に行う「運動」の2種類に分けられます(1)。ここでは後者の運動に着目します。みなさんがすぐ思い浮かべる運動はウォーキングやジョギングではないでしょうか。さらに普段これらの運動をすることで期待する効果は、筋力や体力の向上、脂肪燃焼や心肺機能の強化による生活習慣病の予防などだと思います。しかしこれら以外にも運動の効果が及ぶ部位があります。それが『腸』です。
運動と自律神経と腸
わたしたちの生命活動は自律神経の働きによって支えられています。活動時には交感神経が優位になり副交感神経が抑制されます。安静時にはこれらが逆になり、副交感神経が優位になることで腸管の蠕動運動は活発になります。健康な場合は活動状況に応じて両神経が上手に切り替わりますが、生活リズムの変化により、いわゆる「自律神経の乱れた状態」になるとこの切り替えがうまくいかなくなります。すると睡眠がうまく取れなくなったり、体調が優れなくなったりといった症状が出てきます(2)。そのため、活動と休息をスムーズに切り替えられるように「自律神経を整える」必要があります。その手段のひとつが習慣的な運動になります。自律神経の切り替えが適度に行われ、活動と休息が正常に切り替えられるようになるため、蠕動運動も適切に行われるようになります。
一般的に運動すると蠕動運動が抑制され便の腸管への停滞時間が延びるため便からの水分吸収が促進されます。下痢になりやすい人は運動することによって適度に水分が吸収されることが期待されますが、もともと便秘気味の人はさらに便の水分が減る可能性が高くなってしまいます。そのため、普段の食事でわかめ、里芋といった水溶性食物繊維を摂取して便の水分保持を高めたり、穀類やきのこといった不溶性食物繊維を摂取して便の嵩(かさ)を増やすなどして便がスムーズに排泄されるようにしておくことも重要です(3)。
運動にはこのほかに免疫力や認知機能の向上にも影響を与えることが分かってきています。これらの機能向上と密接にかかわるのが腸内環境です。
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腸内環境について(4)(5)
最近ではテレビや雑誌などで「おなかの調子を整える」、「腸活」などの言葉を良く耳にしますが、具体的には「腸内環境を良い状態にする」ことを指しています。小腸や大腸といった腸管には、胃で消化され徐々に栄養が吸収された食べ物の残りの他に腸内細菌が生息しています。特に大腸には1000種類100兆個の細菌が生息していると言われており、食べ物の残りや腸内細菌をひとまとめにして腸内環境と呼びます。また、腸内細菌は異なる種類同士で互いに影響し合い、腸内細菌叢(そう)という一種の生態系を形成しています。この腸内細菌叢は大きく分けて3つの勢力で構成されていて、その内訳は善玉菌や悪玉菌と、それらの優勢な方に加勢する日和見菌です。腸内環境が良い状態になるには、これらの勢力バランスが最適になることが望ましく、このバランスを効率的に整えるにはプロバイオティクス*1やプレバイオティクス*2の摂取が有効とされています。代表的なものに乳酸菌やオリゴ糖などが挙げられ、善玉菌を増やして相対的に悪玉菌を減らすことで腸内細菌叢のバランスを調節することを目的としています。このようなアプローチ以外に運動でも腸内環境に影響を与えられることが分かってきました。
*1 プロバイオティクス:腸内環境の改善につながる生きた微生物のこと。
*2 プレバイオティクス:有益な菌の栄養源となり増殖を促進する食品成分のこと。
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表 腸内細菌叢の内訳
運動と腸内環境と腸
ラットを用いた研究で、走行運動をすることによって腸管の重要なエネルギー源の1つである酪酸を生成する菌が増えるという報告があります(6)。また、アスリート(ラグビー選手)の腸内細菌叢に関して一般人に比べて多様性が高かったとも報告されています(7)。多様性が高いということは、腸内に生息している菌の種類が豊富であり腸内環境が健康であることを意味しています。アスリートと聞くとそこまでの運動は…、と感じるかもしれませんが、必ずしも高強度の運動が必要なわけではありません。心肺持久力と腸内細菌叢の多様性に正の相関がある(8)、という報告があることから、自分の体力や運動能力に応じて強度や時間を調節すればウォーキングやジョギングなどの有酸素運動で効果が期待できます。なぜこのようなことが起きるのか、メカニズムについて完全には明らかになっていませんが、運動することによって腸内環境を良い方向に導き、おなかの中からも健康になることができるということです。
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おわりに
今回は運動とおなかの調子に関してご紹介しました。楽しく運動しておなかの中(腸内環境)からも外(自律神経)からも健康を保ち、おなかの調子にストレスを感じない日常生活を送りましょう。
当衛生研究所では運動と腸内環境に関わる研究を今後も行って参ります。皆様の生活の質の向上に役立つ研究を進め、その成果をお届けできるよう専心します。
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参考文献
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厚生労働省 eヘルスネット「身体活動」
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(2) |
厚生労働省 eヘルスネット「自律神経失調症」
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(3) |
厚生労働省 eヘルスネット「食物繊維の必要性と健康」
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(4) |
神奈川県衛生研究所 キッズコーナー うんちっておもしろい |
(5) |
厚生労働省 eヘルスネット「腸内細菌と健康」
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(6) |
Matsumoto M et al. Voluntary Running Exercise Alters Microbiota Composition and Increases
n-Butyrate Concentration in the Rat Cecum. Biosci Biotechnol Biochem. 72(2):572-576, 2008. |
(7) |
Clarke SF et al. Exercise and associated dietary extremes impact on gut microbial diversity.
Gut. 63(12):1913-1920, 2014. |
(8) |
Estaki M et al. Cardiorespiratory fitness as a predictor of intestinal microbial diversity
and distinct metagenomic functions. Microbiome. 4(1):42, 2016. |
(理化学部 萩尾真人)
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発行所
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神奈川県衛生研究所(企画情報部) |
〒253-0087 茅ヶ崎市下町屋1-3-1 |
電話(0467)83-4400 FAX(0467)83-4457 |
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