神奈川県衛生研究所

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2008年8月発行 神奈川県衛生研究所
ヤマビルにご用心 No.127

近年、ニホンヤマビルの生息域が丹沢山地の山麓部にまで広がっており、里山や農耕地、さらには住宅地でも見られるようになりました。そのため、林業従事者や登山者だけでなく、住民にまで吸血被害が生じています。今回は、ニホンヤマビルとはどのような生物なのかなどについて紹介します。

ヤマビルとは?

  ヤマビルは、環形動物門(かんけいどうぶつもん)(ミミズやゴカイなどが属するグループ)ヒル綱(こう)顎蛭目(がくしつもく)ヤマビル科(か)に属する動物です。
日本に生息するヤマビルは、東南アジアやネパールなどに生息するヤマビル(学名:Haemadipsa zeylanica)の亜種(あしゅ)で、3亜種が知られています。神奈川県に生息しているヤマビルは、そのうちの1亜種で、名前(和名(わめい))をニホンヤマビル(学名:Haemadipsa zeylanica japonica)といいます。
ニホンヤマビルは陸に生息する吸血性のヒルで、田や沼で見られる、水中に生息する緑褐色の吸血性のヒル(チスイビル)とは別の種類です。
  以後、特に断りがない限り、ニホンヤマビルをヤマビルと表記します。

ヤマビルの形態


図1. ヤマビル
図2. ヤマビルの前吸盤

  ヤマビルの体は平たい円筒形をし、伸縮性があり、成体の体長は伸びると5~8㎝になります。また、足で踏みつけてもつぶれないほどの弾力性があります。体色は赤褐色から茶褐色で、背面には3本の黒褐色の縦線があります(図1)。体の前端と後端に吸盤を持ち、それらを使ってシャクトリムシのように移動します。前端の辺縁周辺には眼点(図2)が10個あり、明暗を感知することができます。前端の吸盤(前吸盤)の中央には口があります(図2)。口には逆Y字状に3つのアゴがあり、その縁にはのこぎりの様に70~80個の小さな歯が並んでいます。また、歯の間には血液を固まらない様にする物質(ヒルジン)を出す穴が開いています。
  ヤマビルはメスの生殖器官とオスの生殖器官の両方を1つの体に持つ、雌雄同体です。

 

ヤマビルの生態

  ヤマビルは、北は秋田県から、南は沖縄県まで分布しています。特に、秋田県、群馬県、千葉県、神奈川県、静岡県、三重県、滋賀県、京都府、兵庫県、宮崎県、鹿児島県などで多く生息していると報告されています。神奈川県内の主なヤマビル生息地は、丹沢北部の相模原市、東部の愛川町、清川村、厚木市、表丹沢の伊勢原市、秦野市で、西部の松田町と山北町の一部地域からもヤマビルが見つかっています。

  ヤマビルは乾燥に弱く、湿潤な環境に生息しています。吸血対象動物が近くにいないときには、落ち葉や石の下などに潜み、体が乾燥するのを防いでいます。そして近くを野生動物などが通ると、その振動や呼気・体温を感知して、取り付こうと動き出します(図3)。呼気・体温を感知できる距離は1~2m程度で、移動する速さは、1分間に70㎝程度です。

  ヤマビルの活動の時期は4月~11月で、梅雨(6~7月)や秋雨(9月)のころに活発に活動します。特に、気温が20℃以上で、湿度の高い、雨や雨上がりに活動が活発化します。夏期には、地表が乾燥するためか、ヤマビルの出現数が減少する傾向が見られます。ヤマビルは低温にも弱い(10℃以下では運動を停止する)ため、冬期は落ち葉や石の下などに潜んでいると考えられています。
図3. 人に反応して葉上に出てきたヤマビル
 
  ヤマビルは雌雄同体ですが、産卵のためには他のヤマビルと交接して、精子を受け取ることが必要で、自分自身だけで卵を産むことはできないと考えられています。1頭のヤマビルは、一生の間に6個ほどの卵のう(図4)を産みます。卵のうは蜂の巣状をしており、その中に、卵を5~10個産みつけます。しかし1つの卵のうから1頭以上のヤマビルがふ化する割合は、30%程度しかありません。

  ヤマビルの餌は、動物の血液のみです。ふ化したヤマビルは、生後1年の間に3~4回吸血して成体になります。寿命は1~2年と考えられています。

  神奈川県における吸血対象野生動物は、ニホンジカが最も多く、次いで多いのがイノシシです。カモシカ、サル、キジも吸血対象になっていることが確認されています。もちろんヒトも吸血対象です。

  ヤマビルは、野生動物などがいつ近くを通るかわからない状況で吸血する機会を待っており、飢餓に強く、約11ヶ月絶食状態で生存していた記録があります。
図4. ヤマビルの卵のう
 

ヤマビルによる吸血被害

  ヤマビルの活動が活発化する時期と行楽シーズンの重なる5~6月と9~10月に吸血被害が多く見られます。

  ヤマビルは歯で野生動物などの皮膚を切り、にじみ出た血を吸血します。吸血時間は30分~1時間ほどで、体重の8倍程度の血液を吸血します。口から分泌されるヒルジンのために、吸血が終わった後も1~2時間くらい出血が止まりません。ヒルジンには、血液を固まらないようにする以外に麻酔効果もあり、吸血された人に痛みはほとんどありません。そのため吸血されている人はそれに気がつかず、多くの場合、傷口から出血している状態を見つけて、ヤマビルに吸血されたことに初めて気づきます。

  ヤマビルに吸血されても細菌やウィルス等に感染することはないと考えられていました。しかし、2003年に丹沢へハイキングに出かけて、ヤマビルに吸血された人が、その2週間後にじんま疹が全身に広がり、発熱、頭痛、関節痛、全身倦怠感、リンパ節の腫れなどの全身症状をきたした症例が報告されました。ヤマビルの体表や腸内からは、日和見感染を起こす細菌をはじめ、いろいろな細菌が見つかっており、吸血被害を受けた人が高齢であった場合や十分な免疫力を持っていない場合には、何らかの感染症をおこす恐れがありますので注意が必要です。

ヤマビルに吸血されたときの処置

  吸血しているヤマビルを見つけたら、すぐに取り除いてください。防虫スプレーや塩水をかけたり、アルコールや火を近づけると簡単に離れます。無理矢理引き離しても問題はありませんが、ヤマビルの吸盤の吸着力は非常に強く、なかなか離れません。
ヤマビルを取り除いたら傷口から血を絞り出し、傷口を清潔な水でよく洗って、抗ヒスタミン含有ステロイド軟膏がある場合には、傷口に塗布してください。そして絆創膏などで傷口をふさいでください。

 

ヤマビルの防除対策

  ディート(市販されている防虫スプレーで一般的に使われている有効成分)や食塩水(濃度20%)などに忌避効果があります。ヤマビルの生息地域に入るときには、それらを携帯し、体や衣類・靴などに塗布します。しかし、効果は数時間程度ですので、ときどきヤマビルが体に付着していないか確認し、再び塗布してください。

  防虫スプレーに比べて忌避効果の持続時間が長い、ヤマビル用忌避剤として市販されているものもあります。衣類や靴などに塗布する製品で、直接皮膚には塗布できませんので注意して使用してください。

  住宅地などでの被害を防止するためには、環境対策も必要です。ヤマビルは乾燥に弱いので、草を刈ったり、落ち葉などを片付けて地面を乾燥させ、ヤマビルが生息しづらい環境を整備することが重要です。

  ヤマビルを見つけたときには、食塩水(濃度20%)、木酢液(濃度50%)、酢酸溶液(濃度2~5%)、アンモニア水(濃度1~3%)などを用いて駆除することができます。それらをスプレーでヤマビルに直接散布(100ml/㎡)して使用します。また、殺ヒル効果のある殺虫剤が何種か知られています。しかし、それらの薬剤は毒性が高かったり、環境汚染などの問題が明らかでなく、住宅地での使用は難しい状態です。そこで現在、神奈川県の研究機関と大学や民間機関などが協力して、薬剤を用いた駆除法などを検討しています。

 

微生物部 細菌・環境生物グループ 稲田 貴嗣

   
衛研ニュース No.127 平成20年8月発行
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