神奈川県衛生研究所

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NO.122

2007年10月発行 神奈川県衛生研究所


これからの季節は注意して!!

下痢や嘔吐を起こすウィルスとその検査

   下痢や嘔吐(おうと)を起こす原因は様々で、細菌であることもあればウイルスや化学物質でおこることもあります。特に冬場では多くの場合ウイルスが原因です。ではこの下痢や嘔吐を起こすウイルスとは何か?それは、ヒトの体内に入り込み増えることによって、胃や腸などの細胞を破壊したり、水分調節を崩してしまう物質を出し、下痢や嘔吐などの症状を起こさせる機能を持った微生物の集団を指します。下図は下痢や嘔吐を起こす代表的なウイルスです。


【神奈川県衛生研究所電子顕微鏡写真】
ノロウイルス(小さくて栗の
いがのような棘のある球形
が特徴)
サポウイルス(三角形が
重なり合ったダビデの星
と呼ばれる星の模様が特徴)
アストロウイルス
5または6個の頂点を持つ星
が特徴)
A群ロタウイルス
C群ロタウイルス
アデノウイルス正二十面体
の大きなウイルスで、正三角形
が見える
のが特徴)
二重構造の大きなウイルスで、車輪状に見えるのが特徴)
※ 1nmは1mmの100万分の1の大きさ

「ウイルスが増える環境は・・・」

  微生物というと細菌とかバクテリアとかいう言葉を思い浮かべる人が多いと思いますが、細菌よりもさらに微細なウイルスも微生物に含まれます。ウイルスの場合、増える環境が細菌とは異なっています。細菌は栄養と至適温度などが揃っていればどこでも(人工の寒天培地など)増えることができますが、ウイルスは生きている細胞が必要です。ヒトに感染するウイルスというのは、ヒトの細胞の中でのみ増えることが出来るウイルスと言う解釈にもなります(中には人獣共通のウイルスもあり、ヒトと動物の細胞の中で増えるものもあります)。
一例をあげますと、食中毒の原因として注目されているノロウイルスはヒトの体内で増え病気を起こします。ヒトで増えたウイルスは、便や吐物と共に自然界に出て水中を漂い、プランクトンと共に貝類に取り込まれ、貝類の中腸腺に蓄積されます。しかし、このウイルスは貝類の中では増えず、単に蓄積されているだけです。ウイルスが増え出すのは、ヒトの体内に入ってからです。このウイルスが中腸腺に蓄積されても貝類が感染(病気になる)することはないので、貝類が脱水症状やえさを消化できずにやせ細ってしまうことはありません。

「ウイルス感染による病気(嘔吐や下痢)の発症には・・・」

  ウイルスが増えることの出来るのはヒトの体内に入り込んでからです。体内に入り込んだウイルスはまず標的となる細胞に到達する必要があります。下痢や嘔吐を起こすウイルスの場合、標的とするのは胃や腸の表面にある細胞となります。これらの細胞に到達したウイルスは細胞の膜を破り(通過して)中に入り込み、その遺伝子を核の中に送り込んで、細胞の遺伝子増幅システムを使い自らの遺伝子を増やします。また同時に、細胞のタンパク質合成システムを使いウイルスの体を構成しているタンパク質を作り出します。これらの遺伝子とタンパク質が合わさり多量のウイルスが出来上がります。最後に増えたウイルスがこの感染細胞を破壊して飛び出し、次々と新しい細胞に取り付きどんどん増えていくのです。
  ヒトがこれらのウイルスに感染し発病したとわかるのは、ウイルスがある程度増えて、胃や腸の多くの細胞が壊されてからになります。ヒトにより違いはありますが、必ず一定の潜伏期というものが存在します。ノロウイルス、サポウイルス、アストロウイルスやアデノウイルスでは1日から2日、ロタウイルスでは2日から3日の潜伏期が存在します。ノロウイルスがヒトの体内に侵入した場合、24時間から48時間の間で発病すると言われています。著者の経験では36時間前後でした。

「検査はどうやっているの?」

  下痢や嘔吐を起こすウイルスの検査は、患者の便から直接ウイルス粒子を観察する電子顕微鏡検査、ウイルス抗原を検出するための抗原検出検査、便の中から遺伝子を抽出、増幅する遺伝子検査があります。当所ではこれらを組み合わせることにより効率よくウイルスを検査しています。
ウイルスには乳幼児や免疫の衰えてきた老人に感染が見られるもの、乳幼児から大人や老人まであらゆる年齢に感染が見られるものがあります。前者の代表にはロタウイルスがあり、後者の代表はノロウイルスです。あらゆる年齢をターゲットにしているノロウイルスが下痢や嘔吐を起こす原因の大部分を占めていることになります。またノロウイルスは食中毒の原因ウイルスとしても大変重要です。そこで、実際の検査の進め方は、ウイルスを全般的に検索できる電子顕微鏡検査を最初に行い、次にノロウイルスを検出するための遺伝子検査へと続きます。そして流行の時期や患者の年齢等を参考にサポウイルス、アストロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルスの検査を行っています。

「神奈川県の状況は?」

  当所の調査結果では、毎年10、11月からウイルスが検出され始め、翌年の5、6月まで検出されています(図1)。ノロウイルスは11月から2月までの間に流行が見られ、その後5月まで検出されています。2007年は7月まで検出されました。サポウイルスはノロウイルスと同じように11月から2月までの期間と、5月から7月に検出されましたが、流行のピークはつかめませんでした。ロタウイルスはノロウイルスに少し遅れて2月から4月の間に流行が見られます。アデノウイルスは検出数も少なく散発的に検出されています。さらに2007年には5、6月に1例ずつですがアストロウイルスが検出されました。アストロウイルスは神奈川県域ではあまり検出されないウイルスなので、今後の動向が注目されます。

「電子顕微鏡は感度が低いけれど・・・」

  電子顕微鏡は遺伝子検査に比べると感度が悪く、検査者の技術に左右されます。しかし、一度の検査で小型球形ウイルス(ノロウイルス、サポウイルス、アストロウイルスなど)、ロタウイルス、アデノウイルスなど何種類ものウイルスが確認できるという利点があるため、特異的で感度の良い遺伝子検査も重要ですが、電子顕微鏡の重要性も再認識する必要があると考えています。

「ウイルスが見えたらどうするの?」

  電子顕微鏡でウイルスが観察された場合には、次にそのウイルスに名前を付けるために観察されたウイルスに対応する確認検査を行います。ロタウイルスの場合にはA群やC群の確認を、アデノウイルスの場合には40型や41型などの確認を迅速な市販検査キットや遺伝子増幅装置を用いて行います。しかし、小型球形ウイルスはウイルスを増やすための培養細胞がないため、実験室で増やすことが出来ません。このため迅速な検査キットの開発や研究が進まないのが現実です。そこで、それぞれのウイルスの遺伝子を増幅し、その遺伝子配列の決定を行うことになり、多くの時間と経費が必要となります。もちろん、小型球形ウイルスの場合でも、電子顕微鏡でそのウイルス特有の構造が観察されれば短時間で結果の出る場合もあります(表紙の電子顕微鏡写真参照)。
最後に、衛生研究所の重要な役割は、県民の皆さんの食生活や健康を守るということです。このため公衆衛生上いつどこでどのようなウイルスが流行したかなどの情報は極めて重要です。食中毒の予防や感染症の拡大防止のためには、下痢や嘔吐を起こすウイルスの迅速な検査体制の構築、様々なウイルスに対応するための研究、さらにウイルス検出(流行)情報の迅速な還元を行っていく必要があります。

微生物部 片山 丘

 
   
衛研ニュース No.122 平成19年10月発行
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