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NO.117

2006年12月発行 神奈川県衛生研究所


腸管出血性大腸菌O157集団発生事例の分子疫学調査

―パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法―
  感染症の発生時においては、感染源の迅速な特定とその後の感染拡大の防止が重要です。腸管出血性大腸菌感染症の発生時においては、まずO 157,O26,O111等の血清型を確定します。O 157と確定され、さらに起源を同じくする菌かどうかが判明できれば、感染源や感染経路を推定することが容易になります。このような、感染源を推定する方法のひとつに分子疫学調査があります。
  最近、神奈川県内で発生した腸管出血性大腸菌感染症の集団事例を紹介します。

微生物部 石原 ともえ

パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法
  感染源の推定を目的に分子生物学的手法を用いた細菌の遺伝子DNA解析による分子疫学調査が実施されています。パルスフィールド・ゲル電気泳動(Pulsed-Field Gel Electrophoresis: PFGE)法を用いた遺伝子解析法は、1996年の大阪府堺市での腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli: EHEC)による食中毒事例以降、大きく発展しました。この方法は、細菌の染色体DNAの塩基配列が菌株により異なることを利用して、特殊な酵素(制限酵素)で特定の塩基配列を示す部位を切断することにより、起源を同じくする菌かどうかを推定する方法です。
  図1にPFGE解析の手順を模式図で示しました。
  EHECで通常使用する制限酵素はXbaⅠで、図1(a)に示した塩基配列の部位で切断します。切断されたDNA断片をアガロースゲル(寒天状の薄い板状のもの)内で電気泳動しますが、この分子量は大きく、直線的な泳動ではゲル内の移動が困難なため、電流の向きを切り替えることで分子量の大きな断片の移動を可能にします(図1(b))。
  この泳動によって得られたDNA遺伝子断片の分子量の違いによるバンドのパターンによって起源を同じくする菌かどうかを推測します(図1‐(c))。電気泳動により形成されたバンドは蛍光色素で染色し紫外線ランプ下で撮影します(図3)。
図1 PFGE解析の模式図
 
当所におけるPFGE法による解析
  当所では、地域における感染拡大の予防のため、届けられたEHEC菌株が、同時期に同一の血清型(O157、O26、O111など)で同一の毒素型(VT1、VT2単独、あるいはVT1,2の両方)を産生する菌株が3株以上確認された場合には関連部署と連絡をとり、同一の感染源をもつ菌による集団感染が発生していないかどうかを調べるために、PFGE解析を実施しています。
 
EHECの送付菌株数
  EHECの患者が確認された場合は、各医療機関から所轄の保健所を介して、地方衛生研究所に菌株が送付されます。
  地方衛生研究所は集められた菌株について生化学的性状、血清型、毒素型等を確認した後、国立感染症研究所に送付します。国立感染症研究所は全国から集められた菌株について PFGE解析を実施し、感染症の大規模化の防止および散発的集団発生の迅速な検出と抑止に役立てています。  図2に10月末日までに当所に送付された2006年度のEHEC62株の月別送付菌株数を示しました。5月から7月にかけて徐々に増加し、8月にもっとも多く、9月、10月も多いままで推移しています。内訳としては、O157が53株、O26は8株で、血清型不明(OUT)が1株でした。
図2 腸管出血性大腸菌の送付菌株数
 
PFGEパターンによる解析
  図3(a)食中毒事例-1は、8月下旬に2家族が関連するバーベキューによる感染事例(O157で毒素VT1,2)と、同時期にこの事例とは関連がないと考えられた4名から分離した菌株(O157で毒素VT1,2)のPFGEパターンを示したものです。4名を含む関係者全員のパターンがほぼ同一でした。
 1のレーンでは他のレーンと異なってバンドの欠落が認められます(矢印)が、聞き取り調査によりバーベキューに参加していたことが確認され、同一の原因による感染であることが示唆されました。
   3、4のレーンは関連のないと考えられた4名の菌株のうちの2株を示したもので、PFGEパターンがまったく同じでした。限定された地域での事例でしたが、保健所による聞き取り調査では、原因食品は特定できませんでした。
  この事例は、聞き取りによる疫学調査とPFGE解析を用いた分子疫学調査の両面から感染状況を検討した貴重な一例です。また、この事例では、隣接する横浜市、川崎市、相模原市にPFGE結果を電送し、同じパターンを示す菌株の検出状況を問い合わせ、川崎市で類似したパターンを示す菌株が1株認められましたが、この事例との関連は確認できていません。
  図3(b)に、10月に藤沢市内の焼肉店において発生した食中毒事例から分離された菌株の一部4株のPFGEパターンを示しました。XbaⅠとBlnⅠの2種類の制限酵素で比較したもので、それぞれの制限酵素で同じパターンを示し、同一の感染源である可能性が示唆されました。
図3 PFGEパターンの実例
  この事例では、横浜市および東京都でも患者が発生しており、各衛生研究所にPFGEパターンを送付して、各所のPFGEパターンも同じであることを確認しました。また、調理従事者からも同一のパターンを示す菌が分離されています。
  図3(c)に、同一時期に発生したEHEC(O157で毒素VT1,2)の散発事例6株のPFGEパターンを示しました。レーン9、10は類似していますが、聞き取り調査では関連性がなく、11~14レーンは異なったパターンを示していることから、これらはそれぞれ、異なった感染源であると考えられました。


  以上のように、PFGE解析は集団発生の分子疫学調査として重要であり、また、広域の散発的集団発生における感染源調査に必要な情報を提供してくれるものです。
   これらの解析に関しては複数の制限酵素を用いることや、他の疫学マーカーを併用したPFGE以外の方法を用いることにより、さらに詳細な解明が可能となることから、今後もより迅速で確実な解析方法を検討する予定です。

衛研ニュース NO.117 2006年12月発行
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