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令和2年4月30日掲載

ウイルス学エピソード

(2)ウイルス感染症の診断

ウイルス感染症の診断は一般に1)発病早期の患者検体からウイルスを検出するか、2)急性期、回復期の少なくとも2回、患者から採られた血清中のそのウイルスに特異的な抗体が上昇していることを確認するという2種類の方法によります。

アシクロビルという非常に有効な抗ヘルペスウイルス剤が登場するまで、長い間ウイルス感染症の診断は臨床医にはそれほど魅力のない問題でした。なぜなら、たとえ早期に診断がついても効果的な治療法がなかったからです。また、多くの急性ウイルス感染症は治癒することが多く、治ってから診断がついても主治医も患者さんにとってもあまり有難みがなかったわけです。

ウイルス感染症の診断分野で光が見えてきたのは、1980年代からでした。病因ウイルスの遺伝子を高感度で検出するPCR法(代表的な遺伝子増幅技術)が開発され、発病後比較的早期に出現するIgM抗体の検出法も改良され特異性が向上した上、抗ヘルペスウイルス剤やAIDSの流行に伴い開発された抗HIV剤さらに有効な抗インフルエンザ薬の登場、さらにAIDSや成人T細胞白血病のような慢性のウイルス感染症の存在が広く認知され、ウイルス感染症診断の重要性が認識されるようになったのです。

しかし、新しい診断技術が開発されると引き起こされるのは、技術上のエラーと結果の解釈の間違いです。これがとんでもない混乱を引き起こすことがあります。PCR法で検出されるのはウイルスの遺伝子の一部であり、必ずしも感染性のある生きたウイルスの存在を示すものではありません。例えば新型コロナウイルスの遺伝子が10個検出されたとしてそこに感染性のあるウイルスが存在するのか、これからデータを出す必要があります。たとえばテレビ用リモコンからウイルス遺伝子を検出したが、そこに感染性ウイルスが存在するのか?それを証明するのはそこからウイルスを分離するしかありません。フラスコの中の細胞にそのリモコンからふき取ったサンプルを接種してウイルスを分離するのは、相当な”腕と根気”がいります。細胞のコンディションを整えて、何度か植え継いでやっと分離できる時があります。つまりコロナウイルスにとってはヒトが触って、それが口や鼻の中に入る方が、フラスコの中の細胞よりはるかに好条件なのです。

一方、抗体検査に目を向けると急性のウイルス感染症ではIgM抗体はIgG抗体より早く出現します。そしてIgG抗体が十分上昇するとIgM抗体は検出されなくなります。しかし、デングウイルスや日本脳炎ウイルスに対するIgM抗体は、発病3~4日後から検出できるようになり、数ヶ月は続きます。IgG抗体はもっと長く続くわけですが、たとえばデング熱流行地にしばしば出かける人が、発熱と発疹で受診してデングウイルスIgM抗体陽性であっても、その時日本で麻疹が流行していれば麻疹の可能性も考えなければいけません。なぜなら数ヶ月前にデングウイルスに感染していてその時のデングウイルスIgM抗体を検出している可能性があるからです。

このようにウイルス感染症の確定診断には実験室診断と臨床症状・検査結果をしっかり突き合せないと間違える可能性があるのです。

神奈川県衛生研究所第19代所長
髙崎 智彦
(図:木村 睦未)

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