腸管系細菌
日常検査でしばしば遭遇する各細菌の分離同定検査の実際について、各段階の詳細な検査法等は他の専門書(参考資料を掲載)に委ね、ここでは写真を中心に紹介する。
(微生物部)
- 1.腸内細菌科(Family Enterobacteriaceae)
- 2.ビブリオ科(Family Vibrionaceae)
- 3.エロモナス科(Family Aeromondaceae)
- 4.スタフィロコッカス科(Family Staphylococcaceae)
- 5.カンピロバクター科(Family Campylobacteraceae)
- 6.バシラス科(Family Bacillaceae)
- 7.クロストリジウム科(Family Clostridiaceae)
- 8.参考資料
1.腸内細菌科(Family Enterobacteriaceae)
(1)腸内細菌
- 「腸内細菌」とは、腸内細菌科(Family Enterobacteriaceae)に属する菌の総称名の和名で、通常、慣用的に「腸内細菌」とよばれている。
- 「腸の中にいる菌」と誤解されたり、「腸内細菌叢」あるいは「腸内フローラ」と混同されたりするが、ここでは分類学上の腸内細菌科について、和名の「腸内細菌」をそのまま慣用する。
- 腸内細菌は芽胞を作らないグラム陰性桿菌である。
- 嫌気的にも発育するが好気的条件で発育がよい(通性嫌気性菌)。
- 多くは周毛性鞭毛をもち(赤痢菌とクレブシエラ属を除く)運動性があり、ブドウ糖を分解し酸を産生、オキシダーゼ*)は陰性である。
*)オキシダーゼは菌のチトクロームオキシダーゼの存否を判定する試験で、「陰性」の腸内細菌と「陽性」のビブリオ属やシュードモナス属とを鑑別する上で重要な試験である。なお、プレジオモナスは、オキシダーゼ「陽性」であるが、遺伝学的には腸内細菌に近いことから、ビブリオ科から腸内細菌科に移された(1986) - 基本的な分離用培地としてはSS寒天培地、DHL培地、MacConkey培地、BTB乳糖加寒天培地等がある。
- 主な腸内細菌には、大腸菌属、赤痢菌属、サルモネラ属、プロテウス属、クレブシエラ属、セラチア属、エルシニア属、エンテロバクター属等がある。(腸内に常在しない菌も含まれる)
(2)腸内細菌の検査
(3)腸内細菌の分離培地
腸内細菌の分離培地には、次の特徴がある。
- 胆汁酸塩を加えてグラム陽性菌の発育を阻止する。
- 胆汁酸の種類により大腸菌の発育も抑制する。
- 乳糖の分解性の違いにより目的菌の集落を鑑別する。
以下に、基本的な分離培地について記載する。
① SS寒天培地(サルモネラ・シゲラ培地)(Leifson:1935の改良)
- 乳糖を含む―SS寒天培地は胆汁酸塩の種類により大腸菌の発育を抑制するよう考案された。サルモネラ(Salmonella)や赤痢菌(Shigella)を分離する目的で考案された培地。
- 鑑別の基準となる成分は乳糖で、pH指示薬として中性紅(ニュートラルレッド)が含まれている。
- 多くの乳糖分解菌の発育を強く抑制し、発育しても赤色の酸性の色調を示し、集落周囲にレンガ色の色素沈着が生じる。
- 乳糖非分解のサルモネラや赤痢菌は、半透明の集落を形成するが、硫化水素産生のサルモネラは、培地に添加されている鉄分により黒色集落を示す。
- チフス菌は硫化水素産生量が少ないため、無色半透明の集落を示す。
- Shigella sonneiは24時間以内に薄い赤色を呈するものがある。
② DHL寒天培地 (坂崎ら:1960)
- 乳糖、白糖を含む―サルモネラ・赤痢菌分離用の培地だが、他の培地より発育が良く、とくに硫化水素産生菌が明瞭に発育し、黒色集落を形成する。
DHL寒天培地上の乳糖分解性の違い
③ マッコンキー培地 (MacConkey:1905)
- 乳糖を含む―胆汁酸を加えた腸内細菌分離用では最も古典的培地。腸内細菌、ブドウ糖非発酵性グラム陰性桿菌等の鑑別分離用培地、大腸菌検査にも使用。
④ ソルビット・マッコンキー培地
- マッコンキー培地の乳糖をソルビットに替えた培地で腸管出血性大腸菌O157分離用培地である。(第二世代セフェム剤のセフィキシムと亜テルル酸カリウムを添加する)。
*その他、多種類の酵素基質培地や腸管出血性大腸菌O26、O111の分離培地なども考案されている。
⑤ BTB乳糖加寒天培地 (ドリガルスキー改良培地:Conradi&Drigalski:1902)
- 乳糖を含む―培地の色調の変化により乳糖分解能を鑑別する。腸内細菌とその他のグラム陰性桿菌を分離する(一部のグラム陽性球菌が発育)。原法は指示薬としてリトマスを使用した。
- 非選択性の培地で、胆汁酸は含まれていない。
(4)主な腸内細菌
① 大腸菌属(Genus Escherichia)
- 乳糖を発酵的に分解し、多くは運動性を有する (一部に乳糖を分解しない菌がある)。
EscherichiaはEnterobacteriaceaeのtype genusで、Escherichia coli(大腸菌)は、この属(genus)のtype speciesである。Buchnerにより初めて記載(1885)され、名前の由来にもなる細菌学者Escherich(独)により詳細に検討された。 |
- 腸管に常在する大腸菌は非病原性であるが、以下の5つのカテゴリーの大腸菌はヒトに病原性を有する。
<腸管病原性大腸菌(下痢原性大腸菌)の分類>
腸管病原性大腸菌 enteropathogenic E.coli(EPEC) |
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腸管毒素原性大腸菌 enterotoxigenic E.coli(ETEC) |
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腸管組織侵入性大腸菌 enteroinvasive E.coli(EIEC) |
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腸管出血性大腸菌 enterohemorrhagic E.coli(EHEC)or(STEC) |
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腸管凝集性大腸菌 enteroaggregative E.coli(EAggEC)or(EAEC) |
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ソルビット・マッコンキー培地上の大腸菌
ソルビット・マッコンキー培地上の腸管出血性大腸菌O157
- 腸管出血性大腸菌O157はソルビット非分解
- 一般の大腸菌はソルビット分解
- 選択剤として、セフォペラゾンと亜テルル酸カリウムを添加
マッコンキー培地上の大腸菌
赤色の集落は乳糖分解菌
DHL寒天培地上の大腸菌
多くの大腸菌は乳糖を分解する。(一部に乳糖非分解菌もある)
② 赤痢菌属(Genus Shigella)
- 赤痢菌は細菌性赤痢(dysentery)の原因菌で、日本で志賀 潔により初めて分離された(1898)。
- Shigellaという学名は志賀に因んで命名され、分離した菌はS.dysenteriae(志賀赤痢菌)と呼ばれる。
- 赤痢菌は生化学的な性状により4菌種に分類され、その主抗原により、A-D群の4つの血清型に分けられる。
- S.dysenteriae(A群)は、志賀毒素(stx)とよばれる非常に強い細胞変性毒素を産生する。この毒素は腸管出血性大腸菌が産生するVero毒素と同じである。
- S.flexneri(B群)はFlexner(米)、S.boydii(C群)はBoyd(英)、S.sonnei(D群)はSonne(独)という細菌学者の名前に由来する。
分類学的には、S.dysenteriaeは原則的にマンニット非発酵、その他の3菌種はマンニット発酵菌である。マンニット発酵菌のうち、乳糖および白糖を遅れて発酵する一群の菌はS.sonnei、また、それ以外のマンニット発酵菌の中で血清学的に関連のある菌が、S.flexneri、血清学的に関連性の無いものはS.boydiiに含まれる。
SS寒天培地上のS.flexneri
湿潤、滑沢、正円、培地色、半透明の集落で、乳糖非分解
DHL寒天培地上のS.flexneri
湿潤、滑沢、正円、培地色、半透明の集落で、乳糖非分解
SS寒天培地上のS.sonnei
S.sonneiの集落は矮小(コビト)集落が多く見られる
乳糖遅分解で、24時間で薄いピンク色集落を形成するものが多い(乳糖遅分解)
DHL寒天培地上のS.sonnei
湿潤、滑沢、辺縁不正円、培地色、半透明の集落で、乳糖を遅れて分解する
③ サルモネラ属(Genus Salmonella)
- サルモネラはSalmonとSmith(米)によって分離(1885)され、Bacillus cholerae-suis(後に、Salmonella choleraesuis)と命名された。
- チフス菌、パラチフスA菌はサルモネラ属の菌であるが、その病原性の強さから三類感染症に、その他のサルモネラは五類感染症に含まれる。
- 分類学上はSalmonella entericaとSalmonella bongoriの2菌種に分類され、Salmonella entericaはその性状からさらに6亜種に分類される(2005)。
Salmonella enterica Ⅰ Salmonella enterica subsp. enterica ヒトに病原性がある Ⅱ Salmonella enterica subsp. salamae Ⅲa Salmonella enterica subsp. arizonae ヒトに病原性のものもある Ⅲb Salmonella enterica subsp. diarizonae ヒトに病原性のものもある Ⅳ Salmonella enterica subsp. houtenae Ⅴ Salmonella enterica subsp. indica Salmonella bongori
*Salmonella subterraneaは、2004年にサルモネラの菌種として報告されたが生化学性状はE.hermanniiに近似していることから、米国CDC及びWHOはサルモネラ属と認めていない。 - サルモネラの血清型は2,500種類以上(Salmonella enterica2,557種類、Salmonella bongori 22種類(Antigenic formulae of The Salmonella serovers 2007 WHO))知られている。
- サルモネラの血清型別はO及びH抗原を決定し、抗原構造表により同定する。サルモネラの固有名は医学上の重要性から、分離された病気および動物名にちなんでつけられたものが多い。しかし、1934年以降は最初に分離された町、地方または国の名称を付けることになっており、現在では血清型名は亜種Ⅰのみ固有名を付ける。血清型に固有名を付けるのは異例で、「国際腸内細菌委員会」での取り決めにすぎない。亜種Ⅰ以外の亜種については、抗原構造で表記する。
- 血清型名は大文字ではじまるローマン体で記載し、例えば、チフス菌はSalmonella enterica subsp.enterica serovar Typhi となるが、長くなることから日常的には短縮した名称が慣用されている。(Salmonella Typhi 又は S.Typhi 等)
- 血清型を抗原構造で表すには、O抗原、第1相H抗原および第2相H抗原をコロン(:)で結ぶように決められている。
(例) Salmonella Typhi = 9,12,[Vi] : d : -- Salmonella Typhimurium = 1,4,[5],12 : i : 1, 2
*サルモネラの命名や記載法に関しては、坂崎利一・田村和満 著「腸内細菌 上」に詳しく記載されているので参考にされたい。
サルモネラの学名は、発見者の一人であるSalmonに因んでSalmonellaと命名された(1900)。 |
SS寒天培地上のサルモネラ
多くのサルモネラは硫化水素の産生により黒色に変化する。
SS寒天培地上のチフス菌
チフス菌の硫化水素産生量は少ないため、SS寒天培地上では黒色にはならない
ESサルモネラ培地Ⅱ(酵素基礎培地)上のサルモネラ
サルモネラの多くは硫化水素(H2S)を産生することから、SS、DHL寒天培地で黒色を呈するが、H2Sの産生が弱く黒色にならないものがある。特にチフス菌やパラチフスA菌を見落とす可能性があることから、H2Sを指標としない培地(酵素基礎培地など)を併用することが望ましい。
各種のサルモネラ分離用培地とサルモネラ
④ プロテウス属(Genus Proteus)
- ヒトの腸管に対する病原性はないが、スウォーミングの性質をもつ菌種(P.vulgaris、P.mirabilis)は、他の集落の上に広がって、原因菌の分離を困難にすることが多く、昔から問題になっていた菌である。
- このため、多くの腸内細菌分離用培地には、プロテウスのスウォーミングを抑える成分(胆汁酸塩)が添加されている。
- これらの菌種は、サルモネラと類似した集落を示すことから検査の上で重要な菌である。
- 尿路感染症の原因菌のひとつで、日和見感染として問題となる。ヒトや動物腸管内に広く分布*)する。
*)P.vulgaris、P.mirabilis、P.penneri、P.myxofaciens の4菌種
Proteusプロテウスはギリシア神話に登場する海神ポセイドンの従者の名前でいろいろな形に変身できる。本菌の集落が、培地表面を滑るように広がる性質(スウォーミング、遊走)があることから命名(1885)された。 |
DHL寒天培地上のプロテウス(P.mirabilis)とサルモネラ |
HI寒天培地上のプロテウス(P.mirabilis) |
*スウォーミングは胆汁酸によって抑制される |
スウォーミングと鞭毛 ~H抗原とO抗原のはなし~
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⑤ クレブシエラ属(Genus Klebsiella)
- 自然界に広く分布し、本来は非病原性の菌で、日和見感染や二次感染で重要である。
- 赤痢菌と同様に運動性のない菌である。
- 多量の莢膜物質を産生し、寒天培地上で粘稠性の集落を形成する(写真)。
- 近年、多剤耐性(多くの抗生物質が効かない)のKlebsiella pneumoniaが問題になっている。
- 主な菌種は、K.pneumoniae subsp.pneumoniae、K.pneumoniae subsp.ozaenae、K.aerogenes、K.oxytocaなどがある。
肺炎から分離された菌にKlebsiella pneumoniae(和名は肺炎桿菌)と命名(1887)された。 |
DHL寒天培地上のクレブシエラ
Klebsiella aerogenes
HI寒天培地 |
DHL寒天培地 |
- aerは空気(ギリシャ語)
- gennanioは産生する(ギリシャ語)
- aerogenesはガス産生性の(モダンラテン語)
- Aerobacter属、Enterobacter属として分類されたこともある
⑥ セラチア属(Genus Serratia)
- 自然界に広く分布する。一部の菌株で赤色の色素を産生するが、変異株や培養法によっては色素を産生しない。
- 霊菌(レイ菌)とも呼ばれ、自然界で発育した菌による赤色の色素がキリストの血液といわれたことから付けられたと言われる。
- 日和見感染の原因菌であるが、近年、院内感染の原因菌として問題。術後やがんなどによる免疫機能の低下により感染することがある。
- 主な菌種は、S.marcescens、S.liquefaciens、S.rubidaeaなどがある。
Serafino Serratiに因んで命名された(1823)。イタリアの物理学者で1787年に、Florenceで蒸気船を発明した。 |
普通寒天培地(室温培養)上のSerratia marsescens(色素産生)
⑦ エルシニア属(Genus Yersinia)
- 一般の腸内細菌に比べて発育が遅く、SS培地やDHL寒天培地では、48時間で1.5-2.0mmの集落を形成する。
- 主な菌種に以下のものがある。
Y.pestis :ペストの原因菌、一般の検査・研究機関では保持できない Y.pseudotuberculosis :仮性結核菌 Y.enterocolitica :食中毒原因菌の1つ
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CIN(Cefsulodin-Irgasan-Novobiocin)寒天培地上のYersinia enterocolitica
マンニット分解により赤色22℃、48時間培養
培養時間による発育状況の比較
⑧ エンテロバクター属(Genus Enterobacter)
- 主な菌種は、E.cloacae、E.agglomeransなどがある。
- ヒトや動物の腸管内および環境中に広く分布している。
- 臨床的には病原性は確認されていないが、近年、本菌の一菌種であるE.sakazakii*が乳児の髄膜炎起因菌の一つとして注目されている。
*E.sakazakiiは、2008年にエンテロバクター(Enterobacter)属からクロノバクター(Cronobacter)属に再分類され、C.sakazakiiとなったが、現在でもE.sakazakiiと呼ぶことが多い。
Enterobacter cloacae
HI寒天培地 |
DHL寒天培地 |
- 腸内の正常フローラ
- 日和見感染症の原因菌の一つ
- 2014年9月に5類全数報告疾患の届出感染症の対象となった
- カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)の1菌種として報告される頻度が高い
- cloacaeは下水の(ラテン語)
Cronobacter sakazakii*
HI寒天培地 |
DHL寒天培地 |
- 黄色い色素を産生する(pH指示薬や発育抑制物質を含まない培地では黄色の集落を形成)
- 2008年にエンテロバクター(Enterobacter)属からクロノバクター(Cronobacter)属に再分類された
- 本菌による髄膜炎を報告した坂崎利一博士に因んでE.sakazakiiと命名された
- 粉ミルクによる乳児の髄膜炎が問題化している
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2.ビブリオ科(Family Vibrionaseae)
(1)ビブリオ属(Genus Vibrio)
- 腸内細菌と類似した性状を示すが、オキシダーゼを産生し好塩性である点が大きく異なる。
- ビブリオ属(Genus Vibrio)には三類感染症にコレラ菌(V.cholerae)、五類感染症に含まれる腸炎ビブリオ(V.parahaemolyticus)など食塩を好む海水性の菌種が分類され、これらの細菌は食中毒の原因菌でもある。
- 分離用培地としてはTCBS(thiosulfate-citrate-bile salt-sucrose)培地、ビブリオ寒天培地などがある。食塩濃度が普通の培地(0.5%)に比べて高く、また、普通の培地がpH7.2程度に比べ、pH8.4-8.8とアルカリ性である
(「腸炎ビブリオ物語」に詳細) |
(2)Vibrio属菌の検査
TCBS培地上のコレラ菌と腸炎ビブリオ
3.エロモナス科(Family Aeromonadaceae)
エロモナス属(Genus Aeromonus)
- この科の菌は、Vibrio科の菌と異なり、好塩性はなくTCBS培地にも発育しない。
- オキシダーゼを産生する。
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ヒトの感染症: 1954年 ガス壊疽からの検出事例と転移性感染症の報告 1960年 下痢症原因菌としての報告 1970年以降 病原因子の検討がなされている。 - 1982(昭和57年)、厚生省(当時)がエロモナス属菌のうちエロモナス・ハイドロフィラ/ソブリア(A.hydrophilaおよびA.sobria)を食中毒菌に指定した。
- これら以外にA.caviaeも臨床材料から検出される。
- DHL寒天培地上で赤色の大腸菌に類似した集落を呈する。
- SS寒天培地に発育する菌株としない菌株がある。
Ernst(1890)がカエルの‶red leg″の原因菌として記載し、Sanarelli(1891)がBacillus hydrophilusと命名して以来、長い間、淡水性菌として研究されていた。 |
分離平板上のAeromonas hydrophila
HI寒天培地上のAeromonas属菌
4.スタフィロコッカス科(Family Staphylococcaceae)
ブドウ球菌属(Genus Staphylococcus)
- グラム陽性で、ぶどうの房状(ラテン語でstaphylos)の配列を示す球菌。
黄色ブドウ球菌のグラム染色像
- 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は毒素型食中毒の原因菌の1つで、数時間の潜伏時間で嘔吐、悪心などの症状があるが、比較的軽く経過する。
- 健康者の皮膚(特に鼻腔内)にも常在する。
- 化膿性疾患の原因菌であり、また、多剤耐性を示すMRSA(Maltidrug Resistant S.aureus)は院内感染で問題となる菌の1つである。
普通寒天培地上の黄色ブドウ球菌
- 多くの菌株は黄色の色素をつくることから黄色ブドウ球菌と呼ばれるが色素を産生しない菌株もあり、生化学性状を調べて同定する。
- 写真の白色集落は、3日目位から薄い黄色の色調を呈した。
卵黄加マンニット食塩培地上の黄色ブドウ球菌
マンニット食塩培地:マンニットと7.5%の食塩を含み、卵黄液を加えて使用することが多い。
卵黄反応
卵黄を分解する酵素による反応を総称してレシトビテリン(LV)反応と呼び、ブドウ球菌のリパーゼによる分解は卵黄反応と言う。
一方、レシチーゼCを産生するBacillus cereusやClostridium perfringensは、レシチナーゼ反応と言い、特にC.perfringensは、この反応を発見したNagleにちなんでNagler反応と言うことがある。
これらはすべて集落下の培地に白濁環がみられる。
5.カンピロバクター科(Family Campylobacteraceae)
カンピロバクター属(Genus Campylobacter)
- 微好気性菌で、発育に3~5%の酸素を必要とし、約21%の酸素を含む空気中では発育できない。
- グラム陰性、らせん状の桿菌である。
- カンピロバクター(Campylobacter)は代表的食中毒原因菌で、C.jejuniやC.coliがある。
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Campylobacter jejuni / coli の検査
CCDA培地およびプレストン培地上のカンピロバクター
初期の分離用培地にはスキロー(Skirrow)培地、プレストン(Preston)培地、バツラー(Butzler)培地があり(いずれも研究者の名前)、5-10%のウマあるいはヒツジの脱線維素血液と数種類の抗生物質が含まれる。CCDA培地は、血液のかわりに活性炭末を含む。
6.バシラス科(Family Bacillaceae)
バシラス属(Genus Bacillus)
- グラム陽性桿菌、芽胞菌、空気中で発育(一部は空気中で発育するが、空気が無くても発育できる)する好気性有芽胞菌である。菌種により芽胞の形や位置はさまざまである。
- 食中毒の原因菌の一つであるセレウス(B.cereus)の芽胞は、100℃でもこわれない。菌によって、嘔吐毒あるいは下痢毒のどちらかの毒素を産生。広く自然界に分布する土壌細菌で大きな桿菌である。
- 炭疽の原因である炭疽菌(B.anthracis)は、元来、ウシやヒツジなど、草食動物の病原菌である。
- 炭素菌は感染した動物の血液や組織内では単在したり短い連鎖をつくっているが、培養菌では竹の節に似た構造の長い連鎖を作る傾向がある。 ヒトでは、皮膚炭疽と肺炭疽があり、致命的な症状を呈する。
NGKG上のセレウス菌
NGKG培地: | セレウス菌の分離用培地、卵黄液を加えて使用。集落周囲にレシチナーゼ反応(ブドウ球菌属の項を参照)が認められる。 (NGKG:NaCl グリシル・キム・ゴッファート培地) |
7.クロストリジウム科(Family Clostridiaceae)
クロストリジウム属(Genus Clostridium)
- グラム陽性桿菌、芽胞菌。空気中では発育できない嫌気性有芽胞菌で酸素は有害になる。菌種により芽胞の形や位置はさまざまである。
- 食中毒の原因菌であるウェルシュ菌(C.perfringens)は非常に大きな桿菌で健康なヒトの腸管にも20‐30%常在している。食中毒以外にガス壊疽、出血性腸炎などの原因となる。
- ボツリヌス菌(C.boturinum)は、神経毒を産生し、筋肉弛緩による呼吸麻痺で死に至ることがある。
- 腸管系以外の病気の原因になるクロストリジウムとしては、破傷風菌(C.tetani)があり、神経細胞に強い親和性を持つ外毒素を産生する。1887年、北里柴三郎が初めて嫌気培養に成功した。
1882年に病理学者William.H.Welch により、ガス壊疽患者から初めて分離され、1900年にWelchにちなんでBacterium Welchii と命名されたが、1898年にBacillus perfringens が報告されており、優先権があることから、1937年Clostridium属に移されて以降、現在の学名に変更された。和名では今でもウエルシュ菌と呼ばれる。 |
CW寒天培地上のウェルシュ菌
CW寒天(Clostridium welchii Agar):乳糖分解による集落周辺培地の酸性化と培地に含まれる卵黄の分解であるレシチナーゼ反応(ブドウ球菌属の項を参照)が認められる。
チオグリコレート培地中のウェルシュ菌
- 無菌試験用チオグリコレート培地には酸化還元指示薬として、レサズリンが含まれており、酸素の混入により赤色を呈する。
- 臨床用チオグリコレート培地には、レサズリンが含まれておらず、より発育のきびしい菌が含まれる可能性のある臨床検体には後者が適している。
8.参考資料
- Bergey’s Manual of Systematic Bacteriology Vol.1, Noel R. Krieg 監修、William & Wilkins、1984(USA)
- Cowan and Steel’s 医学細菌同定の手引き 第三版 G.L.Barrow, R.K.A.Feltham, 坂崎利一監訳、近代出版、1993(東京)
- 新 細菌培地学講座 坂崎利一監修:近代出版、1990(東京)
- 腸内細菌 第三版 坂崎利一、田村和満:近代出版、1992(東京)
- 新編 臨床検査講座22 微生物学/臨床微生物学:医歯薬出版、1996(東京)
- 腸炎ビブリオ物語 ~発見から神奈川現象まで~ 秋山昭一:医学書院、2004(東京)