障害のある子どもたちを中心に、地域の人々が集う

笑顔がつながる
共生コミュニティ

2017.7.7
人口900万人を超える神奈川県には、40万人以上の障害者が暮らしています。けれど、「私にはあまり関係がないから」、「共生社会とはいうけれど、ピンとこない」、「障害者とどう接すればいいのかわからない」……。そんな漠然とした思いを抱いている人も多いかもしれません。誰もがともに笑顔になれる共生社会の実現に必要なこととは? 今回はそのヒントを求めて、藤沢市にある放課後等デイサービス「遊びリパークLino'a(リノア)」を訪れました。

障害児が
のびのびと遊び、
学び、
成長する空間

辻堂海浜公園から歩いて数分ほど、辻堂団地の一角に「遊びリパークLino'a(以下:リノア)」はあります。2015年10月にオープンした同施設は、小学生から高校生までの肢体不自由児などを対象とした放課後等デイサービス。かつてスーパーマーケットとして利用されていた200平方メートルほどのフロアに足を踏み入れると、そこには色とりどりの遊具や玩具がずらり。広々とした空間には、賑やかな子どもたちの笑い声が響いています。
手を使ってフロア内を縦横無尽に移動する足が不自由な男の子、クッションを使って楽しそうに遊ぶダウン症の男の子、ゆっくりとおやつを楽しむ手足が不自由な女の子……。一人ひとりが抱える障害はさまざまですが、それぞれが自分らしい方法で楽しんでいる様子が伝わってきます。

「障害児を『見てくれる』施設はあるけれど、障害児、とくに肢体が不自由な子が『自由に遊んだり』、『思いきり身体を動かしたり』できる施設が、当時はなかった。だからこそ自分たちの手でリノアを作ろうと考えたのです」とは、リノアを運営するNPO法人ラウレア理事長の横川敬久さん。自由に身体を動かしたり、子ども同士で遊んだり……。子ども時代に経験できることを「障害があるから」という理由で制限したくない。そんな思いがリノア設立の背景にあるといいます。
現在、リノアに登録する障害児の数は50名ほど。放課後の時間になると、藤沢市や茅ヶ崎市から1日12人から13人ほどの児童が訪れています。
「何よりも大切なのは、子どもたちが安全に遊べるスペースを確保し、彼らが『体を動かしたい!』と思えるような環境を作ること。子どもたちが本来求めていることって、リハビリではなく『遊び』や『学び』だと思うんです。だからこそまずは自由に遊び、その経験が自然にリハビリにつながっていけばと考えています」(横川さん)
大きなトランポリンも、カラフルなブロックも、絵本やクレヨンも……、すべては子どもたちの「遊びたい」というモチベーションを刺激するため。リノアでは車椅子鬼ごっこや車椅子かくれんぼなど、屋外での活動も積極的に行っています。
「通い始めた頃は立つことしかできなかったのに、半年ほどリノアで足を動かすことをずっとやっていたら、歩けるようになった子どももいます。自由に遊ぶなかで、子どもたちの可能性を広げていければと思っています」(横川さん)

障害児も、
健常児も、
ひとつの空間で
遊ぶ

ダウン症の子と健常児がひとつのトランポリンを使って飛び跳ねたり、手足の不自由な子と健常児が一緒に本を読んだり……。足の不自由な男の子にリノアで過ごす放課後について聞いてみると、「楽しいよ!だって、いっぱい遊び道具があるし、友だちもいるから」と実に子どもらしい答えが返ってきました。
障害児と健常児がひとつの空間でともに遊んでいることも、リノアの大きな特徴です。実はこの健常児たちの多くは、リノアで働くスタッフの子どもたち。リノアでは子育てで働くことが難しい地域のママたちを、「子連れOK」という条件で積極的に雇用。現在、17人のママスタッフが、作業療法士や看護師などの福祉・医療のプロとともにリノアで働いています。
「健常児が障害児の場所を奪ってしまったり、お互いに上手く関われなかったり……。当初は、障害児と健常児がひとつの空間で遊ぶということに対して、安全面や運営面での不安がなかったわけではありません。ただ、私たちの根底には『子ども同士の交流が大切』という思いがあった。そして実際に健常児を受け入れてみると、彼らは本当に大きな力になってくれたんです。『今日はこういう障害がある子がいるよ。どうやって遊ぼうか?』。そんな問いかけを続けていると、それぞれの子どもが自分でより良い方法を考えてくれるようになるんです」(横川さん)
リノアでは、障害児と健常児がペアになってひとつの目的に取り組むことも多いといいます。たとえば、障害者の存在を地域に知ってもらうためのイベントを行った際には、イベント告知のチラシ配りを子どもたちが担当。車椅子の子が下段のポスト、健常児が上段のポストへの投函を行うなど、協力してひとつの目標に向かうことで連帯感が生まれるといいます。こうした交流は、障害児にとっても健常児にとっても、これからの成長につながる大きな経験になっているはずです。

地域の人々が
自然に集い、
つながる環境を
育む

リノアでは、子どもたちがやってくる放課後までの時間を利用して、地域の人々向けにヨガやフィットネスダンスのクラスを実施しています。実は現在リノアで働くママスタッフの多くも、これらのクラスを通じて同施設の存在を知ったといいます。
リノアが主催する人気クラスのひとつが、シニア世代向けのヨガクラスです。40代から80代まで30人ほどが通うこのクラスは、高齢化が進行する地域にとって貴重な交流の場。参加費は1回500円で、うち250円は子どもたちのために使われる仕組み。また、参加者の多くはクラスの前後に、リノアの掃除なども実施。なかには絵本の読み聞かせや子どもたちの見守りを通じて、リノアの活動に関わる方もいます。
「最初は単順に『運動不足だから』という理由で参加しましたが、1年ほど通っているうちに地域の仲間も増えましたし、ほんの少しでも人の役に立っているという実感が嬉しいですね。赤ちゃん連れのヨガのクラスでは、幼い子どもの見守りを手伝うこともあります。ボランティアなんて大それた気持ちはないけれど、自分にできることなら手を挙げたいって思います」とは、ヨガクラスの常連で近くに住む70代のYさんです。

また、同じクラスに通う50代のKさんは、自閉症児を育てた自身の経験を、リノアに通うママたちに伝えることもあるそうです。
「障害のある子を育てていると、やっぱりつらいことも多いんです。たとえば公園に出かけて同じくらいの年齢の子を見ると『なぜうちの子はみんなと同じことができないんだろう』ってすごく悩んでしまう。そんな時に、同じ悩みを共有できる仲間と出会えることは、彼女たちにとって大きな救いなるはずです。私が子どもを生んだ時代にはリノアのような場所なかったので、親子だけで悩みを抱えてしまうこともありました。だから、こういう場所ができることは、とても素敵なことだと思います」
ママ世代やシニア世代など、地域の方を巻き込みながら、お互いがつながり、助け合える環境をリノアは少しずつ育んでいます。
「現在、ヨガやダンスのクラスには、100名以上の参加者がいます。私たちが心がけているのは、参加者の方にとって楽しい空間であること。できるだけ間口を広く取り、まずは福祉や地域の課題に目を向けてほしいんです。そしていつの日か、リノアのスタッフがゼロになり、地域の人々で全てが回っていく状況が生まれたら理想的ですね」と横川さんは話します。

“当たり前”を
肌で知る。
共生社会の
これから

障害児と健常児がともに成長し、地域のお年寄りやママたちが積極的につながる場となっているリノア。ここでは、さまざまな特性や背景を持つ人々がともに支え合う共生社会の、ある意味で理想的ともいえるひとつの形が生まれています。では、なぜそのような環境を作ることができたのでしょうか。
「障害児の問題、育児の問題、高齢化の問題。地域の課題を一つひとつどうにか解決しようともがいていたら今の形になった、というのが正直なところです。ただ、こうした経験を通じて大切だと感じるのは、それぞれの人々が共生を通じて得られる目的を作ること。『遊びたい』、『働きたい』、『つながりたい』。一人ひとりの気持ちを満たせる場であることは、とても重要なことだと思います」(横川さん)
さらに横川さんはリノアでの活動を通じて、次の世代への手応えも掴んでいるという。
「スタッフの子のひとりが、学校で障害児のことを馬鹿にするような発言を聞いた時のこと。彼は『障害児も僕たちと一緒なのに、なんでああいうこと言うんだろうね?』と話したそうです。僕は、これが“当たり前”の感覚だと思います。誰にだって他人とは異なる点があるわけで、そんなのみんな一緒ですから。ただ、僕らの世代もそうですけれど、障害のある子と離れて暮らしてしまっていると、そんな“当たり前”の感覚が失われてしまう。今、ここに通っている彼らが大人になった時、僕らの世代とは全く違う発想で障害者問題を考えてくれるかもしれない。それは僕にとって大きな楽しみです」(横川さん)
社会がいつの間にか手放してしまった“当たり前”に気づくこと。それがこれから先の時代に、必要な第一歩なのかもしれません。
取材協力

放課後等デイサービス「遊びリパークLino'a(リノア)」

神奈川県藤沢市辻堂西海岸2-10-3-1
0466-86-7120
https://www.laulea-linoa.com/


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