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生涯学習をとおして、人生の転機や新たな発見を得ることがあります。生涯学習は想像しているより難しいものではないと知ることで、自らの学びのきっかけが見つかるかもしれません。

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入江 聖奈氏インタビュー
趣味の延長が
高度になっていく
プロセスを楽しむワクワク感

2021年に開催された東京オリンピックのボクシング女子フェザー級で日本女子ボクシング史上初の金メダル受賞という快挙を成し遂げたあと、2022年に現役を引退。その後大学院へ進学した入江聖奈さんに、オリンピックまでの道のりや、趣味と学びのつながり、学ぶ楽しさなどについて、お話を伺いました。

青春を捧げたオリンピック金メダルまでの道のり

ボクシングを始められた経緯や、どのように続けられたのかなどを教えていただけますか。

小学校2年生の時でした。母の本棚に入っていた小山ゆうさんの『がんばれ元気』というマンガを何気なく手に取ったんです。それまで格闘技には全く興味がなかったのですが、父母も恩師も亡くす過酷な人生の中でボクシングの世界チャンピオンという夢に向かって生きる主人公の姿がものすごくかっこよくて、自分もボクシングをやってみたい!と思ったことがボクシングを始めたきっかけでした。

マンガに影響されて始めたものの、最初の1年は全然面白くなかったです。フォームを固める基礎練習ばかりで…。ボクシングを始める条件として母と「小学校6年生までは続ける」という約束をしていたのでそれが邪魔をしていたのですが、実際の練習試合で殴る・殴られるが始まって、どんどん面白くなっていきました。

中学では陸上部に入りました。実はバスケット部に入りたかったのですが、小学生の時から陸上競技大会に出ていて、進学先の中学校から陸上選手として目をかけてもらっていたので、12才ながらも他のクラブに入りたいとは言い出せない状態で(笑)。

陸上はボクシングのためにやっていた部分があり、練習もキツかったのですが、同期の仲間たちといわゆる青春を過ごすことができてとても楽しかったです。私は鳥取県の米子市で育ったのですが、みんなで米子城跡の石垣に登ったり海に行ったり…オフの日も体を使って遊んでいましたね。

高校生になってからはボクシング漬けで、青春とは程遠い過酷な日々でした。朝は6時半には起きて自主練、学校が終わると4時間の練習があり、帰って課題をやって寝る。週7日、毎日練習でした。4時間の練習は本当に長くて、精神的にも辛かったです。部活帰りに遊びに行ったりしている友達の姿に憧れる日々でした。

オリンピックが現実的になってきたのはいつ頃ですか?

高校3年生の時に青年の部の試合で優勝したのですが、大人に混ざっての試合で結果を出せたことで、オリンピックが現実的になってきました。それまではオリンピックを目指すというよりも、目の前の試合で優勝すること、とにかく勝ち続けることが目標でした。

オリンピックが決まった時はとても嬉しかったです。出場が決定した時に出場証書のようなチケットをいただいたのですが、両親に見せた時にとても喜んでくれたことは印象に残っています。

オリンピックで結果を出さなければならないというプレッシャーはありましたが、最初から金メダルを獲る気持ちで臨みました。負ける前提で戦うことはなかったですね。…と言いつつも、心のどこかで「銅メダルが取れればいいかな」という思いもあって。なので勝利の判定を聞いた時は本当に嬉しかったです。一生味わうことのできない喜びなのではないかと思います。

オリンピックが終わったら引退する、ということは最初から決めていました。そのため、オリンピック後の試合も有終の美を飾りたいという使命感に似たものがあり、最後まで頑張れたように思います。

「好き」が高度な趣味になり飛び込んだ新しい分野

ボクシングの世界での将来の道もあったと思いますが、研究者の道を選ばれた想いを聞かせていただけますか。

指導者になる道もあったのですが、それは考えませんでした。私が出会った指導者の方々は、ご自身よりも教え子のことを常に考えてくださる素晴らしい人格者だったのですが、私はボクシングに携わっていると、きっと自分がやりたくなってしまう(笑)。自分の人生を誰かのために捧げる高尚なことは私には向いていないんじゃないかな、って。

卒業後の人生設計を考える時期だった大学3年生の時、就職しようと思いインターンに行ったりもしました。私はゲームが好きなのでゲーム会社などで働くことも考えたのですが、ゲームを仕事にしてしまうことと「ワクワク感」がつながらず、…ゲームは何も考えずに没頭できる趣味にとどめておきたいという思いが強くて、自分の強みを伸ばせる道に進みたいと考えました。その時、「カエル」という選択肢が生まれました。

高校時代、両生爬虫類が好きな友人がいて、彼女の話を聞いているうちになんとなく興味を持っていたのですが、ある日、下校中に一匹のカエルと出会ってしまって、まさに一目惚れでしたね。痩せて骨ばった体、独特の歩きかた、とにかく魅せられてしまって、カエルの図鑑を買ったり飼育したり、カエルを愛でる人になったんです(笑)。

金メダルを獲ったあとカエル好きがフォーカスされて、テレビのインタビューなどでカエルについて聞かれる機会が増えたのですが、カエルのことをきちんと答えられるようにしたい、と思ったのがカエルを深堀りするようになったきっかけでした。にわか知識だと思われたくなくて(笑)。

カエルにつながる就職先を探そうと思ったものの、私はまだカエルについて何も成し遂げていないのに仕事にできるのか、と考えていた時、先輩から大学院を勧められました。そういう道もあるんだ!と、未来がひらけた感じでした。

実際にカエルについて学び始めてからの、楽しさや喜びなどについて聞かせてください。

週に3〜4回、夜7時過ぎから朝5時くらいまで、ひたすらカエルを調査しています。鳴き声を頼りにカエルを探したり、サイズを測ったりしながらずっと歩いています。ボクシングから離れたあとは特にトレーニングはしていないのですが、この調査がかなり体力維持につながっています。

カエルのことはまだ知らないことだらけなので、新しいことが学べることに毎日ワクワクしています。今までは趣味でカエルを見たり探したりしていましたが、大学院では趣味のカエル活動が「調査活動」になり、それが褒められる。今の私のレベルは、「高度な趣味」といった程度ですが、大好きだったカエルの時間が正式に認められている時間になり、専門的なアドバイスが受けられ、同じ研究をしている方々とのディスカッションもできる。大学院って本当に素敵なところだなって思っています。

ボクシングと、カエル、全く違う分野ですが、目標に向かって進むモチベーションに違いはありますか?

ボクシングは目の前の試合に勝ち続けることがモチベーションでした。個人競技だったので勝利の喜びが独占できることもそうですが、周囲の人々の期待に応えることに喜びを感じていたことも、モチベーションの維持につながっていました。

思うような結果が出なかったり、昨日上手くいったことが今日できなかったりすると、もうやめてしまいたいと思う気持ちが生まれることもあったのですが、そういう時に自分を踏ん張らせてくれたのは、周囲の方々の期待だと思っています。中学で陸上を続けていた時に、しんどいからやめるという選択肢がなかったのも同じ理由です。人様の期待をあてにしながら(笑)、結果を出すことで承認欲求が満たされて、喜びや楽しさを見出せていたから続けられたのだと思っています。

カエルについては、自分自身が感じるワクワク感が大きなモチベーションです。今は高度になった趣味に対して「楽しい」しかないのですが、この先責任感が伴ってくるのだと思います。私は義務感で頑張るタイプなので、そこからが勝負なんじゃないかな。一生カエルのために何かをしていたいという目標に向かっていける、地に足のついた人間になりたいと思っています。

趣味の延長が高度になっていくプロセスを楽しむこと

生涯学習に興味のある方々へのメッセージをお願いします。

私はまだまだ人様にアドバイスができるような立場ではないのですが、生涯学習やセカンドキャリアを考えている方は、高度な趣味が楽しめる方なのだと思います。学べる環境に飛び込んでしまえば、早いし面白い。違うな、と思ったらやめちゃえばいい。やらない後悔より、やってみて何かが刺さるほうが良いですよね。趣味の延長が高度になっていくプロセスを楽しんでいただきたいです。私もカエルの可愛さを世の中に伝えるカエル人間になりたいという目標に向かって、高度な趣味の探求を続けていきたいと思います。

プロフィール

入江 聖奈(いりえ せな)氏

2000年(平成12年)10月9日、鳥取県米子市出身
東京オリンピック2020ボクシング女子フェザー級金メダリスト。2022年11月、全日本選手権2連覇達成を最後に現役を引退。趣味のカエルの研究を始めるため、日本体育大学卒業後、東京農工大学大学院農学府へ進学。