県内で広がる生涯学習

インタビュー

県内で広がる生涯学習についてお伝えします。
地域に根ざした取り組みなども生涯学習の一つです。

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700年の伝統を継承する
「お峯入り保存会」

「山北のお峰入り」
「お峰入り」とは、山中で修業を行うことを意味し、
修験道の儀礼が芸能化したものと考えられています。
その起源は約700年前とされており、
残されている最も古い公演の記録は
文久3年(1863年)にさかのぼります。
以降、160年の間に21回の公演が行われており、
歌と踊りが代々口伝えで伝承されてきています。
令和4年(2022年)11月には、「山北のお峰入り」を含む
「風流踊」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。
今回は、お峯入り保存会のメンバーで
「山北のお峰入り」を踊り継いでいらっしゃる
井上さんにお話を伺いました。

お峯入り保存会メンバー:井上 氏

出演のきっかけは深刻な若手不足から

現在、お峰入りの演目の一つ『棒踊り』で指導を行う井上さんにお伺いします。
井上さんがお峰入りに出演するようになったきっかけについて教えてください。

井上:私が最初にお峰入りに出演したのは、23歳の時です。それから約20年の間に保存会として5回の公演を行ってきました。そのうち4回に棒踊りで出演させてもらいました。お峰入りの演目は、地区ごとに代々受け継がれており、私の住む地区では、殿様や若殿などを演じる四節踊り(しせつおどり)を行っており、父親も殿様を演じたりしていました。私に声がかかったのは、過疎化が進み、深刻な若手不足のときでした。地区に棒踊りを受け継ぐ若者がいないということで声をかけてもらったのがきっかけです。

演じるようになって湧いてきた興味

幼少期から見てきた、お峰入りに出演してみてどうでしたか。

井上:当然、子どもの頃から見てきたと思うのですが、正直に言うと父親の演じている姿をあまり覚えていません。興味もそれほど持っていなかったのが事実です。どちらかというと、大人になり、自分が演じるようになってからお峰入りに対して興味を持つようになり、民俗芸能というものに関心が向くようになったという感じです。
出演当初は、地元の人たちがやってきたことだから「仕方なく」というか、「やった方がいいかな」くらいに感じていました。でも、何回か演じるうちに演目が自分に馴染んできた感じがしてきています。

地元から世界へ

ユネスコの無形文化遺産に登録が決定し、活動に変化はあったのでしょうか。

井上:昔からこの地域では大々的に行われており、昭和56年(1981年)には、国の重要無形民俗文化財に指定されていましたが、令和4年(2022年)ユネスコの無形文化遺産に登録されたことで、県外からの来場者もとても多くなりました。
しかしながら、演者の確保や後継者問題という課題はそのまま変わっていません。お峰入りは1回あたり88人の演者が必要で、住民の高齢化もあり、これまでのように世襲制で引き継いでいくだけでは維持することが難しい状況です。

新しい形を受け入れていくこと

後継者という課題について、指導する立場からの考えを聞かせてください。

井上:指導者といっても村の長老たちが若者に何かを授けるようなものではありません。たまたま私が何回か出演していることから教える側に回っただけなので、部活のような感覚で一緒に取り組んでいます。
令和5年10月の公演では、山北町に移住してこられた方々もお峰入りの演者として出演してくれました。とても熱心に取り組んでいただき、非常にありがたかったです。
後継者問題については、世襲制という伝統を守っていきたいという考えもあると思いますが、今回、ユネスコ無形文化遺産に登録されたことで、山北町共和地区の枠を超えた広がりができ、新たに興味を持った方々が参加してくれています。私は、このような新しい形を受け入れていったほうがいいと考えています。

公演が終わったときに生まれる感動

お峰入りの活動において大変なことやよかったことを教えてください。

井上:大変なのは、やはり練習です。今回は10月の公演に向け、7月には集まって練習を開始しました。2か月前からは毎晩のように山北町立共和のもりセンターに集まり、投光器で照らしながら外で練習を行いました。踊りだけでなく、笛や太鼓と合わせなければならないので、とても大変でした。しかし、公演が終わった後の達成感は大きく、やっていてよかったとみんなが感じていると思います。公演後は大きな感動が生まれる瞬間でもあります。

未来に引き継ぐ

お峰入りの活動を井上さんとしてはいつまで続けられていくのでしょうか。

井上:今回私は、棒踊りの演者の一人として参加しており、一緒に演じてきた仲間と一丸となって取り組んできました。しかし、今回の公演を通じて、これからは一つの演目を「教える」「伝える」だけでなく、さらに進んで、これまでお峰入りを演じてきた人たちとともに、お峰入り全体の屋台骨を支える側に回りたいと思うようになりました。
これまで多くの人が出演してきており、演者は、今回の公演に参加した人だけではありません。そうした人たちとともにこれまで繋いできたお峰入りを、さらに未来に引き継いでいけるよう力を尽くせればと思っています。恰好つけた言い方ですが、命が尽きるまでお峰入りには関わっていきたいと考えています。

棒踊りの演者の皆さん

「温故知新」

お峰入りを通して得た学びとは何でしょうか。

井上:温故知新といいますか、先人の方々の思いや苦労を知り、大切にしてきたことを守りながら新しいものを取り入れていくことはお峰入りを通して学んだことです。
また、前回の公演ではうまくできても今回はできないなど、いつも同じように上手に演じることはなかなかできません。このような苦労や難しさもお峰入りから得た重要な学びだと思っています。

生きていることが生涯学習

これまでお峰入りをはじめいろいろ学び続けてこられた井上さんにとって生涯学習とは何でしょうか。

井上:仕事や子育てでも感じることなのですが、私の地元山北町についても知っているようで知らないことだらけです。お峰入りも当然そうですが、そう考えると、人生死ぬまで勉強だと思っています。自分が無知であることを自覚し、ずっと勉強を続けていくことが大切だと思います。生きていること自体が生涯学習だと思います。

何事も楽しむ

最後に、これから何かを始めたいと思っている人へのメッセージをお願いします。

井上:私は、現在お峰入りの活動も仕事も楽しく取り組めています。楽しいと時間を忘れて続けることができるんですね。私が言えることは、何事も楽しんでやることが大切だということです。楽しんで続けることを皆さんに伝えられたらうれしいです。

インタビューを通して、井上さんの民俗芸能や生涯学習に対する思いや考え方に触れることができました。印象的だったのは、「楽しいことは時間を忘れて続けることができる」という言葉です。長年、お峰入りに出演し、700年の歴史と先人の苦労や思いを知っている井上さんの言葉だからこそ、その重みが強く感じられました。
10月8日の記念公演は町内各地で行われ、学校会場の公演が終り、次の場所に移動する親子が「早くしないとお父さんの出番が始まるよ」と話をしていました。子どもの言葉は、楽しげで、また誇らしげでもありました。井上さんの思いは既に、次の世代にも伝わっているような気がしました。貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

プロフィール

お峯入り保存会

昭和39年(1964年)、足柄上郡山北町に伝わる民俗芸能「山北のお峰入り」を後世に伝えるため地域の住民が集まり発足。平成7年(1995年)の総会で、それまで不定期に開催されていた公演を5年に1回開催していくことを定め、これまでに21回の公演を行ってきた。

お峯入り保存会

[ユネスコ無形文化遺産]「山北のお峰入り」(風流踊り)

かなチャンTV(神奈川県公式)で、令和5年(2023年)10月8日(日)に開催された、ユネスコ無形文化遺産登録記念公演の練習の様子をご覧いただけます。
URL:https://www.youtube.com/watch?v=vtvgQvtT7pU