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特集 Para Sports vol.2

パラ水泳・成田真由美さんが語る
挑戦すること。ともに生きること。

成田真由美さん(パラ水泳)

特集タイトル画像

「目の前にある目標にひたすらに挑み続ける。
その時間の尊さ。
それはパラもオリも一緒なんじゃないかと思うんです。」

アトランタ、シドニー、アテネと、これまでパラリンピック(競泳)で20個のメダルを獲得している成田真由美さん。 北京後に一度現役から退くも、リオ大会で再び現役復帰し、「水の女王」として活躍を続ける成田さんに、パラスポーツの魅力について聞きました。

―パラスポーツの魅力ってなんでしょう。

個人的にはね、パラスポーツだから魅力があるとか、素晴らしいとか思わないんですよ。 なんでもそうですけど、目標や自分の能力に挑戦する、という経験はどれも貴重で尊い。水泳に関して言えば、0・01秒を縮めるためにそれはそれは苦しい練習を繰り返すんですが、目標に到達できた時、私はめちゃくちゃ嬉しい。きっとどんなスポーツでも一緒なんじゃないかな。 私がしている水泳という競技は、赤ちゃんから高齢者、そして私たち障がい者も一緒にできるスポーツ。ただ、私は両手が動くけれど、中には両手がない人、うまく動かせない人ももちろんいる。でもそういう人の記録が、いわゆる五体満足な人の記録を上回ることがある。そういうことを目の当たりにすると、「障害ってなんだろう」って思うとともに、とても可能性を感じるんですよね。

インタビューに応じる成田さんの写真

―可能性ですか。

そう。障がいのある人たちも、純粋に競技を楽しんでいるし、当たり前に目の前にある自分の目標に向き合っているだけなんですけど、彼らの頑張りとか勇姿は、多くの観客に「人間は誰でも持っている能力や可能性をここまで伸ばせるんだよ」というメッセージを届けているんですよね。そういう視点でパラスポーツを見ると、面白いかもしれません。

―現役復帰も、自身の可能性を感じたからなのでしょうか。

私は一度現役を退いて、ロンドン大会を一視聴者として見ました。東京大会が決定した瞬間は招致委員としてブエノスアイレスに。東京大会が決定した後は組織委員会理事として参加するようになったんですけれど、ふつふつと「パラリンピックを盛り上げたいなあ」という思いが強くなっていって、どうやったら盛り上げられるかと考えた時に「そうだ、選手に戻ろう」と。オリンピックは黙っていても盛り上がると思うから、自分が選手として活躍することで、パラスポーツを盛り上げようと思ったんです。そこからはもう、凄まじい練習の日々でしたけど、運よく2015年の国内大会はすべて優勝でき、2016年3月には派遣記録を突破してリオに行くことができました。

インタビューに応じる古澤さんの写真

―リオ大会の後の日本選手権で日本記録を打ち出し、2017、18、19と強化選手として活躍されています。
やはり目下の目標は、東京大会の代表権獲得でしょうか。

もちろん。そのために練習に励んでいます。東京大会の時、私は50歳。出場できれば5回目のパラリンピックとなります。選手としても、パラスポーツを広めていく立場としても、2020はチャンスなんだと感じています。東京での開催ということもあり、2020に向けてパラ選手に練習プールを提供してくれる所も増えてきました。これはすごい進歩です。

健常者の選手にとっても良い刺激になっているんじゃないでしょうか。これぞ「共生社会」の姿といえると思います。

東京大会が終わってもぜひ引き続き支援・協力をしていただきたいと切に願います。そういう意味では、私は2020をゴールにしてはいけないと思っています。

―現役選手としても、アンバサダーとしても益々活躍の場が広がりそうですね。
スポーツとは別に、成田さんが取り組んでいる「チャレンジドカップ」について教えてください。

「チャレンジンジドカップ」は全国の障がい者作業所の利用者がパン・製菓の技術を競う大会です。川崎市・横浜市のパン・製菓職人有志が平成15年から始めた大会で、2年に1度開催しており、次の大会は2020年秋に9回目が開催される予定です。その職人たちと私は以前から交流があり、彼らが活動していた東日本大震災の被災地の作業所訪問に私も同行した時に作業所で働く障がい者の方々と出会ったことがきっかけで「チャレンジドカップ」に参加するようになりました。第7回大会からは実行委員長を務めています。
被災地に同行すると言っても、私は車イスですから万が一がれきの破片などでパンクでもしたら動きが取れなくなってしまい、迷惑をかけてしまうと心配だったのですが、そういう事態は起こらず、今となっては、あの時本当に行って良かったと思っています。 そこで出会った障がい者と交流を深める中で、彼らは障がいがあるがために、パン職人になりたいと思ってもなかなか資格がとれないこと、売り物のパンを作ってもその労働に対する賃金はとても少ないことなどを知りました。大会で見ていても、彼らは材料の計量や製パンにとても時間がかかるんですが、失敗を繰り返しながら諦めずに取り組む姿には毎回感動させられます。何かに向かって一生懸命に取り組むことに、障がい者も健常者も関係ないなと、彼らを見ていると痛感するんですよね。本来、それは当たり前のことなんですけどね。だから、私はこういう姿をもっと多くの人に見てもらいたい。そして17年も前から、都内や横浜・川崎の有名なパン・洋菓子店のオーナー・職人有志たちがこうした取り組みを行ってきたことをぜひ知ってもらいたいと思っています。(取材は2019年11月)

パラ神奈川スポーツクラブの選手の写真
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